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土星の裏側

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宇宙人と呼ばれた人達の診療所

算命学余話 #U45 (No.547)

算命学余話では、前々回から2回に亘って婚姻にまつわる中殺現象を採り上げてきました。中殺現象はなにも婚姻にまつわるものばかりではなく、生活全般に現れるものではありますが、官星と魅力星については以前から繰り返し述べているように、剋し剋されることで生じる星々である関係上、恋愛・婚姻という心と運勢の奪い合いを例に現象を説明すると判りやすいことが多く、学習者の理解向上のために敢えて続けて例を挙げてみました。学習者の方には、こうした例をヒントに恋愛以外の生活全般にも応用して頂ければと思います。

十大主星の中殺については、他にもまだ言及していない星がありますが、今回はお騒がせな星として名高い調舒星と龍高星の中殺について考察してみます。ブログでは以前「自殺相と発狂相」という物騒な表題で簡単に解説したことがありますが、あれから数年経ったいまでも記事アクセス数の上位に上がり続けており、読者の皆さんの関心の高さが伺い知れます。もとより算命学に興味のある人は、思想や鑑定技術に関心がある以前に、思い通りにならない自分自身の人生や心境について何とか説明を得て納得したいとお望みなのかもしれません。そしてそうした人たちは、もしかしたら自身の宿命にある調舒星や龍高星を持て余しているのかもしれません。

調舒星と龍高星はどちらも精神的葛藤と不可分な性質を持ち合わせており、これらの星を宿命に持たない人からは全く理解されないというハンデを負っています。自分を理解してくれない人の数の方がそうでない人の数より相対的に多いので(単純計算でそれぞれ10:1です)、真の理解者を得るまでに時間がかかるし、その間に内的葛藤が嵩じて精神を病んだりするリスクも高いです。
しかし算命学は人生における一方的な勝ち組も負け組も認めてはいないので、こうしたハンデを逆手に取って飛躍できる可能性を秘めていることもまた事実で、星を有効に消化して輝かすことができれば、他の星々に見られない際立った光彩を放つことができるのです。特に芸術的才能はこれらの星が1つはないと本物ではないと考えられ、その理由は両星とも精神を意味する縦線に属していること、星の性質上異彩を放って社会に迎合しにくいこと、社会に認められなくとも我が道を貫く強さと覚悟が要求されることなどが挙げられます。そういう意味で、算命学は調舒星と龍高星を気難しいながらも面白みのある星であると認識しているのです。個人的な鑑定者の立場から云っても、これらの星のある宿命の方が鑑定していても楽しいです。

もちろん、調舒星を持っているから必ず自殺するとか、龍高星があるから必ず発狂するとかいう単純な話ではありませんし、これらの星がない人なら絶対自殺も発狂もしないという理屈もありません。全ての可能性は否定できないものですが、自殺や発狂に関して、どういう要素が加わるとその意味合いが強くなるか、ということについて今回は調舒星、龍高星それぞれの中殺との比較からアプローチしてみたいと思います。

(この続きは「ブクログのパブー」サイト [http://p.booklog.jp/] に公開しました。副題は「調舒星中殺と龍高星中殺」です。「算命学余話 #U45」で検索の上、登録&ざらめ煎餅一袋分の料金をお願い致します。登録のみは無料です。)
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by hikada789 | 2014-04-27 17:58 | 算命学の仕組 | Comments(0)