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算命学余話 #R55 (No.1044)

昨年2017年はロシア革命百周年で、あの革命は何だったのかという議論がロシア国内外で繰り広げられましたが、少し前の2014年にはサラエボ事件百周年記念行事がサラエボで執り行われたそうです。日本では、サラエボ事件は第一次世界大戦のきっかけにはなったけれども、どこかの国を代表していたわけではないセルビアの一青年が個人的に引き起こしたという印象が強く、その青年の顔も名前も一般には知られていません。そもそもサラエボってどこ、というほど地理的に遠く縁のない地域です。
しかし当地の人間にとっては歴史的大事件であり、その評価は切実で、しかも真っ二つに割れている。事件を起こしたセルビア人青年ガヴリロ・プリンツィプの扱いは片や英雄、片やテロリスト。つまりセルビア人にとっては英雄であり、ボスニア人・クロアチア人にとってはテロリストなのです。180度違う。
その評価は現在なお両極に分かれたままですが、旧ユーゴを分裂させるに至った一連の内戦では、民族浄化をはじめ残忍な所業が報道され、日本を含む西側世界ではこれらがセルビア人の仕業として伝えられたことは私も記憶しております。実際は政治利用を目論んだ偏向報道だったのですが、この作られたセルビア人悪人説を補強すべく、クロアチア人研究者のクラーク氏が論文『夢遊病者たち』を2012年に発表し、各国に翻訳され、特にドイツではベストセラーとなったそうです。そんな中で迎えた2014年の百周年記念式典だったため、セルビア人悪人説を世界に広められたセルビア人は、クラーク氏の式典参加を許容しがたく、自ら式典参加をボイコットしたのでした。セルビア人側からはクラーク氏の論文に反論する研究書も出版され、両者の対立は学術レベルでも泥沼状態です。

算命学の立場から言いたいのは、このように一人の人物が180度真逆の評価を受けているという事実の通り、人間はたとえ二重人格者でなくとも陰陽両面の顔を持ち得るということです。人間を正面から見ただけではその人に背中や尻があることは判らず、後ろから見ただけでは顔やヘソがあることは判らない。
月の裏側の映像さえ我々はごく最近になって見られるようになったのであり、月の表側のクレーター模様ばかり見慣れている目には、月の裏側の模様は馴染みがなくて何だか別の星のように思えます。白と影の陰影しかない月でさえもあれほど違って見えるのです。人間が見る位置によって違った人に見えるのは当然のことです。それを、「自分はあの人をこういう人だと思っているが、別の人も同様に思っているはずだ」と勘違いするから人間関係がうまく行かないのです。

サラエボ事件については、事件の当事者であるセルビア人やクロアチア人らに判断を任せるからいつまでたっても結論が出ないのであり、暗殺者プリンツィプ青年は英雄でもテロリストでもなくもはや「歴史」である、とする第三者の研究者の意見があり、算命学的にはこの評価が妥当だと思います。算命学は、陰陽は論じますが善悪は論じません。それはこの例でも判る通り、立ち位置によって善悪は容易に逆転するからです。しかし陰陽は変わりません。どちらかを陰と決めるのなら、その真逆が陽だからです。
殺人犯が英雄かテロリストかという話は、日本と朝鮮における安重根の例もあります。今の日本人は伊藤博文を既に歴史上の人物と見做しているため、彼がテロリストの凶弾に倒れたことにさほど感情を動かされませんが、朝鮮人にとっては未だ安重根を民族の英雄と称える考えが根強い。もしこの声が大きくなって、既に慰安婦像の国際化という問題も起きていますが、クラーク氏がセルビア人を悪人に仕立て上げた本を書いたように一方的な主張を世界に普及させることにでもなれば、日本人も黙ってはいないでしょう。そして百年くらい経った後に、ようやく第三者の研究者から「あれは英雄でもテロリストでもなく歴史の一部だった」と言ってもらって痛み分けになるのかもしれません。

さて2018年も立春となり、年が明けました。今回の余話は、恒例の新年大予想と今年の干支である戊戌についてです。
まず今年一年の予想としては、ここ数年とは違った安定した世相が見込まれます。戊土は土性であり風景は山、戌も土性であり山ですから、天地の様相は一致しており、相性がいい。去年までは天地の相剋が続いて社会不安に影響していましたが、今年はどうやら一服できそうです。とはいえ来年はまた相剋に戻るので、一時的な安定と見るのが妥当でしょう。

自然災害は比較的下火です。紛争や大規模テロといった人災も、見た目に派手なものは縮小するでしょう。但し油断は禁物ですから、引き続きテロを警戒して、人の多く集まる場所や目立つ行為は控えるのが得策です。
また近年自然災害で被災地となった地域では、今年のうちに地盤を固めるなり復興を急ぐなりして、体勢を立て直しておくのが良いかと思います。でないと来年はまた水害がありそうなので、今のうちに防災対策を万全にしておきましょう。

安定が信条の今年ではありますが、事態が動きにくいという難点もあります。企業や団体で、運営が良好な所は問題ありませんが、そうでない所は不備のまま、不良のままで改善の兆しが見えにくい一年です。無理にもがいても事態はなかなか動きませんので、ここはもがくよりもじっくり計画を練って機会をうかがう方が賢明です。突出した行動に出るとフライングになります。軽率な行為は慎みましょう。
家庭レベルでは、現状維持、家庭の方針を貫く方向で進めましょう。ブレると人心も乱れます。やや融通の利かない一年ではありますが、大過なく過ごすには余計な冒険はしない方が良いでしょう。信念と呼べる強い意思や目標があるのなら、よそ見をせずそれに邁進すれば良い結果を得られるでしょう。

さてここから先は、戊戌という干支についてです。算命学の技術的な話なので、興味のある方はご覧下さい。

(この続きは「ブクログのパブー」サイト [http://p.booklog.jp/] に公開しました。副題は「戊戌を考える」です。「算命学余話 #R55」で検索の上、登録&五目いなり1皿分の料金をお願い致します。登録のみは無料です。)

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by hikada789 | 2018-02-04 22:48 | 算命学の仕組 | Comments(0)