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土星の裏側

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宇宙人と呼ばれた人達の診療所

『二葉亭四迷の一生』 (No.1279)

露文翻訳の誼で興味をそそられた二葉亭四迷の『浮雲』を青空文庫で読もうとしたら冒頭から読みにくく、これのどこが言文一致かと訝しむに、結構な分量だったこともあってひとまず置いて、文芸評論家・内田魯庵著『二葉亭四迷の一生』を先に読んでみた。この人の文章は小気味よくて面白く、読みやすい。親交の深かった四迷への情愛と冷静な批評が混在していて、しかも矛盾に満ちた四迷の人生を矛盾なく描写していた。
四迷の人生がどう矛盾しているかといえば、算命学が喜んでサンプルにしたくなるような宿命天中殺タイプで、やることなすこと全然意にそぐわないのに、成果は大いに上げているというところだ。若年にして『浮雲』で論壇のトップに躍り出たというのに、文学への情熱が冷めると外交・国際政治に傾倒して政経分析などの記事を書き、でも周囲は文学をやってほしくして四迷に無理やり小説を書かせ、本人はいやいや書いたのにまたまた名声が上がる、という具合だ。最期は念願の海外駐在員になって、現地で国際情勢の分析を大いにやろうとした矢先の客死であった。何だか何一つ思い通りにならなかった不遇な明治人に思えるが、やはり功績は絶大だったと魯庵は語る。文人としての功績と、露語翻訳及び後進育成の功績である。

詳細は本文を読んで頂くとして、笑えるエピソードを一つ紹介しよう。四迷のロシア語がいかにハイレベルであったかを物語るに、『浮雲』を書いている最中に日本語が行き詰まると、四迷は一度ロシア語で文章を書き上げ、それを和文に翻訳して原稿にしたという。まさかそんなことがと信じない人もいるかもしれぬが、当時は現在のような小説の文体が確立していなかった時期であり、また四迷自身がロシア文学とその原文にどっぷり浸かった体質であったことから、母語ではないロシア語で書いた方が楽だったのだ。その証拠というわけではないが、四迷のロシア語のレベルは、ロシアの文人ダンチェンコが来日した際に能舞台を鑑賞することになり、その前夜に四迷が能のあらすじを露文で一気に書き上げたというエピソードからも汲み取れる。

宇宙人は今ロシアの現代作家の小説をちまちま読んでいるが、仮に日本の現代作家の作品を露訳しろと言われたら、無理ですと断るであろう。逐次通訳なら何とかごまかしつつできなくもないが、文学作品を外国語に適切に訳すのは相当の実力がないと惨めな結果になる。
『二葉亭四迷の一生』 (No.1279)_b0214800_18465831.jpg魯庵の分析によれば、四迷の言文一致体が他の文人に比べて優れているのは、四迷があまりにロシア語に精通していたことと、士族の出身であることから幼少より硬い漢文に慣れ親しんでいたことが原因だという。というのは、他の文人の言文一致体は江戸時代からの戯作文の影響から抜け出せず、その国文臭が抜けないことが災いしていたからだ。四迷はそういう俗文を読んでこなかったので、全く新しい文体をゼロから構築できた、或いはそれは国文より外国文と言った方が当たっているかもしれない。そういうことを魯庵は語っている。なるほど。
なお画像は宇宙人がロシア語の先生から正月に頂いた「パドスタカンニク」。スタカーンは画像のような把手のないガラスのコップのことで、これに熱湯を注ぐと熱くて掴めないことから発明された金属のカップホルダーをパドスタカンニクと呼ぶ。パドは前置詞「~の下に」。ソ連崩壊直後のシベリア鉄道で宇宙人はこれを初めて見たが、帝政時代から使われている実用工芸品である。大して高価ではなく、デザインもいろいろだが、今読んでいる小説にこのアイテムが出てきたので、先生が自宅の物置から探し出して記念にくれたのだった。最近はさすがに見なくなったという。気の利いたマグカップの方が人気があるからだ。土産物としてはまだ生産しているかもしれないが、中に入れるスタカーンもそういえばここキルギスでは見かけない。四迷がロシアに行った時には多分使っただろうと思われる。嬉しいアンティーク土産である。

by hikada789 | 2020-01-10 18:47 | 宇宙人の読書室 | Comments(0)