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土星の裏側

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宇宙人と呼ばれた人達の診療所

宇宙人、マダニに刺される (No.985)

夏休みを山で過ごしていたらある日背中にムズムズ感を覚え、手を回すと固い突起物に触れた。自分では見えないので人に見せ、アブか何かにでも刺されて赤くなっているか尋ねたところ、その人物はひと言「黒いです」と答えるなり血相を変えて走り去り、山暮らしの長い大人を連れてきた。「宇宙人さん、お気の毒ですがこれはマダニです。マダニに食いつかれています」。
はて、食いつかれるとはどういうことか。そもそもマダニって何。家に出るダニはもっと小さいものではないか。これは小豆ほどもあるようだが。見たことがないのでスマホで画像を撮って見せてもらう宇宙人。そこにはスイカの種ほどの黒い楕円の物体がわが皮膚の中に頭から突っ込んで八割方埋まり、後ろから足がはみ出ている姿が映し出されていた。もちろん生きている。動いている。あまりの事態に蒼白になる宇宙人。すぐに医療知識のあるスタッフが呼ばれ応急措置が取られた。

体内に侵入したマダニを無理やり引きはがすと牙が折れて残ってしまい、この牙についた細菌が感染症を引き起こすので、なるべく牙ごと取り除きたい。そのためマダニの上から分厚くワセリンを塗り、窒息させてから除去するのが一般的処方だという。その通りにしてもらい、絆創膏を貼って窒息するまでの時間をマダニと共に過ごす宇宙人。マダニが苦しんで悶えているのを背中に感じる宇宙人。うう、想像するだけで吐きそうなのだ。3時間ほどして既に息絶えたことを確認し、毛抜きでマダニの引きはがしに取り掛かる。しかし抜けない。牙が折れそうだという。もう少し待とうということになり、更に4時間をマダニの死骸と共に過ごす宇宙人。この辺りから宇宙人の繊細な神経は臨界に向かい始める。子供の頃に見た映画『ハエ男』を思い出す宇宙人。あれはハエと合体した男の話であったが、今の宇宙人はマダニと合体し、半分虫の気分なのだ。

気味の悪さにへこむ宇宙人の気を紛らせようとマダニのウンチクを披露する医療スタッフによれば、マダニは通常家の中に棲みつくことはなく、原生林の枝の上でじっと待機し、下を通る獲物の動物の気配を感知して自ら落下、その動物の皮膚に痛みもなく進入して寄生するのだという。確かに宇宙人も一体どこで食いつかれたものか全く感じることはなかった。皮膚の下に侵入したマダニはそこに留まって吸血するが、吸血により体内が膨れていくため最終的には侵入路から出られなくなり、そこで満腹したまま息絶えるのだという。幸い今回のマダニはまだ吸血を始める前だったが、マダニ自体はそれほど恐ろしい虫ではない。問題はマダニの牙に付着している細菌である。
ただの雑菌であれば炎症程度で済むが、最近報道されているSFTS(重症熱性血小板減少症候群)という感染症に罹ると致死率は三割と高い。潜伏期間は三週間で、インフルエンザのような症状が出るという。首尾よく牙ごとマダニを除去できれば上から消毒するだけで終わるのだが、牙が残った場合はこの感染源を肉ごと削ぎ落さなければならない。それには切開技術が必要なため、専門の医療機関にかからねばならぬという。渋面を見せる宇宙人。宇宙人は医者が嫌いだ。経験上信頼できる医者に遭遇する確率が低いからだ。カネもかかるし。何とかこの場で牙ごと抜いてほしいと願う宇宙人。4時間が経過しラストチャンスの毛抜きに望みを託す宇宙人。いざ。「…牙が折れました。紹介状を書くので明日は下山して病院に行って下さい。」おのれマダニめ。

翌日はたまたま休暇で下山するスタッフの車で二時間かけて山を下り、町の総合病院で診察を受ける宇宙人。年齢不詳の茶髪の形成外科医に病状を伝える宇宙人。終始痛みがなく、牙が残っているのも自覚がないのだが、茶髪医師は1.5 cmほどの切開・縫合が必要だという。観念して診察台に横たわる宇宙人。極めて事務的に作業を進める茶髪医師と、その隣で患者に同情する年配の看護婦のコントラストに気を紛らせる宇宙人。幸い医師は腕が良く、麻酔から縫合終了まで20分と迅速に進み痛みもまるでなかったが、最後に溢れた血を拭きとっていた看護婦の様子から、傍目には気の毒なほどの出血を伴う手術だったことが知れた。縫合される時上下の皮膚をぐいぐい引っ張っていたな。ああやって繋ぐのだな。

二日間の安静を命じられて病院を出る宇宙人。更に抜糸のため二週間後に来るよう命じられた。一体ここまで来るのに何時間かかると思っているのだ。下りは運よく車で送ってもらえたが、帰りは電車とバスで二時間、更に徒歩で三時間かかるのだぞ。安静になどしてたら宿へ戻れぬではないか。
というわけで医者の言いつけを守らず山道を三時間歩いて帰る宇宙人。せめて翌日は安静にし、翌々日から業務に復帰する宇宙人。動き回るたびに傷口がミリミリ音を立てているのを無視する宇宙人。そのうち音がしなくなり、二週間後に抜糸に下山する宇宙人。例の看護婦が傷口を開け、「ああ、開いちゃってるわー」と嘆くのに耳をそば立てる宇宙人。抜糸は麻酔抜きなので痛いと聞いていたのにちっとも痛くない。というかいくらも触らずに治療は終了してしまった。抜糸すべき糸は既に業務中に引きちぎられていたようだ。茶髪医師は糸くずを取り除いただけである。その時間わずか2分。この2分のために往復7時間もかけたことに天を仰ぐ宇宙人。なんという時間の使い方であろう。
結局SFTSの潜伏期間も無事に抜け、こんなことなら病院に来る必要もなかったのではと思う宇宙人なのだった。皆さん、野山を歩く際はマダニにご注意下さい。といっても整備された登山道を歩くだけでマダニに食われる確率は宝くじに当たる程度のものだそうです。宇宙人、今年の運を使い果たしました。
by hikada789 | 2017-09-02 14:53 | その他 | Comments(0)

by 土星裏の宇宙人