人気ブログランキング | 話題のタグを見る
ブログトップ

土星の裏側

doseiura.exblog.jp

宇宙人と呼ばれた人達の診療所

タゴールのうた (No.309)

音楽について論じていると同種の電波が共鳴するようで、たまたま見に行った講演で奇しくも言葉と音楽の真理について語る対談に遭遇した。ロシア文学者の亀山郁夫氏が芸大教授らとタゴールについて論じてくれたので、ざっとまとめてみよう。
タゴールは1861年生まれのベンガルの詩人で、ベンガルは当時イギリス統治下にあったインド領、現在のバングラデッシュである。タゴールはアジア初のノーベル賞となるノーベル文学賞を1931年に受賞し、老年から膨大な量の絵を描き始めてその作品はドイツ、ロシア(ソ連)で絶賛された。画風はアヴァンギャルド風。日本の岡倉天心とも親しかった。対談は芸大と外大の教授双方の眼から、日本ではまだ研究されていないタゴールとは何者だったのかを探る。
亀山氏は自身がドストエフスキー翻訳を手掛けていることから、タゴールの英国滞在がちょうど英国におけるドストエフスキー『悪霊』『カラマーゾフ』の翻訳出版の時期に当たり、特に『悪霊』が掲げる「(革命という)大きな正義の為なら一人二人の人間の犠牲もやむを得ないか」という大テーゼが、タゴールのインド独立運動における道義問題の提議(例えばインド独立のために英国製品不買運動を進めるものの、英国製品はそれなりに品質が良いのでこれを使わないのが良いインド人、使うのは売国インド人と単純に区別してよいものか、とか)に非常に近く、タゴールはドストエフスキーの影響を受けていたのではと興奮気味に語る。亀山氏が対談前にまだよく知らぬタゴールに向けてテンションを上げるために即席で観たという映画『家と世界(The Home and the World)』がYou Tubeで観られるそうだから、宇宙人も観てみたいと思う。

またタゴールの絵はノーベル賞作家の絵ということもあってヨーロッパ各地で紹介されたが、当時画壇の中心だったパリ、フランスでは全く受けず、隣のドイツでは絶賛されて各地で個展が開かれたという。別にドイツ人がミーハーだったというわけでもない証拠に、同時期に絵はソ連でも紹介され、ロシア・アヴァンギャルド画壇で注目された。しかし時代が悪く、1930年代のスターリン粛清期に当たったため、ロシア・アヴァンギャルド自体が弾圧されてしまい、タゴールの評価もうやむやになってしまう。もし弾圧がなければロシアにおけるタゴールの評価とその研究、ユーラシア思想の展開はいかほどだったろうと亀山氏は残念がる。それほどタゴールの芸術家としての思想には人類普遍の真理に迫るものがあったようだ。
(なお亀山氏は「ドイツとロシアではウケたが、フランスではウケなかった」理由について、その国民的感受性が物事の本質や真理を追究する癖のある国かそうでない国かで明暗が分かれた、ともとれるような呟きを洩らしていた。宇宙人は耳がダンボなのだ。宇宙人はおフランスの芸術や文学、ひいてはその国民性にかなりアンチなのでね。ドイツも硬くてあまり好きではないが、フランスよりは真剣に物事を考えているように思う。)

講演ではベンガル音楽演奏家によるタゴールの歌の生演奏もセットされ、インド音楽に特有のビヨーンと残響する弦楽器を縦に構えた弾き語りが、原語で朗々と歌ってくれた。翻訳解説もつけてくれたが、タゴールの詩というのはあまりに音楽性が高くて、曲をわざわざ作らなくてもそれ自体が歌なのだそうだ。だから個々の詩は短く、歌の数は2000曲以上にものぼり、もともと楽譜のない伝統音楽なので、タゴールのお付きの者が傍で書き取ったものが現在まで伝わって歌われているという。現地の主婦らが掃除や料理の最中に口ずさむようなシンプルな歌なのだが、その内容は人類普遍の苦楽や自然に対する驚嘆、この世の謎めいた仕組みなどを語っているという。現代音楽の軽薄な歌詞とは対照的だ。亀山氏はこの演奏を聴いた後、「我々人間のいるこちら側と、真理のある向こう側との間にある、ヴェールのような靄を感じた」と感想を述べたが、ほら、真理だって。ロシア文学読みはどうしてもこういうテーマに突き当たるのだよ。だってロシア文学や芸術がそもそも真理の追究に明け暮れて、空中を旋回し続けている羽虫のようなものなのだから。

というわけで奇しくも言葉と音楽の切っても切れない融和性、本来の役割についてペルシャのお隣インドに仲間を発見した一日でした。私もペルシャのうたをひっさげて対談に乱入したいくらいだったが、まあそこまでペルシャ音楽を知悉してはいないので、大人しく帰ってきました。タゴールは詩集『園丁』『ギタンジャリ』が和訳されているそうなので、読んでみたい気がしますね。またその詩をもとにツェムリンスキーが作曲した『抒情交響曲』もCDが出ているそうです。亀山氏が最後に語ったところでは、「日本は岡倉天心というタゴールを理解し親交を深めた人間を出しておきながら、天心の死後は全くタゴールを評価せず、今日でさえ研究者のいない貧しい国だ」と嘆いていました。まこと嘆かわしい。
by hikada789 | 2012-11-03 14:38 | 宇宙人の読書室 | Comments(0)

by 土星裏の宇宙人