人気ブログランキング | 話題のタグを見る
ブログトップ

土星の裏側

doseiura.exblog.jp

宇宙人と呼ばれた人達の診療所

「かぐや姫」の警告 (No.681)

高畑勲監督の「かぐや姫の物語」をテレビでやっていたので何となく観てみたが、思いがけなく衝撃を受けた。といっても世間で騒がれている「絵本のような動画」のことではなく、内容そのものについてである。『竹取物語』は子供向け昔話のレベルから高校の古典の教科書までさまざまなバージョンで接してきた。私が子供の頃はホラー漫画が「かぐや姫は三月で成長し月に向かって語りかけた、その正体は狼であるウオーン」という説まで打ち出したくらいで、古典ならではの曖昧で非合理な部分が現代人の想像力を自由に膨らましてくれるのだが、高畑監督の解釈は斬新でありながら普遍的で、且つ原作に逆らわずに足りない部分を補足し、それが現代社会を生きる我々への問題提起となっていた。

原作のかぐや姫は意味不明に地上の竹から生まれ、庶民の願望を代弁して大判小判をざっくざくし、貧乏人の老夫婦に夢のようなセレブ生活を与え、最後は求婚者たちを袖にして故郷の月へと帰っていく。帰り際には世話になった老父母との惜別に涙し、帝に対してちょっと心残りがあるような素振りをみせて政権側へも一応の配慮を示すが(これは後から付け加えたような気がするけどね)、月へ帰る理由については特に説明していない。ただ迎えが来るから帰らねばならぬのである。
この部分を高畑監督は、かぐや姫が地上の生活に嫌気がさしてここから逃げ出したいと願ったことが、月面電波受信局に届いて帰還が決定されたと解釈し、その嫌気の原因をセレブ生活と婿選びという現代人が盲目的にもてはやす浅薄な価値観に求めたのだ。消費社会と見かけや肩書きばかりの人物評価への批判を支えるために、監督は原作にはなかったかぐや姫の幼少時代を創作し、物質的欠乏はあっても生命力が充溢していたかつての自給自足的生活様式こそが人間の生きる正しい道だと主張する。
かぐや姫は、「私は(幼少時代のごとく)獣のように生きるべきだったのに」と後悔するが、実際はセレブとなって婿選びをさせられ人間に幻滅したため、勢いでここから逃げ出したいと願ってしまう。つまり今風に云えば自殺願望であり鬱というわけだ。ただ自殺した、では素っ気ないから月の世界に帰るという美談で締めくくったのは原作者の妙技であるが、結局原作者の生きた平安の社会も今日の社会も人類は同じ問題に直面し、財産の量で人の中身の貴賤まで量ってしまう世相に迎合できない人間は鬱になって自殺するのが通例だというわけなのだ。

そういう高畑監督のメッセージを、視聴者はちゃんと受け取れただろうか。物質消費社会のトップを走る米国社会がこんなメッセージを受け取れるはずがないので、アカデミー賞で賞を獲れなかったのは当然なのである。そもそも「獣のように」というセリフ自体キリスト教徒である欧米人には受け入れがたい。彼らの価値観は人間至上主義なので、動物ごときが人間より優れるなどという思想には嫌悪感を覚えこそすれ共感などしない。彼らが動物を扱った作品を見よ。イルカやクマが「まるで人間のように賢い」という表現をするのがせいぜいだ。動物が人間より上をいくことはあり得ない。上を行くのは身体能力と暴力性、理性の欠如だけである。

日本国内にしても、私は劇場公開の時のメディアの宣伝くらいしか見ていないが、「動く絵本」としての技法にばかりに注目して、本筋が何を旨としているか論じた報道は全然聞かれなかった。おそらくメディア人たちに本筋を読み取る読解力が欠けていたからだろうが、それこそ佐藤優氏の主張ではないが、メールやLINEのような機械反射的な文字にばかり親しんでいる現代人は、その代償に物事を深く洞察して読み取る力を失っているのだろう。本筋をスルーして画像にしか価値を認められないとは、高畑監督も気の毒である。
最近では同じくジブリの宮崎駿監督が「風立ちぬ」を最後の長編作品として発表したが、比較するに思想的な高度は高畑監督の方が上に見える。どちらも「今はむかし」を扱っているにも拘わらず、現代につながる普遍性や人間の業病を取り出す作業は高畑監督の方が優れている。何より原作『竹取物語』がこうした普遍性を意図して書かれたものかもしれないという新たな発見が有難い。こういう古典を千年以上前から持っていることにこそ日本人は誇りを持つべきだし、アニメ業界もこうした特技は海外のアニメーターが真似しようとも真似できないことをアピールしてセールスに挑むべきなのだ。でも物質消費社会をもてはやす世界的トレンドは当分止みそうにないから、高畑監督のような人材もそれを受け入れる視聴者も、ガラパゴスの内側で絶滅の細道を歩むしかないのかもしれない。
by hikada789 | 2015-03-15 14:01 | 宇宙人の読書室 | Comments(0)

by 土星裏の宇宙人