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土星の裏側

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宇宙人と呼ばれた人達の診療所

間男は屋根を渡る (No.553)

間男という日本語が可愛いく聴こえるのは、サウンド的にも文字的にも弱くてソフトで間抜けな印象が加味されているからだと思うのだが、間男と聞いて思い浮かべる光景といえば、旦那の留守を狙って人妻といちゃついていたやさ男が突然の旦那の帰宅に驚いて二階へ駆け上がり、窓を開けると昔の家は長屋状態で近接しているので屋根を伝って逃げようとする。しかし瓦屋根なので足場が悪く、着物を丸めて抱えた半裸の若造が滑らないよう、しかし旦那に気付かれないよう音を立てまいと爪先だって急ぐ姿が何とも滑稽で、不倫を責める気が失せるのだ。更に笑いをそそるために、隣家の女将が二階の窓から手招きしてこっちこっちと手助けするバージョンもある。隣家の女将はとっくに知っているのに当の旦那は気付かないというこの間抜けた現実。間男はまさに平和の象徴なのだった。

この間男の屋根渡り、屋根を渡れるほど家屋の密集している日本独自の文化かと思っていたが、帝政ロシアでも存在が確認された。無論欧米では古くはロミオとジュリエットのようにバルコニーを隔てて愛を語る形式がいつからかバルコニーの柵を乗り越えて侵入する乱暴な求愛行動に発展し普及しているが、セレブを気取る彼らは貴族などの大邸宅でそれをやりたがるので隣家と軒を接してはおらず、屋根は渡らない。もし市街地で屋根渡りをやるとすれば怪盗を追っかける捕り物になってしまう。半裸の背中をまるめて慌てて逃げていく愛すべき間男像は気温の低い国では流行らないのだな、と思っていたら、帝政円熟期のロシア貴族が夏をチャンスとばかりに衣服を小脇にかかえて屋根を走っているではないか。
この情景は2006年のロシア製シリーズドラマ『現代の英雄』で活写された。宇宙人は例のロシア・フェスで全編6時間一挙上映会を観てきたのだが、You tubeで原題のгерой нашего времени 2006 を検索すると数分の断片が幾つか鑑賞できます。主人公は大層な男前なので、こんな男を屋根に上げてしまうなんてやはり熊の国はやることが違うなと感心するのであるが、原作者の詩人レールモントフ自身がこの作中人物の投影であると云われているから、当時の放蕩貴族は身分を顧みず屋根渡りするのがトレンドだったのやもしれぬ。当時は決闘もトレンドだったからお貴族様もやりたい放題ですな。ロシアは冬が長くてはしゃげないから短い夏に一気に弾けてしまうのは今も同じで、文学作品といえば短く切ない夏の出来事を扱ったものばかり。『罪と罰』の殺人事件もハエの舞飛ぶ不快な夏が起因していたし、メロドラマにしても恋に破れた貴族の女性が長いドレスを翻して走り去るのは、雪のない季節の運河に架かる乾いた橋や緑溢れる別荘地でなければならぬ。厳しい冬は分厚いコートを着るからドレスを翻すことはできないのだ。

ロシアはここ十年ばかり経済が好調なので、この種の金のかかる時代劇ドラマの制作がさかんになって、愛好者としては目の保養が嬉しいばかりである。欧米と違ってロシアの女性はたおやかだし、男性は貴族といえばみんな軍人だったから軍服姿がマンガみたいにカッコイイ。しかしこの作品の主人公ペチョーリンの複雑な内面は、ロシア革命の百年前に生まれた原作者の一種の平和ボケの産物と云えなくもなく、同じく平和ボケにわけもなく危機感を覚える今日の我々に通底するものを感じるのだ。
ペチョーリンを取り巻く社会は実に漫画チックで、戦場で怪我を負った将兵らが保養する温泉地は、単なる保養で遊びに来る貴族の令嬢とその家族が婿さがしをする溜まり場でもあり、その動機がなんとも不謹慎なのだが、まだ帝政の崩壊の予感すらなかった平和な時代、貴族たちは大して働きもしないで恋と不倫に血道を上げており、それでいて「刺激が足りない」とかうそぶいていた。彼らの色恋を我々の時代のグルメに代えたら判り易い。ペチョーリンは恋はしたかったが結婚は縛られるのでしたくなかった。現代人はうまい物を食いたがるが栄養は既に取り過ぎるほど取っており、摂取過剰で健康を害して食事制限を強いられたり、持て囃された飲食店があっという間に飽きられて潰れてはまたあぶくのように生まれたりを繰り返している。なんという不毛。本末転倒なのだ。
刺激を求めて決闘を繰り返したレールモントフは、望み通りというべきか決闘で27年の生涯を閉じた。彼は優れた文学作品を残して後世の人々に愛されたが、できては潰れを繰り返すグルメの世界は果たして後世に何かを残すことができるだろうか。いずれにしても平和というのは度が過ぎると人間をおかしくするものなのだ。間男が走る平和な風景にも考えさせられるのだ。
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by hikada789 | 2014-05-17 11:51 | ロシアの衝撃 | Comments(0)