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土星の裏側

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宇宙人と呼ばれた人達の診療所

敬われるには理由がある (No.1027)

子育て中の同窓生は、わが子の夢を壊さぬようサンタクロースが存在する芝居をとり続けているという。一体何の為にそんな絵空事を信じ込ませる必要があるのかと宇宙人がいぶかっていると、同窓生は自分も小学校高学年まで信じていたと告白した。宇宙人は仰天し、その場にいたもう一人の同窓生にも尋ねたところ、似たような回答が返ってきたので二度びっくり。そして、宇宙人の家庭ではサンタクロースは絵空事という前提でクリスマス行事をこなしていたため、そもそもサンタクロースの来訪を待った経験がないことを告げると、今度は同窓生たちの方が仰天したのであった。皆さんの幼少時は如何でしたか。
幼少期の家庭教育の威力は絶大で、その内容は子供の成長は勿論のこと、更にその子が成人して自分の子を成した際の子育てにまで影響する。見よ、宇宙人を。絵空事を排除し厳しい現実を直視する家庭教育の影響で、リアリズムに立脚したロシア文学を十代から読み始め、読書の秋には収容所文学なぞを読み漁り、ご都合主義やお涙頂戴のドラマや映画、その原作小説などには見向きもしない。お蔭で話の合う友達がいくらもいない人生を邁進中である。こうした人生が幸せかどうかは意見が分かれようが、宇宙人は幼少時から「絵空事を子供は喜ぶ」と決めつけている大人を馬鹿にしていたから、そんな風に幼稚園児にさえ軽んじられるような大人を量産する社会を肯定することはできぬ。

宇宙人のこまっしゃくれた幼年期の記憶によれば、七夕で短冊に将来の夢を書けという課題があり、その場で考えて書かねばならなかったのだが、「急に言われても困る。なぜ前日に考えてくるよう宿題にしなかったのか」と幼稚園の先生の段取りの悪さに苛立ったものだ。しかし何も書かないというのは許されず、されど既に「ウソをついてはいけない」教育が沁みついていたためウソも書けない。なので適当な「正解」を書くしかない。この場合の正解とは、周囲の大人が満足し、速やかに課題をクリアする回答のことである。
段取りの悪い先生はそんな宇宙人の子が、まだ頭が回らない年齢なので助け舟が必要と思ったらしく、「幼稚園の先生はどうかな?」とかほざきよる。宇宙人は、「おんどれのような段取りの悪い大人になぞなってたまるか。幼稚園の先生など頭の悪い人種がなるものだ。わが将来にその選択肢はない」と、言葉ではなく厳しい視線で報いたのであった(世の幼稚園の先生、悪気はありません)。結局こすい宇宙人は周囲の同輩の短冊を盗み見て、それらしい子供らしい夢とやらを記入して課題をパスしたのであるが、そんないい加減なことを強いる社会と、それを動かし満足している人間の大人たちに早くも不信感を募らせたのだった。

宇宙人のこうした姿勢が家庭教育による影響か、それとも宇宙人個人の性質によるものなのかの判断は微妙である。おそらく両方なのだろう。いずれにしても、宇宙人は自身がこのような子供であった記憶があるので、物心のついた年齢の子供をあなどるということはしない。世の中には幼稚園の先生より遥かに大人びた考えを持ち合わせている子供が何割かいて、そうした子供には大人と対等な目線で話しをするべきだと考えている。そうしないと、子供たちは大人を軽んじ敬意を払わなくなる。
日本の伝統的教育では、子供は親や大人を敬わなければならないとされているが、それには前提条件があるのだ。それは大人が子供に馬鹿にされない程度の知恵や分別を備えている、ということである。年端もいかない幼児にさえ軽蔑されるような大人を、成人しているというだけの理由で敬う必要は本来ないはずだ。日本の伝統では、大人は洩れなく立派だった。だから洩れなく敬われるべきであったのだ。その前提条件が崩れた今日、親や大人の言う事に無条件に従う義理は子供にはない。宇宙人はかように考えている。

ところで、先日幕末の長州と会津の命運を比較した歴史番組をやっていて、そこで会津の子供達が今日も受け続けている伝統的教育法を紹介していた。まだひらがなも習っていないような年齢の子供に独自の教育訓を大声で暗唱させるのだが、その文句の中に「ならぬことはならぬ」というのがあり、宇宙人は眉を顰めた。そのくだりでは番組出演者がコメントし、「これは思考停止を促す教えだ」と率直な批判を述べた。宇宙人も同意見である。
番組では会津バッシングにならないようその後いろいろフォローしていたが、結局幕末の風雲の中で会津が負け組になったのは、こうした幼少教育が思考停止を促す会津藩士を量産したからではないだろうか。だとしたら、会津の不幸を招いたのは会津の大人が子供に施した、立派とはいえない教育指導だったということになる。しかし会津にはこうした大人の思考停止教育に反発する子供はいなかっただろうか。いやきっといたはずである。そしておそらく彼らは世界のどこかで生き延び、子孫を繋いで活躍している。そして、かつて自分の同輩が犯した思考停止の愚を繰り返さぬよう、平均以上に思考を高める教育を、わが子に施しているかもしれない。そうであることを期待したい。
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by hikada789 | 2017-12-26 21:24 | その他 | Comments(0)