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土星の裏側

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宇宙人と呼ばれた人達の診療所

算命学余話 #R119 (No.1280)

スウェーデンの環境少女グレタのお蔭で、いろいろ見えなかったものが見えてきました。グレタを動物行動学者の視点から分析する竹内久美子氏によれば、グレタの母国スウェーデンは早くから福祉国家として名高く、男女平等ランキングも常に上位の国であるけれども、何を以って男女平等とするかの基準となる項目そのものにかなり疑わしいものを感じると語っています。
例えば自然界においては男児が女児より若干多く(5%程)生まれるものなのですが、それは女性の方が免疫等において優れているため、免疫の劣る男性が生涯を通じて早く死にやすいという事実に由来しています。早く死ぬ可能性の高いことが判っているからこそ、自然界はそれを見越して男児出生率を上げ、将来的に男女の比率が均しくなるようにしてくれているのです。なのにスウェーデンは、この男女出生率をも1対1にしようと日々努力しているのです。なぜなら男女平等指数の項目に、この男女出生率の均一化も入っているからです。こう聞くと何か見当違いな、自然の摂理に逆らう狂気を感じませんか。
また、よく日本の男女不平等が槍玉に上げられる時に引き合いに出される国会議員の女性比率や男女雇用の平等性についても、スウェーデンは確かに女性進出が進んでいるけれども、それは法律を作ってそうなるよう人為的に誘導した結果であり、自然にそうなったものではありません。自然のあるままにした場合には、実際は日本くらいの男女の職場比率が妥当なのであり、社会もまともに動くと竹内氏は分析しています。

スウェーデンは理性的で賢い先進国という印象があるけれども、実はもう何十年も前から犯罪率は米国を上回っており、麻薬や飲酒の害悪も蔓延した病める国であり、しかしそれをどうやってか隠し続けているのだそうです。なぜそうも犯罪が多いのかというと、いま流行りの移民のせいではありません。
移民が入ってくる以前の時代から男女平等を推し進めた結果、自己主張の強い自立した女性が奨励されるようになり、家庭においては女性が男性化したからです。更には、精神的な意味での母親が不在の代わりに父親が二人いる(陽と陽)ような家庭で育つ子供が、精神のバランス(陰陽)を崩して非行に走ることが原因なのです。そして夫も、家に帰っても自分を癒してくれる優しい妻がいないため、子供と一緒に精神を疲弊させ心を病んでいき、そんな夫に腹を立てた妻が益々男性化するという悪循環が日常となっているのです。

日本は本当に男女平等ランキングの下位を恥じてスウェーデンのような社会を目指すべきなのか、竹内氏や彼女が推奨するスウェーデン事情通が書いた著作を読んで、或いは男女平等を判断する項目の妥当性に疑いの目を向けて、よくよく考える必要があります。
竹内氏は今回の騒動のグレタを見て、その出身国がスウェーデンと聞くに及び、ひどく納得がいったそうです。スウェーデンの男性はこういう女性を妻としなければならず、家には気の休まる場所がない。子供も慰めてくれる母親がいない。だから家庭は荒れ、社会も荒れる。実に不幸な国と言うべきであり、見習うべき対象ではない。
日本は幸いここまで歪んだ家庭が一般化してはいないし、判断基準そのものが疑わしい男女平等ランキングが低かろうとも、国民の精神は健全で、犯罪率も圧倒的に低い。そんな日本が一体何を変える必要があるというのでしょうか。男女の出生率さえ努力して1対1にしようなどという意見の馬鹿馬鹿しさを、瞬時に悟って笑えるアタマを持っていることの方を誇るべきではないでしょうか。そんなアタマを持っていない人たちを見習ってどうするのです。不幸な国になりたいとでも言うのでしょうか。

さて今回の余話のテーマは、グレタの命式を期待する人もいるかもしれませんが、そうではなくて、人間が行う作為についてです。私が言うのもなんですが、占いはどうして一般的に「当たらない」と揶揄されているのでしょう。かく言う私も「占いなど当てにならない」と考える側の人間であり(そうなんですよ)、だからといって算命学だけは別だと弁護するつもりもありません。
上述の話から、過度の作為や干渉は自然に反して良くないということは薄々お気付きかと思いますが、算命学は未来を予知する占いというよりは、人が持って生まれた特性を如何に活かして自然に即した生き方をするかに重点を置いています。自然に反した生き方をしているなら、本来の姿に戻すべく助言を出すのも算命学の役目です。それは確かに「作為」と呼んでもいいものですが、あくまで自然の姿に近付けるのが目的であり、それ以上は干渉しません。ましてや「自分が成功した人生になるようレシピをくれ」という依頼人には冷ややかな態度で臨んでいます。自分の人生を他人の指図通りにして良いという考えの人間に、この自然界で活躍できる場はないからです。
今回は、算命学が助言として人を動かす「作為」と、その結果何が起こるかについて考えてみます。鑑定技術の話ではないですし、算命学思想に直接関わる話でもありません。純粋に思考を巡らせるための、常識を鍛える内容です。

(この続きは「フォークN」と「パブー」に公開しました。副題は「作為と未来」です。「算命学余話 #R119」で検索の上、登録&ココア1杯分の料金をお願い致します。登録のみは無料です。)

by hikada789 | 2020-01-13 00:36 | 算命学の仕組 | Comments(0)