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土星の裏側

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宇宙人と呼ばれた人達の診療所

 前回の余話では、算命学の因果論と類推、その駆使の仕方について触れました。水晶玉占いなどと違い、算命学は理論の占術学なので、目に見えない事故の真相や人の心の内を、超能力や霊感を使って読み取るわけではありません。その代わり、理論を固めてその理論に沿った推察や類推をすることで、真実に肉迫した風景を読み取る技術に長けています。勿論、推察や類推には、豊富な情報と優れた洞察力がなければ、見当違いな所をつついてしまう危険性があります。そうならないために、算命学者には常識や世間知が不可欠ですし、物事を正確に捉えるための見識や判断力も必要です。

 前回少し話題に挙げた安倍元首相銃撃事件について、認知科学者の苫米地英人氏が興味深い「類推」の話をしていたので、引用してみます。ざっと以下のような内容でした。

――安倍元首相銃撃事件の山上容疑者に責任能力があったかどうかを判断する精神鑑定には、四カ月かかるとされている。いくらなんでも長すぎるが、なぜ四カ月も必要なのか。それは、11月の米大統領中間選挙が終わってからこの事件の解明を始めたい思惑があるからだ。旧統一教会が集めた献金の大部分は、米国へ送金されていることが知られている。この団体の集金の七割が日本人の信者からのものであり、それが米国へ流れるということは、米国の政治資金となっている可能性が高い。しかも11月まで山上容疑者の発言を、精神鑑定を理由に封じると聞けば、その疑いは更に深まる。――

 恐ろしい話ですね。旧統一教会の話は日本の政治家との風習的な関わりが焦点だと思っていましたし、旧統一教会の母体が韓国にあることを考えると、韓国・朝鮮による陰謀説も方々で聞かれましたが、更に米国にまで話が及ぶとは。しかしこの推察・類推は非常に的確で、余人を納得させるものがあります。これはあくまで一例ですが、算命学者にはこのような的確な類推能力が求められるということです。

 算命学者の鑑定能力に差が出るのは、ここです。上述の通り算命学は理論を組み上げた思想体系なので、正しく学べば誰もが同じ道筋を辿って、同じ宿命風景を見ることになります。しかし算命学者によってその風景の解釈は異なります。それは類推の下地となる算命学者自身の価値基準が異なるからです。算命学者も人間ですから、それまで生きて来た半生の間に培われた知見や経験則が、物事を判断する際に影響しないはずはありません。もちろん、算命学者自身の宿命もありますから、当然これも判断に色目をつけていきます。
 そう考えると、人間の目の色目に染まっていない、完全に公平で中立な鑑定や助言というのは、そもそも存在するのかという疑問に突き当たります。結論から言って、そういうものはないのだと思います。ないという前提で、できるだけ公平中立な正しい判断をしてくれる鑑定者を探すしかありません。つまり、鑑定を依頼する側にも、自分の宿命鑑定を委ねる相手を見定めるだけの識別眼が必要だということです。
 人を見る目の有無。信頼に値する相手かどうかを正しく見分ける能力。そういった能力が自分に備わっていない人が、「あの占い師の鑑定は全然的外れだった」と不満を漏らすのは、単にめぐり合わせや「運」が悪かったのではなく、自分自身の努力不足や慎重さの欠如が原因なのです。あ、もちろん、本当に腕の悪い、的確な判断のできないヘボ鑑定者だっています。でも往々にして、そういう鑑定者には、同レベルにボンヤリした依頼人が当たってしまうものなのです。「類は友を呼ぶ」は、算命学の類推論に呼応する俚諺なのです。

 今回の余話は、鑑定技術とは少し違うけれども、算命学的な鑑定手法や判断に役立つ考え方について、いくつかの角度から論じてみます。こうした考え方は何も算命学特有のものではなく、世間に中にも散見できますので、そういった例を挙げつつ、世間知と算命学をつなげる話を試みます。なお、近似のテーマを『算命学余話#R62』でも論じたので、そちらも参照下さい。
 まずは、詩人で脳神経内科医の駒ヶ嶺朋子氏の著書『死の医学』からの引用です。

――「おしくらまんじゅう仮説」という一風変わった能力論・芸術論が河村満氏(神経内科医)によって提唱されている。脳の機能においては「ある機能が障害を受けて低下するとその分、他の機能が亢進・向上する場合がある、すなわち脳機能はせめぎ合う場合がある」とするものである。つまり、何かが欠落すると、常識を超えた別の何かが膨れてきて、それが芸術や数学など、いびつでありながら完成した、たぐい稀なる結実を見ることがある。傑出した能力というのは、ほかのとんでもない欠落の影だったりする。とすれば、ピカソはまさに好例ではないだろうか。――

 この引用を見て既にピンと来た人は、算命学の鑑定に適性があります。ここで押さえておくべき点は、二点です。

(この続きは「フォークN」に公開しました。副題は「総量と配分」です。「算命学余話 #G83」で検索の上、登録及び冷凍チョコケーキ1パック分の料金をお願い致します。登録のみは無料です。バックナンバーの概要は「算命学余話 副題目録」を参照下さい。運勢鑑定のお問合せはNo.006をご覧下さい。)

# by hikada789 | 2022-08-15 13:12 | 算命学の仕組 | Comments(0)
山レコ2022 羅臼岳リベンジ (No.1609)_b0214800_20063632.jpg
 去年は生憎の風と霧と大雨で何の景色も見られず、山修行で終わってしまった知床の名峰、羅臼岳にリベンジする宇宙人。前日からの晴天と予報の晴れマークに心を浮き立たせ、朝五時に登山口を出発する。8月上旬は登山客の多い時期で、前後のハイカーの気配やクマ鈴の音で山の森閑はやや損われたが、好天には代えられない。
 前回濡れていた木立の生い茂る細い一本道を登り、涸れ沢からは前回見えなかった知床五湖の高架木道とオホーツク海を見下ろし、羅臼平に到着すると前回その存在すら気付けなかった巨大な緑色の山容が左右に聳え、間に挟まれた前方には銀色に輝く太平洋が。そして右手の青空を背景にくっきりと浮かぶ羅臼岳の雄姿。絶景ではないか。なんとちっぽけなワタクシ。こうした人工物の一切ない青と緑と銀色の世界の中で、どうして広大な宇宙と交信できないことがあろう。非日常の極みなのだ。さあ頂上まで、もうひとふんばり。
山レコ2022 羅臼岳リベンジ (No.1609)_b0214800_20092289.jpg 羅臼平からは一面のハイマツが広がる。誰がどうやって作ったものか人ひとり通れる幅の道が切り開かれ、下山者と道を譲り合いながら登る。30分ほどで岩場が始まり、シマリスを見送りながら軍手をはめて登攀。振り返ると、知床連山縦走の最初の山が立ちはだかり、その左側は青のオホーツク海、右側は白の雲海に覆われた太平洋、そして雲海の中からちょこんと頭を出した国後島のてっぺんが見える。え、国後島じゃない? 択捉島かも? ちょっと角度的に判らないな。画像を見てくれ。

 去年は指先でタッチしただけで引き返した頂上の岩に足をかける宇宙人。立ち上がる宇宙人。怖い。実に怖い頂上である。10人ほどが一休みできる広さしかない。四方は遮蔽物がなく、足元に積み上がった黒い岩だけ。手頃な岩に腰を下ろして緊張しながらおにぎりを頬張る宇宙人。怖いな。風がなくて良かった。去年はあの暴風雨の中をよく登ったものだ。危ないじゃないか。とはいえ360度の絶景に感動する宇宙人。オホーツク海側の麓にはウトロ漁港が見え、ウトロと羅臼をつなぐ知床横断道路も深緑の山林に埋もれるように一筋通り、そこをミニカーのような車が走っている。知床連山の稜線を境に太平洋側は雲海で埋もれ、羅臼の町は見えないが、代わりに連山は一番奥の硫黄山とその雪渓まで見渡せる。
 硫黄山までの縦走も憧れるが、行程が長すぎて、どうしても山中一泊しなければならない。するとトイレは携帯トイレを利用するしかない。それはいやだ。北海道の山は総じてトイレがなく、携帯トイレの持参を推奨しているのだが、食糧の入ったザックに使用済みトイレを一緒に入れて持ち運びたくないのだ。だから日帰り登山ならトイレは我慢なのだ。羅臼岳は標準8時間行程で、宇宙人は休憩込みで8時間半で下山した。水は500mlボトル一本のみ。それでも最後の方はちょっとトイレに急いだね。絶景の羅臼平でもっとゆっくりしたかったが、そういうわけで早々に下山する。
山レコ2022 羅臼岳リベンジ (No.1609)_b0214800_20074520.jpg 途中の水場「銀冷水」で顔を洗っていると、背後の茂みが突然物音を立てた。眼鏡を外していたのでよく見えず、驚いて登山道へ駆け戻る宇宙人。すると登りの登山客に出くわす。「大型の動物が出て来ましたが、よく見えなかった」と通告する宇宙人。すると、「あ、それ鹿ですね」と背後を指差され、振り向くとオレンジ色の雌鹿がぼんやりと佇んでいる。逃げようとしない。恐らく水を飲みに来たのだろうが、宇宙人にくっついて登山道へ出て来てしまった。エゾシカは巨体だ。完全に登山道を塞いでいる。どいてくれよ、密になるじゃないか。「クマじゃなくて良かったですね」と安穏とした登山客と行き違い、エゾシカを置いて下山する宇宙人。もうシカくらいじゃ驚かなくなったのだな。今夏はまだヒグマを見ていないな。いつ見られるかな。
 ちなみに、かようにヒグマを見たがる観光客が車で大挙して道を塞いだり、出現したヒグマに肉迫してカメラを向けたりして、住民のみならずヒグマにもストレスを与える行為が後を絶たないことから、今年からこうした行為に罰金を科す条例が施行されている。発見されたら30万円以下の罰金なのだ。皆さん、マナーを守りましょうなのだ。

# by hikada789 | 2022-08-11 20:11 | Comments(0)
 アマゾンかどこかのある未開人集落では、隣村と衝突が起きた時、まず少人数で相手村に交渉に赴くのだが、話合いで済まない場合には喧嘩へと移行する。しかしその喧嘩には作法がある。レスリング式に一対一で行われ、凶器を使わぬようレフェリーがおり、まずは素手で相手の胸を交互に叩き合う。力が強いとあばらが折れることもある。更に進むと棍棒が武器として認められるが、一対一は変わらない。最終的には、やってきた村民らが「我々は勝った」と言って引き上げるが、こちらの村は「自分たちこそ勝者だ」と思っている。どちらも「勝った」と納得することで双方わだかまりなく決着するという知恵がここにある、と研究者は分析している。勿論、一対一の素手や棍棒程度の喧嘩では、命を落とすほどの怪我には至らない。しばらく痛くても、やがて傷は癒えていく。

 以前、生まれたばかりの我が子を育てるか、育てずに殺すかは母親が決定し、男性はこの決定に関与しないという未開人の風習を紹介したが、そこには妊娠中絶を認めない米国の男性優位社会を遥かに凌駕する男女平等の一形態があった。西洋文明のルールで運営される今日における近代戦争には、公平なレフェリーもいなければ、一対一でもなく、素手でも対等な武器使用でもない。最終的には勝者と敗者が明確にされ、勝者には傲慢が、敗者には鬱屈が残る。それが次の争いの種となる。
 ウクライナには米国からの武器供与があり、数年前からは米国によるウ軍の軍事訓練が続いていた(つまりロシアに喧嘩を売ることが前提で訓練していた)。これなしにはロシア相手に対等に戦争を戦えない。しかしこの作法は、アマゾンの未開人から見れば野蛮な反則行為である。その反則行為をジャッジするレフェリーさえいない。どちらか一方を勝者か敗者に分けて決着する我々「文明国」の喧嘩のやり口には、対等な条件で喧嘩をし、双方わだかまりなく終了し、且つ次の争いを避けるという人類の知恵が欠けているように見える。唯一の希望は、ウクライナとロシアは軍事以外のシーンでは、ロシア産ガスの通常提供をはじめとする日常交流が依然として継続していることだ。双方は「右手で握手をしながら、左手で殴り合っている」。一見すると矛盾した野蛮な風景だが、この方が人類の知恵は働いていると考えるべきなのかもしれない。

 佐藤優氏が拘留中に隣室だった死刑囚、坂口弘の獄中歌集『暗黒世紀』には、この種の人類の英知や作法の欠如を嗤う歌が綴られている。読んでいて非常にイタイが、どこかアマゾンの未開人の代弁を聞く趣があるので、少し掲載する。

――2000年 1月1日 午後1時 弁護辞むると 怒りの手紙きぬ
――内閣の 改造前の 典型的 駆込み執行ぞ 三人逝きたる
――死刑志願の 殺人者なるを 処刑して そを叶へたる 仕儀の虚しさ
――呼びだしから 犬は十五分 人間は 六十分なるぞ 殺処分まで

# by hikada789 | 2022-08-08 10:30 | 宇宙人の読書室 | Comments(0)
 今回はシモの話なので、お聞き苦しい方はスルーして下さい。なに、健康の話題ですよ。
 風呂で体を洗っていたところ、……な、なんだこの突起は。硬い。まるで鬼の角のような形の突起物が尻から生えているのが指先に感じられる。仰天して風呂から上がる宇宙人。内科医の友人にメールし、「年を取るとしっぽが生えるものなのかい」と問い合わせると、「馬鹿者、肛門科へゆけ」と一蹴される宇宙人。かつて肛門科にかかった時、医師のあまりのデリカシーのなさに辟易した宇宙人は行きたくないので、とりあえずネットで症状を検索する。すると近い症状として「直腸脱」と「肛門皮垂」が挙がった。特に原因がなければ加齢によるものだという。
 再び友人の医師に問い合わせる。「仮にこの病状だとして、肛門科に行って治るものなのかね」と訊くと、「加齢が原因なら治らない。症状の軽減に骨盤底筋を鍛えるのが有効だろう」という回答であった。行っても行かなくても治らないなら行かなくていいよね。(友人は医者として「行っておけ」と助言した。)でもしっぽが出たままだと、うかうか朝のお通じもふんばれないから、できれば引っ込んでほしい。なのでこまめに押し込んでみる。ぎゅっぎゅっ。あ、引っ込んだ。一件落着なのだ(そうかなー)。皆さん、お騒がせしました。

 突如としてかような突起物が出現した原因には、心当たりがないでもない。長年坐骨神経痛を患う宇宙人は、偶然図書館で坐骨回りに効く筋膜リリース運動の本を見つけ、試しにやってみたところ、テニスボールの上に体側を乗せるワザが超キク。すごく痛いのだがやった後は坐骨の痛みがウソのようにどこかへ飛んで行っているので、これはいいやと連日はりきってやったところ、ある日冒頭の風呂場のような有様に。もちろん加齢もあろう。直腸脱や肛門皮垂よりもっと深刻な「鼠径ヘルニア」という病気もあると聞いたが、こちらは皮膚の下にでっぱるものであるから、症状が違うと思う。ともあれ骨盤底筋でも鍛えてせいぜい再発防止に努めよう。

 シモついでにこんな話を聞いた。サル痘の件である。弱毒化したコロナ様に代わって名の売れ出したサル痘、ニュースを聞いてもいまいちピンとこない。危険なのかそうでないのか、何をすると罹りやすいのか、予防はどうするのか、心配ないならなぜWHOは緊急宣言を出したのか。真相は以下の通りらしい。
 サル痘は実際にはゲイとバイの感染者がほとんどで、その理由は感染経路がコロナや天然痘とは違って「特殊な性交渉」だからだ。どこかで聞いた話だと思ったら、HIVがそうだった。それを報道では「接触感染」と言っているから判りにくくなる。接触感染といってもいろいろあるが、ゲイとバイばかり感染するのは、肛門性交で出血する確率が高く、更に妊娠する心配がないという理由でコンドームもしないからだという。精液の中のウィルスが傷ついた直腸に射精されることで感染するというのが真相だ。手で誰かに触ったくらいの接触では感染などしないのだから、一般人には縁遠い病気なのである。

 男女の性行為だと女性の膣が行為に耐えるよう丈夫にできているから簡単に傷つかないが、男性同士の場合は肛門をピストンすることになる。しかし肛門は1日1回大便を通すだけの頑丈さしか備えていないので、ピストンには耐えられずに傷がつく。だからそこから感染する。感染すれば発疹ができるが、ニュースではアフリカかどこかの黒人の肌に全身にわたって発疹ができている昔の画像しか映さない。しかし実際に発疹報告されているのは全身ではなく、男性の性器、肛門周囲、直腸内部、口腔内と、ずばり生々しい。とてもお茶の間に映し出せる画像ではない。だから新しい画像はニュースに上がらないのである。
 欧米では全体の感染者の98%がゲイかバイで、そのうち41%はHIV感染者である。そういう病であるなら、そうとはっきり言えば人々も安心するのに、なぜ報道しないのか。それは「性的マイノリティに対する差別につながるから」だそうだ。ああ、またその話かよ。一体、真実を知らせることと、あるかどうかも判らない差別に配慮することと、どちらが大事なのかね。真実を知らせた上で「不当な差別はしないでね」とどうして言えぬのだ。ゲイやバイたちだって、正しく情報を知っていれば、性交渉を控えたり、コンドームを使用したりして感染予防できるだろうに。昨今の「親切」は思いやりを通り越して不親切なのだよ。
 以上の情報は、イエス!高須クリニックの二代目院長、高須幹也医師の発言を引用しました。真実を語るいい先生なのだ。

# by hikada789 | 2022-08-03 16:26 | 整体の仕組と健康 | Comments(0)
 安倍元首相銃撃事件により表社会に再浮上してきた旧統一教会の話題に押されて(及びもう風邪だって言ってるのにまだ騒ぎたい人たちが広める「コロナ第七波」報道に押されて)、ウクライナ戦争はそっちのけになった。大手メディアにとっては話題作りになる事件が大事なのであって、ウクライナがどうなろうと実際はどうでもよかったのだと、これで知れた。まるでテレビドラマ。一回涙を流せばそれでしまいだ。誰も振り返らない。所詮は他人事なのだろう。そんな他人事によくも無駄に騒いだものだ。あさま山荘事件で死刑囚となった坂口弘の獄中歌集『暗黒世紀』には、こんな歌がある。

――これしきの 悲劇に涙 滂沱たる 役者といふは 凄きものかな

 一体、役者気取りの国民がこの国の人口の何割を占めているのか。ウクライナで涙、コロナで涙。安っぽい涙が滂沱と出るのは、テレビドラマの見過ぎではないのかね。そんなテレビマンが国家運営をした結果、国はどうなるのかを、お馴染み佐藤優氏が東京大地塾で分析してくれたので、掻い摘んで紹介しよう。※印は宇宙人の合いの手。時間のある人は是非全編視聴下さい。広告は入らないのでストレスなく聴き入れます。

――米国によるウクライナ支援は「戦力の逐次投入」である。これは旧日本軍がガダルカナルでやった手口だ。これといった戦略もなく戦力を小出しにし、なんら戦果を挙げられないまま最後は「当初の任務を完了したので転進する」と言って、事実上敗北した。今のウクライナはこれと全く同じ状況である。もし米軍が本気でウクライナを支援すればロシアに勝てるが、米国にそのつもりはない。
 その証拠の一つがケルチ海峡である。あそこはクリミア半島とロシア本土を結ぶ橋が架かっていて、ロシア軍の補給路になっているが、そこを攻撃すればロシアに打撃を与えることができる。なのに攻撃しないのはなぜか。それは米国がやらせないからだ。もしケルチの橋を米軍兵器で破壊すれば、ロシアは米国を交戦国と見做し、次の手を打つ。それはシリアのクルド人支配地域にある米軍拠点を攻撃することだ。
 あの基地はシリアのアサド政権の承認を得ていないので、非合法占拠であり、攻撃されても正当性を主張できない。しかもクルド人を目の敵にしているトルコのエルドアン大統領を大喜びさせることとなり、NATO内部に亀裂が生じる。ロシアはそれを狙っている。(※まるでチェスなのだ。将棋と同じで、手練れは何十手も先を読んでいる。これが手練れの政治家の手法であり、テレビマン政権のウクライナにはできていない。)米国はそこを突かれたくないので、ウクライナにケルチの橋を攻撃させないようにしている。私はこれを「管理された戦争」と呼んでいる。これは私の造語だが、今後広まると思う。
 しかしこのまま行けば、どうなるか。当初ドネツク共和国・ルガンスク共和国の併合だけを目指していたはずのロシアは、今となっては黒海沿岸を全て獲り、沿ドニエストル共和国と地続きになって、ウクライナを内陸国家にするつもりだ。内陸国となったウクライナは地政学的に非常に厳しくなる。――

 そうなれば、ウクライナの主要輸出品である小麦やトウモロコシはロシア領土の港から出荷することになり、きっと高い港湾使用料や税金を払わされることになるのだろう。ああ、そんなことになるよりは、ロシア系住民ばかり住んでいるドネツク・ルガンスクをさっさとロシアにくれてやって、停戦しておいた方がずっとマシだったのでは。マリウポリ陥落で停戦しておけば「引き分け」で済んだのでは。どうしてそういう判断ができなかったのか。それはウクライナ政権が、テレビの見過ぎのテレビマンばかりの政治素人だからである。
 宇宙人もロシア語話者として感覚的に判るのだが、「米国が背後で糸を引くウクライナの挑発にやむなく乗って」侵攻に踏み切ったロシアは、自国の損害に見合った利益を上げない限り停戦できない。拳を下せない。そういう国だ(だから国後・択捉二島は返還しない。でも歯舞・色丹二島はちっちゃいので返還してもいいという姿勢なのだ)。奇しくもプーチンがかつて北方領土交渉で言ったように「引き分け」はアリなのだ(これがマリウポリ陥落時点で可能だった)。でも自国がマイナスで終わるのはナシだ。
 ゼレンスキーが西側に「武器をくれくれ」言って、米軍がフニャフニャと「戦力の逐次投入」を行ったせいで、戦争は今日まで継続し、日本ではウクライナ人の死者ばかり報道される中、ロシアではロシア兵の死者が日々積み上がっている。その人的損害のオトシマエをウクライナの領土で払わせようとしている(ウクライナ人の死者? そんなもの何の得にもならないよ)。しかも二度とロシアに歯向かわないように、ウクライナから黒海を奪って内陸に閉じ込めるつもりだ。小指をつめるどころか、両腕をもがれるようなものだ。でもそうだよ、ロシアってそういう国だよ。だからふざけてドローンを飛ばしたり、フェイクニュースで悪玉呼ばわりして挑発してはいけない相手なのだ。それが判らぬウクライナ人でもあるまいに。一体何世紀ロシアと付き合ってきたのだね。それともやっぱりテレビの見過ぎで頭が煮えちゃったのかい。

 佐藤氏は他にも、安倍晋三氏に対するプーチンの弔辞や、岸田政権の徹底した有言不実行の立ち回りとその成功、外交官時代のキャビアの話など、真摯でユーモアあふれるコメントを病身を押して披露してくれたので、そちらも傾聴してほしい。
 そうだよ、ドイツは今ロシア産ガスを通常の2割まで減らされて「もうクリーンエネルギーなんて言ってられない。原発しかない」ところまで追い詰められているのに、日本には今日もサハリンから同じ量のガスが運ばれている。誰だ、日本がサハリン油田から撤退するなんて騒いでいた奴は。ロシアは日本を敵国と見做したか? そう言ったかもしれないが、本音は違うようだ。
 日本もそうだ。ロシアも日本も「本音と建前」が乖離する国なのだ。今のままで互いに絶好調なのに、どうして変える必要がある? 必要ないならこのままで。なに、表向きは威勢のいいことを言っておけば良いのだ。そういえば、ウクライナだってロシア産ガスをストップされていないよね。首都キエフは通常通りの生活なんでしょ。ドイツと随分違う。そうだよ、ウクライナもロシアとは「なあなあ」なんだよ。ではどうして戦争を続けるのか。それはゼレンスキー政権が国民の意思と乖離しているからではないのか。ウ国内の内ゲバは近いのやもしれぬ。いや、もう始まっている。検事総長らが解任されてたっけ。ウクライナは内ゲバで自滅する国であると歴史が証明しているが、今回もそうなるのか、注視しよう。

# by hikada789 | 2022-08-01 09:52 | ロシアの衝撃 | Comments(0)