人気ブログランキング | 話題のタグを見る
ブログトップ

土星の裏側

doseiura.exblog.jp

宇宙人と呼ばれた人達の診療所

『遠き落日』 (No.639)

毎年この季節はその年の流行語大賞が決まるのだが、現在ノミネートされている流行語の大半が初耳である宇宙人。世代によって依存しているメディアが異なる昨今では、世代間で流行語が分かれてしまう現象が出ている。グローバルだ英語の普及だなんだと言いながら、そのくせ実社会の共通言語は消失していっているではないか。ある年代の人間にしか通用しない言葉など流行語ではなくただの隠語と呼ぶべきなのでは。

グロスマンの『人生と運命』では言語について辛辣な指摘がなされている。大戦中ドイツ人の支配する収容所に収容されたロシア人捕虜たちは、とりあえず平穏に暮らすためにドイツ語は号令の類と食い物の単語だけ覚えれば用は足りたが、逆にドイツ人の方でもロシア人を滞りなく動かすためには「前へ進め」とか「手を上げろ」とか「マホールカ」(タバコの隠語。ちょっとした買収によく使われるアイテム)などの数少ないロシア語のフレーズさえ知っておけば事足りた。この状況下ではこうした数語さえ知っていれば意思疎通には充分だったというのだ。
一方で、ロシア人捕虜の間では仲間同士の反目が酷く、それは互いに相容れない思想上の主張の相違が原因だったが、完全に話の通じるロシア語で話していたにも拘わらず、相手を説得しようと議論すればするほど相互理解から離れていくのだった。共通言語って一体何なのだ。いま政府が進めようとしている早期英語教育とは、結局「手を上げろ」とか「マホールカ」などと大差ない乱暴な英単語を子供の頭に叩き込もうというものではないのか。意思疎通とは本来どうあるべきかを誰かが真剣に議論した上で出された政策だとは、とても思えんのだが。

流行語の話に戻すと、ノミネートされるのも頷けるほど流行はしたがダークな話題となってしまった小保方さんの「STAP細胞はあります」。彼女の発見した方法で実際に作ったと本人が涙ながらに主張するSTAP細胞は、現在まで第三者の手による生成が成功していない。確か今月あたりが期限だったと思うが、その可能性は流行語大賞を獲るより更に低そうだ。
しかし渡辺淳一の『遠き落日』を読んでいたら、野口英世の時代にも既にその種の論争は常套であり、野口英世もまたこの種の追及を他の研究者にしたりされたりしていることが判った。英世は梅毒の病原体であるスピロヘータの純粋培養で名を上げたが、当時まだ誰もなしえなかった純粋培養の方法は英世の他にも研究者が発表しており、しかしその方法で第三者が培養を試みると決まって成功しない。それを理由に論文の信憑性を疑う議論が飛び交うのだが、このくだりを読んで既視感があるなと思ったら、小保方さんの事だった。この世界では今に始まった新しい現象ではないんですね。これだけ技術が進歩したというのに人間のやることといったら変わりばえがない。
梅毒で成功した英世は今度は黄熱病に取り掛かるが、結局失敗してその研究は批判に晒され失意のうちに病没する。野口英世という人物は偉人というよりは奇行の目立つ変人だったので、権威に対するコンプレックス著しかった彼の無念が呪いとなって小保方氏に降りかかったのやもしれぬ。そんな英世を千円札に登用している日本経済にも呪いが波及しているのやもしれぬ。

余談。STAP細胞を巡って自殺者が出るなど不穏な空気が世間に漂っていた頃、お馴染み佐藤優氏曰く、「責任を巡って自殺とか吊し上げとかやり口が暗い。もっと明るくしなきゃ。小保方さんも引き籠ってないで、いっそ水着姿の写真集でも出してパーッと明るくやり返した方が世間の見方も明るくなっていいんですよ」。……そうだな、水着写真集を出していたら今頃はぶっちぎりで流行語大賞であろうな。
by hikada789 | 2014-11-29 15:14 | 宇宙人の読書室 | Comments(0)

by 土星裏の宇宙人