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土星の裏側

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宇宙人と呼ばれた人達の診療所

カテゴリ:宇宙人の空飛ぶじゅうたん( 36 )

今年の五月は令和改元の影響か、例年に比べて母の日の影が薄かったように思う。カーネーションよりも令和グッズの方が店頭に幅を利かせていたせいかもしれない。母の日も所詮は経済効果なのだ。改元のインパクトの去った六月現在、父の日の印象は更に薄い。もともと決まった花を贈るでもなくプレゼントはばらけているし、男性向けグッズがそもそも地味だ。父親が鬼籍に入って久しい宇宙人はこのイベントはスルーするのが常であったが、友人から父の日向けの革カバンの注文を受けたので、せっせと仕立てて画像のようなショルダーバッグを完成させた。贈り物だというし、試作しないで作ったから緊張した。肩紐の調節具はギボシと言って、金属製の突起に革の切れ込みを差し込んで固定させるという、革ならではの渋いアイテム。初めての使用に緊張する宇宙人。切れ込みの位置を間違えたら使い物にならないからね。よかった、ちゃんと嵌まったのだ。コの字型のファスナーもちゃんと動くし。
b0214800_11470584.jpgしかし問題はファスナーつまみを本体と同じ革で作ってくれという注文だ。なに、作るのは簡単だが、差し替えるのが難しいのだ。もともと付いている玉付きつまみを外して、革帯を付けたDカンを差入れるだけなのだが、ペンチで隙間を引き起こすのに力が要る。慣れている人は数秒でやってのけるのだが、宇宙人は一度も成功した試しがない。これをカバン制作作業前に行うといつまで経っても制作に取り掛かれないため、本体を完成させてから差し替える段取りにしたが、やっぱり成功しない。もう納品日だ。だからそのまま納品した。指の力の強い人に差し替えてもらって下さいなのだ。ひどい革工房である。仕方がないのだ。もう暑くて休業の時期なのだ。暑さで頭が溶解気味のため、本体も全然違うところを縫い合わせて、慌ててほどいたりしていたのだよ。そんなわけで土星裏革工房は夏期休業に入ります。ついでに運勢鑑定もぼちぼち夏期休業に入りますので、ご依頼の際はご注意下さい。

そんな父の日は、上野の国際子ども図書館で開催中の「詩と伝説の国イランの子どもの本」展を見に行った。イランの絵本事情についての講演会もあるというので興味本位で聴いてみたが、なかなか良かった。というのも、当ブログでも紹介しているように、イランはイスラム圏の国々の中でもアケメネス朝の時代から文化の洗練された文明国で、遊牧民のトルコやアラブと違って都市文明の民族であるから、定住地で腰を据えて発達させた工芸や活字に対するこだわりが強い。軍人よりも文人を重んじ、モテる男女はインテリ度が高いのが条件だ。すると識字率も高くなるし、本もよく売れる。
現在のイランの人口は8000万弱だが、児童書だけでも年間出版点数は一万点を越え、うち半数が初版。この数字は日本の児童書新刊点数を若干上回っている。もちろん売れるから出版されるのだ。米国による経済制裁で疲弊していると言われるイランは、こういう所にお金をかける国なのである。
更に首都テヘランでは毎年恒例の国際ブックフェア(約10日間)が開催されているが、参加出版社は国内が2400以上、国外からは600以上。来場者数は400万人を超え、これはテヘラン人口の半分に相当する。どうなっているイラン。日本のアニメのコミケの比ではないぞ。そんな一大イベントであるので、会場はその辺の建物では到底間に合わず、この日のために巨大礼拝堂がビッグサイト風に改装されるという。イランを宗教戒律の厳しい国だと思っている皆さん、厳しい国が礼拝堂をこんな使い方すると思います? イラン国民は宗教よりも読書の方に価値を見出す人々なのだよ。知性崇拝の国なのだよ。

子どもの本に戻ると、インテリを重んじる風土と伝統工芸としてペルシャ絨毯や細密画を誇るイランのデザイン技術が、児童書の大量出版を後押ししている。それは展示を見れば判るが、絵がきれいで、そして上手い。色使いが上手い。ひと言で云って芸術性の高い絵本なのだ。中でも玉虫色の表現が際立っている。日本の絵本でこういう色使いは見ない。もっと大人向けの絵画やインテリア、高価な織物などにはあるけど、全然子供向けではないから、イランの絵本にこういう表現が多発しているということは、当地では子どもの頃からこういう作品に身近に触れながら感性を養っているということである。
展示場には、当地で出版されている日本の絵本のペルシャ語版も展示されていたが、絵がお粗末で恥ずかしい気分になった。日本ではよくある昔話の絵柄だが、お世辞にも芸術性が高いとは言えない。たかが子供用の本と思うから今まで疑問にも思わなかったが、こういう幼少教育が成人後の感性に響いてくるのである。
会期は7月21日までなので是非ご覧下さい。入場無料。玉虫色がちょっと判る無料リーフレットもあります。この図書館は建物自体が文化財で、今では高くて造れない明治・大正期の西洋建築。中にはカフェもあり、休憩にも使えます。

by hikada789 | 2019-06-22 11:48 | 宇宙人の空飛ぶじゅうたん | Comments(0)
学生時代に興味本位で履修していたペルシャ語の先生の影響で、宇宙人はトルコ人に対する評価がそもそも低い。アケメネス朝ペルシャをはじめ巨大帝国を人類史に何度も打ち立ててきたペルシャ人(=イラン人)にとっては、その周辺遊牧民族であるトルコもアラブも非文明人扱いであったという事情もあるが、何と言っても先生がトルコを貶す最大の理由は、トルコが近代化に当たってアラビア文字を捨ててローマ字表記に乗り換えたことによる。ケマル・アタトゥルクの時代だからぼちぼち百年になるところだが、「お蔭でトルコ人はわずか百年前の自国の文章を読めないのだ。何て馬鹿なことをする奴らだろう」というのが先生の口癖だった。
イラン人は歴史ある文明人としての矜持から、アラブ人はアラビア語で書かれたコーランを一文字たりとも変えてはならないという宗教的制約から(このためコーランは翻訳も禁止で、現在出回っている翻訳は「註釈」扱いなのだ)、それぞれアラビア文字を維持する道を選んだが、トルコは欧州に隣接しているせいで西洋の近代化の波をもろに受け、立ち遅れまいと陋習と一緒に文字までかなぐり捨ててしまった。お蔭で識字率は上がって経済も発展したが、かといってイランやアラブ諸国を大きく引き離したかといえば、そうとも言えない。逆にかつての文字を失ったせいで自国の伝統文化が判らない国になってしまった。

8億人が視聴したというトルコ製ドラマ『オスマン帝国外伝 愛と欲望のハレム』はオスマン朝の後宮を描いた陰謀時代劇だが、そこに出てくる文字は当然ながらアラビア文字で、シーンによっては身分の高い女性からの恋文を読んだりする場面もあった。しかしその恋文は、確かにアラビア文字で書かれてはいるが、宇宙人のようなネイティブから一番遠い所にいる外国人の目にさえ判読できるほどのガチガチの活字体で、高貴な身分の女性がこんな無味乾燥な文字など書くかァ! と喝を入れたくなるほど無骨なのだった。
断っておくが、アラビア文字にも様々な書体があり、日本語でいえば草書や行書といったくずし文字を美しく書ける人ほど身分が高い。つまり文字から教養が知れるのである。しかし現代トルコ人は特別な教育を受けない限りアラビア文字を読めないし書けないから、時代劇の雰囲気を壊さぬようアラビア文字を連ねた小道具を作るのに活字体を持ってくるしかない。だからあんな新聞みたいな恋文を教養溢れる皇女様が書くというトンチキな演出になるのである。いや嘆かわしい。あのシーンを見た時、確かにペルシャ語の先生のご立腹に納得がいったわ。

宇宙人はかつてイラン人の上流出の女学生らと付き合いがあったが、彼女らの自筆のペルシャ語は各人でタイプが違っていて、川のように流れる書体もあれば、メリハリの利いた丸みで統一された書体もあったし、基本ラインからはみ出る部分にデザイン性を込めたスタイリッシュな書体もあった。ビギナーにはどれも判読しにくいとはいえ、それぞれ個性があって美しかった。国を問わず、文字には書く人の個性と同時に美的センスも滲み出るのだ。
昨今は文字を書く機会が減ったが、宇宙人は昭和の生まれなので、人の教養を量る手段として文字の美醜は結構ウェイトが高い。文字の汚い奴は、人間扱いはしてもリスペクトはしないのだ。ましてや漢字が書けないなど言語道断。しょうがないよ、昭和の人だもん。宇宙人が子供の頃は、明治生まれのじいさんばあさんを化石扱いする言動が方々で聞かれたが、あと一カ月ちょっとで宇宙人も化石になるのだよ。どんな言われ方をするのかな。「鉛筆で文字を書いていた世代」とか、「店でしか服を買えなかった世代」とか言われるのかな。どうせなら「文字を見て人間の中身が高級か低級か量っていた世代」と言われたいものだ。

by hikada789 | 2019-03-24 17:50 | 宇宙人の空飛ぶじゅうたん | Comments(0)
b0214800_19535196.jpgNo.1172で案内したイランの新年コンサートに行ってきた。今年は3月21日の日本時間朝6時過ぎが厳密な春分点で、イラン独自の暦では新年は1398年である。当地では日本同様西暦も並行して使われている。四人組の伝統音楽ユニット「ビーストゥン」はメタボ体型や白髪の進んだベテラン演奏家で構成されていたが、「70年に結成されました」と紹介されたので、まさかこの人たち70代後半なのかと疑った。実際はイラン暦の1370年の結成だから、まだ50代と見た目通りであった。やっぱりね。イラン人が日本人より若く見えることはまずない。なぜメタボなのかというと、イスラム革命以来飲酒を禁じられたイラン人は、口寂しさをドライフルーツやナッツ類で埋め合わせるようになったせいで、肥満が広まったのであった。しかしさすが熟練ミュージシャン、楽器をわが身の一部のように自在に扱うその指は、メタボに似合わぬ細さなのだった。
上の画像はイランの正月ノウルーズ(「新しい日」という意味)で各家庭が準備するのお正月飾りで、今回のコンサート会場の一角に展示されていたもの。アングルの事情で画面に入りきらなかったが、正面の鏡、お灯明、お花、コーランの他に、ハフト・スィーンというアイテムを揃える。ハフトは数字の7で、スィーンはアルファベットのSに当たる。Sのつく7つの縁起物ということだ。詳細は以下の通り。私も初めて知ったよ。
b0214800_20170696.jpg

1)リンゴ(sib):健康、美、実りの象徴
2)にんにく(sir):健康薬味
3)ソマーグ(somaq):同上
4)お酢(serkeh):忍耐(人生は酸っぱいのだ)
5)柳葉グミ(senjed):愛情、生命
6)青草(sabzeh):再生、自然
7)サマヌー(samanu):豊穣

サマヌーとは、麦芽を煎ったり練ったりして長時間かけて作るミロのような甘い麦製品。何ゆえSが縁起物になるかというと、「イスラム」という言葉の中に子音はS、L、Mの三つが入っていて、このどれもが安寧を保証してくれるらしい。Sの他にもLを7つ集める縁起物シリーズが存在する。伝統文化だねえ。日本にも春の七草や秋の七草があるからねえ。
下の画像はコンサート終了後の出口で参加者全員に配られたお土産のお菓子。バナナはご愛嬌だが、小袋はイラン特産のピスタチオやアーモンドといったおいしくてメタボに誘うナッツ詰合せに、ココナッツのビスケット。下に敷いたパンフの通り、日本とイランは国交樹立90周年なのだった。今回の催しも、東京国立博物館で行われた回のはイラン大使館主催の新年会で、来場者のほとんどは在日イラン人である。勿論日本人も自由に入れるのだが、認知度が低くて関係者ばかり。お土産だってもらえるのにな。毎年開催しているらしく、閉会の辞では文化参事官が日本語で「来年の3月21日のスケジュールに『上野でノウルーズ』と書き込んで、その後はアメ横でお散歩を」と締めて笑いを誘っていた。イランはロシアと同じく、親日なのに日本人からはイマイチ愛されない片思いの国なのであった。あ、音楽は良かったよ。リズムが多彩で、5拍子や7拍子が挟まっているおかげで普段届かない耳の血管に血が通った感じだ。イベント情報は「イラン文化センター」のHPで案内しています。

by hikada789 | 2019-03-21 20:43 | 宇宙人の空飛ぶじゅうたん | Comments(0)
前回紹介したアゼルバイジャン作家カマル・アブドゥッラは、当然のことながらロシア語堪能なバイリンガル知識人で、現在二冊出版されている彼の作品の邦訳はいずれもロシア語からの重訳である。アゼリー語からロシア語に翻訳するに当たっては作家自身が監修をしているので、細かなニュアンスも正確にロシア語へと転換されており、そこからの邦訳は原文にかなり忠実と言える。今、もう一冊の『魔術師の谷』という作品を読んでいるが、邦訳者は異なっても作家本人の文体は損なわれていないように思われる。それくらい似た邦訳文なのだ。しかしロシア語には絶対にない表現や修辞がところどころ見受けられ、やはりロシア文学とは異質の出自なのだと知れる。
ともあれ旧ソ連諸国は経済的に西側に大きく遅れをとって不運だったとの評判が高いが、こと文化に関しては逆に西側より保護育成の進んだ施政だったから、旧ソ連のイスラム圏がソ連時代に宗教的縛りを脱して、ロシア文学の影響を受けながら今日このように独自の文学を自由に打ち出しているのは、嬉しい歴史の皮肉である。イスラム以前から中東の文化を牽引してきたのは圧倒的にペルシャだが、今日のペルシャ即ちイランがイラン革命以降宗教の縛りの強い社会になってしまったおかげで、イスラム圏の自由な創作活動が阻害された感が否めなかった(イスラムの専門家から見れば、トルコやアラブの文化は洗練度が数段落ちる)。しかしその間に旧ソ連のイスラム国家群、イランから見れば辺境地域が頑張ってイスラム文学を牽引してくれる程にまでなったのだ。その背景にはやはりロシア文学の存在が大きかったと思われる。だって日本を見てみれば、なるほど米国の経済システムや消費生活は日本も真似たけれど、同様に米国の乏しい文化面をも日本が持て囃した結果、この70年の間に我々はどれほど深淵で重厚な現代文学なり精神世界なりを世界に発信できただろう。元気なのは薄っぺらいサブカルチャーばかりではないか。
というわけで経済力をつけてきたイスラム圏の映画特集のお知らせです。

(1)イスラム映画祭4
定期的に開催されている渋谷ユーロスペースのイスラム映画祭ももう4回目。今回はイエメン関連作品が多く出品されており、その他も社会派のドキュメンタリーものが多い。上述のような文学性の高い作品が含まれているかは不明だが、異文化との接触という意味では大いに役立つフェアだと思う。3/16(土)~3/22(金)日替わり上映。1400円。火曜サービスデー1200円。

(2)ノウルーズ・イラン伝統音楽祭「ビーストゥン・ケルマンシャー」
ノウルーズとは新年を意味するペルシャ語。当地の伝統では新年は春分だったので、今でも新年行事をこの時期にやっている。今年は都内で伝統音楽コンサートをやってくれるらしい。3/18(月)10時半から横浜市立大学、3/20(水)に14時から芝浦区民センター、19時からイラン大使公邸(要招待状)、3/21(木)14時から東京国立博物館平成館大講堂(西門からのみ入場可)。入場無料。同じ頃、高円寺にあるペルシャ・レストラン「ボルボル」でもノウルーズのイベントを開催するようです。

by hikada789 | 2019-03-14 15:08 | 宇宙人の空飛ぶじゅうたん | Comments(0)
ウイグル自治区に昔から住んでいるウイグル人に対する昨今の著しい人権侵害について、中国政府を非難する声明を出したトルコの意図が、イスラムの盟主として男を上げようとしているものかどうか量りかねる。No.1134で紹介したように、中国は従来チベットで鋭意推進してきた民族弾圧を、2年程前からウイグルでも展開し始め、知識人はじめウイグル人を片っ端から捕えては収容所へ放り込んで、虐待や洗脳教育の末に多くの死者を出している。事が明るみに出たのは、隣国カザフの国籍を持つウイグル人が捕えられたことでカザフにいる家族が騒ぎ出し、カザフ外務省の働きかけでようやく釈放に漕ぎ着けたのが発端だ。釈放されたウイグル人男性は同胞らが収容所でどのような目に遭っているのかを世界の人権団体に訴え、特に同じイスラム教徒からは多くの同情と中国への反発感情が寄せられることとなった。
ロシアを中心にCIS諸国を多少はウォッチングしている宇宙人は、地理的に近い旧ソ連のイスラム教徒が黙ってはいまいと思っていたが、案の定隣国カザフやキルギス、ウズベク、そしてロシア国内に住むウイグル系やタタール系ロシア人たちも、中国政府に対する反感を急激に強め、デモや言論で中国非難の声を上げるようになった。
しかしながら、そうした活動が今のところ大規模なものにならず、各国政府も強い口調で中国に抗議していないのは、やはり中国の影響力を無視できないからだ。中央アジア諸国は近年目覚ましい経済発展を遂げているとはいえ、その恩恵は中国なしには語れないし、大国ロシアでさえも、圧倒的な人海戦術を誇る隣国中国の、極東への経済進出に手を焼いている。

以前、人口密度の低いロシア極東の中国との国境付近に中国人が多数入り込み、勝手に路上商売を始めてチャイナタウンを形成しようとしているのを、プーチンのツルの一声で一掃したという笑い話のような事件があったが、あれはロシアにとっては笑い事ではなく、立派な領土侵害に相当していた。この種の面倒を中国の側から取締まらせるために、プーチンもそれなりに中国の機嫌をとっておかなければならず、今回のような明らかな人権侵害事件を見ても、頭ごなしに中国を非難するような発言はできないのだった。
かといって、多くのムスリム人口を抱えるロシアにとって、ウイグル人たちの受けている迫害を見て見ぬふりもできない。そんなことをすれば国内のムスリムが今度はロシア政府に対して反抗しかねないからだ。ただでさえシリアのイスラム国掃討作戦でいろいろ非難されているロシアなのに、この上イスラム過激派にロシアで暴れる口実をわざわざ与える愚は避けたい。ロシア国内のムスリム住民には、大人しく、そして言うことを聞いてくれる羊のような存在でいてほしいというのがプーチンの本音だろう。
だからロシアでは現状、国内における反中デモの許可を出したり出さなかったりという微妙な舵取りでどうにか対応している。ロシアでは、当局の許可さえもらえれば合法的にデモをやっていいことになっているのだが、全ての反中デモを許可すれば中国を刺激しかねない。かといって全て許可しなければムスリム住民の中から過激思想を生み出しかねない。中間でバランスを取っている。これがロシアの現実なのである。いまやロシアよりも中国の方が余程恐ろしいのだ。

プーチンでさえこんな状態なのに、そのプーチンに数年前にシリアをめぐって拳を振り上げ、結局自ら拳を下ろすことになったトルコのエルドアンが、このウイグル迫害問題で声を張って出たのだ。感情的には同じイスラム教徒として同情を寄せたということになろうが、何しろエルドアンだ、そんな甘っちょろい動機で動く輩でないことは、対シリア外交で証明済みだ。そしてその深慮遠謀とはほど遠い「思いつき外交」も証明済みだ。
トルコといえば、宇宙人にはこんな体験がある。トルコの民族舞踊や音楽を披露するイベントを見に行ったところ、演目の一つに部族闘争を描いたダンスがあったのだが、さんざんやりあった双方のリーダーがタイマンし、最後は互いの健闘を称えて握手で終わるという筋書きだった。これを見た時宇宙人は、河原でさんざん殴り合った暴走族のヘッド同士がフラフラになりながら、最後は「俺とお前は今日から親友だ」と握手して終わる青春ドラマを連想したのであった。そんなわけで宇宙人のトルコ人観とは、概ねこのようなメンタルで出来上がっているのであった。男気とか任侠とかいう世界ですね。エルドアンの言動もこの種の青春とヤクザを足して二で割ったようなメンタルから湧き出ていると考えれば、今回の政府声明も、世界におけるムスリムの盟主たるトルコのリーダーをカッコよく演出したかったのかもしれないという見当はつく。しかしそれにしては剣呑というか、トルコだって中国に大きい顔できるほど強国ではないからね。ロシアでさえ気を使っているのに、そのロシアのプーチン親分に歯が立たないのがエルドアンではなかったかね。トルコ大丈夫かね。何か他に思惑があるのかね。それとも今回も思いつきなのかね。

by hikada789 | 2019-02-12 19:03 | 宇宙人の空飛ぶじゅうたん | Comments(0)
京都に樂美術館という樂焼専門の美術館がある。そこの館長は代々一子相伝の樂焼の技を受け継ぐ著名な陶芸家なのだが、その人の話によれば、館内には代々受け継がれてきた焼き窯があるという。しかしその焼き窯はあまりに小さく茶碗一個しか焼けないサイズなので、一度にひとつしか作れない。その窯の中で高温の炎が土を焼き、高温の原初宇宙の中から星々が生まれたように、たった一つの焼き物が生まれる。陶芸家は土をひねって茶碗の成形まではするが、ひとたびその窯の中に入れたならあとはもう自然の力に委ねるだけで、どういう完成品になるかは人知の及ばぬところだ。だから陶芸家ができる精一杯のことは、その土をひねる過程で魂を込めることだけである。そのような態度で日々作品に向き合っているそうである。
こういう陶芸作品にお茶を立てて飲んだら、きっと宇宙の生命と魂の味がするのであろう。そしてこういう心掛けを茶碗なり茶道具なり茶会を媒介として後世に伝えてきたから、茶の湯は今日まで何百年も生き延び、愛されてきたのだろう。館内には千利休の時代から名品として受け継がれてきた一点ものの茶碗たちが、たとえ割れようとも継ぎの技術でリメイクされて展示され、その一部は実際にお茶を立てて茶会で振舞われているそうである。どんな味がするのだろう。ちょっと行ってみたい大人の京都なのだった。

現代社会の悪習のひとつは、使い捨てだと思う。衛生品は仕方ないとして、皿や湯飲み、衣類などが安い人件費の国で大量生産され、安価なものだから買う方も長く大事に使わない。そもそも作っている方だって賃金のためにノルマをこなしているだけで、とても魂など込めている余裕はないし、検品に通りさえすればいいという頭で作っているにすぎない。作り手と買い手は似たもの同士でお似合いだ。そんなお似合いの需要と供給がひしめく現代社会においては、人間そのものも使い捨て前提となり、人間関係が希薄になったとか長続きしないとか文句を言っても、アンタだって周囲の人間を短い付合いと割り切ってぞんざいに扱って来たのだからお互い様じゃないのか、と反論されたらぐうの音も出ない。
かく言う宇宙人も偉そうなことは言えぬ。なのでせめてこの使い捨てな日常を枝葉からでも改善すべく、日用品は長く使えるものを選ぶようにしている。たとえ安価でも容易に捨てたくならぬよう気に入ったデザインのを買うとかね。すると必然的に日本製が増えてくる。高いと言っても海外製の2~3倍だから、耐久年数を考えれば逆にお得だ。リサイクル服屋に行くと膨大な中国製の中にたまーに日本製が隠れていて、でも生地も縫製も中国製とは比べ物にならない品質だから、こんな値段でもったいないとばかりついあれこれ買ってしまう。
品質がいいということは、作り手に心の余裕や豊かさがあるということだ。丁寧にかがられた縫い目から、作り手の魂がいくばくかは込められたことが感じられる。こうした感興は中国製品には湧かない。それどころか、金儲けしか頭にない人間の作った物をこれ以上触りたくないという気分にすらなる。

先週明治大学で日本アームネスティ主催の人権シンポジウムがあり、テーマは新疆ウイグル自治区における中国当局による民族浄化であった。当地の人権侵害は決して新しい話ではなく、隣のチベット自治区では抗議の焼身自殺が毎年のように報じられるなど、漢族優先の政策が長年に亘って少数民族の人権をないがしろにしてきたことは知られている。しかし今回の報告によれば、ウイグルでの人権侵害がこの2年で民族浄化にまで飛躍したのには、明確な原因があるという。それは人事異動であった。
ダライラマの亡命から半世紀を経てもなお、チベット自治区における悪名高い弾圧政策は大勢のチベット市民を投獄・拷問・獄死で苦しめてきたが、その総指揮を執っていた当地の党書記チン・チュアンゴン(漢字は判らない)が、2年前にウイグルへ異動となった途端、ウイグルにはそれまでなかった強制収容所があちこちに建設され始めた。そして現在それらに100万単位のウイグル人が老若問わず拘束されている。民族浄化が目的なので拘束の理由は何でもよく、ほぼ無差別に、しかし大学学長や言論人など知識人や著名人を特に狙って収容所に閉じ込め、劣悪な環境と罰則と称する拷問で連日死者を出しているという。当然中国政府はこの事実を認めていないが、なぜ情報が漏れたかというと、外国籍を持つウイグル人が外交手段によってわずかながら解放されたため、内部の状況を実体験として語る者が遂に現れたからだ。その生き証人が今回来日して講演したのであった。
報道関係者も来ていたので詳細は新聞等の記事をご覧頂くとして、生き証人であるウイグル人講演者も日本側の研究者も、ナチスドイツの時代の話かと耳を疑うような時代錯誤な虐待虐殺の日常に講演中に泣き出すわ、ウイグル人講演者のみならずその通訳までが、「報道各社の皆様には彼らの顔画像も、音声も、そのまま報道することは決してしないで下さい」という禁止事項付きで紹介されるわで、命の危険を感じるシンポジウムであった。聴衆の中にはサングラスやスカーフで顔を隠したウイグル人らしき人々も来ていたし、開会の辞では、プラカードや横断幕を掲げたりシュプレヒコールを上げたりしたら退場してもらう、というお達しもあった。それほどやばいシンポだったのだ。大丈夫かよ宇宙人。

せめてもの救いは、こうした中国政府の暴虐(今どきこんな言葉を使わされるとは)を批判する人の中には漢族の弁護士などもいて、こうした漢族によって情報が国外へ放出されているという事情もあることだ。会場には日本に暮らす漢族の聴講者もおり、日本人研究者からの「このような場所にはいづらいかとお察しします」という心遣いの言葉が印象的だった。
私も中国に滞在していた経験から、漢族の全員がクズだとは言わないけど、こうした心の正しい漢族なんて千人に一人くらいで、あとの10何億人は金儲けしか頭にない、自分が非難されると「俺だけじゃない」といって言い訳を並べたり逆ギレしたりするクズだよ。それを実地で体験して実感しているので、私は極力中国製品は買わない。それしかなかったら買うけど、日本製品があるなら高くてもそっちを買う。触りたくないのだよ、魂の汚れた人の触れた製品を。
こんな胸くそ悪い政策を取り続けている中国と、本当に仲良くする必要あるのかね。奴らの味方をしたら、我々は後でひどく後悔することになるのでは。子孫から軽蔑されることになるのでは。政治家の皆さん、国益の何たるか、長期的視野に立って論じてくれ。君たちの判断で、我々に恥をかかせないでくれ。

by hikada789 | 2018-11-25 20:29 | 宇宙人の空飛ぶじゅうたん | Comments(0)
オスマントルコを舞台にしたトルコ産テレビドラマ『オスマン帝国外伝 愛と欲望のハレム』がBS日テレの平日夕方から連日放映中である。経済発展するとこの種の豪華な大河ドラマが途上国で生まれるが、とうとうトルコがオスマン帝国モノを打ち出してきた。2011年に開始された連作だが、欧州でもヒットして世界の8億人が見たらしい。どんなものかと思って途中から見てみたが、第一印象はまず、ヒロインがブス。だってスレイマン大帝をメロメロにした寵姫だっていうからすごい美女かと期待するじゃん。なんか肉感的で下品なんだよ。でもトルコ人の美意識では美女なのかなあ。それとも役柄が「奴隷からのし上がった異国の女」だからそれに合う女優を選んだのだろうか。

一応フィクションと明記してあるが、史実をモチーフにしているので、ヒロインの寵姫ヒュッレムは実在するし、スレイマン大帝の遠征も史実に沿って描かれている。設定ではヒュッレムはウクライナ出身で、本名アレクサンドラ。タタール人の襲撃により捕虜となり、奴隷となってオスマン王宮に売られてきた。こういうことは実際よくあった。覚えてますか、わがホニャララ小説『メタフォーラ・ファンタジア』にもロシア出身の白人奴隷を登場させているが、ロシアは最初モンゴルの属国となり(タタールの軛)、モンゴルが弱くなると復権し、同じ頃台頭してきたオスマントルコと陸続きで睨み合うようになる。でもオスマン軍は当時最強の兵力だったので、ロシア南部に広がるウクライナは結構トルコにやられっぱなしだった。だから当地の美しい娘たちは攫われてきてトルコの貴人に献上された。

オスマン王朝はこの種の混血におおらかだったので、王家の血筋は美男美女が多かったという。お母さんが外国人で子供がハーフになるからね。尤もウクライナよりもコーカサス出身の方が美形度が高いと聞いたことがある。コーカサスはアルメニアやグルジア、チェチェンやダゲスタンのことだが、現在でも美男美女の産地として名高い。まあ現代のウクライナもスーパーモデルで外貨稼ぎをしているから、好みの問題かもしれぬ。ともあれオスマン朝では、見目麗しいコーカサスの男達もリクルートして近衛軍に入れたりしていた。見栄えにこだわる王朝だったのだ。それなのに、ドラマで使う女優はこの程度か。本物を出せなのだ。

ヒロインはともかく、見どころとしてはやはり豪華絢爛たるイスラム装飾に囲まれた王宮インテリアや衣装かな。戦場の様子や戦闘服なんかも丁寧に作り込んでいて、歴史考証されている感じが良い。原色ではない自然な染色の布地の風合いが、落ち着いた高級感を醸している。要するに眼福なドラマである。ヒロイン以外の女優陣も私の目にはイマイチだが、タイトルの通り「愛と欲望」がテーマなので、後宮のドロドロした女の戦いを扱う以上、爽やかさとか慎ましさはそっちのけで、陰謀や暴力に見合った顔ぶれといった感じ。スレイマン大帝の遠征シーンはなかなか楽しいが、後宮のシーンはあんまり面白くはない。ちょっと前に則天武后を描いた中国ドラマをやっていたが、あれと同じレベルかな。因みにあの中国ドラマの主演がいま話題の脱税女優ファン・ビンビンである。

ハーレム物語とはいえ、イスラム教国の作るドラマなので、性的描写はゼロ。その点安心して子供にも見せられます。スレイマン大帝に反抗するハンガリーなど東欧の王侯なども描かれて、その衣装からも文化の違いがよく判って勉強になる。また後宮の女性の衣装がいわゆるドレスで、大きく胸が開いていたりティアラをつけていたりして、この風習が二百年後くらいに西洋貴族の女性のファッションに取り入れられたのだと判る。文化の源流や変遷についてもビジュアルで語ってくれる貴重な映像ですので、ぜひ一度ご覧下さい。個人的には、こういうドラマはペルシャ宮廷モノとしてイランに作ってほしかったな。多分美術的センスはイラン人の方が上だから。

by hikada789 | 2018-10-15 18:58 | 宇宙人の空飛ぶじゅうたん | Comments(0)
アニメ『ゴールデンカムイ』が好調だ。冒険宝探しものにしてはリアルでグロい。明治時代を扱っているせいかもしれないが、野性的で元気いっぱいの暴力シーンが何やら懐かしい。あの頃の日本人は、こんな目に遭ってもへこまずに反撃できたのだな。現代人はすっかりモヤシなのだ。見倣わねば。
ところで時代はもう少し前の、帝政後期のロシアに征服される頃の中央アジアを描いたマンガ『乙嫁語り』は、その漫画家のイラストが中央アジア・フェアのイメージイラストに使われていることもあり、宇宙人も読んでいるが、漫画家が女性なので暴力シーンや社会の暗黒面が全然描かれておらず、『ゴールデンカムイ』のギラギラに比べると綺麗ごとを並べすぎる感が否めない。尤も、同じく中央アジアを舞台に宇宙人が書いたホニャララ小説『メタフォーラ・ファンタジア』も、推敲の段階で暴力シーンを削ってマイルドな仕上がりにしてしまったため非難できる筋ではないが。いや、リアルさを追求するなら、やはり暗黒面は削ってはいかんのだ。
その『乙嫁』に出てくるパリヤという少女にちなんだパン教室というのがあるそうな。ウズベクの主食のパンに焼きスタンプを押して、お祭り用に飾ったパンを作るという趣旨らしい。いろんな教室があるのだな。以下に掲げておくので、興味のある方は覗いてみて下さい。他にも中央アジア関連イベントを紹介しておきます。

(1)乙嫁パリヤのパン教室
「KitchHike」という料理サイトで参加受付をしています。5月はもう満席で、次回6/9と6/30の参加者を募集中。榎町地域センター調理室 (早稲田駅 徒歩5分)。参加費約5500円。

(2)ウズベキスタン・ウィーク・イン・ジャパン
5/15から東京ほか巡回公演する民族ダンス。東京は5/15と5/16の二回で、入場無料ですが事前予約が必要。赤坂区民センター区民ホール。

(3)タジキスタン展
結構前から都立図書館で長期開催している無料展示会。6月頃までやっている。

by hikada789 | 2018-05-12 18:28 | 宇宙人の空飛ぶじゅうたん | Comments(0)
先日マツコ・デラックスの番組でペルシャ絨毯を紹介していた。ペルシャ絨毯といえば高級インテリアだが、その高いクォリティと百年はもつという耐久性を考えれば決して高くはない。仮に1枚百万円の大型ラグを買ったとしても、百年楽しめるのなら1年で1万円、1カ月千円以下。これでお部屋がリッチになるなら安いものではないか。くだらぬ百均グッズを繋ぎ合わせて満足するような輩は放っておけばよいのだ。
番組ではペルシャ絨毯の中でも高級品(絹製や人間国宝級の工芸品)から一般家庭向きのお値頃品までを紹介し、ペルシャ好きの私も知らなかった「ギャッベ」と呼ばれる遊牧民製の一点ものがブームになっていることを教えてくれた。その概要:

――ギャッベというのは「毛足の長い絨毯」という意味の遊牧民製品で、毛足が長いのは遊牧民が地面に直接座る時お尻が痛くならないための工夫。これを専門に扱い今世界で人気を博しているのが、ゾランヴァリという人が経営するゾランヴァリ社製のギャッベ。製作者は各地に散らばる遊牧民だが、圧倒的な品質を誇り、デザインも現代風に洗練されている。素材は全て天然ウールで、羊の毛刈りから糸つむぎまで全て手作業。染色は全て草木染めで、使うほどに色がよくなる。一枚平均4カ月程度で完成するが、売値は40万円程度とリーズナブル。その技術は世界無形文化遺産に登録されている。――

画像で紹介できないのが残念だが、伝統柄とは違ったお洒落で今どきのデザインが次から次へと提示され、眺めているだけで目の保養なのだ。はっきり言って芸術品である。絨毯というと高温多湿の日本には衛生的でない気がしていたが、ペルシャ絨毯は品質が高いので目が詰まっており、塵やホコリが入り込むスキ間がないため掃除も楽ちんなのだそうだ。液体をこぼしても天然ウールは水をはじくので、布巾で拭きとればシミにもならない。ペルシャ以外の外国製だとこうはいかない。品質が違うのだ。
イランの一般家庭では、一家の財産である大型絨毯を年中行事として川で洗濯するのだが、洗剤を撒いてデッキブラシで無造作にジャブジャブ洗うのである。でも品質がいいのでキズもつかず、当地は乾燥帯なのであっという間に乾く。日本で使うならそれほど巨大な絨毯は部屋に入らないから小振りになるし、洗濯機で丸洗いもできる。洗わなくても拭くだけでいい。草木染めのやさしい色合いのお洒落な一枚がわが家にあったら気分も爽やかになろう。なにしろ老朽化したわが家の畳はすり切れた上に微小な穴が空き、先日踏んづけてかかとが血を吹いたのだった。懐に余裕があれば畳をはり換えたいのだが、毛足の長いギャッベという手もあるのだな。マツコは45万円の1枚を気に入って即買していた。羨ましい。

去年の今頃はインドで身にそぐわぬラグジュアルな音楽旅を堪能していたが、そのきっかけとなったイスラム映画祭を今年もやっているので紹介しておきます。最新のイスラム圏の社会事情から、1970年代の文芸作品までを日替わり上映。ついでにソクーロフ・フェアもやっているのでこちらも案内します。

(1)イスラム映画祭3
渋谷のユーロスペースにて3/17~3/24、一日4作品を日替わりで上映。上映後のトークショーもあります。一般1400円。

(2)ソクーロフ特集2018
ロシアの巨匠ソクーロフの作品の中から、権力4部作と呼ばれる「モレク神」「牡牛座 レーニンの肖像」「太陽」「ファウスト」ほか10作品を日替わり上映。渋谷のシアターイメージフォーラムで3/17~4/13。こちらもトークショーが予定されています。

by hikada789 | 2018-03-20 11:42 | 宇宙人の空飛ぶじゅうたん | Comments(0)
宇宙人のインド詣、最終回は今日のインド事情です。インド旅行を計画されている方へのノウハウ、失敗談等を思い出すままに連ねてみます。画像は特に文章とは無関係の、インド建築彫刻のわかる数枚を並べました。b0214800_1517763.jpg

まずデリー空港に着いたら両替をせねばならぬのだが、空港を一歩出てしまうともう両替所はないので地下鉄にも乗れぬ。なのでレートが悪かろうが空港内の両替所で少額でも替えておく必要がある。宇宙人は「到着ロビーではなく出発ロビーの方がお得」と聞いたので出発ロビーを目指したのだが、間違って建物を出てしまい、再入場するのに入口警備員を煩わせてしまった。一般の送迎客は100ルピー(1ルピーは約1.7円)払わないと入れないので、建物の外側に迎えの家族などが群がっており、警備員は入口を守っている。
b0214800_15175376.jpgさてご存知の方もおられようが、2016年末にインド政府は汚職対策として高額紙幣を突如無効とし、それまで使ってきた紙幣は100ルピー以下のみとするという強硬策を打ち出した。お蔭でインド紙幣を熟知していない外国人観光客が両替所でこの旧い高額紙幣をつかまされるという事件が続発。宇宙人も警戒していたのだが、それ以前にインド国内の紙幣が不足し、空港の両替所だというのに一度に両替できる金額は80ドルまでと制限されていることを現場で知る。
空港はレートが悪いので80ドルで充分だと思われるかもしれないが、これには大きな不便が付随していた。仮に80ドル替えたとして、次の両替までには一週間を経なければ公的両替所は受け付けないというのだ。私はこれを数日後のトーマスクックで知ったが、このような情報共有をしている両替所はある意味政府に忠実で、手数料もたんまり取る。観光客が損をしないためには両替の事実を紙面に残さない私的両替所を頼るしかないが、そこは偽札をつかまされる懸念がある。インド滞在中宇宙人を悩ませ続けたのがこの問題だ。
b0214800_15183852.jpg尤も、インドの都市部はATMが発達し、クレジットカードでキャッシングすることもできると聞いていたので、宇宙人も自前のカードを持参したのだが、PINコード以外に暗証番号が必要で、この番号は普段日本で使わないため失念してしまい、結局キャッシングはできなかった。仮にできたとしてもATM内の現金がなくなっているケースも多く、当てになるとは言い難いのだが、カード払いの方が為替レートがいいので、これからインドへ行く人はカードキャッシングができるよう暗証番号を確認の上、空港の到着ロビーにあるATMで必要額を下ろしておくことをお勧めする。

さて空港を出て表示に従い地下鉄に乗る。窓口でトークンを買うと並ぶので、私はスマートカードというパスモを200ルピーで購入。うち100ルピーがデポジットで、後で払い戻しする時に返金されると聞いたが、最終日に要求すると案の定「できない」の一点張りだった。やっぱりね。でもデリーの地下鉄はテロ対策のため入口で荷物チェックをするのでただでさえ時間がかかり、更にトークンをいちいち買っている時間も惜しいので、スマートカードは便利ではある。使う方は払い戻しできないと覚悟の上で購入を。
b0214800_15191943.jpg首尾よく地下鉄に乗ると、ここで宇宙人は運よく日本人の現地社員A嬢とそのお友達に遭遇し、宿までご一緒することができた。デリー歩きのノウハウもここで仕入れる。空港とニューデリー駅を繋ぐ地下鉄は他の地下鉄とは別系統なので、乗り換える時は一度改札を出て再び荷物チェック・改札をくぐらねばならない上、ニューデリー駅は常に大混雑なので住民であっても通り抜けるのが躊躇われるという。なのでA嬢の機転により一駅前でブルーラインに乗り換え、本日の宿のあるメインバザールを通りの尻尾側から入ろうと、その最寄駅へと直行した。宇宙人は帰国前に再度この近辺に宿をとったので、この知恵は大いに役に立った。この最寄駅は出口さえ間違えなければ、目印となる寺院とウシ&鶏ひしめくアニマル広場に直結し、迷うことなくメインバザールへ出られるのだ。つまり宇宙人が最初に遭遇したインドの地上の風景は、ウシ&鶏広場であったのだった。

動物たちのニオイと糞尿にひるんではいけない。こうした情景はインド旧市街地の日常であり、インドの醍醐味である。事実、このような通りで立ち食いするカレーやラッシーは安くてうまいのだ。サモサを調理ハサミでざっくり刻んだ上からカレーをかけるサモサ・カレーは30ルピー。田舎なら20ルピーだ。ラッシーは一杯25ルピー、フレッシュフルーツジュース40ルピー、バナナシェーキ20ルピーなど、激安。気になるのは衛生だが、コップはもう気にしないことにしたね。皿とスプーンはちょっと怖いので使い捨ての店を選ぶようにした。水はペットボトルのを買うか、宿で出してくれる沸かした水をペットに詰めて飲む。お蔭でお腹は最後まで壊れなかった。
b0214800_1520774.jpgインドの食生活はやろうと思えばかように安く済むのだが、もちろん座って食べたければそれなりの料金に。A嬢らと同席した地元で人気の店ではドーサが130ルピーから。ターリー(定食)も150ルピーくらい。宇宙人はその後観光地のレストランでダルマカニ(バターのきいた豆カレー)にはまったが、単品で150ルピーほど。それ以上高い店には入らなかった。現金が心配だったからね。野菜や果物は路上で量り売りしているのが安くて新鮮。ぶどうやトマトを半キロ買ってビタミン補給した。

但し、インドの都市は現在どこも大気汚染が激しく、中国にも劣らぬPM2.5がもうニオイからして知れるのだ。そのような車道や交差点に長くいると気分が悪くなるのでマスクは必需品である。現地人は慣れているか、女性はサリーにスカーフがついているのでそれで口元を覆って歩く。インド名物のトゥクトゥク(三輪車タクシー)は窓もドアもなくて吹き抜けなので、うっかり長く乗ると排ガス吸い放題となって体調を崩す。乗るなら窓の閉まるタクシーにすべし。宇宙人は渋滞がいやなので歩くことを選んだが、そのような歩行途中にうまそうな屋台が並んでいると、30ルピーなのでつい食ってしまう。当然PM2.5も同時に摂取したに違いない。何をどこまで許容できるかでインド・ライフの質は違ってくるのだった。

b0214800_1521128.jpgインドの宿もピンからキリまでで、バックパッカー向けの安宿はドミトリーで200ルピーからあるし、シャワー・トイレ付個室なら600ルピーから確保できる。同じ600ルピーでも地方へ下るほど豪華になっていくので、泊まり比べると勉強になる。まあ標準的日本人なら1500ルピー前後の宿を当たれば安心だろう。予約なしでも空きがあれば泊まれる。無料Wi-Fiや24時間ホットシャワーを売りにしている宿が多い。インドは暑いのでシャワーは水が基本だ。ホットシャワーは贅沢なので、使える時間帯などフロントで確認しよう。
市街の路上がゴミと糞尿であふれているのに宿の中は一応清潔である。特に床は大理石が多かった。安宿なのに大理石なのでちぐはぐするが、それほど安いのだろう。ひんやりと冷たく、水分はすぐ乾いて衛生的かも。シーツや石鹸、トイレ紙はあったりなかったり。

両替の次に宇宙人を悩ませたのが列車やバスでの移動だ。旅行会社に手数料を払えばラクに切符を買えるのだが、切符代が100ルピーなのに手数料が300ルピーというのは馬鹿げているので、なるべく自力で購入する。窓口は基本的に英語OKなので、紙に目的地や時間を書いて提示すると回答がある。すぐ買えれば苦労はないが、満席だと飛行機のようにウェイティングする仕組みだ。滞在期間の短い宇宙人はウェイティングの末乗れなかったでは済まされないので、時間を変えたり等級を下げたりしてどうにか日程通りに移動できたが、けっこうハラハラする。事実、音楽祭に来ていた日本人青年は予定の移動に失敗し、フェス初日は23時到着になって一日棒に振ったのだった。参加費高いのに。
b0214800_15214858.jpgまた、この豪華遺跡ホテルは金持ち客しか来ないらしく、宇宙人がチェックアウト時に「普通の長距離バスで次の街に行くのだ」と言うと(他の客は同じ目的地に行くのにホテルのハイヤーを6000ルピーで雇うのだ)、ではバスターミナルまでお送りしますと言ってトゥクトゥクを手配してくれたのだが、その乗車時間が10分にも満たないというのに運転手への謝礼は200ルピーで、四時間の長距離バスの切符は100ルピーなのだった。金銭感覚がおかしくなるのだ。このようにインドは領土のみならず生活水準も幅広いので、自分がどのレベルで過ごしたいかで質も予算も大いに変わるのであった。

b0214800_15222217.jpgインド人は基本的に善良で温厚。人に危害を加えようという気概はなく、多分暑さが原因で走りたくないらしい。皆サンダル履きで、急いでいる人は見当たらぬ。がつがつしているのは観光客相手の仕事をしている人くらいだが、それも例えば中国人のようにゴリ押しはしないし、こっちがはっきり怒気を表すとすぐしぼむ。宇宙人はしばしば演技しては余計な出費を阻止できた。どうも「悪人」と思われることが生理的にイヤなようだ。微笑ましいではないか。相手の善意につけこんで自分の意志を通す宇宙人。そういう意味では交渉しやすかった。
しかし以前述べた通り、インド人の言はあまり当てにならない。親切に教えてくれはするが、情報が正確でなくあまり役に立たないのだ。しかし不愉快に思わなかったのは、やはり悪意がないからなのだろう。物言いも静かで大人しい。自分の得にならないおせっかいも平気ですることしばしばだ。国民性である。日本で聞かれるインド人像といえば、会社ではしゃべりまくって相手の言葉を封じ、挙句に会社の技術を持ち逃げして転職するといった悪評が多いが、それは一部の極端な例であり、宇宙人が出会ったインド人たちは相手の意向を忖度する余裕のある人々であった。人種差別はないし、ヨーロッパより居心地よかったよ。
b0214800_15224453.jpg最後の画像は最終日のデリーのメインバザールで、残ったルピーを消費するために立ち寄った木製ハンコ屋(インド更紗の連続模様をスタンプするためのもの)で、ありったけの130ルピーほどでハンコを買ったら「無料でヘナをしてあげよう」と店の親父が施してくれたわが左腕。もうルピーがないことは判っているのだから安心して任せてみた。結構時間がかかる。ヘナの描画に20分ほど、乾燥に10分以上。乾いたらオイルを塗ってこすり落とすと図柄が皮膚に定着している。10日ほどで自然に消える。多分通りの客寄せにデモンストレーションしたかったのだろうが、気前がいい。この種のサービスは方々で遭遇した。
勿論ボラれることはあったし、観光客がインドで受ける被害の大半はこれなのだが、ロシア仕込みの宇宙人は強盗に備えて戦闘モードで入国したので、そのモードは早々にスイッチを切って大丈夫という判断を下し、比較的リラックスして街を歩けた。インドは経済発展途上なので、他人から盗まなくてもやっていける世情が安全性を高めたのかもしれない。インド、お勧めです。但し夏の来訪は現地人さえも「やめとけ」と言っていた。4月になれば50℃越えは日常茶飯事だそうである。
by hikada789 | 2017-03-09 15:15 | 宇宙人の空飛ぶじゅうたん | Comments(0)