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土星の裏側

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宇宙人と呼ばれた人達の診療所

流暢な文体でも隠しきれず (No.1110)

山小屋での肉体労働の利点として、坐骨神経痛の改善を上げておこう。土星裏の執筆も含めPCワークの多い宇宙人は三年程前から坐骨神経痛となり、15分も座っていると尻が痛むので立ち上がらねばもたない。椅子でも床でも同じだ。座布団を工夫してもだめなので、ここはもう加齢と観念して、総体的な健康維持も視野にちょいちょい立ち歩くようにしている。読書も立ってしたり。でも立ったままも結構疲れる。
ところが夏の山バイトを始めたところ、当初はあまりに座る時間のない就労に辟易していたが、いつの間にかすっかり慣れて、もう何時間歩きっぱなしでも大丈夫な体になった。お蔭で今や登山も座り休憩なしで日没まで歩ける。そしてついでに坐骨神経痛も治っていた。やはり自宅では座り過ぎていたのだ。
そんなわけでこの夏も山バイト中は坐骨は好調だったのだが、帰宅して半月も立つとまたぶり返した。PC作業を短くすることはできない。そこで思い切ってスタンディング・デスクにしてみた。いや、家具を新調したのではない。書籍ラックの天板の上のモノをどけてPCを置いたのだ。そして今立ったまま作業している。よさげではないか。背丈を合わせるために健康竹踏みをしながらなので、無意識に足踏みを強いられて血行も滞らない。これで何時間作業が続けられるか、しばらく様子を見よう。

暑さ寒さも彼岸まで。最近は涼しい日も増えて読書も億劫でなくなった。色々並行して読んでいるが、気付くことがあった。しごく真っ当な論理で展開した流暢な文章であるにも拘わらず、鼻につく文章というのがある。石平著『結論!朝鮮半島に関わってはいけない』がそれだ。これは日本に帰化した中国人研究者が日本人向けに朝鮮史を紹介し、その伝統文化としての血みどろの内部闘争や、儒教一辺倒による思想的弊害、政敵を倒すために外国を引き込む習性といった、必ずしも新しい話ではないが朝鮮の歴史を通じて「常にこうだ」という論証を積み重ね、朝鮮民族の国民性を明快に分析した読み物なのだが、著者は大学院までを中国で修了し、その後来日して帰化した割には、日本文が上手すぎる。訳者の名は出ていないが、おそらくリライトしている編集者に文才があるのだ。表現に単調さがなく、多彩な言い回しで言いたい内容がはっきり伝わり、説得力がある。
そう思って最初はスイスイ楽しく読んでいた。南北朝鮮には気の毒だが、宇宙人はどちらの国も嫌いだ。嘘ばかりで誠実さを示すエピソードが見当たらない。フィクションであるドラマや映画でさえも、話の論理性に全然納得がいかないので、最後まで見ていられない。その原因を、この図書は歴史を順番に紹介しながら提示してくれるので、大して明るくなかったかの国の歴史がわが頭の中ですっきりと整理され、その根幹を貫いている国民性やその国民性を形成した環境要因などが今日の国際政治にも脈々と受け継がれていることを納得できた。そういう意味で良書だと言っておこう。

しかし何が気に入らなかったのか。簡単に言えば、上から目線の文体なのだった。日本人編集者にリライトされているから中々気付けなかったが、いま半分ほどまで読み進んでペースが落ちて来たのは、著者が自説の正しさを信じきって悦に入っているのが鼻についてきたからだ。日本人の感覚として、研究者には自説や通説に埋没することなく常に研究対象に疑いの目を向け、その繰り返しによって疑う余地のない真実に迫っていくという、学術道ともいうべき姿勢が求められるのだが、それがない。しかもリライトしている人がそれを何とか隠そう隠そうと奮闘し、日本人の読者に気付かれまいと配慮しているのさえ感じ取れるほど、読めば読むほど著者の浅薄さが読み取れる、そういう不思議な文体なのだった。まあ試しに読んでみて下さい。買わなくてもいいから図書館ででも。朝鮮通史として読む分には手軽な本です。

ところで私はかつて中国に二年も滞在していたくせに、中国も中国人も嫌いである。中国語は話せるのだが、これを武器に仕事を探すとストレスフルな職場に当たるため、知らないふりをしている。嫌いな理由はあまたあるが、その中の一つはやはり上述の浅薄さだ。彼らは自分を省みるという習慣が全くないから自分が一番正しいと思い込んでいるし、そのため他者を貶める発言ばかりする。反省しないから同じ間違いを何度も繰り返すし、その過ちを認められないのですぐ人のせいにしたり、人のアラを探して自分への批判を逸らそうとする。最低な人間だね。よく中国人が先の戦争を日本人が反省していないとかほざくけど、あれは中国人自身が反省する習慣を持たないので、外国人もみな自分達と同じと思ってほざいているに過ぎないということを、二年の滞在で痛感した。日本人よ、世界でこれほど自省する国民は、私が知る限り日本人以外にはおらぬ。心配するな。

この種のエピソードはなにも中国に渡らなくとも日本でも味わえる。先日仕事で整体の覆面調査をした時、そうと知らずに中国人整体師の店に入った。そこでは整体の他に健康食品として蜂蜜を売っているのだが、整体師は施術中しきりにその効用を語って、こちらが自発的に買うよう誘導するのであった。しかも笑えることに、「日本の蜂蜜は農薬のせいで品質がよくない。中国は農薬の心配がないからこの値段はお買い得だ」だと。ばかめ、中国の野菜を買った現地の消費者が洗剤で野菜を洗わなければならないほど中国では危険な農薬を使っていることを、日本人が知らないとでも思っているのか。勿論調査報告書にはありのままを書いた。
もうひとつ最近はこんなこともあった。近所に豆をその場で焙煎してくれるコーヒー豆チェーン店ができたので行ってみたら、店員一人だけでやっており、大変流暢な日本語ではあったがわずかな訛りで中国出身と知れた。見た目では判らなかったが訛りに加えてトークでばれた。自分の勧める豆や淹れ方が世界で一番正しく、あとは全部間違っている、という口ぶりだったからだ。宇宙人はコーヒー好きなのでお気に入りの店が近くにできたら嬉しいと思っていたが、もう行くつもりはない。話しているだけで不愉快になる。日本人だったら自分の豆や淹れ方を自慢することはあっても、他者のやり方を否定するような発言は下品で逆効果だと判るので、自然に避ける。ネガティブキャンペーンを米国選挙でいくらお目に掛かろうと、日本人は体質としてそれを歓迎しないし、居心地悪く感じるのだ。そういう作法ひとつで国民性、いや思い切って品性と言おう、品性は露呈するものなのだ。

本の話に戻ると、いや実に不思議な文章だが、そこに私が見出した違和感は、おそらくリライトしているネィティブの日本人が、中国人である著者に100%賛同しているわけではないことによるのではないか。つまり原文のままでは日本人が中国人の浅薄さを嗅ぎ取って売れないと判断し、売るためにマイルドな日本語に仕上げた。けれども編集者は売るためにこの本をリライトしているのであり、著者に同調しているわけではないから、著者の原文ほどには熱意のない文章になってしまった。そう、これほど明快で、一般読者向けに奇をてらった感のある表現を散りばめた朝鮮人論であるにも拘わらず、そこに本を書く人の熱意が感じられないのだ。熱意でなければ誠意といってもいい。要するに金儲け第一の文章が、こういう風になるわけなのでは。
私もソ連時代のヘンテコなロシア語を読んで頭を悩ませた経験がある。当局が真実を隠すために書く難読の声明文や、知識人が検閲を恐れて駆使する回りくどいレトリック、或いは心の叫びを暗喩であちこちに散りばめている謎めいた評論文など、「もっと判りやすく言えばいいのに」と呆れる文体とは知らぬ仲ではないが、この本のような熱意に根っこがないというか、或いはリライトの横槍で熱意が微妙に削られている文体には初めてお目にかかった。まあ事実とはいえ研究対象の民族をディスる内容なんだから、内側から輝くような文章にならなくて当然かもしれない。No.1102の『ダーリの辞典』と参考まで比較下さい。

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by hikada789 | 2018-09-23 18:45 | 宇宙人の読書室 | Comments(0)