人気ブログランキング | 話題のタグを見る
ブログトップ

土星の裏側

doseiura.exblog.jp

宇宙人と呼ばれた人達の診療所

言語と宇宙 (No.632)

人類初の彗星への着陸を成し遂げた欧州スポークスマンのネイティブではない英語スピーチから漏れ聞いたひと言。「これは欧州の勝利である!」。勝利って誰に対して? 誰かを打ち負かしたのかな? まだ彗星着陸してない国や民族へのあてつけかい? この辺りの欧州言語話者の思考回路がどうにも得心いかぬ宇宙人、宇宙へ向けられたヘンテコな地球人の所業について陽の当たらない土星裏で呟いてみる。

もう半世紀ほども前になろうが、宇宙に向けて衛星や探査機などの箱ものを打ち上げられるようになったばかりの頃、地球人は宛てのない宇宙へ向けて地球外生物との遭遇を想定した箱ものを放出した。恐らくというか当然言葉は通じないであろう異星人に対し地球人が「知的生命体である」ことを示すため、当時使われていた様々な文物を搭載し、その中にはコンニチワだか何だかの挨拶フレーズを地球上の様々な言語で記録した録音テープも含まれていた。沢山の言語を載せておけば一つくらい理解してもらえる可能性があると見込んだからだという。この話は私が小中学生の頃の理科教師が夢のある科学話として授業中に披露したものだが、こまっしゃくれた児童であった宇宙人の当時の感想はこうである。

「コンニチワばっかり集めたってそれ以上のメッセージは伝わらないじゃないか。いくら意味が同じだからといって系統の違う言語から掻い摘んで集めたら、第三者には単なる単語の羅列に映って却って意味を見つけにくいし、仮に暗号解読のプロが解析したところで出てくる正解がコンニチワだけじゃ知的だなんて感心してもらえないぞ。それより英語なり仏語なりどこか一つの言語に絞って、文法形態が判るようちゃんとした文章で伝えたい中身のあるメッセージを吹き込んだ方が解析しやすいじゃないか。我々だって外国語を学ぶ時は最初は単語の羅列の記憶だけかもしれないが、やがて意味ある内容を把握できるようにするためには文法の理解が必要だし、より多くの文法的・語彙的実例に遭遇するのが習得への近道なのだ。異星人だって地球から届いた地球語を理解するには似たような作業をした方が理解が早かろう。どうしてそうしないのだ。コンニチワ、コンニチワって連呼して何を伝えようというのだ。却ってなめられるぞ。日本人の発想ではないな。誰が考えたのだ。」

この辺りが宇宙人の欧米人の知性に対する不信感の始まりかと思われる。最初から異星人が自分達より劣っているという前提で考えるからこうなるのだ。向こうの方が知性が上で、暗号解析力も地球のどの軍隊よりも優れているとしたら、もしかしたらこのコンニチワの羅列だって解析するかもしれない。そして思うだろう。自分達が一番優れていると考える奴らの浅い発想だな、何と愚かな生命体だろうと。或いはこう思うかもしれない。これだけ多くの言語を公平に載せるということはきっと人種差別がある。どこかの一言語だけを載せると差別だと批判されるのでそれを避けるために公平にこだわったのだ。公平は結構だが宇宙で遭遇するかもしれない生命体へのメッセージという本分を見失って末節に囚われている。やはり愚かな生命群だと。どちらへ転んでも人類のバカっぷりが知れてしまうのだ。だからそんな録音などいっそ入れずに文物だけにすれば良かったのだ。本を一冊入れておくだけでも暗号解読には充分な手立てになる。そうではないか、と理科教師に云いたかったが、場の雰囲気を読んで沈黙を通した子供の宇宙人なのだった。

異星人の方が文明が進んでいるのではという発想や、その上で行われるであろう言語解析の妙についてかように考えるのは宇宙人たる自分だけであろうかと永らく寂しく思っていたが、2年ほど前にある日本のアニメが同じ発想で異星人との遭遇を描いてくれ、「そうそう、そうでしょ」と共感を以って眺めたものである。物語の本筋は忘れてしまったが、言葉の通じない地球人に遭遇した異星人がその解析力を駆使して猛烈なスピードで言語を習得していく過程が、私の想像したものと非常に近かった。その方法とは高度な人工頭脳にサンプルとしての地球語をじゃんじゃん聞かせ、単語や文法を瞬時に分析させてどういう構造で成り立っている言語かを短時間で認識し、その認識の上で自ら話者に転じるというもの。話者になると今度は相手から反応が来るから、その反応を見て間違いやニュアンスを更に微調整していく。そんな技術がいまの宇宙のどこかで実際に駆使されていてもおかしくはない。何かまずいですか、駆使されると? あなたの自尊心が傷つきますかあ?
このアニメが海外へ出てウケたかどうかは知らないが、この種の発想が少なくとも半世紀前まではなかったと思われる地域の人々に果たして理解されるであろうか。理解されないからつい昨日の出来事でも「勝利だ」とか口が滑ってしまうのではないだろうか。宇宙人は宇宙に散らばる同胞を代表して、土星の裏側からかような地球人の所業を観察しているぞ。

最後に全然関係なさそうで実はあるかもな話。当ブログでもちらっと紹介したダークファンタジー漫画『ベルセルク』の劇場版主題歌「Aria」に感銘を受けていた宇宙人は、その日本語でも英語でもないラテンっぽい響きの歌詞はどこの言語であろうかと検索したところ、作詞作曲演奏を一手に引き受けている平沢進なる音楽家の作った架空言語であることが判明した。その歌詞に意味はなく、単純に楽曲に磨きをかけるためだけに考案された音の羅列なのだという。それにしてはよくできている。韻を踏んでいるので詩にも聞こえるし、一番と二番があって微妙に似せてあるので何だか動かせない文法規制を受けているようにも聞こえる。架空言語だってここまで本物っぽく見せるには文法らしき部分を演出する必要があるし、実際効果が上がっている。言語とはそういうものなのだ。単なる単語の羅列では断じてない。もしかしたらこの歌を聴いた異星人は、喜び勇んで言語解析し、何らかの意味ある内容を見出してしまうかもしれない。
YouTubeで4分ちょっとのライブ演奏が聴けますから、興味のある方はご視聴下さい。
by hikada789 | 2014-11-14 17:37 | その他 | Comments(0)

by 土星裏の宇宙人