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土星の裏側

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宇宙人と呼ばれた人達の診療所

殲滅したい人々 (No.478)

前回宣伝した演能会、よかったですね。個人的に注目していた『芭蕉』は休憩時間に方々から聞こえてくる評価の声も高く、素人弟子の宇宙人も「プロの技はかくあるべし」と納得の舞台でした。
大して鑑賞能力のない宇宙人が何に納得するかといえば、ずばり「気」の保ち方です。合気道を長くやっていると、たるみのない糸のように気が常時張りつめている状態が一番安心でき、たるみを見つけると瞬時に「隙あり!」と条件反射で技をかける訓練をしているので落ち着かないのです。今回の『芭蕉』も私のなんちゃって『江口』とは比べ物にならないほどスローな演目で、それこそインナーマッスル使いっ放しなので疲弊するはずですが、気が緩む瞬間もなく、飛行機が一定の高度を保って飛行するが如く高レベルなパフォーマンスでした。見ている方もこれに付き合って眺めていると大層疲れますが、真ん中に間狂言が挟まっているのは観客を休ませるための中世人の知恵なのかもしれません。
能に通じている人はもっと別な所を鑑賞しているのでしょうが、武道家はこのように自己流に眺めて楽しんでおりますので、見慣れない方は自分流の楽しみ方を発掘してみて下さい。

しかし残念なことに今回も飴オバサンに鑑賞を何度も妨げられました。飴の包みを捻ろうとする度に何度も振り返って睨んでやったので奴の顔はもう忘れん。ババアめ。飲食禁止空間で自分がいけないことをやっているのを承知で隠れて素早く食おうとするのだよ。判っているならやめたまえ!しかも一人じゃなかったね。私の席の前後の列だけで5人はいたよ。ジジイもいたね。水飲んでるジジイもいた。どうなってんの、ご老人? 最近の若者は…とかクレームの声が大きい割にジジババのマナーも大したものではないか。
どうやら礼儀作法に年齢は関係ないようだね。生まれて成長する間に受ける躾が明暗を分けるのです。この時期に定着した躾は一生変わりません。仮に躾が悪くて大人になってから矯正してマシにした、という事はあるかもしれませんが、もともと躾の良い人が成人後よからぬ輩と交際したとしても、当人の育ちの良さは崩れるものではありません。
姿勢にしろ態度にしろ、躾はとどのつまり忍耐の訓練です。おあずけを食らってエサを前にじっと我慢するワンちゃんの訓練を人間様ならできるのが当然と思いたいところですが、実際はワンちゃん同様、訓練を修了してない人にはできないのです。つまり飴オバサンの類はワンちゃん以下だと宇宙人は言いたいのだよ。

戦前の教育は修身の授業が義務付けられていたりして、心身共に節度を備えるのが美徳とされ、この教育方針を失った戦後日本人は行儀も節度も格段に落ちたと指摘されますが、私の実感ではこの「修身」的な感覚が家庭内に浸みついている家庭かそうでない家庭か、そこからはみ出る子供を殴ってでも厳しく矯正してから世に出したか否かで、将来飴ババアを輩出するかどうかの明暗を分けるのです。
無人島で三日間飲まず食わずだった遭難者が飴をむさぼるのは一向に構わない。しかし豊かなこの日本で劇場に通う余裕のある人間がどうして2時間足らずの断食に耐えられないことがあろう。昨晩の報道では学校教育に道徳の授業を義務付ける案が出ているという。是非ともワンちゃん以下の忍耐力で恥をさらす人間を殲滅する方向でお願いしたいものである。
帰り際に劇場の事務局に「開演中の飲食禁止はアメも含みます」という場内アナウンスにしてもらうよう伝えるべきかと出口で佇んでしまったよ。今年は能楽堂に通う回数が少なかったのは、年初に飴オバサンに辟易して能楽堂がイヤになったからだったのを思い出した。能楽師の皆さん、集客にお悩みでしたら、客席のマナーも徹底した方がよいと思います。今のマナーでは少なくとも欧米人のお客さんは恥ずかしくて呼べない。オペラやバレエの鑑賞中に飴を取り出して食べる客など、西洋社会ではありえんです。

殲滅したい人々といえば、算命学について質問を寄せる人の中にオツムの弱さを露呈して平気でいる人がたまにいて、これまた殲滅したい。獣木野生の漫画『パーム』ではルックスの良いやんちゃなゲイのフリスに、古風な女装オカマのグレッグが小言を言って撃退されるこんな名シーンがある。
グレッグ「あんたみたいな暴力的なのがいるからゲイの評判が落ちるんだわ」
フリス「てめえみてえなブスがいるから落ちるんだろ」
グレッグ「――ひどいわ!ひどいわ!」

算命学を含む占い一般もこういうことだと思います。てめえみてえなブス、ではなく頭の弱い一部の人々が占いの評判を落としているのです。こういう人たちがどんな質問を寄せるかというと、自分がいい子や正しい人だという理由づけやお墨付きを占いに求めるあまり、占いの型が自分と違う人が悪者だという証拠を見つけて優越感に浸ろうという類の質問であります。こういう間違った優越感に浸らないよう『余話』を有料にしてますという但し書まで掲示しているというのに、一体どこを読んでいるのかね。
宇宙人は当ブログに黒い記事を載せたくはないからボカして書くけど、宇宙人は(宇宙人でなくとも)オツムの弱い人間は嫌いなので、以下のような質問は今も昔も取りあいません。心当たりのある人は良く読んで、「ひどいわ!ひどいわ!」と叫んでくれても構いませんが、できれば矯正して今後恥ずかしくない生き方を目指して頂きたい。

[アホな質問1]
自分は身弱ですが、周囲に身強の人が何人かいて、彼らは気が強くて何でも自分の意見を押し通そうとするので困ってます。宿命だからどうにもならないのでしょうか。
[宇宙人の怒りの回答1]
どうにもならないのはてめえだ!たかだか宿命が身強だっていうだけでお前は他に彼らの何を知っているというのだ!身強が我を張るなど言いがかりも甚だしい。身強はエネルギーが強いだけで性格が強いかどうかは十二大従星では測れないのを知れ!レイシストめ!レイシストの意味が判らなかったら辞書で引け!この世に身強が何割いると思っている!こんな質問を持ち込んだ相手が身強だったらどうする!失礼千万だ!そんな予測もできない奴が占いなんぞするな!

[アホな質問2]
自分は宿命に「合法」があります。同じ合法の人とは気が合うのですが、会社の人は刑など「散法」の人が多く、ギスギスしてて、この人たちとはやっていけないと思います。
[宇宙人の怒りの回答2]
やっていけないのはてめえに問題があるからだ!合法と散法に善悪はなく、上部の天干と下部の蔵干の組合せによって善にも悪にも作用すると言っているだろうが!あんたは自分がいい人に見えたいばかりに他人の欠点を探してあげつらう最低な人間だ!繰り返すが散法を持つ人間がこの世に何割いると思う!私が散法を持っていたらどれだけ失礼な質問になるか、想像する能力も持たない自分の知性の欠如を思い知れ!

こんな質問する人本当にいるのかって? 結構いるんですよう。
レイシストは人種差別主義者という意味ですが、宿命にこれがあるからこういう人間に違いないという考えは人種差別と同等の恥ずべき考えです。最近の『余話』では「刑」について礼節を欠くという定説を採り上げましたが、同時に礼節は幼年期の正しい躾や他の星の作用(人間関係を含む)で身に着けることができ、肝心なのは幼児期の教育だとも書きました。
実際に私の親しい友人にも刑を持っている人はいるし、礼儀の足りない人とは私はお付合いしませんから、彼らはおそらく生育期の家庭教育が優れていたため「刑」の現象を抑えることに成功したのでしょう。そもそも地支の鑑定技法は合法と散法に限りません。蔵干にかかる守護神や中殺による変化など、変数を考慮せずに位相法だけで推し進めると判断を見誤ります。
刑や散法があるから劣った人だとかいう考えの持ち主こそ、ろくな躾を受けずに成育したことを露呈しております。算命学は確かに生年月日という動かぬ数字から運勢を判断する技術ですが、生まれた瞬間に時間と歴史が止まった人でもない限り、人間は日々成長し変化していきます。どんなに優れた宿命を持っていてもその能力を使って磨く機会がなければないも同然です。ですから宿命だけからは人間の良し悪しも人生の良し悪しも判らないというのが算命学の基本です。こうした基本をおさえていない人に他人を占う資格はありません。あなたの評判を下げるだけでなく算命学の評価まで下げてしまうことを肝に銘じて精進して下さい。
by hikada789 | 2013-11-11 16:34 | 算命学の仕組 | Comments(1)
Commented by hikada789 at 2013-11-14 15:53
ここへコメントされた方へ。前回に続きアホなコメントだったので削除しました。あなたの言い分は読むに値しません。知性をお持ちなら二度とコメントしないで下さい。尚あなたのアドレスはブログ管理へ通報しました。皆さん、いるんです、こういう人が。

by 土星裏の宇宙人