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土星の裏側

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宇宙人と呼ばれた人達の診療所

以前、ロシアのシンクロ金メダリストが訓練の末に、本来人間にはないアザラシの持つ機能を身に付けたという科学調査の話を紹介しました。
人間は通常陸に暮らして一生を終えますが、ロシアの選手は技術向上のため一日の大半をプールに浸かって生活し、水中に潜り、長時間息を止めるという酸欠な日常を繰り返した結果、体の方が「もう自分は陸上では暮らせないんだ。一生水の中で生きて行くんだ」と覚悟を決めたらしく、ある時点から膵臓にあるという酸欠解消機能を稼働させ、通常の選手にはまねできないほど長時間水中に潜り、激しく運動することが可能になったというのです。この膵臓の機能は水中で獲物を探すアザラシにあることが知られ、人間の膵臓に潜在的に備わってはいても、陸に暮らす限りは生涯開花させることのない機能だということです。

これを単なるオモシロ話と捉えた人は多かったと思いますが、私の真意はそこではありません。先の冬季五輪から国家によるドーピング関与を疑われ、未だ制裁が解除されていないロシアの、疑惑の是非については論じません。私が注目したいのは、薬物による一時的な身体能力の増強と、過度な訓練により人間をやめてアザラシになることを比較した場合、どちらがよりやばいか、という点です。
薬物は所詮服用直後しか作用しません。薬が切れればそれで元に戻ります。尤も、薬の常用や副作用によってその後の健康が損なわれる危険性は見過ごせません。しかし、薬をやめれば基本的には元に戻りますし、薬物患者であっても依然として人間であることに変わりはありません。しかし激しい訓練の末にアザラシになってしまった人間は、どうしたらよいのでしょう。訓練をやめれば元の人間の膵臓に戻れるのでしょうか。その後の健康に悪影響はないのでしょうか。

算命学の視点で見ると、どちらも「正常な人間の身体から逸脱した」等しい行為に映ります。しかし社会はドーピングの選手を糾弾し、アザラシになって優勝した選手を称えている。理由は、ドーピングが人間の作ったルールによって禁止されているからです。前者は不正であり、後者は不正でない。
算命学は自然思想なので、自然の法則は尊重しますが、人間の作った法律や決まり事には敬意を払いません。人間が作った法は、人間が自分の利得のために勝手に作ったもの、時代によってコロコロ変わる当てにならないもの、いつの時代もどういう状況でも通用する普遍性を備えていないもの、と見做しているからです。
スポーツにおける薬物禁止には、その後の健康被害というよりは競技における公平性に重きが置かれています。薬のお蔭で強くなった選手が勝つのは不公平だというわけです。ならば選手全員が薬物を許可されれば公平性は保てます。そういう意見もあります。人体の究極の限界に挑戦するのがアスリートならば、というわけです。そこでようやく「健康が」という話になる。つまり健康は二の次です。

ロシアでは、スターリンの時代に収容所で何年も暮らした男を、その猫背から見分けることができたといいます。収容所では多くの囚人を収容するため、寝床は蚕棚のように何段も設けられ、横になると簡単には起き上がれず、頭を打ちつけないよういつも首をすぼめていなければならない。だから独特の猫背になり、釈放後もその姿勢が治らなかったのです。
私はこれを、アザラシの話の類話と捉えます。そして囚人の猫背も薬物中毒もアザラシ化も、まとめて職業病とくくってしまいます。ロシアの話がたまたま重なりましたが、職業病はなにもロシアに限ったことではなく、我々の社会にも、世界中にも、広く普遍的に存在します。算命学は、世界をこのように整理して、普遍性に照らして事象を判断していきます。

前回の余話では、そんな算命学が「残酷だ」とか「無情だ」とか呼ばれる点に触れました。今回はその話を引き継いで、最近世間を騒がせた殺人事件について考えてみます。内容は、算命学がどれほど現代人の価値観と離れているか、どうしてそうなるのか、その無情の根幹には何があるのか、というもので、鑑定技法の話ではありません。ありませんが、鑑定の腕を上げたい方には、算命学の理解を深めるために知っておくべき内容です。

(この続きは「ブクログのパブー」サイト [http://p.booklog.jp/] に公開しました。副題は「無情でも前向きな視点」です。「算命学余話 #R65」で検索の上、登録&草団子一皿分の料金をお願い致します。登録のみは無料です。)

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# by hikada789 | 2018-05-20 21:45 | 算命学の仕組 | Comments(0)
台東区界隈を歩いていたら、三社祭の文字の入ったポスターや幟が。浅草からは少し距離のある場所だったし、当の幟を立てている神社は聞いたことのないローカルな名だったが、浅草神社の三社祭も同じく本日より開催だ。同じ系列の神社なのかもしれない。
b0214800_21281994.jpg日差しを避けて寛永寺墓地沿いの幅広で静かな道を歩いていたら、タクシーがずらり。ドライバーたちの昼休みに使われる道路らしい。周囲は墓地と美術館等文化施設しかなく、人通りもなく物音もしないのだが、何やらうっすらと祭り笛が聞こえる。はて神社はこの辺りにはないし、どこから。と思ったら、運転席に誰もいないタクシーの後部座席に揺れ動くシルエットが。あ、笛を構えている。いや吹いている。ノリノリで。聴けば立派な祭囃子である。もちろんこのタクシーの運転手だ。気分よく笛を吹くにはハンドルが邪魔だったのだろう。わざわざ後部座席に移って練習とは。きっとこの運転手は運転手でいるときの方が仮の姿で、その本性はアーティストであるに相違ない。年に一度の晴れ舞台なのだ。タクシー客など待たせておけというわけなのだ。美術館街のタクシーは一味違うのだ。

画像は模擬店出品用のスクエア手提げと、サンプル用に試作した長財布。紙袋のような四角い底のカバンにチャレンジしてみたが、角の処理の要領が判ったのでもうひとつくらい作ってみよう。長財布はピンクと灰色の二色にして構造を見やすくした。コイン室はマチがついて大容量だが、カードやスマホ決済が普及している今日、需要があるか微妙。いずれも図書館から借りたレザー製作指南本を頼りに、模擬店で売れ残った場合でも自分で使えるようアレンジしたもの。長財布の機能はいろいろなバリエーションがある。

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# by hikada789 | 2018-05-18 21:41 | その他 | Comments(0)
ひじきは鉄分豊富な優良食材だと長年伝えられてきたが、近年ではひじきに鉄が多いのではなく、ひじきの煮物を煮る鉄ナベから鉄分が溶け出すことで、結果的に多くの鉄分を人体が摂取していたに過ぎないことが検証された。昨今は鉄ナベが珍しくなったため、一般的なナベで煮たらひじきに鉄分がさほど含まれていないことが発覚したというわけだ。ひじきは海藻類なので体にいい食材であることに変わりはないが、何やらひじきの価値が下がったような気分になるのは否めない。ひじきよ、身に覚えのない称賛を浴び、そして今また身に覚えのない失望に遭って何を思うか。愚かな人類を嗤ってくれ。

似たような事態が卵にも降りかかっていた。コレステロールと抱き合わせにされ、健康を維持したいのなら1日3個以上食べてはいけないとか言われ続けて2-30年経つだろうか、これも間違いだったらしい。間違いの原因は動物実験にある。海外のどこかの研究者がウサギを使って実験した結果、卵を食わせたウサギの動脈硬化比率が上がったというのが根拠であった。しかし最近の研究で、ウサギはそもそも草を食う草食動物なのだから、卵というたんぱく質を摂取・消化分解する機能がもともとない。そんなウサギに無理やり卵を食わせれば、代謝機能が狂って動脈硬化を促すのは当然である。しかし人間はウサギではない。雑食なのだから卵をちゃんと消化分解できる。だから卵を食っても動脈硬化にはつながらない。とこのような事実が明らかになった。その結果、今では卵は1日何個食べてもよくなったという。随分お粗末な話だ。卵よ、お前は何も悪くなかったぞ。このウサギ実験を実施し結果を人間に適用させた研究者が、日本人ではなかったことは明記しておく。

この種の間違った認識は、今はまだ発覚していないだけで、他にも多数存在していると推測される。しかし真実は隠れることはあっても変わることはないので、時が経てばいずれ間違った認識が打ち砕かれる日が来よう。まがい物は本物には勝てないのである。勝ったフリをするだけである。我々は、そのまがい物に振り回されぬよう、ひじきを煮たナベの素材を見張ったり、ウサギと人間の違いについて忘れぬ態度を心掛けていればよい。
おなじみ佐藤優氏の対談本にもこの種の目からウロコな真実がずらりと掲載されていたので、ほんの一部を紹介しよう。『忍者・佐藤優と狂犬・副島隆彦の手裏剣対談~世界政治 裏側の真実』。昨年の出版物です。続きを読みたくなった方は是非、書籍をお求め下さい。

副島:[共謀罪が成立したことについての見解として]だからこのコンスピラシー(共謀行動正犯)というのは、アメリカが押し付けてきたのだ、と言い切った方がいいと思う。
佐藤:よくわかります。
副島:毎回毎回、天から降ってくるのです。アメリカという天から。オンブズマンとかコンプライアンスとか漫画みたいな言葉をそのまま法律にしている。
佐藤:要するに教えた通りにやれということですね。
副島:そうです。憲法典から始まり、敗戦後の72年間、いつもいつもそうでした。下げ渡しだ。
佐藤:ISもあまりいいものではありませんが、アメリカもろくでもないです。
副島:民間の金融や企業制度にも、アメリカはいろいろ日本に押し付けました。大企業の経営体を上から監視しやすくするために「自己統治法」を作った。外部取締役会議(アウトサイダー・ディレクターズ)を経営役員会の上に作らせた。CEOとかCOOとかバタ臭い言葉もさんざん使わせたけど、結局、日本になじまない。日本の実態というか、空気が受け入れない。それでしばらく経つと皆で骨抜きにしてしまう。法律だけがボロビルのように沢山残っている。
佐藤:要するに文化拘束性の問題ですね。やらせようとしても駄目だ、と。
副島:アメリカの命令でワーワー騒がせて、役所が企業指導をやって、コンサル屋を間に入れる。そこでコンサル料を稼がせる。そして社外取締役をスパイのように潜り込ませて、監視して、日本の大企業の内部の秘密を盗み出させようとした。それでも、いつの間にかどうでもよくなって、法律だけはあるのに、効果を雲散霧消させてしまうのが日本の文化ですね。
佐藤:これはやっぱり強いですよ。
副島:強いです。そこまでアメリカは管理できない。
佐藤:文化拘束性というのは化け物みたいなもので、なかなかそこは破ることはできない。
副島:それが日本文化による防御線ですね。


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# by hikada789 | 2018-05-15 21:31 | 宇宙人の読書室 | Comments(0)
アニメ『ゴールデンカムイ』が好調だ。冒険宝探しものにしてはリアルでグロい。明治時代を扱っているせいかもしれないが、野性的で元気いっぱいの暴力シーンが何やら懐かしい。あの頃の日本人は、こんな目に遭ってもへこまずに反撃できたのだな。現代人はすっかりモヤシなのだ。見倣わねば。
ところで時代はもう少し前の、帝政後期のロシアに征服される頃の中央アジアを描いたマンガ『乙嫁語り』は、その漫画家のイラストが中央アジア・フェアのイメージイラストに使われていることもあり、宇宙人も読んでいるが、漫画家が女性なので暴力シーンや社会の暗黒面が全然描かれておらず、『ゴールデンカムイ』のギラギラに比べると綺麗ごとを並べすぎる感が否めない。尤も、同じく中央アジアを舞台に宇宙人が書いたホニャララ小説『メタフォーラ・ファンタジア』も、推敲の段階で暴力シーンを削ってマイルドな仕上がりにしてしまったため非難できる筋ではないが。いや、リアルさを追求するなら、やはり暗黒面は削ってはいかんのだ。
その『乙嫁』に出てくるパリヤという少女にちなんだパン教室というのがあるそうな。ウズベクの主食のパンに焼きスタンプを押して、お祭り用に飾ったパンを作るという趣旨らしい。いろんな教室があるのだな。以下に掲げておくので、興味のある方は覗いてみて下さい。他にも中央アジア関連イベントを紹介しておきます。

(1)乙嫁パリヤのパン教室
「KitchHike」という料理サイトで参加受付をしています。5月はもう満席で、次回6/9と6/30の参加者を募集中。榎町地域センター調理室 (早稲田駅 徒歩5分)。参加費約5500円。

(2)ウズベキスタン・ウィーク・イン・ジャパン
5/15から東京ほか巡回公演する民族ダンス。東京は5/15と5/16の二回で、入場無料ですが事前予約が必要。赤坂区民センター区民ホール。

(3)タジキスタン展
結構前から都立図書館で長期開催している無料展示会。6月頃までやっている。

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# by hikada789 | 2018-05-12 18:28 | 宇宙人の空飛ぶじゅうたん | Comments(0)
ご依頼を受け「あなたの山水画」を掲載します。ご協力ありがとうございます。
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1986年1月24日生 女性の山水画
戊 己 乙
辰 丑 丑
冬の山岳と大地は荒涼と枯れ、草木は春の芽吹きを待っている。
【解釈】
土の多い風景です。冬生まれなので土は凍りやすく、太陽の恵みが欲しいところです。山岳のあなたはこの風景にあって存在感がありますが、周囲の多くが土性で似たり寄ったりなので、人間関係に変化が乏しいきらいがあります。似たもの同士で馴れ合いがちなので、唯一異質である草木が意味する父親や上司といった目上の人は、煩わしい存在かもしれませんが必要なスパイスです。草木がないと、この山は不毛な禿山になってしまうからです。
社交性があり誰とでもすんなり付き合えますが、本心はどこにあるか判らないと思っている人もいます。

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# by hikada789 | 2018-05-10 15:42 | 宇宙人の鑑定実績 | Comments(0)