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土星の裏側

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宇宙人と呼ばれた人達の診療所

カテゴリ:ロシアの衝撃( 198 )

アナスタシア・シリーズ第六巻『一族の書』にこんな文言がありました。
――今日も異国に暮らす老人たちにとって「死んだら母国に葬ってほしい」と思う理由を、説明するのは難しい。そういった人たちは直感的に、彼らを地球の楽園に帰すことができるのは、彼らの母国だけなのだと感じているの。異国は魂を拒む。

ロシア人はロシア革命によって大量の亡命者を出した経験もあってか、母国への恋慕や帰還願望の強い民族のように思われます。革命以前でも日露戦争の戦死者を悼んで作られた「満洲の丘に立ちて」という有名な歌がありますが、非常に美しくも故郷への痛烈な慕情に満ちた悲劇的な歌詞と旋律が印象的です。それほどの感情を以って故郷の土地というものを体の一部のように感じている文化なのです。西洋文化と比べると「泥くさい」とか「土くさい」とか「重厚」とか言われるのは、この辺りに原因があるのかもしれません。
今月からしばらく渋谷文化村でロシア・フェアをやるので、この機会に是非足をお運び下さい。クラムスコイの「忘れえぬ女(ひと)」も来日します。

(1)ロマンティックロシア(国立トレチャコフ美術館展)
絵画展はBunkamura ザ・ミュージアムで11月23日(金)~1月27日(日)。これと並行して、ル・シネマでは最新のバレエ舞台をスクリーンで鑑賞する「ボリショイ・バレエ in シネマ」、シアターコクーンでは三浦春馬主演の演劇「罪と罰」、オーチャードホールではクラシック演奏会が五月雨式に催されます。またB1及び1Fにあるレストランでは、ビーフストロガノフやボルシチセット、ブリヌイセットが企画メニューとして供されます。そんなに高くないので是非お試しを。

(2)JICロシアセミナー:黒田龍之助氏講演会
ロシア語学習書の著者、黒田龍之助氏によるマニアックな講演会「もう一つの『ロシア語だけの青春』」。11月17日(土)13時半~15時、弘済会館4F会議室(四ツ谷)。聴講無料ですが要事前予約。

(3)講演会「ロシア語の数詞」
上智大学を定年退職された井上教授によるマニアックな公開講座。上智大学二号館508教室(四ツ谷)。聴講無料ですが要事前予約。11月17日(土)15時~17時なので、上述のセミナーとハシゴができます。

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by hikada789 | 2018-11-15 15:33 | ロシアの衝撃 | Comments(0)
No.1120で案内した「ロシア映画祭」の映画を数本見て来たが、昨年同様おかしな和訳が引き続き使われていて興を削がれた。全作品がそうではないが、どうして正しい和訳を付けられる翻訳スタッフに全作品を任せて字幕を依頼しないのか。ここでのおかしな和訳とは、明らかに日本語ネイティブでない人間が自分の日本語の拙さに気付かず並べた字幕という意味だ。そのため男女や老若で異なる日本語の語り口がめちゃくちゃに交錯しており、字幕の出る数秒の間にどの話者のセリフなのかが瞬時に特定できず、誤字もあって何度も違和感を覚えるから結局作品に集中できない。このイベントにはユーラシア映画協会だか何だかいう日本人の映画専門家が監修しているはずなのだが、ちゃんとチェックしていないのか、無料イベントだから仕事に熱を入れないのか。そういう印象が二年連続で続いている。
貶しついでに、上映作品も大したことない。ロシア映画といえば往年のエイゼンシュテインやらタルコフスキー、最近でもソクーロフやゲルマンを思い起こすファン層は未だ厚く、資本主義導入後の映画作品が「小粒」になってしまったことに落胆する観客が途中で席を立つ姿も見られた。私でさえ途中で帰りたくなったが、当の監督が舞台挨拶に来ているので、申し訳なくて最後まで見ていただけだ。これが現代ロシア映画界の現状というわけだ。嘆かわしいが、こうした現実を知るにはよい機会ではある。

実はこの映画祭と時を同じくして、先週赤坂かどこかでモスクワ・フェアみたいなイベントをやっていた。東京はモスクワと姉妹都市だが、急にこういう小型フェアをやるようになったらしく、しかし私が情報をキャッチした時は既に終わっていた。それでもその関連イベントなるロシア現代アニメ上映会を、当地の専門家の解説を交えて東大でやるというので、そっちには行ってきた。なかなか良かった。
ロシアアニメといえば筆頭は「チェブラーシカ」だろうが、あれはソ連時代の産物で、いわゆるセル画アニメではなく、人形アニメだ。手作り人形を舞台装置に並べ、一枚写真を撮り、ちょっと動かしてまた一枚撮り、という気の遠くなるような反復作業で数十分の動画に仕上げる。製作者の根気がモノを言う手法なので、大量生産が利かず、資本主義の今日のロシアにはもはや作れまいと思っていた。しかし今回紹介された11本のうち、半分くらいはこのタイプだったから驚きだ。もちろん長編ではない。しかし金儲け目的ではない芸術作品扱いの、ソ連時代の精神を受け継ぐ作品がいくつか見られ、聴衆に深い感銘を与えてくれる。

何よりもまず画が美しい。一コマ一コマが絵画のように手が込んでいて、子供向けデフォルメにも拘わらず、見ていてウットリするほど人形なり背景なりが美しい。こういう画面に日々向き合って教育されれば、子供達も健やかに育とうというものだ。一方で、今日のロシアのテレビで見られる一般的なアニメ作品というのも紹介されたが、これは大量生産されるセル画やデジタル画で、日本や欧米の使い捨て的アニメ作品とさほど変わらない。当地ではテレビで放映されるこの種の軽量アニメの方が認知度が高い。上述のような芸術性の高い重厚な作品は日常生活ではお目に掛かれず、映画フェアなど特別なイベントに足を運ばなければ堪能できないとの解説であった。なるほど。

ところで、紹介された11本のうちいくつかは芸術性の高くないナンセンスでシュールな作品であったが、その中で楽しい発見をした。セリフのないドタバタ喜劇の作品に登場したマッチョなヤクザを表すキャラの二の腕に、ロシア教会の刺青が描かれていたのだ。三つのクーパル(ネギ坊主屋根)を冠した典型的な正教会の建物の図柄で、これがロシアにおけるヤクザの典型コードというわけだ。日本だったら黒のグラサンに頬のキズとか、両肩にべったり彫られた刺青とかだが、当地では正教会のワンポイント・タトゥーで万人がピンとくるらしい。こういう表現も、ソ連時代はありえなかった。時代と世相が伺えるのだ。

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by hikada789 | 2018-10-25 11:23 | ロシアの衝撃 | Comments(0)
私が日本語指導しているロシア人の子に読み書き限定の学習障害の疑いがあり、特別支援学校の教諭が呼ばれて話をした。一般に欧米人は学習障害が多く、10-15%もいるのでそれほど大ごととは捉えないのだが、日本人には少ないので、ひらがなを覚えられない小1はこのように大人たちを走らせるのであった。日本人に少ない原因は、おそらく伝統的に日本人が知的障害を忌避して隠匿したり、そのような子供が成人しても結婚できず遺伝子を残さなかったりしたためと推測されるが、特別教諭と話していてもう一つ気付いた。
ロシア・東欧では学校の試験は面接で、ペーパーテストは行わない。普段の授業や宿題で担任が生徒を厳しく査定しているので、筆記試験は今更必要ないのだ。その代わり面接試験では、口頭でその場で正しく物事を相手に伝える能力が試される。質問の意味を理解できなかったり、答えを知っていても相手に判るように説明できない生徒には、低い評価が与えられる。コミュニケーション能力のない詰め込み式ガリ勉は不合格というわけだ。こういう試験方式なので、極端な話、読み書きできなくても試験をパスすることができるし、更に裏を返せば、口達者な人間ほど評価が高くなる。欧米人が日本人に比べて口数が多いのは、こういう価値観の違いも要因かもしれない。しかし日本人にとって、寡黙が美徳と評されても、読み書きできないのは致命的だ。漢字を満足に読めない大人はバカ扱いされても文句は言えない。それくらい日本文化は視覚と知性の結びつきが強いのだ。
ロシアについて言えば、標準的なロシア人は実によくしゃべる。話に中身がないこともしばしばだが、その人の知性を量るのに言語力が査定の筆頭に上がる。今でもかの国では、最も頭の良い学者といえば言語学者なのである。数学者や物理学者はその次だ。そして今も昔も、ロシアでは詩人の地位が高い。詩の原点は即興詩なので、読み書きではなく口頭の世界だ。その場で当意即妙の詩を作れる人は知性の優った人として敬われるので、インテリは詩を作りたがる。一方日本では、詩を作ってますなんて言ったら中高生のラブレターを連想して笑われるのがオチだし、短歌や俳句だったら趣味としては認められても、物理学者に匹敵するほど知性が高いという評価には繋がらない。文化が違うのだ。
そんな異国文化事情のわかるロシア芸術イベントのお知らせです。

(1)第2回ロシア映画祭 in 東京
去年の第1回の様子を当ブログで紹介した時は、字幕の和訳がひどい出来だったとお伝えしたが、今回はどうであろう。無料ですが事前予約が必要。10月19日(金)~25日(木)連日19時開演。一日一作品で、いずれもここ2-3年の新作。場所も日替わりで、渋谷ユーロライブ、いきいきプラザ一番朝カスケードホール、ロシア大使館付属学校コンサートホールの三カ所。

(2)ロシア絵画の至宝展~アイヴァゾフスキーからレーピンまで~
帝政ロシアが誇る正統派国産絵画の展示会。アイヴァゾフスキーはわがお気に入りの画家で、光の透き通る波浪や海岸風景を得意とした。英国のターナーに似た画風だが、アイヴァゾフスキーの方が画面が大きく壮大です。八王子の東京冨士美術館にて12月24日まで。

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by hikada789 | 2018-10-17 15:27 | ロシアの衝撃 | Comments(0)
前回続き。イーゴリ・マルケヴィチの古い音源にかくも衝撃を受けた宇宙人といえども、密度の濃い話なり音楽なりに常に過敏に反応するわけではない。日常的に聴いていれば感動も薄れる。しかし今回は40日間を山中に暮らし、山らしい無音であったのなら良かったのだが、そうではなくて、くだらない人間のくだらない会話(他者への中傷を含む)をそこにいるというだけで聞かねばならず、くだらない人間が好む騒音のようなざらついた音楽をそこにいるというだけで聞かねばならなかったので、わが耳はすっかり疲弊して、きれいな音や美しい言葉、魂の込められた高尚な音楽を強く欲する状態にあったというわけなのだった。
宇宙人は都会で疲弊した肺と魂のクレンジングのために登山をする習慣があるが、俗世から離れた山は耳にも威力を発揮していたのであった。そういえば宇宙人はもうすっかり一人登山が定着しているが、静かな山を堪能するためには同行者はいない方がいいからなのだ。喋っていたら山のざわめきや鳥獣の鳴き声も聞き逃してしまう。どうですか皆さん、あなたの耳が喜ぶような言葉や音を、それなりの間隔で聴かせてやっていますか。それとももうとっくに麻痺して、味噌もクソも同じようにしか聞こえませんか。
耳が喜ぶロシア文化関連イベント9月のお知らせです。

(1)ロシア国立交響楽団(スヴェトラーノフ・オーケストラ)
◆日時:平成30年9月17日(月・祝)14時開演
◆場所:東京オペラシティコンサートホール
◆演目:ストラヴィンスキー/交響詩「火の鳥」、ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第2番、チャイコフスキー/交響曲第5番
◆入場料:B席7,000円~(全席指定)
◆見どころ:指揮はストラヴィンスキーの血縁者であるマリウス・ストラヴィンスキー。ピアノは神童としてキーシンと並び称されたリリヤ・ジルベルシュタイン。

(2)セルゲイ・レーディキン ピアノリサイタル
◆日時:平成30年9月15日(土)14時、17日(月・祝)14時
◆場所:15日=浜離宮朝日ホール、17日=川口総合文化センター・リリア
◆演目:バッハ、ベートーヴェン、ショパン、ストラヴィンスキー
◆入場料:3,800円(全席指定)
◆見どころ:チャイコフスキー・コンクール3位の実力で売出し中の若手演奏家。古典から前衛まで幅広くこなす正統派ピアニストです。

(3)ユーラシアフェスタ2018
◆日時:平成30年9月16日(日)~17日(月・祝)11~19時
◆場所:東京ロシア語学院 (小田急線経堂駅より徒歩5分)
◆内容:旧ソ連諸国の食品や民芸品の販売、カフェ、映画(11時)、コンサート(15時。要予約)、ワークショップ等。入場無料。

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by hikada789 | 2018-09-14 14:17 | ロシアの衝撃 | Comments(0)
夏休みの避暑地からの帰宅早々、算命学余話で宇宙人節を炸裂させてしまった。暑くてそんな余裕はまだないはずなのに。皆さんよろしく頼むよなのだ。暑さに弱い刺身な宇宙人に鞭を打たないでくれなのだ。まあ今日は涼しいので落ち着いた文章を綴ろう。
暑さのあまり喉に腫瘍をこしらえて切開した過去をもつ宇宙人は、その痛み忘れがたく、再発防止のため避暑地へ避難する習慣となっているが、長期間ブラブラしているのは性に合わないし、零細なんだしで、下界より10℃は低い山へ行って労働しつつ滞在するという過ごし方が定着しつつある。この時期になると無性に肉体労働がしたくなるのだよ。普段がPC作業ばかりだから。宇宙人なりの陰陽バランスの取り方なのだ。なので山の労働は楽しんでやっている。この夏の下界の40℃の地獄を味わわずに済んだし、有難いことだ。今回の仕事は浴場を備えた快適な山小屋での一般業務、つまり掃除や配膳で、宇宙人は経験者なのでどうということはない。しかし初めての作業として歩荷(ぼっか)というのを体験したので、それを解説しよう。

こんな日本語は知らなかったのでボッカと聞いて「牧歌」を想像した呑気な宇宙人、ああ荷担ぎのことね。まあ給料分は働きますよ、と何のてらいもなく従事していたのだが、夏が終わってびっくり、宇宙人ムキムキになっているではないか。冬の間に消えた腹筋がまた割れているではないか。期間終了間際に登った剣岳も奥大日岳も、同僚が驚くタイムで登頂したではないか。あれは歩荷で日々鍛えられたからではないのか。
そんな効果をもたらす歩荷でどういうことをやったのかというと、馬力がなくて従業員中一番軽い荷しか担げなかった宇宙人の場合、マックス20kgの水やら食料やらの段ボールを背負子に真っ直ぐに積み上げ、ロープで正しく縛って固定し、自力では立てないのでベンチがあればそれに背負子ごと載せ、リュックのように両腕を通したら立ち上がる。立てれば歩ける。立てなければ無理なので荷を減らす。要領のいい宇宙人は自分の限界が判るので、大体これくらいという荷をみつくろうと凡そ20kgであった。ペットボトルのジュースとボディソープの詰め替えの箱に重量が書いてあったので判ったのだよ。これ以上は無理。切り立った山道を歩くので転落しないのが先決だ。

だがベテランたちは平気で40kgとか60kgとかそれ以上の、もう意味不明にうず高く積み上げられた箱タワーを平気で背負って歩くのだ。ネパールとか登っている人たちだからね。宇宙人には真似できぬのだ。ある時は43型テレビや業務用冷蔵庫を背負っていた。冷蔵庫はともかく、テレビは本当に必要ですかと茫然と見送る宇宙人。なぜ大型家電が続いたかといえば、当地は火山帯で硫黄ガス噴出地域であるため、ガスによる金属の腐食が早く、家電は2年ともたないのだ。スマホやiPadも放置しておくとやられる。女性は来た早々銀のアクセサリーが真っ黒に変色して嘆いていた。金やプラチナは大丈夫なのだが、銀、銅、鉄が顕著に錆びる。しかしお蔭で毎日硫黄温泉に浸かれるのであった。毎日山と温泉。極楽というべきであろう。
毎日こんな作業をやっていたら鍛えられて当然である。宇宙人もよろめいていた初日よりは遥かに思い荷を担げるようになったはずだが、最終日に任された荷は生ビールの樽で、それまでは空になった樽を運ぶだけだったが、とうとう中身の詰まった樽を背負うことに。もうすっかりロープの扱いに慣れた宇宙人。雨の降る中さっさとくくり、重さを確かめるため持ち上げてみる宇宙人。あ、だめかもこれ。ベンチまで運べそうにないので同僚に介添えを頼んで立たせてもらう宇宙人。よろめく宇宙人。あ、これは20kg越えたかな、と歩き出す宇宙人。後で調べると樽の中身は19リットルだった。樽は2kgくらいだと思うので、記録は更新されたようである。宇宙人、よい経験ができたな。

ともあれ毎度のことながら山は素晴らしい。涼しいし、空気はきれいだし、視界も爽やかだし星空は見えるし。近年登山客は増えたが山小屋はどこも人手不足なので、夏休みの短期バイトに興味のある方は是非お試しを。半年とかの長期も受け付けている。
とはいえ山小屋には不満もある。宇宙人の場合は常に人間に不満だ。田舎といえばそれまでだが、中身のお粗末な人間が多いことは明記しておく。こういう所に行くと都会の人間の中身の豊かさを痛感するのだが、日常会話の話題のバリエーションがない。宇宙人の嫌いな食い物の話ばかり。芸能界や身近なゴシップばかり。米原万里の言うところの「それで平気なの?」なのだ。脳みその抽斗に何も入っていないから話がマンネリなのだ。実に退屈だ。都会の人間は何しろ周りに人が多いので、仕事のできない奴やくだらない奴と見做されると、もっとマシな人材と簡単に取り替えられてしまうので、淘汰されたくなければそれなりに自分を磨かなくてはならない、そういう緊張感がある。山にはそれがないので、自分がいかにくだらぬ人間かという事実に気付かぬまま生き永らえている、そんな人間がいつも目につく。宇宙人には腹立たしいが、皆さんはそう気にならないかもしれない。

この点の不満がいかに宇宙人を疲弊させたのかが判るエピソードで終わりにしよう。業務完遂して山を下りた日、せっかくなので観光をしようと下界のホテルに一泊した。いや内装が和モダンで洒落たいい宿だった。知りたい人がいればお教えしよう。そこで久しぶりにテレビをつけたら、偶然クラシック音楽番組をやっていた。しかもお宝映像特集で、故イーゴリ・マルケヴィチが指揮するチャイコフスキーの「悲愴」の伝説の演奏をノーカットで流してくれたのだ。風呂上りの缶ビールを呑みながら固まる宇宙人。魂を込めた至高の音楽に釘付けになる宇宙人。かわいそうに、それほど精神世界が飢えていたのだね。たんとお聴き。こうしたわけで、宇宙人は夏休み以上の期間を山で過ごすことはできないのであった。ああ東京がもう少し涼しい夏であったなら、出掛ける必要はないのにな。誰かエアコンに頼らず東京の街全体を涼しくする発明でもしてくれなのだ。

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by hikada789 | 2018-09-12 14:46 | ロシアの衝撃 | Comments(0)
前回の、オウム真理教事件の高学歴主犯たちを嗤い、己れの無知に目を塞いで無実であることだけを勝ち誇る低学歴な人々の醜さについての言及に付け加えて、こんな心理学用語を紹介しよう。PTG(心的外傷後成長)。
このところ放送大学で楽しく聴講していた「レジリエンスの諸相」という科目で仕入れた。災害や戦争、暴力や虐待といった強力なストレスによってトラウマを抱えた人でも、その後立ち直る人と立ち直れない人とに分かれるらしい。そう、トラウマを抱えてPTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断されても一生そのままなのではなく、時間の経過と共に回復したり、その回復が驚くほど早かったり、或いは全然回復しなかったりに分かれることが、既に定説になっている。
PTGとはそうしたトラウマのあとに見られる精神的成長のことで、このPTGが顕著な人ほどトラウマからの離脱回復が早い。逆にPTGの見られない人はいつまでたってもトラウマから離脱できない人だが、こうした人たちの特徴は成熟度が低くて幼稚であり、自己解決能力やその意欲、自立性、積極性、向上心等の欠如が顕著である、と統計は語っている。

どうですか、どうですか皆さん。胸がスッキリしましたか、それとも逆上しましたか。高学歴の囚人を嗤う低学歴な人々というのは、自分が低学歴であることで過去にトラウマを抱えている。しかしそれをPTGして自ら解消することはしなかった。だから今、このような囚人らを前にして鬼の首を取ったかのようにはしゃぐのである。しかしそれは自らの幼稚さや自己解決能力の欠如、ひいてはやる気の無い人生全般を曝しているに過ぎないことに気付いていない。トラウマはもはや全能ではない。克服可能な壁にすぎないのに、いつまでもその壁に依存して自らの怠惰と無能を免罪している。だから宇宙人は不快に思ったのだ。
もちろん学歴が高かろうが低かろうが嗤わなかった人は、自分のトラウマを克服できるほど成熟した、自助能力のある、これから何度でもPTGしていく立派な大人なのだ。そもそも学歴というものが数科目に限定した狭い物さしであり、こんな目の粗い定規で人間を測るということ自体インチキ臭いのに、そのインチキ臭さに気付かない人ほど学歴に囚われているではないか。子供達よ、こうした事実から目を逸らすでないぞ。人を評価するのに、単純な物さしを当てるでないぞ。

連日の猛暑で宇宙人はそろそろ傷み始めたので、運勢鑑定を休業します。再開は九月です。当ブログの更新が止まったら宇宙人は冷所に避難するので、ブログの再開を以って通常営業のお知らせとさせて頂きます。皆さんの長い夏休みのためにロシアのイベントをご案内します。お子様向けもあります。

(1)サンクトペテルブルグ国立舞台サーカス
サーカス小屋ではなく舞台式サーカスとのこと。内容はボリショイサーカスとほぼ同等。7月25日(水)相模女子大学グリーンホールを皮切りに、横須賀、神奈川、浦安などを巡業。入場料3,000円前後。

(2)モスクワ・スケートサーカス2018
8月8日(水)かつしかシンフォニーヒルズ、モーツァルトホール、8月15日(水)調布市グリーンホールにて10時及び13時開演、自由席3,500円~。

(3)東京バラライカ・アンサンブル定期演奏会
モスクワ・クヮルテットを招いたロシア民族楽器オーケストラの演奏会。8月25日(土)14時開演、紀尾井ホール、全席自由3,000円。

(4)ロシア・バレエアカデミー第21回コンサート
ボリショイバレエのダンサーらを招いた創作バレエ・プログラム。8月28日(火)18時半開演、渋谷区文化総合センター大和田さくらホール、全席指定6,000円。

(5)ロシア・バレエ・ガラ
恒例のルジマトフ主宰のガラ。ロシアの主要バレエ団から集めた現役ソリストが共演。9月1日、2日、いずれも15時開演、文京シビックホール大ホール、C席5,000~。

(6)映画「スターリンの葬送狂騒曲」
スターリンの死をめぐるドタバタコメディ。英国作品で、ロシア本土では上映禁止になったキワモノ映画。予告編を見たが、私はロシア人たちが流暢な英語を話している、つまりジェスチャーも笑いのツボも英国流であるのに違和感が否めないので、本物のロシアを求める方にはお勧めできないが、英国ジョークがお好きな方はお試しを。8月3日から各地で上映。

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by hikada789 | 2018-07-15 20:59 | ロシアの衝撃 | Comments(0)
前回の記事ではウィットに富んだロシア式ひねくれ術を紹介したが、この種の変化球の応酬には脳の回転すなわち知的敏捷性が必要だということはお判り頂けたと思う。そして喩え子供といえども、これを実践するには日々の訓練なり天性の素質なりがなければならない。日々の訓練のうちには、毎日接している親や周囲の大人たちとの日常会話が大いに含まれる。要するに周囲の大人たちに機知がなければロシアの子供といえども鈍感に育ち、その天性の才能を開花させることなく箸にも棒にも引っ掛からないつまらぬ人物になってしまうということだ。
宇宙人はこれまでに多くのロシア人の子供と接してきた。しかし誰もが知的敏捷性を備えた変化球の持ち主だとは限らない。残念にも全く頭がお粗末なまま大人になるしかないという種類の子供たちもいた。その例をひとつ、思い出から取り出してみよう。

宇宙人はロシアで暮らした後、帰国を延ばして算命学の拠点である中国に赴き、ビザ取得の容易さから地方都市の大学に二年ほど語学留学した。このようなシニア留学生は珍しくはなかったが、クラスメートは当然大学生の年齢の若人ばかりである。その中にロシア人の少年が一人いた。聞けば極東ロシアのマフィアの息子だという。といっても本人はごく穏和な少年で、母国では大学に入れる学力がないため父親の財力とコネで海外へ出され、将来極東で暗躍することを見越して中国語を身につけるべく派遣されていたのであった。
一見して一般家庭の子弟と見分けがつかなかったので、留学生らは彼と普通に接していたし、彼も気楽な同世代だけに囲まれた寮生活を楽しんでいるようだった。
しかし半年ほど経つと重大な事実が発覚した。毎日授業に出席している彼の中国語が全く上達しないのである。特に読み書きがまるでできない。生活に必要な日常会話はなんとか身についたが、テストをすると一文字も書けないのである。ロシア人は漢字圏でないから仕方ないと思ってはいけない。同じクラスにはフランス人もドイツ人もいて、彼らは母国では東洋学専攻の大学生であるから学習意欲も旺盛だし、何より学習に慣れている。どうすればこのやっかいな漢字を少しずつでも覚えていけるかを知っているのである。しかしこのマフィアの息子にはそうした知恵も意欲もない。それは中国語に対してだけでなく、あらゆる物事に対してそうであった。つまり彼は生まれてからこれまで、知的大人との接触がなく、そうした大人から知的刺激を受けることなく成長したのであった。
彼の言によれば、彼は他の留学生たちと同じように生活しているはずだった。同じ授業に出席し、授業が終われば街へ出て少し羽を伸ばし、夕方戻って共同キッチンで皆と料理・食事し、楽しく談話したのち就寝する。しかし実際には、留学生たちは食後から就寝するまでの時間を自習に充てていた。留学期間の限られている彼らは帰国までに語学力を引き上げねばならず、その目標のためにやるべきことはやっていたのである。親のカネで留学し、さしたる目標もないマフィアの息子はそうした事実にまるで気付いていなかったのだ。

私はこの時初めて、この種のロシア人の子供に遭遇した。こんなに考えの浅い、自分と周囲は見た通りに同じだと思い込むような単細胞のロシア人が今までいただろうか。確かに自分はロシアでは大学か外資系会社にしか所属しておらず、学者や芸術家の他は、多少カネにいぎたなくはあってもまがりなりにも外国語をひとつ習得している種類のロシア人としか親しく交流してこなかった。それでもかの国の歴史的事情から、学がなくとも知的な一般人とはかなり接してきたつもりだ。なのでこの少年に対しては、まるで異人種を見るようであった。そして易学を旨とする身上から、その少年の顔立ちや雰囲気、喋り方や思考傾向を記憶し、後学のために備忘した。
そして帰国後の今日、ロシア人の子らに日本を教える散発的な仕事を得るに至って、親の事情で突如として日本に暮らすことになったロシアの子供達の中に、しばしばかの極東マフィアの息子と同じ雰囲気、同じ目つき、同じ話しぶり、同じ思考傾向を見て、愕然としつつも「きたか」と観念するのであった。そう、ロシア人の誰もが変化球を投げて寄越すほどの知力を発達させているとは限らないのである。まさしくピンキリ、両極端としか言いようがない。そしてそれは、まず間違いなく、親の影響なのである。

そんなロシアのピンキリを描いた映画の祭典がこの夏開催されます。ソ連初期のモノクロ映画から最新作まで24作品を日替わりで上映。宇宙人が最凶と認める『フルスタリョフ、車を!』もラインナップ。タイムテーブルは会場HPでご確認下さい。

◆ロシア・ソビエト映画祭◆
東京国立近代美術館フィルムセンターが2018年4月より「国立映画アーカイブ」となった開館記念上映会。7/10(火)~8/5(日)。最寄駅は地下鉄京橋駅か宝町駅。2017年作品の『アンナ・カレーニナ』と『マチルダ』のみ1,500円で、残りは1本520円。

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by hikada789 | 2018-07-08 18:44 | ロシアの衝撃 | Comments(0)
畳の張替え費用を賄うため、この猛暑の中をよろめきながら働きに出掛ける宇宙人。ロシア人の子供の日本語指導だ。ロシア文化は両極端で中間が欠落しているのが特徴だが、その文化を反映して国民の性質も善人と悪人、賢者とアッパラパーの両端に分かれる。幸い今回の子は頭の回転が速くて助かる。但し、ロシア人特有のひねくれというか、直球ではなく変化球を投げて相手を見定めるという技を先天的に持っている子だ。

このロシアのひねくれについて解説しよう。なぜなら日本の感覚のひねくれだと否定的な意味しかないが、ロシアの場合大いに肯定的な側面もあるからだ。例えばある商社マンから聞いたこんな実話がある。ソ連時代、彼はソ連で初めて契約に漕ぎ着けた。晴れの契約締結のための場所に指定されたのはレストランで、そのまま祝いの酒宴になるという。商社マンが赴くと、先方の担当者の他に見知らぬ男がいる。担当者はこう言った。
「この人は私の前任者だ。君が我が社にやってくる少し前に交替になった。なので今回の契約を我が事のように喜んでいる。それでこの祝いの席に呼んだのだ。この偉大なる前任者に免じて、今回の契約価格を値引きしてほしい。承諾してくれるかい?」
商社マンは凍りついた。契約締結サインの直前でまさかこんな事態に直面しようとは。ここで断れば、契約は撤回される恐れがある。かといって、はいそうですかと受けたら会社に戻って大目玉だ。商社マンは頭をフル回転させ、数秒間の間に一休さんのようなとんちをひねり出し、こう答えた。
「御社の前任者にはもちろん敬意を表する。しかし今回の契約に至ったのは、現担当者である君の功績だ。契約内容をここで変更したら、君の功績にツバすることになる。そんなことは私にはできない。私は君に対しても敬意を抱いているからだ。だから契約内容は君と私の間で整えたままにするのが最善だと思う。」
これを聞いたロシア人たちは凍りつき、その後ニヤリと笑って商社マンの提案を受け入れたのだった。

つまりこのロシア人たちは、特有のひねくれ技で日本人商社マンを試したのだ。そして商社マンが見事に変化球を投げ返したのを見て、彼をひとかどの人物として認めた。その後両者は深い信頼関係を築いたとのことである。こういう話は他の国ではあまり聞かないのだが、皆さんは如何でしょう。
今回の子供も変化球をちょいちょい投げる。こちらが誘導するようには問いに答えないが、だからといってまるでトンチンカンなのではなく、一歩先を行ってひねったものになっている。これを知らない日本の一般教師は、この子供の反応に怯えることになる。私は免疫があるのでどうということはないのだが。皆さんも、ロシア人と対話することがあって、相手がどうも素直で単純な言葉を発しないと見たら、このタイプのロシア人だと思って対応を工夫して下さい。とんちが冴えていれば、ロシア人は驚くほどあなたを大事にしてくれますよ。

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by hikada789 | 2018-07-05 08:27 | ロシアの衝撃 | Comments(0)
『ロシアの歳時記』というマニアックな書籍の刊行記念座談会に行ってきた。この本の執筆陣はグループ名「ロシア・フォークロアの会なろうど」という平均年齢の高い愛好会のメンバーで、私がロシア研究者として名を知っているのは中村喜和氏だけ。一見して素人集団にも見える、古き良きロシアが好きな年配オタクの集まりといったところだったが、そこはロシア、趣味を極めるにもロシア語は学ばねばならないし、ソ連時代は日本に届く資料も少なかったことから、少ない情報を丹念に読み込んで、ああでもないこうでもないと頭をひねる活動に喜びを感ずる人々である。どの顔も等しく浮世離れしているのであった。
b0214800_20140572.jpgどれほど浮世から離れているかというと、右手の画像をご覧下さい。これは執筆者の一人である古参の女性会員が、資料から再現したというロシアパンの数々である。会場で振る舞われた。注目したいのは中央の茶色いパン。ヒヨドリだかスズメだかの鳥をかたどった装飾パンで、材料は全粒粉と水のみ。要するに今の感覚では味付けなしであるが、食べてみると、あ、味ない。懐かしい。固い。重い。日本にはないパンで、あっても売れまい。味がないから。しかしシェフの話によれば、これは精進料理の一種なのでこのような素朴な味なのだそうだ。え、そうなの? ロシアのパンは洩れなく薄味なのかと20年間疑わなかったが、違ったのか。
革命前のロシアは大層な宗教国家で、正教の戒律に従って驚くなかれ、一年の半分以上が斎戒日、つまり断食や肉断ちや禁止事項のあれこれを住民の上から下まで課していた。このため精進料理レシピというものが普及し、資料としても残っているのだそうだ。もちろん革命後の政権は宗教を否定してきたので、ソ連時代はこうしたレシピで何となく作り続けていながら、それが何を意味するのか大っぴらに語るのを憚った。だから宇宙人は知らずに、ロシア人は薄味のパンを好むのだと勝手に解釈していたのだ。いやはや今更の発見である。
茶色いパンを挟んで黄色いパンも並んでいるが、それぞれロシアのパン屋でよく見かけるジャムパンやクリームパン。ジャムはさすがに甘いが、クリームはやっぱり味付け控え目。そして画像にはないが、そばの実をトッピングしたミニパンというのもあった。もちろん味付けはなし。だから純粋にそばの実と小麦の淡い風味を堪能するためのパンである。これをまずいと言ってはいけない。これぞ究極の精進料理なのだ。なに、精進料理なら日本にもあるが、ゴマ豆腐やらゆばやら味は多彩だぞ? それを言わないでくれなのだ。見てよ、可愛いパンでしょう?

b0214800_20141229.jpg会合ではその他、左の画像のような色鮮やかな現代ロシアのカンフェートゥイ(チョコやキャラメルのばら包み)やらサモワールやら、グジェーリのポットで淹れた紅茶やらが振る舞われ、会員でもない宇宙人も堪能したのであった。とはいえ飲み食いばかりではない。執筆者の一人は音楽の専門家で、皆さんがお茶を楽しんでいる間のBGMにチャイコフスキーのピアノ曲「12か月」を流し、そのうちの有名な一曲(11月だったかな)は、ロシアの平原を橇で走っては止まり、また走り出し、という緩急で風景を描写しているから、そのように演奏するのが正しいことや、そうした演奏は革命前には自明のことだったため、腕のいいピアニストはその終末部分に余分な1小節をアドリブで加え、橇がゆっくり停止する様をリアルに表現したという、まさにその演奏音源を聴かせてくれたのだった。優雅な会ですねえ。

この種のコアで優雅なうんちくのあれこれを盛り込んだ『ロシアの歳時記』は東洋書店新社という会に馴染みの学術出版社が発行している。どう考えても重版はないから、在庫のある今のうちに出版社へ問い合わせて購入をお勧めする。図書館で借りては損をする。なぜなら表紙カバーを外すと、裏側に「ロシアの四季暦早見盤」なる付録が印刷されているからだ。帝政ロシアの暦は西暦と違う上、更に正教中心に祭日が組まれているため、毎年祭日やその期間が変動する。その変動を把握するための早見表を会員が考案し(或いはロシアから資料を見つけてきた)、カバー裏の付録としたのだが、図書館で借りるとビニールカバーを貼られて見えない場所なのだ。だから是非とも購入してカバー裏にも注目して頂きたい。

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by hikada789 | 2018-06-29 21:03 | ロシアの衝撃 | Comments(0)
上野の東京都美術館で開催中のプーシキン美術館展に行ってきた。プーシキンというのは18世紀に活躍したロシアの国民的詩人で、この人の没後百年を記念して1937年にこの名称になった当美術館の所蔵品が、来日しているということである。名称が変わったのは、革命前は皇帝の名を冠した名称だったから。革命後に改名した地名や施設名は、ソ連崩壊後に革命前の名称に戻されることしばしばであったが、プーシキンは政治とは関係なくロシア人なら誰もが認める文人なので、そのまま名前が残されたのだった。日本でいうところの紫式部みたいなものである。
b0214800_20003926.jpg見どころはネットで検索頂くとして、画像は美術展に設けられたショップで購入したグッズ。ロシアのキリル文字をアルファベット順に並べて絵を添えたクリアファイル、レアな気がしてつい買ってしまった。動物など独特のデフォルメが非常にロシア的。中央の一筆箋は六種類の絵柄が入っていて大変お得。右上のポストカードは拡大すればレザークラフトできないこともなさそうだったので、サンプル用に求めたアンリ・ルソーとゴーギャン。そのうち彫って画像を掲載するかも。ちなみにこの美術館はエルミタージュ同様、西洋絵画のコレクションが豊富なことがウリであり、今回はロシア人画家の作品は来ていないが、それでも十分な眼福である。

しかし何と言っても特筆したいのは、会場の匂いだ。一歩会場に足を踏み入れた瞬間、あっ、モスクワの匂い! なぜだ、どこから。最初油絵の匂いかと思ったが、油絵なら他の美術展だって匂っている。しかしこれはズバリあのモスクワの、空港に降り立った時に最初に嗅ぐ、あの町の匂いなのだった。甦るブラックメモリー。宇宙人が行き来していた頃はソ連崩壊直後の大混乱時代だったから、西側の国で快適さを満喫した後にあの町の空港に降り立つ度に、「ああまた地獄の一丁目に舞い戻ってしまった」と暗澹たる気分におそわれたものだ。モスクワはそんな匂いがしたのだが、二十年経った今もまだ匂っているということだな。
この匂いの成分は一体なんなのだろう。当時は自動車の排ガスの匂いだとか、その汚染された空気を吸い集めた掃除機の匂いだとか、ウォッカによる酔っ払いの匂いだとか、日本人の間でいろいろ議論されたものだが、同じ匂いを別の国で嗅いだことはない。誰かこの匂いの正体を教えてくれなのだ。7月8日までなので、皆さんも是非訪れて絵画と共に匂いを味わって下さい。

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by hikada789 | 2018-06-18 20:17 | ロシアの衝撃 | Comments(0)