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土星の裏側

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宇宙人と呼ばれた人達の診療所

魔法みたいな倒し方 (No.789)

ボクシングの季節がやって参りました。昨日は怪物井上尚弥が2ラウンド瞬殺のKOを見せ、見る者のこの一年の鬱憤を見事に晴らしてくれた。1ラウンドは相手の力量を見定めるため大人しくしていたが、2ラウンドに入ってからはあっという間で、相手のどこに当たったのかもよく見えなかった。まるで魔法のよう。スローで見て、ガードの上から殴り倒したのが判明した。去年の対ナルバエス戦ではKOの決め手がボディへのクリーンヒットだったから、打たれたナルバエスの顔が歪んでガックリ膝をついた時に勝負あったのが判ったが、今回はナイフみたいに素早いパンチが頭を狙ってシャシャシャと出たと思ったらもうダウンなのだ。よけているように見えたのにもう立てないのだ。何が起きたのだ。
ゲストに呼ばれた村田諒太のコメントがこちらの疑問に答えてくれた。「ぼくらくらいの階級(ミドル)ならありえるけど、50キロちょっとの体重であの倒し方って…」。やはりガードの上から叩いて沈めるというのは軽量級では見ない光景なのだ。怪我から復帰しても怪物は健在なのだ。1年振りの試合にヘンテコな髪形で現れたので心配したが(ボクサーは頭をやられ易い)、尚弥は今日も絶好調なのだ。強すぎて対戦相手が見つからなくなるのだけが心配なのだ。大晦日はダイナマイトKO内山高志の防衛戦なのだ。尚弥に続いて爽快なKOで一年を締めくくってくれなのだ。

ところでこの試合は生中継されていて、前の試合の八重樫が12ラウンド判定まで行ったため時間が押して、番組延長になるかと思ったが、尚弥が瞬殺KOしたので番組は予定の時間内に収まった。次の番組も格闘技だというので惰性で眺める。総合格闘技は人気に波があって、そういえばかつてプライドとか云った番組はいつの間に消えたのかと思ったら、最近はライジンというのかね。ダウンしたらコーナーに下がらなければならないボクシングと違って総合系は倒れても殴り続けるので、絵的に虐待っぽくあまり好きではないのだが、やはり強い者ほど瞬殺するので虐待シーンに至らずキレイなダウンで終えてくれる。強いって美しいのだ。そんな美醜どちらが出るとも判らない試合をウキウキしたテンションで観戦する小池栄子。美貌と聡明さを兼ね備えた稀有な女優に格闘技好きを加えたスーパー三拍子が、ロシア人ネムコフの一発KO勝利にコメントして曰く、「ロシアの人ってどうしてこんなに強いんでしょう」。

その疑問に答える良書をご紹介しよう。ニコライ・リリン著『シベリアの掟』、原題は「シベリア的教育」。イタリアへ移民したロシア人(国籍としては現モルドヴァ)がイタリア語で書いた自伝的作品だが、数年前に映画化されてアウトロー好きの話題となった。日本でも公開されたようだが私は最近ネットでロシア語吹き替えで見て、原作を読みたくなったのだ。主人公はシベリアに起源をもつ共同体の生まれで、適当なイタリア語がなかったのか自分達の呼称に「犯罪者」を当て、絶対に妥協してはならない宿敵は国家権力や警察、金持ちであり、これらと対極にある社会的弱者や老人、女子供を守るために幼い頃から「正しい暴力」の振い方を叩き込まれる。具体的には効果的なナイフの刺し方とか、半殺しに至る武器の選び方とか(無暗に殺してはいけない、でも運悪く死ぬことはある)、刑務所での振る舞い方とか、卑怯や卑劣な行為への義憤と制裁とか、まあ立派なお役立ち教育である。
非暴力が無条件に正しいと考える人には受け入れがたい内容だろうが、彼らには一貫した倫理観があって、理由のない無駄な暴力や権力を使った抑圧に対抗するための暴力は、奨励するどころか是非とも行うべき義務だと考えている。彼らが、今日的な不良少年の非行行為や老若問わずの非道事件を軽蔑して、自分達の認める暴力とは違うと一線を隔しているところが面白い。
こんなエピソードがある。麻薬中毒の若いカップルが生まれて間もない赤ん坊を育児放棄して死なせるという、日本でもたまに報じられる事件が発覚した。義憤に駆られた群衆はカップルを路上に引きずり出してボコボコにし、仲裁人の諫めで半殺しまでで止まったが、より立派な犯罪者がこれを不服として単身乗り込んでカップルを撲殺。死体を窓の外へ放り出し、怒りの冷めやらぬ群衆の足蹴に任せたというのだ。どうですか、胸がスカッとしませんか。え、しない? 警察は何をしているのか? そこはロシアなのだよ。司法は権力の言いなりなので公正な裁きなど期待できないのだ。だから自分で裁くのだ。こんなことなので「犯罪者」は当局によりれっきとした犯罪者と見做されて刑務所を行き来し、そのために幼い頃から刑務所で生き抜く知恵と技術を授ける必要があるのだよ。やさしい親心とはこのことなのだ。え、何か違う気がする? そう思う方は是非原作をお読み下さい。和訳は読みやすく、粗野なセリフもないので(原文がそうなのか訳者の手心かは不明)、心も新たなお正月の読書にお勧めです。皆さん、よいお年を。
by hikada789 | 2015-12-30 13:48 | 宇宙人の読書室 | Comments(0)

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