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土星の裏側

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宇宙人と呼ばれた人達の診療所

はみだしっ子からベルセルクまで (No.355)

江東区ののらくろ館では、小長井信昌という名編集者の育てた漫画家をずらりと並べたフェアをやっている。それはちょうど宇宙人が小中学生の頃に熱心に読んだ雑誌『花とゆめ』の歴史と重なっており、つまり当時『花とゆめ』を大ヒットさせたのがこの編集者だったというわけだ。『花とゆめ』を知らない人でも、「ガラスの仮面」や「スケバン刑事」、「パタリロ」「日出処の天子」くらいは知っているだろう。改めて並べるといずれ劣らぬキワモノ漫画ばかりだが、これらは全て1970~80年代の『花とゆめ』に連載された大型作品であり、小長井氏はこうした従来なかった漫画を発掘・育成する達人だったのだ。
当時の少女マンガといったら『マーガレット』とか『なかよし』とかで、稀に「ベルサイユのばら」のような歴史ドラマもあったけど、ほとんどは似たり寄ったりの少女向け恋愛ものばかりだったから、『花とゆめ』のパタリロを読んだ時の衝撃を、宇宙人はいまも忘れていない。要するにアウトロー御用達雑誌だったのだ。しかも少女向け。何かの悪意ではあるまいかとも思ったが、あれから30年ほども経ったいま、こうして高く評価されているのだった。

展示で目を惹いたのは、三原順の原画展示だ。古いから知っている人も少ないと思うけど、「はみだしっ子」というシリーズで深刻でリアルな疑似家族ドラマを長期連載していた伝説の漫画家で、あまりに人間を深く穿って描くので、ロシア文学を読む前の幼少の宇宙人は、この作品で人間とは何かという謎を大いに学んだのである。実際に何を描いていたかというと、先日採り上げた『罪と罰』のソーニャのセリフ、「世の中の何もかもが正しくなるなんて、そんなわけにはいかないってことに気付かないのは子供だ」といったような種類の対話を描くのが得意でした。そんな中で作中の子供たちは成長していき、そんな子供たちを眺めながら宇宙人もまた成長したのであった。
三原順は現役の最中に早逝し、ファンからも同業者からも大変惜しまれた、生きていれば大御所になっただろう、目の確かな作家でした。この時代に人間性に取り組んだ漫画家というのは、池田理代子や山岸涼子などもそうだけど、教養が高いんですね。戦後間もない物不足の時代に生まれながら、人格形成期に日本の古典や世界文学を読み漁っているので、漫画でありながら高級な人間が出てきたり、倫理性が高かったり、教訓じみた内容が盛り込まれている。今どきの漫画とはエライ違いです。
No.306に挙げた『サーニン』の存在を宇宙人が初めて知ったのも実は三原順の影響で、この人は作中人物にサーニンという名を付けて、それをロシア風の名前であると由来を示していた。間もなくロシア文学を読み始めた宇宙人は、サーニンというのは姓であっても下の名前ではありえないと気付いたが、ならばなぜ三原順は「ロシア風の名」とわざわざ明記したのかとずっと疑問に思っており、やがて『サーニン』というロシア小説があることを知る。つまり三原順は『サーニン』を読んでいたか、少なくとも知っていたのである。『サーニン』は『罪と罰』のようなメジャーな小説ではないから、これを知っているというのは相当の知識や恵まれた読書環境がなくてはだめだ。この一件から見ても、三原順の脳みそが当時としては卓越して重厚な知識で満たされていたことが判るだろう。漫画家を侮るなかれ。

ところで展示の一番最後に、小長井氏が手掛けた最後の漫画として三浦健太郎の『ベルセルク』を発見した。この作品は現在三部作でアニメが劇場公開されている超大作で、そのプロモーション番組を見た時、作画から音楽までの恐ろしいばかりの気合いの入れように衝撃を受け、宇宙人は一巻から(借りて)読み始めたばかりだった。青年向けなので、初めは単なるエロと暴力がテーマかと思ったが、これもまた「イヤーな大人の話」で、漫画にしておくには惜しい苦い真実を正面から扱っております。妖精や魔物が出てくるファンタジーとも思えぬ人間の業のお話。お勧めですが、R指定です。
のらくろ館の展示は、確か今週末まで。
by hikada789 | 2013-02-07 17:58 | 宇宙人の読書室 | Comments(0)

by 土星裏の宇宙人