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土星の裏側

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宇宙人と呼ばれた人達の診療所

異次元音楽会 (No.436)

世の中にはバイオリンより小さくて高音を出すピッコロ・バイオリンという楽器がある。ここ半世紀程の間に考案・発明された新しい楽器で、その特殊な弦にはNASAの技術が使われているという。音色は高音の割にうるさくなく、伸びやかで癒し効果があり、心理療法の分野でも注目されているそうだ。
このピッコロ・バイオリン演奏の第一人者が、ロシア人のグレゴリー・セドフという人形みたいに可愛いオジサンで、実はよく来日している。2年前に来日公演した時に、宇宙人は彼のスピーチの通訳をやったのだが、優しいオジサンでね、久しぶりに心にしみるロシア語を聞いたものだ。旧ソ連を生きた人だが、言動に表裏がなく、商売っ気もなく、お人好しと顔に書いてあるような好人物で、まるで妖精だと思った。しかも演奏技術はトリプルAで、こういう人間を生み出した旧ソ連は実はまんざらでもなかったのではないかと、今後の歴史の再評価を期待したくなるほどである。
(ちなみに私の小説『メタフォーラ・ファンタジア』もソ連時代に育成された音楽家の話がヒントになっている。最近この小説が「余話」の煽りで売れた。どこのどなたか存じませんが、ご愛読ありがとうございます。)

先週このセドフ氏が指導する後進バイオリニストのライブが都内で催され、宇宙人も足を運んでみた。小さな会場だったので休憩時間にセドフ氏と主催者が挨拶にテーブルを巡ったのだが、なんと彼は私を覚えていて、こっちの方が驚いた。2年前は名刺も渡さなかったので当然忘れているものと思っていた。人懐こい妖精オジサンの無邪気な語りかけに、感動ひとしおの宇宙人なのだった。
妖精は少年のような雰囲気とはいえもう結構な歳なので、今回自分は演奏せず、後進指導とプロデュース目的だとは聞いていた。彼の演奏を聴けないのは残念だが、宇宙人にはもう一つお目当てがあった。彼のピアノ伴奏者ユーリー・コジェヴァートフである。
2年前は2回の公演を拝聴する機会に恵まれ、一回目は日本人の女性ピアニストが、二回目をユーリー氏が担当した。演目はほぼ同じ。なのに音楽が全然違う! バイオリニストは同じなのだから原因は伴奏なのだ。あまりに技術と感性が違っていた。日本人の伴奏者も決して悪くはなかったのだが、ユーリー氏のピアノが素人の耳にも卓越しているのがはっきり判り、圧倒されたのを覚えている。彼のリサイタルではなく伴奏にすぎないのにこの差はなんだ。このときの衝撃を伝えんと宇宙人は「ぜんぜん違うんだよ!」と友人らに向かって絶叫し、煙たがられているのであった。今回のプログラムに彼の名があったので、寂しい懐を省みず、米びつの中身だけ確認して、宇宙人は会場へと向かったのであった。

ドリンク付の小さなカフェ・ホールは満席で、意外と集客力があるのに驚いた。ユーリー氏はソロで数曲弾いてくれたし、ゲストには日本人のジプシー・バイオリニストが呼ばれ、ピッコロ・バイオリンの日本人製作者の解説などもあって、演奏会というよりワークショップなノリだったが、同じテーブルの人たちとロシアやユーリー氏の技量について意見交換できた。生演奏の他に、録音されたピッコロとピアノの二重奏を6曲聴いて、1曲だけあるユーリー氏の演奏を当てるというクイズまであり、宇宙人は見事に当ててみせた。しかし6人が当てたので、最後はジャンケンになり、勝った人がCDをゲットしていて羨ましかったが、宇宙人は景品でオシャレな手ぬぐいを頂いた。

思わぬ収穫はこれだけではない。偶然同じテーブルだったロシア関係者が、なんと毎年恒例のロシア・フェスティバルの運営会社の代表だったのだ。もう忘れた人も多かろうが、この春、私は文楽『罪と罰』の床本を書いていた。実現の見込みの定かならぬ雲のような話に気軽に乗ったのだが、依頼者からは「技術的にクリアできた暁にはスポンサーが必要になる」と言われていた。今回できたコネでどこか紹介してもらえる可能性はある。どこへでも出掛けてみるものです。

ところで、セドフ氏が日本びいきだからか他に理由があるのか判らないが、セドフ氏が後進を指導しているのは母国ロシア以外では日本だけだそうで、しかもピッコロ・バイオリンの製作技術を継承しているのも上述の日本の職人である(この人の作った4挺のピッコロのうち1つはサンクトの音楽院へ寄贈された)。
洋楽なら欧米の方が愛好者が多いのではと思うが、ソ連時代の前も後も多くの亡命者を出したロシアクラシック界では、西側に渡った音楽家が資本主義の功利性と競争社会に揉まれて才能を曇らせていくと、半ば信じられている。日本も競争社会には違いないが、アジア的人情や非功利性との妥協が競争に不慣れなロシア人を安心させるのかもしれない。日本は下手にグローバル化を目指すのではなく、こうした人徳教育を盛んにした方が、世界で生き残れるのではないかと思うのだが。
by hikada789 | 2013-08-06 13:52 | ロシアの衝撃 | Comments(0)

by 土星裏の宇宙人