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土星の裏側

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宇宙人と呼ばれた人達の診療所

本物のレベルに、参りました (No.330)

  われ好む、法螺を交えて睦語り合う
  ワイングラスを酌み交わし合う、
  その時いかなる名で呼ばれるや、
  狼と犬との狭間の頃よ
サーシャ・ソコロフの『犬と狼のはざまで』はプーシキンのこの謎めいた詩で始まる。今年和訳が出版されたばかりだが、原作は1980年上梓、つまりソ連末期の作品である。『慈しみの女神たち』以来たまにはヘビー級の現代小説でも読むかと手にしたところ、いやもうとんでもない難解小説であった。
まず段落というものがない。数年前にマニアの間でブレイクしたドストエフスキーの人生を扱った不思議小説『バーデンバーデンの夏』も段落がいくらもなくて、句読点も少なく、主語があっちへフラフラ、こっちへフラフラして船酔いを促す作風だったが、年代的にもしかしたらソコロフのパクリなのかもしれない。あまりに話が見えないので訳者が自らまえがきを用意し小説の構成とあら筋を解説してくれている。普通、読者はこういう余計なお世話を忌避するものだが、この作品に限っては有難く、しかしせっかくの解説にも拘わらずやっぱり話が見えないのであった。

当時書き上げたばかりのこの作品を作家の知人に読ませたところ、3回読んでやっと意味が摑めてきたと解説にある。難解さの原因は主語のフラつきの他にも、詩人という設定の語り手が方言まじりで落語調に語る口語表現や、プーシキンなどロシアの有名な詩や格言の引用・メタファーの頻出、作中詩人の詩作の掲載という言語的制限などがまずロシア人読者に高度の読解を強いるのに、外国語に訳すとなるともうどこから手をつけていいのかわからず、最初に翻訳を試みた英語翻訳者は匙を投げたそうだ。もちろん今回和訳に挑んだ日本人翻訳者も同じ困難に挑み、その苦肉の翻訳過程を注釈に付したりしていかに原文が難解であるか、複数の意味を暗示しているかを丁寧に解説することで、その訳出した日本文のまずさが翻訳者の技量のせいではなく原文のせいであることを訴えている。いや、ご苦労様でした。あなたの訳が悪いわけではないことは良く判ります。

ストーリーもあるのやらないのやらのこの作品、それこそメタファーに使われている古典詩や民謡を知っていないとただの単語の羅列として何も汲み取れない仕組みで、それでも一読すると不気味な読後感が味わえます。一般的な小説を読みたい人には苦行になるのでお勧めできませんが、新しい(とはいえ1980年の作品です)スタイルを試したい人は是非。なによりメタファーを折り込んで仕立てた小説として拙著『メタフォーラ』と比べてあまりにレベルが高く、もう参りましたと投了するしかないのでした。
by hikada789 | 2012-12-19 19:56 | 宇宙人の読書室 | Comments(0)

by 土星裏の宇宙人