人気ブログランキング |
ブログトップ

土星の裏側

doseiura.exblog.jp

宇宙人と呼ばれた人達の診療所

白の令和かばん (No.1190)

b0214800_20493645.jpgグレース・コンチネンタルという鞄ブランドの類似品を作ってくれという友人の注文を受けて、画像のような彫刻入り白鞄が完成した。大変苦労し、また時間もかかったのは、この紙のような白さを追求して色々欲張ったからである。しかしお蔭で誰に見せても驚嘆の声が上がる逸品となった。美しい。まるで売り物のようではないか。年号が替わっても特に変化のなかった宇宙人の周辺で、なんとなく令和の文字を連想させるのが自作カバンというのも可笑しな話だが、もしかしたら今後注文が寄せられるかもしれないので、備忘まで今回の一連の苦労話をつづっておこうと思う。
元ネタとなったグレース・コンチネンタルのモデルにはmaestraとsatchelがあり、それぞれ白バージョンがあるのだが、いずれも彫刻が施されているから、当然彫ってから色を白く加工したと考えられる。白といってもパールホワイトとかなので、こういう色は元の牛革には出せない。何某かの染色加工がしてあるわけだ。しかし革メーカーの加工技術は往々にして企業秘密で、喩え革工芸のプロであってもその技術を真似ることはできない。革道具のお店に行っても「彫ってからパールホワイト」にする塗料など売ってはいないのだ。

ここでミニ知識だが、加工用の牛革というのは肌色をしており、白ではない。本革愛好家の好む経年変化というのは、この肌色が空気に触れることで酸化しゆっくりと茶色へ変化していくことだが、この肌色に染料を入れて色づけするなら、その色ごと経年変化が楽しめる。しかしこの場合、白だけは不可である。もとの地の色が既に肌色なので、これより白くはできないからだ。
どうしても白に塗りたいのならば、染料ではなく顔料(いわゆる絵具)を使えばいいが、染料が革内部へ浸み込むのと違って、顔料は浸み込まずに表面に載るだけである。このため経年変化しないのは勿論、表面の乾燥に伴いやがては割れて剥離する。修理には再び顔料を上から塗ることになるが、そこだけ新品に見えるので鞄全体の風化とのバランスが取れず、ちぐはぐになる。こうしたわけで革工芸愛好家の間では、顔料はあまり歓迎されないのである。鞄なんかに顔料を塗れば、剥離は更に早まるだろう。

b0214800_20495302.jpgさて今回の注文だが、依頼主からは特に手法の指示はなく、ただ白い仕上がりで、且つ彫ってくれというものだった。レザークラフト3年のキャリアの宇宙人が彫ってきたのは無論肌色牛革である。彫ったり塗ったりできるクラフト加工用の革のことをタンローと呼ぶが、タンローをだた彫るだけで何も塗らないというのは、力量が試される。彫刻の不出来を濃い色を塗ってごまかす事ができないからだ。従って、彫刻そのものに緊張を強いられることが予想されたのであるが、これに加えて「白」である。
世の中には脱色した白色タンローというものが存在しており、今回初めて知ったのだが、肌色タンローよりやや高値で売られている。紙のような白さが特徴で、本来はパステルカラーで色づけするために開発されたものらしい。結局これを使用して白さをクリアすることとなったのだが、本当に驚くほど白いのだ。つまり汚れが目立つ。タンローは彫ったり塗ったりした後に仕上げ材を塗ってコーティングするので、完成した暁には汚れを気にせず使えるようになるのだが、問題は制作途中である。何時間もかかる彫刻の最中は手垢だってつくし、指の痕だってつくし、ホコリだって飛んで来る。ちょっと目印にボールペンを転がしただけでもう取れない。そうした汚れを排除しつつ彫り終えろというのも今回の課題であった。彫刻面は鞄の前胴全面と、背胴のワンポイント。彫刻時間はざっと10時間である。手早くやれよ、宇宙人。さっさとコーティングしないと汚れる一方だからな。

そうして彫刻で神経をすり減らした宇宙人に追い打ちをかけたのが、白色タンローである。こいつは脱色によってこういう色をしているのだが、脱色の過程で革自体が固くなる性質があったのだ。そんなことを知らない宇宙人は、コーティングも済んでやれやれと肩の荷を下ろし、何の躊躇もなく持ち手を作るべく二枚の革を接着剤で貼り合わせ、白レースで両サイドを巻いてくれという要望に従いハトメ抜きで穴を空けようとした。ハンマーを振り下ろす宇宙人。ドン。あれ空かない。もう一度ドン。あれまだ空かない。ドンを10回。ようやく空いた。この日は暑かったなあ。この穴、あと何個空けるんだっけ。持ち手は40cmだから合計160cm。ウソ。どうしてこんなに固いのだ。それは脱色したからだよ。
通常、鞄は適正な強度のため厚さ1.5mmの革を使う。従って今回も何の躊躇いもなく1.5mmを買ったのだが、この固さを知っていたら、1.3mmにするのだった。或いはいっそ持ち手は二枚重ねにしなくとも、強度的には問題なかった。まあ裏側をどうするかという問題は残るが、こんなにハンマーでガチで叩き続ける必要はなかったと思われる。試作しないで作るからこうなるのだ。ちなみに、こんな日曜大工みたいな騒音を自宅で上げれば苦情は免れないから、作業はレザー教室で行なった。教室の制限時間は4時間ほどだが、この穴あけだけで3時間近く費やした。なお画像の通り穴あけは持ち手のみならず、本体接合部にも要されたのだが、こちらは一枚ずつ穴を空けたので、労力も騒音も半分以下で済み、自宅でできた。しかしここでも問題が。

b0214800_20495975.jpg持ち手を終えて本体接合まで漕ぎ着ける宇宙人。従来の糸縫いと違って初めてのレース縫いである。波縫いするだけなので時間はかからないはずなのだが、しかしここでも壁が行く手を阻むのであった。レースが穴に通らない。なぜだ。それはレースが太いからだ。今回のレースは市販品ではなく、本体の白色タンローから宇宙人が切り出したものだ。その方が色に統一感が出るからね。しかし5mm幅で93cmもの長さのレースを真っ直ぐカッターで切り出すのは素人には難易度が高く、どうしても太く切れてしまう。それでもちょっとくらい太いなら、革は伸びるので穴を通るはずだったのだが、ここでまた脱色タンローである。固くて伸びない。だから穴を通らない。
いや、穴を一回くぐるだけならどうにか通るのだが、同じ穴を行ったり来たりすると、もうどこにも隙間がないのである。これも試作をしなかったことが仇となり、知っていたらコーナーで二重三重になるような通り道を避ける工夫をしたのだが、しょうがない、もう穴はあけちゃったし、レースは今から細く切ろうとすれば切り口が不揃いになるに違いない。このまま何とか隙間を作ってレースを押し込むしかないのだ。観念してレースをぎゅうぎゅう押し込む宇宙人。こんなに何本も押し込んだら穴が裂けるのではとヒヤヒヤしたが、さすが脱色タンロー、固いお蔭でびくともしなかった。

そんなこんなの汗の結晶がこの通りで、依頼主も満足してくれたので良かったよ。あとは耐久状況を知るべく、ユーザーの後日報告を待つのみである。作業時間は32時間。持ち手の穴あけや本体組立てに余計な時間がかかったので、次回からはもう少し短縮できると思うが、それでも彫刻10時間は変わらないと思う。もし背胴や横マチも彫るということになれば、作業時間は更に伸びる。それは工賃に反映される。
元ネタであるグレース・コンチネンタルが35,000円。宇宙人の白の令和カバンはもっと深く彫ってあるが、彫刻面が少ないので、材料費を入れてもグレースよりは若干安い。皆さん、お気に召したらご注文下さい。

by hikada789 | 2019-05-02 20:50 | その他 | Comments(0)