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土星の裏側

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宇宙人と呼ばれた人達の診療所

ひらがなで味わう贅沢な時間 (No.999)

読書の秋です。皆さん良書との出会いはありましたか。
宇宙人は最近当ブログで案内した無料のロシア映画を数本見てきたが、内容はともかく字幕に誤訳が多くて気分が悪くなった。いや誤訳というよりは日本人によるネイティブチェックをしていない、ロシア人による和訳というべきで、何が気持ちワルイかというとオッサンが若者言葉を使ったり、ワルでもない女性が男言葉を使ったり、同一人物の話法が多重人格者みたいに統一されていなかったりして、本編とは関係なくまずい訳文のせいで登場人物のパーソナリティがブレていたことだ。
一般的な有料映画の字幕は日本人が和訳しているので、その種のおかしな日本語になることはない。もしかしたら誤訳はあるのかもしれないが、少なくとも日本人の観客が読んで違和感のない日本語に仕上がっている。しかし今回の字幕はそうした当たり前の概念を覆すものだったので、こんな字幕をつけた映画に確かにカネは払えないなと白けた気分になった。どうして字幕を貼る前にひと言、ネイティブの日本人にチェックを依頼しなかったのだろうね。宇宙人は翻訳会社に勤めていたが、何語であろうとネイティブチェックなしに翻訳を納品するなどあり得なかった。一人のネイティブでも危ういので二人目に頼むことさえあった。一人目のネイティブが地方出身で訛っていたり、移民の子孫でその言語の文化背景を理解していなかったりする場合があるからだ。無論コストは余分にかかるが、読み手に不快感を与えて商品の印象を悪くするよりマシだ。そうでないと次の仕事が来なくなるし、仕事人としての自負がこちらにもある。
今回の映画を見た観客がかような稚拙な字幕によりロシア映画そのものの品質を低く見積もり、次の作品を見る気がしなくなっていないか心配だ。それほど言葉は大切に扱わねばならないものなのである。

言葉を大切に扱った良書を紹介しましょう。先の『いま生きる階級論』で佐藤優氏が意外にも須賀敦子を思想家として称賛していたので、政治経済、国際国家の論客である佐藤氏がこのやんわりした女流作家に何の関係があるのかと興味が湧き、そこに紹介されていた松山巖著『須賀敦子の方へ』を読んでみた。なんとも説明しがたい濃密な時間を味わえる不思議な本であった。
須賀敦子は90年代にブレイクしたエッセイ風小説で知られる年配のインテリ作家で、この頃ロシアで黒パンを齧っていた宇宙人は、出版社に勤める日本の友人から届いた有難い小包の中に添えられた『トリエステの坂道』でこの作家の存在を知った。当時のロシアはソ連崩壊後の資本主義経済の導入で大混乱しており、急にカネ中心に回り始めた社会で人心がすさみがちだったため、『トリエステ』のような浮世離れした、やわらかな日本語で綴られた文章に癒された気分になったのを覚えている。しかし内容はあまり覚えておらず、どうして印象だけが強く残ったのかと思っていたが、『須賀敦子の方へ』を読んで腑に落ちた。
著者の松山巖氏は生前の須賀と親しく交流のあった崇拝者で、この本はそうした松山氏の思いと回想、須賀が作品に綴った言葉の引用で構成されている。須賀の文章はやさしくも力があるが、影響された松山氏の文章も劣らず穏和で誠実だ。そして須賀の文体は浮世離れしたのんびりさを特徴としている反面、内容は非常に思想的で、その思想の根幹に須賀自身キリスト教徒であったことや学生運動の当事者だった来歴があることから、佐藤優氏との繋がりに合点がいった。
ともあれ須賀の思想も松山氏の敬愛も濃密な人間関係の上に成り立っているので、使い捨てグッズのように浅薄な人間関係に空しさを感じている現代人には心に沁みる滋養となる一冊です。例によってお時間のない方のために少々抜粋しておきますが、やはり本書を実際に読んで、時間をかけて、意識的にひらがなを多用した、というよりひらがなと漢字を巧みに使い分けた須賀の文章の妙を味わって頂きたい。贅沢な時の流れを感じながら、あなたも自分の過去に見た風景を遠く思い起こすことでしょう。奇しくも以下の最初の引用は、須賀敦子と聞いて混乱期の新生ロシアの風景を思い起こした私自身の体験にかぶるものがありました。

――読書は本と対話するだけではない。本を読んでいた時に起きた感情、友人との会話、その時代、暮らし、じつに様々な瑣末なことまでも、一冊の本は記憶をよみがえらせる。一冊の本は読書をした時の日記であり、過去からの手紙でもある。

――「思いやり」という「ほどこし」や「おもらい」につながる封建時代的な人間関係を思わせる言葉に、私はふとなじめぬものを感じてしまう。「やさしい」ということが、自分の身がやせるまでに人のことを思う意味だと、ある辞書の註釈で読んだことがある。思いやりという言葉が、ほんとうに生きるためには、たぶん、わが身をやせさせても、やさしさに徹するところまで行かねばならないのだろう。それにしても、なにかひとりよがりの匂いの抜けきらない「やさしさ」や「思いやり」よりも、他人の立場に身を置いて相手を理解しようとする「想像力」のほうに私はより魅力をおぼえるのだが。

――理想的な施設をふやすという考え方は、やはり姥捨ての思想につながり、そのもっと先にはナチの強制収容所の思想さえちらつくのではないか。ある「種」の人びとが自分達の社会にいなくなった方が、社会が整頓され、自分達の日常生活が楽になるという思想。シルバーシートの思想。あの「施設」をつくったあと、もう自分の前に立っている老人に席をゆずらなくともよいと考える人間がふえるのだったら、これは明らかに、社会の非人間化、非文明化の一歩である。母親は子供達に、あれをどう説明すればよいのか。

――(須賀はイタリア滞在中、日伊翻訳を手掛けていたが)日本文学だけでなく、生活のために企業や役所の書類を手掛けることもあった。ところが企業や役所の文章がいつも理解できず混乱してね、と彼女は語った。小説や詩ならばわかる文意が、廻りくどく、責任をはぐらかすような文だと、途端に彼女は混乱したらしい。

――じぶんのあたまで、余裕をもってものを考えることの大切さを思う。五十年前、私たちはそう考えて出発したはずだった。(50年前とは終戦直後のこと。終戦時、須賀は16歳だった)

――私たち世代は、大人に対してヒツジのように盲従し、メダカみたいに列を作って戦争に参加した。同じ時代にヨーロッパでは、同年代の若者を含むあらゆる世代の市民が、まず何よりも人間らしさを大切にするという理由のために抵抗運動に参加したことを、私たちは戦争が済んでから知って、唯々諾々と戦争を受け身で生きてしまった自分たちの精神のまずしさに愕然とした。
by hikada789 | 2017-10-12 12:23 | 宇宙人の読書室 | Comments(0)

by 土星裏の宇宙人