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土星の裏側

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宇宙人と呼ばれた人達の診療所

美人ですか、あの顔 (No.541)

このところ硬派な話題が続いたように思うのでたまにはダラけた話を。4月になったので新作アニメのチェックなどしておったところ、なんと初代ガンダムが再放送で始まった。なぜに今頃。懐かしい。私が小学生の頃大フィーバーした時は実はテレビ版では見たことがなく、遅れて映画化されたもの(当時同級生たちは映画館で長蛇の列に並んだことを熱く語ってくれたものだ)を更に遅れて夏休みアニメ特番で何度も夢中になって見たのを覚えている。つまりテレビシリーズは初めてなので、今になって年甲斐もなく毎週見始めたのだ。
よいではないか、昨今では中高年向けに懐かしのアニメや漫画を復刻して全集販売する手法が当たっているのだから、無料のテレビ放送などお安いものだ。売る側としては中高年のノスタルジーに訴えてブルーレイ全集や関連グッズを買わせようという魂胆なのだろうが、生憎私は画像やフィギュアをコレクションする習性がないのでその手には乗らない。純粋に作品を鑑賞するだけだが、敢えて言えばローティーンの頃はなぜ夏休み毎にあんなにも夢中になってガンダム三部作を見続けたのか、その感動が那辺にあったのかを確認したい。というのはガンダムはそれまでのヒーローものと違って善悪の区別のはっきりしないリアルドラマの先駆けであり、おそらくローティーンの子供に話の筋は半分も見えてはいなかったのだ。お目当ては主人公とライバルの一騎打ち、要するに活劇シーンであり、それ以外の大人たちの会話はほとんど頭に入っていないから記憶にも残らない。勿論私の頭にも残っていない。だからこの機会に頭に入れてみようと思う。

まだ始まって2回しか経っていないが、絵の古さや動きのぎこちなさは30年前の作品だから仕方ないとして、物語の始めとその展開の仕方は、なんとその後あまた作られたガンダムシリーズやその他のメカアニメに踏襲されており、オマージュ化したのかもしれないが、手法として今日も廃れていないのに驚かされる。さすが元祖。そして私のお目当てはシャアだが、「ガルマはなぜ死んだのか」「坊ちゃんだからさ」の衝撃を今でも覚えているように、子供向けアニメらしからぬシニカルなセリフの似合う敵役の存在が子供の目にもカッコよく映ったものだ。尤も随分後になってシャアの設定年齢が18歳と聞いて仰天したが(ブライトなんて19歳だよ)、最近のアニメはこの種の大人キャラがうまく創れておらず、主人公の世代目線一辺倒なのが物語の厚みを削いでいる。
前にも書いたが、私はアニメをチェックするといっても実際に第一回目を見るのは全体の一割程度で、その第一回でさえ物語の厚みの片鱗を確認できないと次回からは見ないので、1シーズン通して見ているのはせいぜい1~2作品なのだ。進化しているはずの新作より初代ガンダムの方が見応えがあるというのは残念な話で、クリエイターの才能の枯渇がやはり物質に満たされた豊かな社会にあるものなのか、アニメのみならず映画や音楽、文芸についても議論できそうである。

まあそれでも新作には新作の新たな境地があるもので、4月から始まった『蟲師』の続編は前作同様楽しみに見てます。夜中に電気を消して見ると趣が更に増しますね。東南アジアの打楽器の転がる音楽が心地よい。日本ならではの感性の作品です。あともう終わってしまったが音楽目当てで見続けた『キルラキル』は壮絶に笑える傑作でした。ばかばかしいにも程がある、しかし辻褄は合っていて展開もやたらと早い、全力疾走を極めた製作者の遊び心が冴える勝利の作品でした。面白いんだけど、もしかしたら子供向けではないかもしれない。興味のある方はレンタルで。

ところでNo.534で宇宙人が認める美人の基準としてイリーナ・クプチェンコ嬢を挙げてみたが、この基準でものを言うと世の中がもて囃す美人像が宇宙人にはさっぱりなのである。例えば昨今では小保方先生。記者会見の模様を見た男性諸君はあれを美貌と呼ぶのだが、私は鼻の穴が上向いた顔を美貌とは見做さないから、どちらかというと醜女の部類だ。入院するほど憔悴している割には前髪も後ろ髪もくっきりカールが入っていたのも変な感じだし、厚化粧自体なんか知性を感じない。研究成果の是非はともかくとして顔面が称賛されるのには合点がいかぬ。
日本人だから厳しくなるのかもしれないが、同じロシア人でもハニートラップ・スパイとして名高いアンナ・チャップマンもどこが美人なのかさっぱりである。皆さんお好きですか、あの顔。チャップマンはイギリス姓で結婚相手のものをそのまま使っており、当人はれっきとしたロシア人なのだが、あの顔はあまり典型的なロシア顔とはいえず、だいたい目が小さいよ。クプチェンコ嬢はウクライナ系だが、ロシア人の典型と同じく大きな目が特徴で、私の認める美人の条件としてここは譲れない。
目が大きいといえば故ダイアナ妃がいるが、あれもまた私の美人条件には当たらない。故人をとやかく言うのも何だが、金髪くらいしか目立った特徴のない顔ではなかったか。英国王室に馴染めぬ鬱屈した表情が上目使いの大きな目を強調しており、気の毒な人ではあったが美人ではないと思う。アンナもダイアナも私の腰痛を軽減しはしなかった。

美の基準は人それぞれとは言いながら、日本には日本の、諸外国には諸外国の一般的な美人条件というものは確かに存在し、国境を越えた色事師の話によれば、人は人種的に遠い顔を美しいと認識するものであるらしい。日本人はあっさりした顔なので彫りの深い顔立ちや大きな瞳の持ち主を美しいと感じ易く、欧米人はその逆で細い目やまるい顔に神秘性を覚える。野坂昭如によれば、終戦後に進駐した米軍兵士の相手を引き受けた大和撫子たちは、当時の日本の外貨収入の二割を稼いでいたという。その働きぶりにも驚かされるが、野坂氏が注目するのはその容姿で、米軍兵士の選ぶ女はどれもおかめ風の醜女ばかり。はっきり言って悪趣味で、当時も今もほぼ一致する日本人の考える美人顔の女性には見向きもしなかった。もし彼らが日本人好みの美人ばかりを選んでいたら、それだけで日本男児はレジスタンスにでもなったかもしれない、米国人が悪趣味だったお蔭で暴動は起きなかった、という。ヒエー。老人の話は聞くもんですな。
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by hikada789 | 2014-04-14 19:10 | その他 | Comments(0)