ウイグル自治区に昔から住んでいるウイグル人に対する昨今の著しい人権侵害について、中国政府を非難する声明を出したトルコの意図が、イスラムの盟主として男を上げようとしているものかどうか量りかねる。No.1134で紹介したように、中国は従来チベットで鋭意推進してきた民族弾圧を、2年程前からウイグルでも展開し始め、知識人はじめウイグル人を片っ端から捕えては収容所へ放り込んで、虐待や洗脳教育の末に多くの死者を出している。事が明るみに出たのは、隣国カザフの国籍を持つウイグル人が捕えられたことでカザフにいる家族が騒ぎ出し、カザフ外務省の働きかけでようやく釈放に漕ぎ着けたのが発端だ。釈放されたウイグル人男性は同胞らが収容所でどのような目に遭っているのかを世界の人権団体に訴え、特に同じイスラム教徒からは多くの同情と中国への反発感情が寄せられることとなった。
ロシアを中心にCIS諸国を多少はウォッチングしている宇宙人は、地理的に近い旧ソ連のイスラム教徒が黙ってはいまいと思っていたが、案の定隣国カザフやキルギス、ウズベク、そしてロシア国内に住むウイグル系やタタール系ロシア人たちも、中国政府に対する反感を急激に強め、デモや言論で中国非難の声を上げるようになった。
しかしながら、そうした活動が今のところ大規模なものにならず、各国政府も強い口調で中国に抗議していないのは、やはり中国の影響力を無視できないからだ。中央アジア諸国は近年目覚ましい経済発展を遂げているとはいえ、その恩恵は中国なしには語れないし、大国ロシアでさえも、圧倒的な人海戦術を誇る隣国中国の、極東への経済進出に手を焼いている。
以前、人口密度の低いロシア極東の中国との国境付近に中国人が多数入り込み、勝手に路上商売を始めてチャイナタウンを形成しようとしているのを、プーチンのツルの一声で一掃したという笑い話のような事件があったが、あれはロシアにとっては笑い事ではなく、立派な領土侵害に相当していた。この種の面倒を中国の側から取締まらせるために、プーチンもそれなりに中国の機嫌をとっておかなければならず、今回のような明らかな人権侵害事件を見ても、頭ごなしに中国を非難するような発言はできないのだった。
かといって、多くのムスリム人口を抱えるロシアにとって、ウイグル人たちの受けている迫害を見て見ぬふりもできない。そんなことをすれば国内のムスリムが今度はロシア政府に対して反抗しかねないからだ。ただでさえシリアのイスラム国掃討作戦でいろいろ非難されているロシアなのに、この上イスラム過激派にロシアで暴れる口実をわざわざ与える愚は避けたい。ロシア国内のムスリム住民には、大人しく、そして言うことを聞いてくれる羊のような存在でいてほしいというのがプーチンの本音だろう。
だからロシアでは現状、国内における反中デモの許可を出したり出さなかったりという微妙な舵取りでどうにか対応している。ロシアでは、当局の許可さえもらえれば合法的にデモをやっていいことになっているのだが、全ての反中デモを許可すれば中国を刺激しかねない。かといって全て許可しなければムスリム住民の中から過激思想を生み出しかねない。中間でバランスを取っている。これがロシアの現実なのである。いまやロシアよりも中国の方が余程恐ろしいのだ。
プーチンでさえこんな状態なのに、そのプーチンに数年前にシリアをめぐって拳を振り上げ、結局自ら拳を下ろすことになったトルコのエルドアンが、このウイグル迫害問題で声を張って出たのだ。感情的には同じイスラム教徒として同情を寄せたということになろうが、何しろエルドアンだ、そんな甘っちょろい動機で動く輩でないことは、対シリア外交で証明済みだ。そしてその深慮遠謀とはほど遠い「思いつき外交」も証明済みだ。
トルコといえば、宇宙人にはこんな体験がある。トルコの民族舞踊や音楽を披露するイベントを見に行ったところ、演目の一つに部族闘争を描いたダンスがあったのだが、さんざんやりあった双方のリーダーがタイマンし、最後は互いの健闘を称えて握手で終わるという筋書きだった。これを見た時宇宙人は、河原でさんざん殴り合った暴走族のヘッド同士がフラフラになりながら、最後は「俺とお前は今日から親友だ」と握手して終わる青春ドラマを連想したのであった。そんなわけで宇宙人のトルコ人観とは、概ねこのようなメンタルで出来上がっているのであった。男気とか任侠とかいう世界ですね。エルドアンの言動もこの種の青春とヤクザを足して二で割ったようなメンタルから湧き出ていると考えれば、今回の政府声明も、世界におけるムスリムの盟主たるトルコのリーダーをカッコよく演出したかったのかもしれないという見当はつく。しかしそれにしては剣呑というか、トルコだって中国に大きい顔できるほど強国ではないからね。ロシアでさえ気を使っているのに、そのロシアのプーチン親分に歯が立たないのがエルドアンではなかったかね。トルコ大丈夫かね。何か他に思惑があるのかね。それとも今回も思いつきなのかね。