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土星の裏側

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宇宙人と呼ばれた人達の診療所

100倍の差はない (No.1137)

b0214800_21121856.jpg日産の雇われ外人社長やら経済界のなんとか役員やらの億単位の報酬が、貰い過ぎだと世間で取沙汰されている。今日も頂きものの野菜や果物を食卓に並べて合掌する慎ましい宇宙人は、他人がいくら金を貰っていようが一向気にならぬのだが、世間の皆さんはこの種のいわゆる経済格差に憤りを感じたりしているのでしょうか。私の印象では、そういう日本人は多くない。なぜなら日本の伝統的価値観では金持ちかどうかで人を量ることを下品としているし、人品の卑しい人ほど金銭に執着するものだという正しい人間識別方法が少なくとも侍の時代から身に染みついているからだ。外国人と話してご覧なさい。彼らにこういう価値観はないから、人前で平気で金儲けの話をするし、初対面の人に平気で月給を尋ねたりする。特に文化程度の低い国や家庭の出身者ほどそうだ。知性や教養のない人間は、せめて金でも積み上げねば人さまに重んじてもらえない。そして知性や教養のある人間ほど、金銭の話題には触れたがらない。禄と印は土剋水で相容れないものなのだ。
では日本人はこうした事件に対して、過剰な報酬金額でなければ何に眉をひそめているのか。正当な報酬ではなく横領だったかもしれないという不正に対してか。しかし法律に大して詳しくもない一般市民が法的な不正とそうでない境目を明確に把握しているはずもないので、多分そこではない。では我々は何にモヤモヤしているのか。

b0214800_21385352.jpg今は亡き西部邁氏はこんなことを言っていた。「人間の能力には確かに差がある。優秀で役に立つ人間もいれば、無能な人間もいる。これを一律同じ人間だとして、同じ報酬や同じ扱いにするのはおかしい。役に立つ優秀な人間の方が大事にされて、無能な人間より多くの報酬を得るのは当然のことではある。しかしその優秀と無能の能力差は、二倍、三倍はあるだろうし、十倍くらいもまああるとして、百倍、千倍、果ては一万倍もの差はあるだろうか。いくらなんでもそこまではないだろう。しかし現代社会は所得金額が個人の能力に比例すると考えるので、高所得者と低所得者の所得金額の開きが、そのまま両者の人間としての能力差だと錯覚してしまう。だがそれはおかしいと、感覚的に判るはずだ。我々の能力差は十倍、二十倍がせいぜいなのに、受け取る金額は百倍も千倍も違う。どうしてこんなにズレるのか」
つまりシステムがおかしいと、西部先生は言いたいのだ。ついでに価値基準もおかしい。これでは金儲けの上手い人だけが能力の高い人間だという図式になってしまう。人間の能力はそんなに単純には量れないものなのに。人間の真価はもっと別の物差しでいろいろな角度から量るべきものなのに。今回の報道で日本の視聴者がモヤモヤしている根底には、こういうことがあるのではないかと考えます。

画像は脈絡なく、最新のレザー試作品。友人の注文で三つ折り財布を作ることになり、ネットのサンプル画像から型紙を起こして組み立てた。思ったより上手く出来て使用上問題はないが、見えてはいけない部分の縫い目が見えたり、革の重なりで分厚くなったりしたので、これらを克服して本番に臨むとしよう。

by hikada789 | 2018-12-04 21:39 | その他 | Comments(0)