人気ブログランキング |
ブログトップ

土星の裏側

doseiura.exblog.jp

宇宙人と呼ばれた人達の診療所

モノづくり、製造業 (No.1241)

本屋もないような我が滞在地は町の名をカントといい、キルギス語で「砂糖」を意味することからキルギス人でさえ砂糖が語源なのかと勘違いするほどだが、正しい語源はドイツの哲学者カントなのであった。隣町はリュクセンブルグという。先述の通り、当地はソ連時代にロシア人・ドイツ人の入植者が多く住み、町そのものが彼らの手によって建設された例も少なくない。首都と景勝地イシク・クル湖を東西に結ぶ幹線道路沿いに位置するこの町もその一例で、ソ連崩壊後彼らの置き土産となった立派な家が売却看板を提げていることは既に述べた通りである。
旧ソ連のヨーロッパ側の地域では、ソ連崩壊後町の名前や地名がソ連以前の元の名称に戻される例が相次いだが、ここキルギスでは首都の名称がフルンゼからビシュケクに変わったくらいで、方々の地名はそのままである。カントやリュクセンブルグはそれ以前に町があったわけではなく、戻す名前もないのであった。

町名や売却中の立派な家屋の他にドイツ人を偲ばせるものとしては、野良犬がある。狂犬病警戒地域である当地は多くの野良犬が路上生活をしているが、キルギス産とおぼしき小型の短毛種に混じって、しばしばシェパードやボクサーのような大型犬種を見かける。また犬に比べると猫は少なく、猫は放し飼いなので野良ではなさそうだが、たまに長毛のペルシャ猫やシャム猫も見かける。その高級そうな出で立ちが過去の繁栄を偲ばせるのであった。ペットとはいえ零落ぶりが嘆かわしい。
わが居住区はかようにさびれた田舎町であるが、首都はそれなりに発展している。中心地には帝政時代の貴族の屋敷かそれを模した欧風マンションが立ち並び、街路樹の脇には小洒落た鉄柵やベンチが連なり、山から引いた水が水路を涼しく流れている。これを見れば「宇宙人よ、何ゆえこっちに住まないのか」と不思議に思うほど垢抜けた地区は確かにある。では何ゆえだ、宇宙人。
あ、うんそれはね、多分見かけだけであることが経験上判っているからなのだよ。中心地は車が多くて排ガスが気になることもあるし(日本車ばかりだが排ガス規制前の中古車なのだ)、庶民向け住宅が不足しているのに金持ち向け高級マンションが建設ラッシュであることも、歪みを感じずにはいられない。
4000m級の山脈を誇るトレッキング名所とイシク・クル湖くらいしか見どころのないキルギスには、僅かな観光収入以外には農作物くらいしか産業はなかろうと思っていたが、それだけでは首都のこのきらびやかさは支えられない。では一体何が支えているのか。

実はキルギスの主産業は農業ではなく、金鉱山であった。山奥で金が採れるのだ。そしてそこに利権が生じるため政治が腐敗し、国民の生活向上のための政策に目が向けられず、結果的に貧富の差が広がる。その社会の歪みが、首都の外観を過剰に飾り立てているというわけなのだった。
宇宙人がこの首都を不審の目で眺めるのは、外国人の目につくような名所や大通りはきれいにしていても、カフェに出てくる料理の皿やスプーンは濡れたままだし、路地を一本入ればゴミは捨て放題で(多分野犬が漁るせいで被害が拡大している)、公衆トイレは地獄絵図であるからだ。それはもう実見する前から予見できていた。そして残念ながら、キルギス人の国民性もまた、そうした上辺だけの見栄えや清潔だけを気にして、本当の豊かさや衛生についてはなおざりなので、宇宙人には嘘っぱちに映り、この国に未だ好意を抱けないでいるのだった。まあいきなり下宿がハズレだったこともあるが、これもまた社会の縮図の一つであることに変わりはない。

b0214800_20065954.jpg思うに、国の発展に不可欠なのは製造業である。モノづくりというわけだ。ソ連崩壊後のロシアが暗黒の十年を経て立ち直ったのは、何と言っても国内の製造業が生きていたからだ。確かにロシアは産油国ではあるが、産油国であっても石鹸ひとつ作れない国はあまたある。ロシアは品質は悪くともソ連時代に培った製造ノウハウで国産品を生産しつづけ、輸入品に完敗する前に自国製品の質を上げることに成功した。画像はその成果のロシア産シャンプー。ここキルギスでは高品質として中国産より評価されている。「レジェンドな品質」とコピーまで書いてある。隔世の感があるなあ。宇宙人がモスクワに暮らした頃はシャンプーもコピーもへったくれもなかったからねえ。一方キルギスは、ソ連崩壊後は医療が崩壊するまでに低迷し、自立した国民生活を支えるほどの製造業と呼べるものは見当たらない。まさに農業と金鉱だけで、日用品は輸入品ばかりだ。つまり金を売ったカネで物を買うだけである。石鹸ひとつ作れない産油国と同じで、将来は見えている。

宇宙人は日本語教師だが、当然日本文化についても多少は知ってもらいたいと思っている。しかしながら、日本通で鳴らしている校長先生でさえ、「広島・長崎以降に奇跡の復活を遂げた日本のできたことを、我々もできないはずがない」とスピーチするわりには、自国と日本の決定的違いがモノづくりに対する意欲であることに気づいていない。日本語を学んで首尾よく日本留学に漕ぎ着ければ、そこで先進国の生活を学んで自国に広められると単純に考えている。そこにはモノを買うのではなく自ら作るという高度な思想と意欲が不可欠なのだが。かように宇宙人は思い、やはり当国を評価できないのであった。

by hikada789 | 2019-10-07 19:54 | 宇宙人@キルギス | Comments(0)