ブログトップ

土星の裏側

doseiura.exblog.jp

宇宙人と呼ばれた人達の診療所

カテゴリ:ロシアの衝撃( 202 )

渋谷の文化村で開催中の「ロマンティック・ロシア」絵画展に行ってきた。ロマンチックの目玉であるクラムスコイの「忘れえぬ女(ひと)」と「月明かりの夜」はそこだけ壁の色を変えて特別扱いされていたが、その他の作品も有名画家の傑作がまんべんなく並んで、19世紀末の情緒溢れるロシア絵画をひと通り堪能できた。
わがおススメの海洋画家アイヴァゾフスキーの作品も、波濤と凪の二点が来ていたよ。透ける波や朧な陽光がファンタジーないい色なのだ。先月まで八王子でやっていた別のロシア絵画展でもアイヴァゾフスキーの大型作品が展示されていたが、絵画愛好の友人の鋭い色彩眼によると、同じ絵でも土産用に印刷されたものは許しがたいほど色が違うらしい。宇宙人は言われてみるまで気付かなかったが、確かに違うね。なので是非会場に足を運んで、印刷ではない本物をご覧下さい。

ところで会場内のショップではマトリョーシカはじめロシアの可愛い民芸品や板チョコなんかが売られているのだが、書籍コーナーで『呪われたナターシャ』なるおどろおどろしいタイトルの本を発見。絶版の匂いがしたので即購入した。なんだこの本は。人文書院が出しているからただのオカルト本ではないぞ。著者はロシア専門の文化人類学者。要するに研究書だ。ソ連時代に迷信として片付けられていた呪術の習俗がソ連崩壊後にあちこちに噴出した実例を並べ、考察を加えた硬派な学術書である。しかしタイトルは勿論、表紙もイケている。呪いに相応しい黒地の中央にほのぼのした伝統柄のマトリョーシカが二体立ち、その一方には顔がないのだった。のっぺらぼうのマトリョーシカとはかように不気味なものなのか。ドキドキするなあ。いずれ読後感想を書くとしよう。
その他ロシア関連の書籍は、絵画展らしく美術関連や音楽関連、可愛い雑貨の紹介、ロシア料理本などアートなものが並んでよく売れているようなので、この機会に是非お買い求め下さい。勿論ロシア文学も新訳を中心に置いてあります。わが愛するマルチ翻訳家、小笠原豊樹の訳によるマヤコフスキーの戯曲もシリーズで一挙放出。玄人向けです。

by hikada789 | 2019-01-15 22:09 | ロシアの衝撃 | Comments(0)
No.1138で紹介したロシアドラマ『エカテリーナ』の前半が終わって、オープニング映像が変わった。日本のテレビアニメはクール毎にオープニングとエンディングを替えて音楽を売り出そうとするが、ロシアのテレビドラマはまだそうした商法には至っていないらしく、単に主人公のエカテリーナ二世が皇太子妃から女帝にのし上がって、貫録ある風貌になってきたのでそれに合わせて映像を変えた模様。前のオープニングでは、先女帝エリザヴェータがこちらを睨むキメ立ちカットが忘れがたかった。女優の名はユリヤ・アウグ。毎回ドキドキハラハラの、瞠目の怪演でした。名残惜しい。
とはいえ主人公を演じるマリーナ・アレクサンドロワも負けてはいない。小娘を演じていた頃も美人だったが、ロシア帝国の頂点に立つ今となっては怖いものなしでエロい。エロすぎる。勿論そういう役柄なのだし、史実でもあるのだが、家臣と仕事の話をしている最中に愛人の部下が帰ってきて、お姫様だっこされて連れ去られながらも「またあとで」と家臣に手を振る余裕ぶり。家臣が「マジか」という顔をするところは笑い所です。皆さん、笑うように。このドラマ、ロシア本国では子供が見ていい時間に放映されていたのだろうか。ロシアは夏は白夜になって子供たちは11時頃まで外で遊んでたりするから、普通に見ているのだろうなあ。

ロシア文化に関心のある方のために、ロシア的レトリックの光る前半のシナリオを紹介しよう。先帝エリザヴェータは皇太子妃エカテリーナの産んだ子を母親からすぐに引き離して養育したが、二年ぶりに対面させるという約束をドタキャンしてエカテリーナを悲しませる。そしてエカテリーナは頼れる老臣に無理を言って対面の場に連れて来てもらい、遂に感動の対面を果たすのだが、勿論エリザヴェータは額に青筋だ。「わが命令に背きやがって、覚悟はできているんだろうな」という迫力で、しかし言葉は丁寧に老臣を詰問するエリザヴェータに、老臣曰く、「私はあなた様の内心を忖度したのです。お優しい方なので、きっと本心では母子の対面をお許しになりたいのだろうと。もし間違っていたのなら罰して下さい」。エリザヴェータはこの話を沈黙でスルーし、老臣の出しゃばりを許したのだった。実にロシア的レトリックですねえ。

もうひとつ前半から。病気で危篤となった鬼(=エリザヴェータ)のいぬまにクーデターを企てた家臣らが、結局失敗して逮捕され、若くはないが男前の容疑者がハゲ頭の政敵に訊問(=拷問)を受け、「エカテリーナも関与しているのでは」と問われるシーン。
「エカテリーナってどの?」
「皇太子妃のだよ。且つあんたの愛人の」
「……」
「彼女は誰でも受け入れるそうじゃないか」
「……誰でも受け入れると思うのなら、自分で確かめてみたらどうかね」
ハゲ頭はブチ切れる。ロシア的エグイ笑いのシーンでした。やっぱり子供たちには見せたくない気がするなあ。

by hikada789 | 2018-12-25 21:25 | ロシアの衝撃 | Comments(0)
ロシア映画『アンナ・カレーニナ ヴロンスキーの物語』を見てきた。言わずと知れたトルストイの長編小説が原作だが、原作の映像化ではなく後日譚という形をとっており、主人公はアンナではなく、その不倫相手の青年将校ヴロンスキーだ。原作を読むと貞節な人妻を堕落させた軽薄な男にも思えるのだが、アンナの自殺後は責任を感じて戦地へ志願するところで小説は終わっており、この映画はその後戦争で死にきれなかったヴロンスキーが最後の戦場となる満洲で日露戦争を戦い、そこで軍医となっていたアンナの息子と出会うというオリジナルの設定。息子役があまりに老け顔だったので最初ピンと来なかったが、壮年のヴロンスキーがまたいい味のある男前であった。
興味深いのは、小説では無味乾燥な高級役人でしかない夫のカレーニン氏が、映画ではなんだかとても気の毒で同情したくなる人物として好意的に描かれていたことだ。女性の心をときめかせない退屈な男にも魂の叫びはあるのであった。熱演でした。勿論回想の中のアンナも光っており、自殺に至る心理の屈曲は真に迫っていた。ロシア人はやはり狂気をよく知っている。破滅の駅に向かう馬車の中で、アンナに同行していた小間使いの娘の怯えっぷりが秀逸だった。ああいう名もないわき役の使い方でサブリミナル効果が上がるのだ。名作です。もうすぐ上映終了するので是非ご覧下さい。あ、原作は読んでおいた方が話は判りやすいです。
なお『アンナ』に続いて間もなく『マチルダ』が上映開始となります。こちらは最後の皇帝ニコライ二世の愛人のバレリーナの物語で、劇中バレエが堪能できる二度おいしいロシア映画。『アンナ』と並んで帝政末期ロシアの破滅二連発なのだ。

ところでBSフジで連日放送されていたトルコ製ドラマ『オスマン王朝外伝 愛と欲望のハレム』が尻切れトンボのような終わり方をして(というか「続編につづく」で一旦終了した)、翌日から次のドラマ『エカテリーナ』が始まった。このロシアドラマはちょっと前に有料放送で流していたはずだが、もう無料になったのだな。とりあえず第一回を見てみたが、『欲望のハレム』とは比べ物にならないほどクォリティが高い。演技力が違うのだ。なんだあのわき役女帝の迫力は。
主人公のエカテリーナ二世が女帝として即位するのは30歳くらいなので、ドラマの冒頭ではまだドイツからお輿入れしてきたばかりの小娘にすぎない。だから小娘が成長するまで物語を引っ張るのはわき役の大人たちなのだが、姑に当たる(正しくは夫の叔母)女帝エリザヴェータの、コバンザメのように家臣を従えながら宮殿の廊下を真っ直ぐこちらに突き進んでくる迫力が半端ない。オスマン帝国のスレイマン大帝、負けてます。
また、オスマン朝の後宮でも女たちが嫉妬のあまり毒を盛ったりナイフで刺したりといったしょうもない事件を起こしていたが、ロマノフ王朝でお妃の毒殺を企てるのは、母国の国益に忠実なフランス大使なのだった。陰謀の規模が国際級なのだ。しかも会話が隠喩を多く含んで直接的表現を避けるため、役者の微妙な演技や演出と突き合わせながらセリフを追わないと話が見えない。欲望のハーレムの会話は至極わかりやすかった。トルコよ、これは国力の差ではない。文化力の差である。見た目はどちらも豪華絢爛の王宮物語だが、内容にはかなりの差がある。つまり視聴者のリテラシーに差があるということだ。

見よ、宇宙人を。『ハーレム』は結局ほぼ全話見たとはいえ、60分ドラマを録画の早送りにして20分で見ていた。だって話の進みがのろくて単純なんだもん。しかし『エカテリーナ』は早送りできなかった。ちゃんと見ていないと話が見えなくなるからだ。
何よりもあのエリザヴェータのド迫力。あれは有名な女優さんなのかな。美人とは言えない風貌なのに目が釘付けになる。妖怪? エリザヴェータの父であるピョートル大帝が幼少の頃、姉のソフィアが摂政をしていて、やがてこの姉は失脚して修道院に幽閉の身となるのだが、その憤怒の姿を想像で描いたレーピンの絵『皇女ソフィア』の像と重なって見える。意図した演出なのだろうか。今後の展開が楽しみだ。ロシアの連ドラなんてそう放映の機会もないだろうから、是非一度、わき役に注目してご覧下さい。

by hikada789 | 2018-12-06 23:37 | ロシアの衝撃 | Comments(0)
日本人が英語を学習する際、名詞が単数か複数かで文法が違ってくるのをいちいち面倒だと思ったり、子供の頃は三単現のS を付け忘れて点数を引かれたりして、日本語は単数も複数も関係なく意味が通じるのだから英語のこのルールは要らないのではと疑問に思ったことはないですか。宇宙人は思っていたし、そもそも無駄を省きたい性格なのでこういう英文法には納得していなかったこともあり、英語は今も昔も好きでない。しかし面白いもので、その後宇宙人はロシア語なんぞを学び、英語より遥かに複雑で面倒で、あってもなくてもいいような文法上の決まり事にアヘンの如く中毒していくようになる。それはひとえに、ロシア語文法における音楽性の優位に魅せられたからだ。ロシア語は正しい文法で話すだけで脚韻を踏めるので進んで文法を守りたくなるし、煩雑を理由にこの文法がなくなれとは露思わない。ロシア語履修者の皆さん、お判り頂けますよね。
そんなあってもなくてもいいようなロシア語文法の一つに、数詞がある。「1」だけでもアジン、アドノー、アドナー、アドニーと四種類あり、その後に来る単語によって正しく振分け且つ格変化させねばならぬのは勿論のこと、英語は2以上が一律複数形だが、ロシア語は2から4が単数生格をとり、5以上が複数生格をとって複数形を表すという、なんだそりゃなルールがある。このどうでもよさそうな煩雑さについていけない人は授業から脱落していくのだが、脱落しなくてもこの「2、3、4」ルールがなぜ存在するのか知る者はいない。そんなことを疑問に思う余裕のある学習者はいないからだ。いや、いなかった。しかし遂に現れた!

前回記事で案内したマニア向けロシア語講座「ロシア語の数詞について」で井上幸義氏が、よくもまあ隅から隅まで調べて答え(らしきもの)を見つけてくれました。その無料配布レジメは22頁に及び、古代ロシア語から教会スラヴ語まで網羅した文法変遷の比較表まで付録にしているというオタクっぷりに、笑いが止まらぬ宇宙人。規定の二時間で収まり切らずかなりの頁を割愛していた講演内容の全容を紹介したいところだが、あまりにホニャララ度が高くて専門的に過ぎるので、ここではとりあえずロシア語を知らない人にも読むに堪えるポイントだけご報告しよう。但し当ブログはロシア語履修者も読んでいるため、その人たちの向学のために後日詳細を小出しに放出していこうと思う。

結論から言うと、人間の脳はぱっと見だと物体を4個までしか認識できず、5個を越えると瞬時に数を数えきれない。この認知能力の限界がロシア語の数詞文法に反映されているということであった。
その傍証として、漢数字やローマ数字を例に挙げる。知っての通り漢数字は「一、二、三」と3までは横棒の本数で数を表すが、実は殷代では4もまた横棒四本で表す漢字が使われていた。漢数字「四」はその後の時代に統一使用されるようになったものなのだ。ともあれ5に至るともう横棒では利かなくなって「五」という文字が使われる。またローマ数字も「Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ」と縦棒の本数で数を表しているが、4もかつては縦棒四本で表しており、5になって初めて「Ⅴ」という5という数とは無関係の記号が登場する。
要するに、洋の東西を問わず、人間は4と5の間に明らかな境界を感じている。もっと端的にいえば、5以上は「多い」でひとくくりにして、いちいち数えたくない心理が働いているということなのだ。そういえば日本の算盤だって4を越えると5を表すアタマの玉に引き継がれるし、世界各地の古代の数の数え方にも、5を越えると別の印にして代用する例が多くある。十進法や十二進法以前の風習である。
余談だが、サルの脳というのは1から3までは脳の同じ部分で認識し、4以上になると別の部分で認識していることが実験によって判っている。現代では漢数字もローマ数字も4から「四、Ⅳ」という棒線ではない表記が始まっているから、人間の脳も4か5の辺りで「数えようか数えまいか」逡巡しているのだろう。

そこで再びロシア語の数詞に戻ると、人間の脳がギリギリ瞬時で判別できる数を4までとすると、1から4までは単純に数をそのまま表したアイコンであり、それ以上の5になるとシンボルとしての「五」や「Ⅴ」等で代用しないとおっつかない。そのシンボルには名前が付けられる。だからロシア語では5以上は名詞扱いになるのである。1は完全に形容詞扱いであり、「2、3、4」はその中間の中途半端な文法になっているのはそのためだ。なに、急にワケが判らなくなった? 判りますよね、ロシア語話者の皆さん。これで「ゴート/2ゴーダ/3ゴーダ/4ゴーダ/5リェート」の納得がいっただろう? いったよなあ!
いいんです、一般の読者には判っていただけなくて。コアすぎるし、全部を説明するととても書ききれない。興味のある方は宇宙人までご連絡下さい。井上教授の次の講演会をお知らせしますから、本人に直接訊いて下さい。

by hikada789 | 2018-11-18 18:23 | ロシアの衝撃 | Comments(0)
アナスタシア・シリーズ第六巻『一族の書』にこんな文言がありました。
――今日も異国に暮らす老人たちにとって「死んだら母国に葬ってほしい」と思う理由を、説明するのは難しい。そういった人たちは直感的に、彼らを地球の楽園に帰すことができるのは、彼らの母国だけなのだと感じているの。異国は魂を拒む。

ロシア人はロシア革命によって大量の亡命者を出した経験もあってか、母国への恋慕や帰還願望の強い民族のように思われます。革命以前でも日露戦争の戦死者を悼んで作られた「満洲の丘に立ちて」という有名な歌がありますが、非常に美しくも故郷への痛烈な慕情に満ちた悲劇的な歌詞と旋律が印象的です。それほどの感情を以って故郷の土地というものを体の一部のように感じている文化なのです。西洋文化と比べると「泥くさい」とか「土くさい」とか「重厚」とか言われるのは、この辺りに原因があるのかもしれません。
今月からしばらく渋谷文化村でロシア・フェアをやるので、この機会に是非足をお運び下さい。クラムスコイの「忘れえぬ女(ひと)」も来日します。

(1)ロマンティックロシア(国立トレチャコフ美術館展)
絵画展はBunkamura ザ・ミュージアムで11月23日(金)~1月27日(日)。これと並行して、ル・シネマでは最新のバレエ舞台をスクリーンで鑑賞する「ボリショイ・バレエ in シネマ」、シアターコクーンでは三浦春馬主演の演劇「罪と罰」、オーチャードホールではクラシック演奏会が五月雨式に催されます。またB1及び1Fにあるレストランでは、ビーフストロガノフやボルシチセット、ブリヌイセットが企画メニューとして供されます。そんなに高くないので是非お試しを。

(2)JICロシアセミナー:黒田龍之助氏講演会
ロシア語学習書の著者、黒田龍之助氏によるマニアックな講演会「もう一つの『ロシア語だけの青春』」。11月17日(土)13時半~15時、弘済会館4F会議室(四ツ谷)。聴講無料ですが要事前予約。

(3)講演会「ロシア語の数詞」
上智大学を定年退職された井上教授によるマニアックな公開講座。上智大学二号館508教室(四ツ谷)。聴講無料ですが要事前予約。11月17日(土)15時~17時なので、上述のセミナーとハシゴができます。

by hikada789 | 2018-11-15 15:33 | ロシアの衝撃 | Comments(0)
No.1120で案内した「ロシア映画祭」の映画を数本見て来たが、昨年同様おかしな和訳が引き続き使われていて興を削がれた。全作品がそうではないが、どうして正しい和訳を付けられる翻訳スタッフに全作品を任せて字幕を依頼しないのか。ここでのおかしな和訳とは、明らかに日本語ネイティブでない人間が自分の日本語の拙さに気付かず並べた字幕という意味だ。そのため男女や老若で異なる日本語の語り口がめちゃくちゃに交錯しており、字幕の出る数秒の間にどの話者のセリフなのかが瞬時に特定できず、誤字もあって何度も違和感を覚えるから結局作品に集中できない。このイベントにはユーラシア映画協会だか何だかいう日本人の映画専門家が監修しているはずなのだが、ちゃんとチェックしていないのか、無料イベントだから仕事に熱を入れないのか。そういう印象が二年連続で続いている。
貶しついでに、上映作品も大したことない。ロシア映画といえば往年のエイゼンシュテインやらタルコフスキー、最近でもソクーロフやゲルマンを思い起こすファン層は未だ厚く、資本主義導入後の映画作品が「小粒」になってしまったことに落胆する観客が途中で席を立つ姿も見られた。私でさえ途中で帰りたくなったが、当の監督が舞台挨拶に来ているので、申し訳なくて最後まで見ていただけだ。これが現代ロシア映画界の現状というわけだ。嘆かわしいが、こうした現実を知るにはよい機会ではある。

実はこの映画祭と時を同じくして、先週赤坂かどこかでモスクワ・フェアみたいなイベントをやっていた。東京はモスクワと姉妹都市だが、急にこういう小型フェアをやるようになったらしく、しかし私が情報をキャッチした時は既に終わっていた。それでもその関連イベントなるロシア現代アニメ上映会を、当地の専門家の解説を交えて東大でやるというので、そっちには行ってきた。なかなか良かった。
ロシアアニメといえば筆頭は「チェブラーシカ」だろうが、あれはソ連時代の産物で、いわゆるセル画アニメではなく、人形アニメだ。手作り人形を舞台装置に並べ、一枚写真を撮り、ちょっと動かしてまた一枚撮り、という気の遠くなるような反復作業で数十分の動画に仕上げる。製作者の根気がモノを言う手法なので、大量生産が利かず、資本主義の今日のロシアにはもはや作れまいと思っていた。しかし今回紹介された11本のうち、半分くらいはこのタイプだったから驚きだ。もちろん長編ではない。しかし金儲け目的ではない芸術作品扱いの、ソ連時代の精神を受け継ぐ作品がいくつか見られ、聴衆に深い感銘を与えてくれる。

何よりもまず画が美しい。一コマ一コマが絵画のように手が込んでいて、子供向けデフォルメにも拘わらず、見ていてウットリするほど人形なり背景なりが美しい。こういう画面に日々向き合って教育されれば、子供達も健やかに育とうというものだ。一方で、今日のロシアのテレビで見られる一般的なアニメ作品というのも紹介されたが、これは大量生産されるセル画やデジタル画で、日本や欧米の使い捨て的アニメ作品とさほど変わらない。当地ではテレビで放映されるこの種の軽量アニメの方が認知度が高い。上述のような芸術性の高い重厚な作品は日常生活ではお目に掛かれず、映画フェアなど特別なイベントに足を運ばなければ堪能できないとの解説であった。なるほど。

ところで、紹介された11本のうちいくつかは芸術性の高くないナンセンスでシュールな作品であったが、その中で楽しい発見をした。セリフのないドタバタ喜劇の作品に登場したマッチョなヤクザを表すキャラの二の腕に、ロシア教会の刺青が描かれていたのだ。三つのクーパル(ネギ坊主屋根)を冠した典型的な正教会の建物の図柄で、これがロシアにおけるヤクザの典型コードというわけだ。日本だったら黒のグラサンに頬のキズとか、両肩にべったり彫られた刺青とかだが、当地では正教会のワンポイント・タトゥーで万人がピンとくるらしい。こういう表現も、ソ連時代はありえなかった。時代と世相が伺えるのだ。

by hikada789 | 2018-10-25 11:23 | ロシアの衝撃 | Comments(0)
私が日本語指導しているロシア人の子に読み書き限定の学習障害の疑いがあり、特別支援学校の教諭が呼ばれて話をした。一般に欧米人は学習障害が多く、10-15%もいるのでそれほど大ごととは捉えないのだが、日本人には少ないので、ひらがなを覚えられない小1はこのように大人たちを走らせるのであった。日本人に少ない原因は、おそらく伝統的に日本人が知的障害を忌避して隠匿したり、そのような子供が成人しても結婚できず遺伝子を残さなかったりしたためと推測されるが、特別教諭と話していてもう一つ気付いた。
ロシア・東欧では学校の試験は面接で、ペーパーテストは行わない。普段の授業や宿題で担任が生徒を厳しく査定しているので、筆記試験は今更必要ないのだ。その代わり面接試験では、口頭でその場で正しく物事を相手に伝える能力が試される。質問の意味を理解できなかったり、答えを知っていても相手に判るように説明できない生徒には、低い評価が与えられる。コミュニケーション能力のない詰め込み式ガリ勉は不合格というわけだ。こういう試験方式なので、極端な話、読み書きできなくても試験をパスすることができるし、更に裏を返せば、口達者な人間ほど評価が高くなる。欧米人が日本人に比べて口数が多いのは、こういう価値観の違いも要因かもしれない。しかし日本人にとって、寡黙が美徳と評されても、読み書きできないのは致命的だ。漢字を満足に読めない大人はバカ扱いされても文句は言えない。それくらい日本文化は視覚と知性の結びつきが強いのだ。
ロシアについて言えば、標準的なロシア人は実によくしゃべる。話に中身がないこともしばしばだが、その人の知性を量るのに言語力が査定の筆頭に上がる。今でもかの国では、最も頭の良い学者といえば言語学者なのである。数学者や物理学者はその次だ。そして今も昔も、ロシアでは詩人の地位が高い。詩の原点は即興詩なので、読み書きではなく口頭の世界だ。その場で当意即妙の詩を作れる人は知性の優った人として敬われるので、インテリは詩を作りたがる。一方日本では、詩を作ってますなんて言ったら中高生のラブレターを連想して笑われるのがオチだし、短歌や俳句だったら趣味としては認められても、物理学者に匹敵するほど知性が高いという評価には繋がらない。文化が違うのだ。
そんな異国文化事情のわかるロシア芸術イベントのお知らせです。

(1)第2回ロシア映画祭 in 東京
去年の第1回の様子を当ブログで紹介した時は、字幕の和訳がひどい出来だったとお伝えしたが、今回はどうであろう。無料ですが事前予約が必要。10月19日(金)~25日(木)連日19時開演。一日一作品で、いずれもここ2-3年の新作。場所も日替わりで、渋谷ユーロライブ、いきいきプラザ一番朝カスケードホール、ロシア大使館付属学校コンサートホールの三カ所。

(2)ロシア絵画の至宝展~アイヴァゾフスキーからレーピンまで~
帝政ロシアが誇る正統派国産絵画の展示会。アイヴァゾフスキーはわがお気に入りの画家で、光の透き通る波浪や海岸風景を得意とした。英国のターナーに似た画風だが、アイヴァゾフスキーの方が画面が大きく壮大です。八王子の東京冨士美術館にて12月24日まで。

by hikada789 | 2018-10-17 15:27 | ロシアの衝撃 | Comments(0)
前回続き。イーゴリ・マルケヴィチの古い音源にかくも衝撃を受けた宇宙人といえども、密度の濃い話なり音楽なりに常に過敏に反応するわけではない。日常的に聴いていれば感動も薄れる。しかし今回は40日間を山中に暮らし、山らしい無音であったのなら良かったのだが、そうではなくて、くだらない人間のくだらない会話(他者への中傷を含む)をそこにいるというだけで聞かねばならず、くだらない人間が好む騒音のようなざらついた音楽をそこにいるというだけで聞かねばならなかったので、わが耳はすっかり疲弊して、きれいな音や美しい言葉、魂の込められた高尚な音楽を強く欲する状態にあったというわけなのだった。
宇宙人は都会で疲弊した肺と魂のクレンジングのために登山をする習慣があるが、俗世から離れた山は耳にも威力を発揮していたのであった。そういえば宇宙人はもうすっかり一人登山が定着しているが、静かな山を堪能するためには同行者はいない方がいいからなのだ。喋っていたら山のざわめきや鳥獣の鳴き声も聞き逃してしまう。どうですか皆さん、あなたの耳が喜ぶような言葉や音を、それなりの間隔で聴かせてやっていますか。それとももうとっくに麻痺して、味噌もクソも同じようにしか聞こえませんか。
耳が喜ぶロシア文化関連イベント9月のお知らせです。

(1)ロシア国立交響楽団(スヴェトラーノフ・オーケストラ)
◆日時:平成30年9月17日(月・祝)14時開演
◆場所:東京オペラシティコンサートホール
◆演目:ストラヴィンスキー/交響詩「火の鳥」、ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第2番、チャイコフスキー/交響曲第5番
◆入場料:B席7,000円~(全席指定)
◆見どころ:指揮はストラヴィンスキーの血縁者であるマリウス・ストラヴィンスキー。ピアノは神童としてキーシンと並び称されたリリヤ・ジルベルシュタイン。

(2)セルゲイ・レーディキン ピアノリサイタル
◆日時:平成30年9月15日(土)14時、17日(月・祝)14時
◆場所:15日=浜離宮朝日ホール、17日=川口総合文化センター・リリア
◆演目:バッハ、ベートーヴェン、ショパン、ストラヴィンスキー
◆入場料:3,800円(全席指定)
◆見どころ:チャイコフスキー・コンクール3位の実力で売出し中の若手演奏家。古典から前衛まで幅広くこなす正統派ピアニストです。

(3)ユーラシアフェスタ2018
◆日時:平成30年9月16日(日)~17日(月・祝)11~19時
◆場所:東京ロシア語学院 (小田急線経堂駅より徒歩5分)
◆内容:旧ソ連諸国の食品や民芸品の販売、カフェ、映画(11時)、コンサート(15時。要予約)、ワークショップ等。入場無料。

by hikada789 | 2018-09-14 14:17 | ロシアの衝撃 | Comments(0)
夏休みの避暑地からの帰宅早々、算命学余話で宇宙人節を炸裂させてしまった。暑くてそんな余裕はまだないはずなのに。皆さんよろしく頼むよなのだ。暑さに弱い刺身な宇宙人に鞭を打たないでくれなのだ。まあ今日は涼しいので落ち着いた文章を綴ろう。
暑さのあまり喉に腫瘍をこしらえて切開した過去をもつ宇宙人は、その痛み忘れがたく、再発防止のため避暑地へ避難する習慣となっているが、長期間ブラブラしているのは性に合わないし、零細なんだしで、下界より10℃は低い山へ行って労働しつつ滞在するという過ごし方が定着しつつある。この時期になると無性に肉体労働がしたくなるのだよ。普段がPC作業ばかりだから。宇宙人なりの陰陽バランスの取り方なのだ。なので山の労働は楽しんでやっている。この夏の下界の40℃の地獄を味わわずに済んだし、有難いことだ。今回の仕事は浴場を備えた快適な山小屋での一般業務、つまり掃除や配膳で、宇宙人は経験者なのでどうということはない。しかし初めての作業として歩荷(ぼっか)というのを体験したので、それを解説しよう。

こんな日本語は知らなかったのでボッカと聞いて「牧歌」を想像した呑気な宇宙人、ああ荷担ぎのことね。まあ給料分は働きますよ、と何のてらいもなく従事していたのだが、夏が終わってびっくり、宇宙人ムキムキになっているではないか。冬の間に消えた腹筋がまた割れているではないか。期間終了間際に登った剣岳も奥大日岳も、同僚が驚くタイムで登頂したではないか。あれは歩荷で日々鍛えられたからではないのか。
そんな効果をもたらす歩荷でどういうことをやったのかというと、馬力がなくて従業員中一番軽い荷しか担げなかった宇宙人の場合、マックス20kgの水やら食料やらの段ボールを背負子に真っ直ぐに積み上げ、ロープで正しく縛って固定し、自力では立てないのでベンチがあればそれに背負子ごと載せ、リュックのように両腕を通したら立ち上がる。立てれば歩ける。立てなければ無理なので荷を減らす。要領のいい宇宙人は自分の限界が判るので、大体これくらいという荷をみつくろうと凡そ20kgであった。ペットボトルのジュースとボディソープの詰め替えの箱に重量が書いてあったので判ったのだよ。これ以上は無理。切り立った山道を歩くので転落しないのが先決だ。

だがベテランたちは平気で40kgとか60kgとかそれ以上の、もう意味不明にうず高く積み上げられた箱タワーを平気で背負って歩くのだ。ネパールとか登っている人たちだからね。宇宙人には真似できぬのだ。ある時は43型テレビや業務用冷蔵庫を背負っていた。冷蔵庫はともかく、テレビは本当に必要ですかと茫然と見送る宇宙人。なぜ大型家電が続いたかといえば、当地は火山帯で硫黄ガス噴出地域であるため、ガスによる金属の腐食が早く、家電は2年ともたないのだ。スマホやiPadも放置しておくとやられる。女性は来た早々銀のアクセサリーが真っ黒に変色して嘆いていた。金やプラチナは大丈夫なのだが、銀、銅、鉄が顕著に錆びる。しかしお蔭で毎日硫黄温泉に浸かれるのであった。毎日山と温泉。極楽というべきであろう。
毎日こんな作業をやっていたら鍛えられて当然である。宇宙人もよろめいていた初日よりは遥かに思い荷を担げるようになったはずだが、最終日に任された荷は生ビールの樽で、それまでは空になった樽を運ぶだけだったが、とうとう中身の詰まった樽を背負うことに。もうすっかりロープの扱いに慣れた宇宙人。雨の降る中さっさとくくり、重さを確かめるため持ち上げてみる宇宙人。あ、だめかもこれ。ベンチまで運べそうにないので同僚に介添えを頼んで立たせてもらう宇宙人。よろめく宇宙人。あ、これは20kg越えたかな、と歩き出す宇宙人。後で調べると樽の中身は19リットルだった。樽は2kgくらいだと思うので、記録は更新されたようである。宇宙人、よい経験ができたな。

ともあれ毎度のことながら山は素晴らしい。涼しいし、空気はきれいだし、視界も爽やかだし星空は見えるし。近年登山客は増えたが山小屋はどこも人手不足なので、夏休みの短期バイトに興味のある方は是非お試しを。半年とかの長期も受け付けている。
とはいえ山小屋には不満もある。宇宙人の場合は常に人間に不満だ。田舎といえばそれまでだが、中身のお粗末な人間が多いことは明記しておく。こういう所に行くと都会の人間の中身の豊かさを痛感するのだが、日常会話の話題のバリエーションがない。宇宙人の嫌いな食い物の話ばかり。芸能界や身近なゴシップばかり。米原万里の言うところの「それで平気なの?」なのだ。脳みその抽斗に何も入っていないから話がマンネリなのだ。実に退屈だ。都会の人間は何しろ周りに人が多いので、仕事のできない奴やくだらない奴と見做されると、もっとマシな人材と簡単に取り替えられてしまうので、淘汰されたくなければそれなりに自分を磨かなくてはならない、そういう緊張感がある。山にはそれがないので、自分がいかにくだらぬ人間かという事実に気付かぬまま生き永らえている、そんな人間がいつも目につく。宇宙人には腹立たしいが、皆さんはそう気にならないかもしれない。

この点の不満がいかに宇宙人を疲弊させたのかが判るエピソードで終わりにしよう。業務完遂して山を下りた日、せっかくなので観光をしようと下界のホテルに一泊した。いや内装が和モダンで洒落たいい宿だった。知りたい人がいればお教えしよう。そこで久しぶりにテレビをつけたら、偶然クラシック音楽番組をやっていた。しかもお宝映像特集で、故イーゴリ・マルケヴィチが指揮するチャイコフスキーの「悲愴」の伝説の演奏をノーカットで流してくれたのだ。風呂上りの缶ビールを呑みながら固まる宇宙人。魂を込めた至高の音楽に釘付けになる宇宙人。かわいそうに、それほど精神世界が飢えていたのだね。たんとお聴き。こうしたわけで、宇宙人は夏休み以上の期間を山で過ごすことはできないのであった。ああ東京がもう少し涼しい夏であったなら、出掛ける必要はないのにな。誰かエアコンに頼らず東京の街全体を涼しくする発明でもしてくれなのだ。

by hikada789 | 2018-09-12 14:46 | ロシアの衝撃 | Comments(0)
前回の、オウム真理教事件の高学歴主犯たちを嗤い、己れの無知に目を塞いで無実であることだけを勝ち誇る低学歴な人々の醜さについての言及に付け加えて、こんな心理学用語を紹介しよう。PTG(心的外傷後成長)。
このところ放送大学で楽しく聴講していた「レジリエンスの諸相」という科目で仕入れた。災害や戦争、暴力や虐待といった強力なストレスによってトラウマを抱えた人でも、その後立ち直る人と立ち直れない人とに分かれるらしい。そう、トラウマを抱えてPTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断されても一生そのままなのではなく、時間の経過と共に回復したり、その回復が驚くほど早かったり、或いは全然回復しなかったりに分かれることが、既に定説になっている。
PTGとはそうしたトラウマのあとに見られる精神的成長のことで、このPTGが顕著な人ほどトラウマからの離脱回復が早い。逆にPTGの見られない人はいつまでたってもトラウマから離脱できない人だが、こうした人たちの特徴は成熟度が低くて幼稚であり、自己解決能力やその意欲、自立性、積極性、向上心等の欠如が顕著である、と統計は語っている。

どうですか、どうですか皆さん。胸がスッキリしましたか、それとも逆上しましたか。高学歴の囚人を嗤う低学歴な人々というのは、自分が低学歴であることで過去にトラウマを抱えている。しかしそれをPTGして自ら解消することはしなかった。だから今、このような囚人らを前にして鬼の首を取ったかのようにはしゃぐのである。しかしそれは自らの幼稚さや自己解決能力の欠如、ひいてはやる気の無い人生全般を曝しているに過ぎないことに気付いていない。トラウマはもはや全能ではない。克服可能な壁にすぎないのに、いつまでもその壁に依存して自らの怠惰と無能を免罪している。だから宇宙人は不快に思ったのだ。
もちろん学歴が高かろうが低かろうが嗤わなかった人は、自分のトラウマを克服できるほど成熟した、自助能力のある、これから何度でもPTGしていく立派な大人なのだ。そもそも学歴というものが数科目に限定した狭い物さしであり、こんな目の粗い定規で人間を測るということ自体インチキ臭いのに、そのインチキ臭さに気付かない人ほど学歴に囚われているではないか。子供達よ、こうした事実から目を逸らすでないぞ。人を評価するのに、単純な物さしを当てるでないぞ。

連日の猛暑で宇宙人はそろそろ傷み始めたので、運勢鑑定を休業します。再開は九月です。当ブログの更新が止まったら宇宙人は冷所に避難するので、ブログの再開を以って通常営業のお知らせとさせて頂きます。皆さんの長い夏休みのためにロシアのイベントをご案内します。お子様向けもあります。

(1)サンクトペテルブルグ国立舞台サーカス
サーカス小屋ではなく舞台式サーカスとのこと。内容はボリショイサーカスとほぼ同等。7月25日(水)相模女子大学グリーンホールを皮切りに、横須賀、神奈川、浦安などを巡業。入場料3,000円前後。

(2)モスクワ・スケートサーカス2018
8月8日(水)かつしかシンフォニーヒルズ、モーツァルトホール、8月15日(水)調布市グリーンホールにて10時及び13時開演、自由席3,500円~。

(3)東京バラライカ・アンサンブル定期演奏会
モスクワ・クヮルテットを招いたロシア民族楽器オーケストラの演奏会。8月25日(土)14時開演、紀尾井ホール、全席自由3,000円。

(4)ロシア・バレエアカデミー第21回コンサート
ボリショイバレエのダンサーらを招いた創作バレエ・プログラム。8月28日(火)18時半開演、渋谷区文化総合センター大和田さくらホール、全席指定6,000円。

(5)ロシア・バレエ・ガラ
恒例のルジマトフ主宰のガラ。ロシアの主要バレエ団から集めた現役ソリストが共演。9月1日、2日、いずれも15時開演、文京シビックホール大ホール、C席5,000~。

(6)映画「スターリンの葬送狂騒曲」
スターリンの死をめぐるドタバタコメディ。英国作品で、ロシア本土では上映禁止になったキワモノ映画。予告編を見たが、私はロシア人たちが流暢な英語を話している、つまりジェスチャーも笑いのツボも英国流であるのに違和感が否めないので、本物のロシアを求める方にはお勧めできないが、英国ジョークがお好きな方はお試しを。8月3日から各地で上映。

by hikada789 | 2018-07-15 20:59 | ロシアの衝撃 | Comments(0)