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土星の裏側

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宇宙人と呼ばれた人達の診療所

ハエにもせっかちなハエとのんびりなハエがいて、この性質で分けたグループと両者を混ぜたグループとでは、混ぜたグループの方が全体的に元気という研究結果が出ているそうです。原因は、せっかちとのんびりでは餌を取りに行くスピードが違うため、タイムラグが生じて獲物を奪い合わず、結果的に後から遅れてやって来るのんびり達も食いはぐれないということらしいです。なるほど。
昆虫の世界では、例えば鈴虫がオスばかりの籠に押し込められると共食いすることが知られています。私はこの話を聞くといつも軍隊を思い起こします。近代以前の戦争では槍や刀で大らかに戦っていたため体力の劣る女性は出番がなく、そのままの習慣で近代に突入したけれども、機関銃や戦車の時代になると通信や衛星といった武力以外の機能も戦争に欠かせなくなり、長引く大戦の影響による人手不足も後押しして、通信等に携わる女性兵士や軍属が現れるようになった。すると男ばかりだった殺伐とした世界に急に女が混じることで、近代戦の強いストレスにより精神に異常を来たす兵士の数が減ったというのです。大量破壊が可能になった近代の戦場という非道な環境にどっぷり浸かった男性が、突如として非武装の女性に接することで、平時の日常を思い出して心のバランスや分別を取り戻すからなのでしょう。人間も鈴虫も大差ないというわけです。

冒頭のハエの話は、算命学の陰陽五行説の思想からして当然のものです。現代人のストレスの根本は、均一化した社会が人々を同じ目標に向かって突進させることにより、せっかちが勝ってのんびりが負けるという図式が定着し、この図式から逃れられないことによる閉塞感や社会膠着にあるというのが、算命学的視点から導き出される結論です。
自然界の住人である人間は万物と同様、五行に振り分けられているため、五方向へそれぞれ目標を定めて進んで行けば、たった一つの獲物を全員で奪い合うという図式にはならないはずなのです。もちろん世界を五分の一に分けたところで、それぞれの五行内での競争はありますが、その中であってもたった一つの目標に全員が執着する必要はありません。目標はまず陰陽で二つに分かれますし、更に陰の中に陰と陽が、陽の中に陰と陽が分かれ、更にその中にも陰陽が、というように果てしなく細分化し、その多様性こそがこの世の姿なのです。その細分化の数が、世界人口を下回ることはありません。
今の社会は多様性を掲げながら、実際にやっていたり奨励したりしているのは単一化なので、辻褄が合わないし、そもそも単一化自体が自然の法則に即していない。その不自然さや非整合性が人々にストレスを与えているのです。

昨今は格差問題がよく議論されていますが、格差をなくすために例えば金持ちから税金を沢山取って貧乏人に分配するという政策は、算命学的には決定打とは言えません。なぜなら経済つまり金銭問題は五行のうちの禄だけの問題であって、他の福寿官印が考慮されていないからです。
禄という五分の一の限られた世界の中でパイをぐるぐる回しても、大した変化は期待できません。そうではなくて、いっそ禄を他の五行とトレードするような方策の方がより効果がある。
再三申し上げているように現代社会は禄に偏りすぎた社会なので、人間生活の価値基準をもっと他の五行にシフトしていくよう誘導できれば、禄の極端な偏りや格差も自然に解消される。実際に、裕福になることよりも健康が大事な人とか、文化的活動が大事な人とか、いろいろいるわけです。そういう人たちに単一化された禄の価値基準を押し付けて一律に分配を試みても、彼らは大して嬉しくないし幸せにも感じない。彼らの要求は別の所にあるのです。
政治家はこの辺りが判っていないように思われます。人間は多様であり、ざっくり分けても価値基準は五通りあるのです。これがあたかも一通りしかないかのように錯覚したまま政治を行うから、いつまでたっても社会の不満が解消しない。算命学の理論としてはこのように考えています。

算命学で社会問題を論じるといろいろなものが見えてきますので、学習者の方には鑑定技法のみならず、この世の諸問題について解決策を探る手段としての算命学の活用も是非お試し下さい。
今回の余話は守護神の10回目、夏生まれの丙火についてです。前回の守護神#9に出てきた「重殺軽身」に類する命式に触れ、なぜ丙火にこのような性質が付与されやすいのか論じてみます。

(この続きは「ブクログのパブー」サイト [http://p.booklog.jp/] に公開しました。副題は「守護神#10 丙×夏」です。「算命学余話 #R53」で検索の上、登録&さくら餅1パック分の料金をお願い致します。登録のみは無料です。)
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# by hikada789 | 2018-01-19 15:13 | 算命学の仕組 | Comments(0)
小関勲と甲野善紀の対談『ヒモトレ革命』に興味のある方がいるようなので、久々に健康ネタです。宇宙人は自身が背骨矯正専門の整体師でもあるが、自分の背骨は治せないので余所の整体院に行くしかない。その際に知り合った鍼灸師の先生が自助努力の整体法としてヒモトレの存在を教えてくれたのだ。考案者は小関氏の方で、甲野善紀氏は武道愛好者にはよく知られるカリスマ武道家だ。小関氏は単独の著書も数冊出ているが、この本は武道にヒモトレを取り入れた甲野氏の賛同も交えて両者の意見交換の形を取っている。
ヒモトレとはその名の如くヒモを使ったトレーニングで、方法は至って簡単。ヒモをタスキ掛けに掛けたり、腰回りに掛けておくだけで勝手に体の歪みがとれるというもの。お風呂以外つけっぱなしにして生活してよく、そのまま就寝してもいい。トレーニングしたい人はいろいろお勧めの体操があるが、詳細は本を読んで頂くとして、時間のない方のために概要を述べると、

◆ヒモは直径5ミリ前後で若干の弾力のあるもの。子供の体操着の巾着袋などに使われる手芸ヒモが百均で手に入る。平たいヒモや細すぎるもの、弾力のないもの、弾力のありすぎるものは不可。
◆服の上からでいいので、つけているのを忘れる程度に緩めにヒモを掛ける。上半身の歪みならタスキ掛けを、腰痛ならヘソ周りや骨盤周りに一周、座った姿勢の歪みには両膝を合わせて一周掛けたり、両足首を合わせて一周掛けたり、額まわりに掛けたり、パソコン姿勢で両肘に掛けたりと、とにかく左右対称になるよう掛ければよい。(部位によっていろいろバリエーションがあるので、興味のある方は本を参照下さい。)

本によれば、体の歪みは左右非対称ということなので、ヒモでガイドを作ってやることで体が勝手に左右対称に戻っていくという。歪みの大きい人ほど効果が顕著で、発達障害などでじっと同じ姿勢で座っていられない子供に施すと、苦も無く大人しく座って物事に集中できるようになると、現場の声が寄せられている。寝たきり老人などにも劇的な効果があったという報告もある。幸か不幸か宇宙人は長年の腰痛も最近は下火になって、会社勤めを辞めてからはストレスもなく元気なので、顕著な効用は未だ実感するに至ってはいないのだが、とりあえずタスキ掛けと骨盤周りの二本を常時体に掛けている。邪魔にはならないし、これを着けていると足を組んだり寄りかかったりする機会が減った気がする。

甲野氏はこれを武道に使用し、技の掛かり方に今までなかった変化を見出したという。その辺りも詳しくは読んで頂きたいが、宇宙人が注目したのは和服との関連だ。和服はボタンもゴムもなく、唯一締めるものといえば帯だけである。しかも締める場所はウェストではなく骨盤である。骨盤周りが一番ずれにくく、肉も血管も潰さずに済むからだ。そして和服特有の長い袖が作業に邪魔になる場合は、ヒモをタスキ掛けにして袖を垂れないようにするが、和服において締める部分は結局この二カ所だけ。このたった二カ所が、体の歪みを解消するヒモトレの基本箇所と一致しており、そもそも和服自体が単に衣服やファッションというだけでなく、健康にも配慮された構造だったのだと指摘している。日本文化は昨今では和食の健康効果が取沙汰されているが、和服にまでそんな効能が。というより体にいいからこういう形態の服装になったのだろう。順番を間違えてはいけない。

宇宙人は常々思うのだが、体にいい食事といえば和食で、他の洋食や中華その他外国の食文化が体にいいとは聞いたことがない。部分的にヨーグルトなど発酵食品に効能が認められるものの、食文化全体としていいというのが和食以外にないこの事実を認めるならば、和食以外の食文化や輸入品をことさら持て囃す世間の風潮を我々はもっと嗤うべきではないのか。健康を減退させてでも珍味を食べたい人はそう多くはないと思うのだ。今回はこれに加えて和服の効用も発見された。現代人の平服は既に洋服になって久しいが、西洋の服飾文化には悪名高きコルセットを始め、歴史を見ても不衛生・不健康な形態・素材のものが多いように思う。基本的に締め付ける部分が多いので、血行を妨げ寿命を縮める方に効果があるのだ。だから病人がベルトやゴムやネクタイやストッキングを辞めると急に健康を回復する。なるほど洋服は目には格好よく映っているが(いや着る人によるかな)、食事と同じく、格好を優先するあまり健康を損なっては元も子もないではないか。
ついでに日本語についても。日本語は曖昧さが特徴とされているが、白黒はっきりさせないことで争いを避ける方向に発達した言語だという意見がある。つまり逆に白黒はっきりつけたがる言語は思い込みや決めつけが強まり、自分の正当性を主張するあまり相手に対して攻撃的になる傾向がある。その代表が英語だ。日本人よ、平和を愛したいのであれば英語はほどほどにしておけ。意思疎通可能程度にしておけ。ネイティブのように澱みなく喋れるようになった暁には、周囲は争い事だらけという事態になるのではないのか。文字通り、英語は国際社会で戦うための戦闘言語だと宇宙人は考える。
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# by hikada789 | 2018-01-17 20:28 | 整体の仕組と健康 | Comments(0)
ご本人の許可を得て「あなたの山水画」を掲載します。ご協力ありがとうございます。
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1969年5月30日生 女性の山水画
乙 己 己
巳 巳 酉
ひらけた田園に柳が葉を揺らし、野火が2カ所焚かれている。田園の下に小石が見える。
【解釈】
全体的に明るく穏やかな風景です。柳のあなたは、人生に暖かみを与えてくれる2つの野火である家系と配偶者に与する立場にあり、土台である田園が意味する父親及び兄弟友人・子供とは対立する傾向にあります。しかし野火を緩衝材にすることで田園との衝突が避けられ、最終的には小さな存在である小石の母親に還元されるような生き方となるでしょう。
性格はセンチメンタルでメランコリック。あまりに感傷的なので、周囲からは悲劇の主人公気取りと見做されかねません。もう少し現実を見つめる工夫が必要です。
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# by hikada789 | 2018-01-14 19:11 | 宇宙人の鑑定実績 | Comments(0)
この時期は芸大音楽部の卒業試験公開演奏会をやっていて、試験の邪魔にならぬよう配慮さえすれば一般人にも聴かせてくれる。勿論無料だ。学生とはいえ入学するのがまず難しい学校だから、腕前は大したものである。ピアノ科の演奏はいつも人気だが、今回は指揮試験に行ってみた。受験生は二人だけ。一人は学部生、もう一人は修士課程。選曲は先生がするのかなあ、前者がショスタコーヴィチで後者はエルガーだった。私の勝手な印象ではショスタコーヴィチの方が難しそう。ピッチはきびきびと軽快だけど、前衛音楽だから明らかな見せ場というものがない。エルガーは聴きどころがはっきりしている。どうしてこっちが修士なのだろう。b0214800_17105353.jpg
案の定、修士の方がはっきりと上手かった。でも選曲のせいばかりとは言えない。修士の方が自信をもって振っていた。本人もノリノリで、プロの指揮者のように体が伸び縮みしながら揺れるのだ。あれなら背が低くても演奏者たちには判りやすい。学部生の方はいまいち自信がないらしく終始動きが硬かったから、演奏する側にもそれが伝わったのかも。何事も年季は語るのだ。

卒業試験はあと邦楽が残っていて、今月下旬に番組が組まれている。他にもこの時期ならではの、退任する教授の記念演奏会が3月に組まれており、やはり無料で聴ける。防犯上事前申込が必要な場合もあるが、興味のある方は芸大までお問合せを。
また芸大美術館では、芸術部の教授の展覧会も17日まで無料で開催しており、こちらも行ってみた。舞台美術なども手掛けた著名な芸術家らしく、お祝いのお花が入口に林立し、石坂浩二とか仲代達也とかの名前があったよ。展示も見ごたえがあった。これが無料だなんて有難い。
画像は友人の注文で製作したヌメ革パスケース。右下にシェイプパンチングで穴を空けただけのシンプルなデザイン。持ち手は同じくヌメ革レースの四つ編み仕様。いろいろチャレンジするのだ。
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# by hikada789 | 2018-01-12 17:10 | その他 | Comments(0)
十年以上前になるでしょうか、大手製紙会社の御曹司である若社長が5億だか10億だかの会社の金を横領してカジノに注ぎ込み、丸ごとスッたことが発覚して逮捕されたという事件がありました。御曹司は一流大学卒だったので、これほどの愚行をやってのける人物が高学歴であるというギャップがメディアで揶揄され、私もよくもこんな愚か者が大学に入れたものだと呆れたのを覚えています。ところが最近になってこの解釈は間違いであることを知りました。御曹司は会社の金を横領したのではなく、脱税して守ろうとしていたのです。つまり会社に対する背信行為ではなく、逆に利益を守る行為だったと。
真相はこういうことのようです。日本にはまだない合法大型カジノというのは既にチェーン店化されており、世界各地に散らばるカジノ店舗が同系列店だと、その経理も互いにリンクしていて金庫は一緒である。つまりラスベガスのカジノで買ったチップを、マカオの同系列カジノに持って行って使うこともできれば、元のお金に換金することもできる。御曹司はこれを利用して会社の金を持ち出し、カジノAでチップに換える。そのチップは賭け事で使い切ったと見せかけて、実はカジノBで後日換金して取り戻す。すると御曹司は賭けグルイの大馬鹿者とのそしりは受けるが、その実多額の資金を課税されることなく海外へ逃がすことができる。要するに、マネーロンダリングのための銀行代わりにカジノが利用されているというわけです。
近年ではパナマ文書その他の暴露で富豪や企業の巨額脱税が取沙汰されましたが、あの話の続報は聞かれません。同じように製紙会社御曹司の巨額横領事件も、呆れたドラ息子の大損話として話題になった程度で、その事件の真相については世間に報じられていません。類似犯が出るのを防ぐためでしょうか。
いずれにしてもあの御曹司はその学歴に見合った知能の持ち主だったわけです。まさかそんなマネロン手法があるとは我々一般人には思いもよりませんから。そうとも知らず、我々は彼の愚行や学歴社会の弊害だけに着目して安易に嗤っていたようです。御曹司のマネロンの動機が公共福祉の精神に反することを考えれば、勿論褒められた行為ではありませんが、上辺だけの報道を鵜呑みにしてそれを嗤った我々の思考の浅さもまた自慢できるものではありません。

もうひとつ、似たような自戒の話。確か先の御曹司と同じ大学で特別講師をしている若新雄純氏が、「ブラック消費者」という独自の造語を掲げています。2017年のブラック企業大賞はアリさんマークの引越社でしたが、若新氏はかつてアリさんマークを使ったことがあり、実際安いし仕事も早くて丁寧だけど、一点だけ、従業員たちの関係がギスギスしていたことが気になったそうです。おそらくその日何件もあるノルマをこなそうと無理して急いでいるので、そのシワ寄せがきつい言葉になって現れていたのだろうと。消費者にとっては高品質に加えて安ければ安いほど有難いが、これを続けると従業員の負担は重くなる。この事実を消費者側も理解すべきだというのが若新氏の主張です。
若新氏によれば、サービスの質と値段をそれぞれ高低に分け、4つのカテゴリーに分類すると以下のようになります。
A:「品質も値段も高いサービス」=一部の富裕層向け。一般人には無関係。
B:「品質が悪くて高価なサービス」=ぼったくり。騙されなければ被害に遭わない。
C:「品質はいいけど安価なサービス」=ブラック企業の温床。しかし我々消費者はこれに飛びつき加担している。
D:「品質も値段も低いサービス」=今の日本では低すぎる品質だと淘汰されるので、実質は「品質も値段もそこそこ我慢できるレベル」ということになる。

若新氏はDに着目し、例えばセルフサービスの店などをもっと評価して、「安いのだからこれくらいの品質で充分だ」という消費者側の態度を養うべきだと主張。今日の行き過ぎたCの風潮を戒める見解を述べています。
Cを歓迎する我々一般消費者は「ブラック消費者」であり、我々こそがブラック企業を育てている、この認識を広めることでブラック企業を社会から排除できるというわけです。耳に痛い苦言ですが、その通りでしょう。ブラック企業を非難し嗤う資格は、安さを求めてきた多くの消費者にはなかったようです。価値を認めているのならそれに相応しい対価を払うべきであり、品質に見合った対価であるかどうか見極める目と分別が、今の消費者に求められているのです。

年も新たに身が引き締まったところで、今回の余話のテーマは「しなくていいこと」です。運勢鑑定を依頼される方には、しばしば「改善のために何をしたらいいか」という質問が寄せられます。その要望に応えて助言を出すことは難しくはありませんが、逆にしなくていいのにしていることについては、依頼人本人も自覚していないことが多く、本人から申し出がないと鑑定する側も正しい状況が摑めません。
現状に困っている依頼人が余計な行為を重ねて事態を更にこじらせている、ということはままあることです。その辺りについて、鑑定する側の留意点や対処法について考えてみます。

(この続きは「ブクログのパブー」サイト [http://p.booklog.jp/] に公開しました。副題は「しなくていい」です。「算命学余話 #R52」で検索の上、登録&七草粥セット1パック分の料金をお願い致します。登録のみは無料です。)
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# by hikada789 | 2018-01-09 19:48 | 算命学の仕組 | Comments(0)