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土星の裏側

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宇宙人と呼ばれた人達の診療所

検閲の功罪 (No.626)

米国の同盟国である手前ウクライナ問題に係わるロシア制裁に同調しなければならない安部首相は、この10月の還暦祝いに合わせて9月生まれのプーチン大統領と誕生日プレゼントを交換している。安部さんからは釣り道具セットを、プーチンからはティーセットが贈られた。ソチ五輪の開会式を多くの主要国首脳が欠席した中、珍しく周囲と歩調を合わせず出席を敢行した安部さんに対し、プーチンは個人的に好感を抱いている。協調性を重んずるあまり明快な意思表示を苦手とする日本人にしては珍しいタイプだと一目置いているようだ。無論意思表示がはっきりしているからといっていい奴だとは断言できないが、両者は少なくとも表面的な態度に似たところがあり、要するに気が合う。だから今回の誕生日プレゼント交換もぴったりはまった。
何がぴったりかというと、安部さんはただのお祝いの品であるなら日本の伝統工芸品でも贈っておけばよいものを、わざわざ釣りセットを選んだ。プーチンがアウトドア好きであるという配慮も勿論あったろうが、それより大事なメッセージは「しばし待ってくれ」である。釣りは待ち時間が長い。いつ釣れるかも判らないが、その待ち時間も含めて楽しむものである。ウクライナ問題で各国がロシア制裁を声高に叫んでいる最中では、北方領土問題含め日露関係改善を推し進めたい日本も動けないが、だからといってロシアを見捨てたわけではないし、関係推進を諦めたわけでもない、今は時期が悪いからしばらく待ってちょうだいね、という暗喩が込められた贈り物なのである。これに対するティーセットも気が利いている。つまり「あなたのメッセージは理解した。ではそちらもお茶でも飲んでゆっくり休憩していてくれ」という返答なのである。

以上の解釈は宇宙人の私見だが、贈呈の事実とその内容品についてはロシアのネット新聞に上がっていたものだ。もしかしたら他にも誰かがこの記事を発見して同じような解釈をしているかもしれないが、いずれにしてもこの解釈で間違いはないだろう。それほど素人が見ても判りやすいプレゼント交換だったのだ。この種のやりとりはロシアでは常套である。日本では今日見かけない。戦国時代なら合戦中の交渉やスパイ防止にこうした意味あるアイテムが飛び交った話が伝わっているが、そもそも誕生日を祝うという風習が日本の伝統にはなかったし(誕生日を大ごととするのはキリストの誕生日にこだわるキリスト教徒の風習だ)、誕生日のプレゼントが定着した今日の日本でも、だいたい自分が良いと思う物を買って贈るのであり、相手が欲しがるものかどうかはそれほど比重が高くない。つまり自己満足や恩着せのための贈呈という意味あいが強く、今日女性へのプレゼントがこぞって質屋へ流れてしまうという不毛な事態を招いているくらいだ。ましてやその品物に込めた意味など、プロポーズを意味する指輪くらいしか活用されていない。
しかしロシアでは、伝統的に物事に何らかの深い意味やメタファーを見出したがる国民性があり、贈り物に限らずずばり言葉であっても何らかの隠れた意味を込めてやりとりする傾向が強く、或いは最初は何の意味も込めていなかったが後になって「ああいう意味が実はあったのだ」と自分でも気付かぬ神の仕業のように解釈することも多い。この傾向は文学作品に特に顕著だが、日常生活でも時折見受けられ、かくいう私もそういう品をロシア人に贈られたことがある。いま家にあるが、眺めるたびに当時は気付かなかったその運命的な遠い意味に愕然とするのだよ。これをネタに小説の一本も書けるくらいだ。

ともあれ今回の安部さんの機転は佐藤優かその周辺(森喜朗あたり)の入れ知恵ではないかと推測する。この種の贈答が欧米でも通例であるかどうかは知らないが、そこまで隠して伝える必要もなさそうな国柄なので、多分ないのではと思う。というのは、ロシアといえば世界に冠たる収容所国家であると同時に検閲国家でもあるからだ。
検閲は表現の自由と敵対するものだが、検閲に引っ掛けるには優秀な検閲官が必要で、読解力のない人間には務まらない。ケータイ小説を面白がるような読書レベルの人間にも務まらない。従って表現者の文章能力が高くなればなるほど、検閲官のレベルも上げねばならず、必然的に検閲官の教養は社会のトップレベルになるのだ。表現が現代語だけとは限らないから外国語の知識や古典の名言格言にも精通してなければならないし、それはそれはハイレベルな闘いなのだ。その目的が国家方針に柔順か否かの判断に使われるという不毛さにはがっかりさせられるが、とにかく検閲官の読解力と分析力はピカイチで、国家がこれに多くの予算を割くものだから、検閲の技術も技能者の数も益々上がる。検閲オリンピックというものがあればロシアがダントツで連覇を続けるだろう。
まことにおかしな方向へ文明を発達させる不思議の国であるが、こういう習慣を何世紀も続けてきた国だからこそ、国民はその厳しい検閲官の目をくらます暗喩の技を身に付けたのだ。今回の釣り道具とティーセットなどは誰にでも判ってしまうのでレベルとしてはかなり低いが、バレて困る相手は文脈の機微に疎い米国人であるから大丈夫と踏んだのだろう。それに検閲の習慣が戦時中くらいしかないのんびりした日本人相手に高度な暗喩技法を使ってメッセージが届かないと困るので、こういう初級レベルのやりとりになったのだと考えられる。いずれにしても言葉ではないので両者の息が合わないと通じない。安部さんとプーチンはやはり気が合う者同士なのだ。

前回のNo.625では佐藤優氏の読解力・分析力を称えたが、彼のこうした能力は天性のものである他にロシア人との交流で磨かれたものではないかと思う。思っていることを喋るだけで逮捕されかねなかったお国柄、一見して意味のなさそうな言葉の羅列にも判る人には判る重大な意味が込められている、そういう波に日々もまれていると必然的に行間を読む技術に長けてくるものである。だから情報伝達において字義通りの意味が把握できるだけでは全く不足であり、「言わないと判らない」ような人間やそういう国の言葉を学ぶ前にまず自国の国語を徹底的に磨いておかなければならないのだ。子供の英語教育の前倒しに反対の宇宙人でした。どうせならロシア語を学んだ方が読解力も読心術も上がるわ。
by hikada789 | 2014-10-31 15:45 | ロシアの衝撃 | Comments(0)

by 土星裏の宇宙人