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土星の裏側

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宇宙人と呼ばれた人達の診療所

カテゴリ:その他( 208 )

b0214800_19261799.jpg友人から知恵を借りて何とかネットに進入するまでには至ったが、やはりパソコン自体にバグが多発しており、買い換えないとダメみたい。とほほ。引き続き運勢鑑定は休業して夏休みに入ります。画像はツナギの自作革ブックカバー。オリジナルの絵は帝政ロシアの画家イワン・ビリービン。革が経年変化することを見越して原画よりやや明るめの色を塗った。同じシリーズでパソコンの入るカバンも作ったが、画像を掲載するまで今のパソコンがもつか微妙だ。そして暑さに弱い宇宙人が溶け始めるのももうじきだ。
by hikada789 | 2019-06-27 19:26 | その他 | Comments(0)
b0214800_12560653.jpgこの冬に友人の注文で初作した三折り財布を練習がてら増産したところ、思いがけず需要があり、合計8個のうち7個がユーザーの手に渡った。画像はそのうちの四つ。お世話になった方へ宇宙人から贈呈したものもあるが、購入頂いたものもあった。まあアマチュア製品なので本革にしては安いよ。
革にもいろいろあって制作勝手の良し悪しなども知りたく、ハギレで手に入れたオーストリッチなんぞも使ってみた。ハギレなので特徴のイボイボが途中からなくなってたり面積がいくらも取れなかったりしたが、バイカラーにしたことでオリジナリティも出たので意外と好評であった。でもオーストリッチは巨大とはいえ所詮トリなので、牛に比べればずっと革も薄く、伸びやすくて裏から補強しないと仕上がりに難が出ることを学んだ。オーストリッチの付いたプロの製品だったらもっと高値がつくところだが、土星裏工房はリーズナブルなのだ。

b0214800_12563225.jpgそういえば初作では、コイン室から小銭が飛び出るトラブルが報告され、汗を拭きつつ二作目以降は改良したのだが、後発のユーザーからは「それまで使っていた市販の財布はコイン室から小銭が飛び出して面倒だった。土星裏財布は飛び出ないので愛用している」との感想も得られた。再び汗を拭く宇宙人。改良してて良かった。日々精進なのだ。
初夏の陽気となり土星裏工房もぼちぼち夏期休業に入るので、ご用の方はお早めに。最近は久しぶりにパスケースのご要望があって新作した。お世話になっている方なので贈呈したが、この種の贈呈は意外と喜ばれるので嬉しい。顔の見える相手だと作っていても違和感ないのだが、誰の手に渡るか判らないものを作っていると、あまり心が弾まない。創作とはそういうものなのかもしれない。

by hikada789 | 2019-05-24 13:21 | その他 | Comments(0)
b0214800_17262787.jpg益子陶器市を断念した代わりに、若干近場の笠間陶炎祭(ひまつり)に行ってきた。笠間は益子よりは小規模だが会場が駅から近く、駅前から出ているシャトルバスなら5分で行ける。しかし驚くほどのどかな田園地帯に位置しており、陶器祭の他にも美術館など地域の名所があるというのに、祭期間内は路線バスがシャトルバスに狩り出されたため、他の名所と駅をつなぐ路線バスを運休にするという荒業をやっていた。おかげで気の毒に、陶器祭の前に美術館に寄ろうとしていたご老人らがタクシーを拾う破目に陥っていた。
とはいえ笠間は陶器の街なので、祭会場にも陶器美術館はあるし、県立の陶器美術大学も併設されているから見所は沢山ある。祭会場内は200を超す陶器店舗のほか飲食スペースや音楽ステージ、陶器以外のクラフト店舗、野点テラス、テント場など揃っており、家族連れで休日をすごすようにできている。同時期に開催されている益子の方が有名なせいか、笠間の混雑はそれほどでもなく、人ごみが苦手な宇宙人もほどよく楽しむことができた。上の画像はこの日の戦利品一式。

b0214800_17263418.jpg正午頃に会場入りしたが、結局夕方まで皿選びに終始した。場内地図を片手にとりあえず全店舗を一周し、目を楽しませながらめぼしい店の番号に印をつけると既に1時間半が経過。一服しようと野点会場に赴くと、なんとその場に展示されている茶道用茶碗を自由に選んでその茶碗で抹茶を飲ませてくれるという。味のある趣向なのだ。他にも喫茶をやっている店には、陶器市らしく自作の陶器カップや皿でケーキセットを出す所がいくつかあり、画像はその一つ。土の風味も露わなコーヒードリッパーでのんびりハンドドリップ。梅干しでも入ってそうな蓋付き壺にはコーヒー粉が入っているのだ。趣き深いのだ。ちなみにこの店は会場入口から直進して割とすぐの店で、アイスコーヒーもちゃんと淹れている味がした。他の店は市販のパックのアイスコーヒーの味がしたから、前者の店が絶対おすすめだ。ごついタイプの作風の店だったので陶器類は買わなかったが、せめて宣伝しておこう。しかし多くの店は使い捨てプラカップだったりするから、注文の際はカップを確認した方がいい。せっかく陶器祭なんだから。
飲み物とお菓子で英気を養い、再び会場をめぐる宇宙人。今度は目印をつけた店をめがけて購入を目指す。以前から興味のあった粉引の店が一件あって、店先を行ったり来たりする宇宙人。ちょっとお高めだ。あと少しサイズが合わない。他に印をつけた店に向かい、値段と必要サイズを確認し、思い切って購入する宇宙人。震災以来、半端ものの皿カップで済ませてきたが、これで幾分統一感のある食卓になろう。なんとなく乳白色ばかり選んだのは暑かったせいかもしれない。かわいいな、でこぼこが。

b0214800_17264066.jpgところで日用食器を買いに来たはずの宇宙人は、帰りがけに思わぬ買い物をする。まず会場入口に並んだ陶器以外の店舗で、青森ひばのまな板を買う宇宙人。だってまな板もう真っ黒だし十年以上使っているから、そろそろ替えたかったのだ。サイズもよくお値頃。物すごいひば臭で、さっそくわが家のキッチンは匂いからして抗菌状態なのだ。
しかし何と言っても掘り出し物は、低反発ウレタン座布団だ。陶器大学脇に設営された刑務所作業製品市場で見つけた。ここは常設なのだろうか、それとも陶器イベントに合わせて? 全国各地の刑務所から集めた選りすぐりの囚人製品がずらりと並び、工芸品や家具なんかは丁寧な作りなのに破格のお値段。ちゃんと日本製だよ。囚人は刑期が長いと時間をかけて技術を習得できるから、本格的な職人の腕を持つ者も多いと聞くが、そもそも安いのは工賃がいくらも支払われていないからだ。それでも作ろうという日本の囚人の意欲が、金儲けだけが目的の中国製品の品質を軽く凌駕するのであった。偉いぞ囚人の皆さん。他にも色々魅力的な製品があったが、既に食器とまな板を買って荷物の重い宇宙人は、泣く泣く座布団一枚を選んで会場を後にした。ラベルには甲府刑務所とあり、ファスナー付きカバーはレザーと書いてある。合皮だとしてもウレタンの厚さは5cmほどもあり、縫製も丁寧だ。わが家の座布団も替え時だから有難い。たったの1,010円。値段の付け方がよく判らぬが、よい買い物ができたのだ。陶器祭の帰りしなに是非お立ち寄り下さい。

by hikada789 | 2019-05-04 17:27 | その他 | Comments(0)
b0214800_20493645.jpgグレース・コンチネンタルという鞄ブランドの類似品を作ってくれという友人の注文を受けて、画像のような彫刻入り白鞄が完成した。大変苦労し、また時間もかかったのは、この紙のような白さを追求して色々欲張ったからである。しかしお蔭で誰に見せても驚嘆の声が上がる逸品となった。美しい。まるで売り物のようではないか。年号が替わっても特に変化のなかった宇宙人の周辺で、なんとなく令和の文字を連想させるのが自作カバンというのも可笑しな話だが、もしかしたら今後注文が寄せられるかもしれないので、備忘まで今回の一連の苦労話をつづっておこうと思う。
元ネタとなったグレース・コンチネンタルのモデルにはmaestraとsatchelがあり、それぞれ白バージョンがあるのだが、いずれも彫刻が施されているから、当然彫ってから色を白く加工したと考えられる。白といってもパールホワイトとかなので、こういう色は元の牛革には出せない。何某かの染色加工がしてあるわけだ。しかし革メーカーの加工技術は往々にして企業秘密で、喩え革工芸のプロであってもその技術を真似ることはできない。革道具のお店に行っても「彫ってからパールホワイト」にする塗料など売ってはいないのだ。

ここでミニ知識だが、加工用の牛革というのは肌色をしており、白ではない。本革愛好家の好む経年変化というのは、この肌色が空気に触れることで酸化しゆっくりと茶色へ変化していくことだが、この肌色に染料を入れて色づけするなら、その色ごと経年変化が楽しめる。しかしこの場合、白だけは不可である。もとの地の色が既に肌色なので、これより白くはできないからだ。
どうしても白に塗りたいのならば、染料ではなく顔料(いわゆる絵具)を使えばいいが、染料が革内部へ浸み込むのと違って、顔料は浸み込まずに表面に載るだけである。このため経年変化しないのは勿論、表面の乾燥に伴いやがては割れて剥離する。修理には再び顔料を上から塗ることになるが、そこだけ新品に見えるので鞄全体の風化とのバランスが取れず、ちぐはぐになる。こうしたわけで革工芸愛好家の間では、顔料はあまり歓迎されないのである。鞄なんかに顔料を塗れば、剥離は更に早まるだろう。

b0214800_20495302.jpgさて今回の注文だが、依頼主からは特に手法の指示はなく、ただ白い仕上がりで、且つ彫ってくれというものだった。レザークラフト3年のキャリアの宇宙人が彫ってきたのは無論肌色牛革である。彫ったり塗ったりできるクラフト加工用の革のことをタンローと呼ぶが、タンローをだた彫るだけで何も塗らないというのは、力量が試される。彫刻の不出来を濃い色を塗ってごまかす事ができないからだ。従って、彫刻そのものに緊張を強いられることが予想されたのであるが、これに加えて「白」である。
世の中には脱色した白色タンローというものが存在しており、今回初めて知ったのだが、肌色タンローよりやや高値で売られている。紙のような白さが特徴で、本来はパステルカラーで色づけするために開発されたものらしい。結局これを使用して白さをクリアすることとなったのだが、本当に驚くほど白いのだ。つまり汚れが目立つ。タンローは彫ったり塗ったりした後に仕上げ材を塗ってコーティングするので、完成した暁には汚れを気にせず使えるようになるのだが、問題は制作途中である。何時間もかかる彫刻の最中は手垢だってつくし、指の痕だってつくし、ホコリだって飛んで来る。ちょっと目印にボールペンを転がしただけでもう取れない。そうした汚れを排除しつつ彫り終えろというのも今回の課題であった。彫刻面は鞄の前胴全面と、背胴のワンポイント。彫刻時間はざっと10時間である。手早くやれよ、宇宙人。さっさとコーティングしないと汚れる一方だからな。

そうして彫刻で神経をすり減らした宇宙人に追い打ちをかけたのが、白色タンローである。こいつは脱色によってこういう色をしているのだが、脱色の過程で革自体が固くなる性質があったのだ。そんなことを知らない宇宙人は、コーティングも済んでやれやれと肩の荷を下ろし、何の躊躇もなく持ち手を作るべく二枚の革を接着剤で貼り合わせ、白レースで両サイドを巻いてくれという要望に従いハトメ抜きで穴を空けようとした。ハンマーを振り下ろす宇宙人。ドン。あれ空かない。もう一度ドン。あれまだ空かない。ドンを10回。ようやく空いた。この日は暑かったなあ。この穴、あと何個空けるんだっけ。持ち手は40cmだから合計160cm。ウソ。どうしてこんなに固いのだ。それは脱色したからだよ。
通常、鞄は適正な強度のため厚さ1.5mmの革を使う。従って今回も何の躊躇いもなく1.5mmを買ったのだが、この固さを知っていたら、1.3mmにするのだった。或いはいっそ持ち手は二枚重ねにしなくとも、強度的には問題なかった。まあ裏側をどうするかという問題は残るが、こんなにハンマーでガチで叩き続ける必要はなかったと思われる。試作しないで作るからこうなるのだ。ちなみに、こんな日曜大工みたいな騒音を自宅で上げれば苦情は免れないから、作業はレザー教室で行なった。教室の制限時間は4時間ほどだが、この穴あけだけで3時間近く費やした。なお画像の通り穴あけは持ち手のみならず、本体接合部にも要されたのだが、こちらは一枚ずつ穴を空けたので、労力も騒音も半分以下で済み、自宅でできた。しかしここでも問題が。

b0214800_20495975.jpg持ち手を終えて本体接合まで漕ぎ着ける宇宙人。従来の糸縫いと違って初めてのレース縫いである。波縫いするだけなので時間はかからないはずなのだが、しかしここでも壁が行く手を阻むのであった。レースが穴に通らない。なぜだ。それはレースが太いからだ。今回のレースは市販品ではなく、本体の白色タンローから宇宙人が切り出したものだ。その方が色に統一感が出るからね。しかし5mm幅で93cmもの長さのレースを真っ直ぐカッターで切り出すのは素人には難易度が高く、どうしても太く切れてしまう。それでもちょっとくらい太いなら、革は伸びるので穴を通るはずだったのだが、ここでまた脱色タンローである。固くて伸びない。だから穴を通らない。
いや、穴を一回くぐるだけならどうにか通るのだが、同じ穴を行ったり来たりすると、もうどこにも隙間がないのである。これも試作をしなかったことが仇となり、知っていたらコーナーで二重三重になるような通り道を避ける工夫をしたのだが、しょうがない、もう穴はあけちゃったし、レースは今から細く切ろうとすれば切り口が不揃いになるに違いない。このまま何とか隙間を作ってレースを押し込むしかないのだ。観念してレースをぎゅうぎゅう押し込む宇宙人。こんなに何本も押し込んだら穴が裂けるのではとヒヤヒヤしたが、さすが脱色タンロー、固いお蔭でびくともしなかった。

そんなこんなの汗の結晶がこの通りで、依頼主も満足してくれたので良かったよ。あとは耐久状況を知るべく、ユーザーの後日報告を待つのみである。作業時間は32時間。持ち手の穴あけや本体組立てに余計な時間がかかったので、次回からはもう少し短縮できると思うが、それでも彫刻10時間は変わらないと思う。もし背胴や横マチも彫るということになれば、作業時間は更に伸びる。それは工賃に反映される。
元ネタであるグレース・コンチネンタルが35,000円。宇宙人の白の令和カバンはもっと深く彫ってあるが、彫刻面が少ないので、材料費を入れてもグレースよりは若干安い。皆さん、お気に召したらご注文下さい。

by hikada789 | 2019-05-02 20:50 | その他 | Comments(0)
昨日は友人の注文カバンの制作に没頭して選挙に行かなかったが、これでよかったと思っている。現状に大きな不満はないし、選挙カーによる騒音にも腹を立てていたし、街の景観を損ねる選挙ポスターにもウンザリしていたし(京都の観光名所などはセブンイレブンでさえ景観を壊さぬようトレードカラーを茶色に塗り替えているというのに、当地の選挙ポスターはどんな色指定を受けているのだろう)、特に応援している候補者もいないし、何より興味が湧かなかった。興味もないのに興味のあるふりをして投票するのは間違っている。それは嘘だ。嘘はいかん。それが誰かの強制であるなら尚更いかんのだ。
カバン作りで凝った体をほぐしに、選挙の前日の夕方散歩に出掛けたら、駅前に人だかりが。みだりに停まってはいけない選挙カーを下りた候補者が広めの路上で、勿論マイクを使って「最後のお願い」演説をしている。駅前は演説をしていい場所だから違反はないが、周囲はマンション群だから住民は迷惑しているはず。よく苦情が出ない、しかも聴衆まで40人ほどもいるなと思いながら脇を通り過ぎようとしたら、候補者が公明党であることが判った。つまり人だかりは信者だ。道理で。だってその40人ほどの聴衆は、子連れも含めて、何というか直立不動に近いのだ。行儀よく立って、拝聴している。よそ見もおしゃべりもしない。要するに通りすがりではない。サクラだよ。訓練された。

そこで好ましからぬ記憶を思い起こす宇宙人。昔ロシアに暮らした頃、留学仲間に創価学会の学生がいて、羽振りのいい人だったので色々お世話にはなったが、最終的に気味悪くなって付合いを辞めた。気味悪さの原因は、偽善だ。最初すごくいい人で、あれこれ親切をしてくれるので元々そういう人なのだと思って接していたが、だんだん本性が現れて来て、その親切が誰かに命じられた作りモノであることを知った。イヤイヤやっていることが露呈してきたのだ。
というのは、親切というのは受け手が慣れるものなので、親切に対する期待値はどんどん高くなっていく。あれこれ頼るようになるからだ。すると親切する側がだんだん損をしていくようになる。その学生は、恐らく教団の指導で誰にでも親切するよう仕込まれていたが、それは自己鍛錬でもあったかもしれないとはいえ、教団としては自分たちの評判を高める意図があったはず。オウムみたいな扱いは受けたくないだろうからね。それでその学生はほとんど無差別に、日本人に限らず出会う人すべてに親切の大盤振舞いを振舞っていたのだが、お蔭で次第に窮乏してきた。でも親切された人たちはこの人が色々骨を折ってくれるだろうと期待して問題を持ち込むので、当人は遂にキャパを越えてブチ切れてしまった。それが本性だったのだ。修行が足りなかったのかもしれないが、実に見苦しかった。そんなに苦しいのなら、最初から偽りの親切などしない方が誠実で良かったのでは? 誰に対して点数を稼ぎたかったのだ。そうやって本性を見破った人たちはその学生信者とは距離を取るようになったのだが、こうして付合いの途絶えたかつての「友人」のことを、その学生信者は方々で中傷するのだった。教祖様はお嘆きではないのかね。
その頃にはもうこの人に耳を傾ける人間は随分少なくなっていたが、疎遠になった元「友人」の一人である宇宙人は、ある日モスクワの創価学会の集会に偶然居合わせた。日本人の集まる情報交換の場だと思っていたら、信者主催の集会だったのだ。なので適当に挨拶だけして帰ろうとしたのだが、そこは宇宙人、タダでは帰らない。土星アンテナを頭上に振り立てて信者たちを観察する宇宙人。観察したのは主に目だ。知性はありや? 自分の意志で親切する人か否か? 人に言われたことしかできないロボットではないか? 命じられたことならイワシの頭でも信仰するタイプの人間の目をしていないか? そしてそれを他人にも強いることを布教と称する輩ではないか? 結論は、その目に知性の光はないということだった。

そうしたわけで、宇宙人は個人的に創価学会の信者も公明党も信用しない。偶然通りかかった駅前の演説でも、聴衆の顔をそれとなく覗いて見たが、何十年も前にモスクワで見た信者と同じ、操られた喜びに輝く狂気の目をしていたよ。人に言われたことを自分の意志だと錯覚した目だ。この種の目は、実は創価学会に限らない。信者でなくとも我々の周囲にしばしば見受けられる。自分で考える習慣が身に付いていない、ママとパパの言う事を聞いてご褒美を貰う幼児と同じ目だ。
子供たちよ、こういう目を見極められる大人になるのだぞ。政教分離が聞いて呆れる現代日本であるが、実際は世界のどこを探しても政教分離できている国などありはしない。米国はどうだ。欧州はどうだ。イスラム教徒の国々を非難できるほど政教分離しているか。ソ連時代のロシアでさえ「無神論」という信仰を国民に強要していた。自分の属する集団の正当性を妄信するということは、他者の集団を見下すということなのだよ。その心の卑しさが目の輝きに現れるのだ。「他者に寛容な態度」を心掛けるという発想自体、最初から他者を自分より下位の者として見くびっているのだよ。本当に寛容で親切な人は、そんな自覚もなしに自然にそれができるものだ。そういう人の目は澄んで美しい。
子供たちよ、誰にでも親切な人には何らかの下心があることを念頭に置いておけ。自分の得になるから親切をするという人間からは距離を取れ。本当に親切な人は損得抜きで行動するし、親切でなくとも頭のいい人ならば、自分のできる範囲内で人を手助けすることは何でもないはずだ。合理性から出た行為なので、お礼さえ求めないだろう。そういう人と付き合うのだぞ。

by hikada789 | 2019-04-22 16:14 | その他 | Comments(0)
現代の不愉快イベント、選挙運動もあと2日で終わる。毎度のことながら忍耐力が試される。走行中の車から発せられる候補者名の連呼は、相変わらずやめるつもりはないらしい。名前を大音響で連呼すれば票を稼げると思っている候補者の愚鈍な感覚と、そんな候補者の中から自分らの代表を選ばねばならぬという虚しさに心がへこむので、なるべく聞きたくないのだが、家の前を通るから避けられない。この悪しき風習を禁止する法律なり条例なりを作ってくれる政治家はいないのだろうか。
b0214800_21262915.jpg選挙カーが名前を連呼して走るのには理由があるとどこかで聞いた。決められた場所以外で野外演説をしてはならぬという決まりがあって、この条件を満たすために車を走らせたまま拡声器で話をするしかないのだが、すぐに通り過ぎる車が長演説を垂れても誰も聞き取ってはくれぬので、せめて通りすがりの人にも記憶してもらえるよう名前を連呼するのだとか、確かそんな理由だったと思う。実にばかげている。目的を見失ってるよ。議員に求められているのは良い社会を作ることであって、選挙で勝つことではないはずだ。優先順位がおかしいのだ。選挙で勝つためにご町内に騒音被害を強いる候補者ってなんなのだ。そんなことをやっているから益々投票率が落ちるのだ。

国民の政治への関心が低いのは意識が低いからではなく、今の社会にさほど不満がないからなのだ。結構なことではないか。不満のある人ほど積極的に政治にコミットしようとするのだよ。平均的な日本人はそれなりに人生を楽しめているから、強いて政治に望むことは、今より悪い世の中にしないでほしいという程度ではないか。払った税金を正しく使ってくれれば不満はないのではないか。税金を正しく使わないのは有権者ではなく政治家だから、ばからしくて選挙に参加したくないのではないか。そんなことを考えながら、明後日の予定をあれこれ組み立てる宇宙人なのだった。画像は今年初めに友人の依頼で制作したレジ袋型レザーバッグ。ちゃんと牛革なのだ。今週は別の友人が注文した本格クラフトバッグを鋭意制作して、久しぶりに1日8時間も仕事をした。完成すれば力作だ。ちょうど選挙日に仕上がりそうなんだよな。

by hikada789 | 2019-04-19 21:31 | その他 | Comments(0)
数年前に澤野弘之の壮大な音楽と斬新なギャグ表現で嫌味なく笑わせてくれたアニメ『キルラキル』の再放送が突如として始まったと思ったら、同じスタッフでまたおバカ作品を今度は劇場版で作ったらしい。その宣伝のためのキルラキル再放送なのだった。5月公開の劇場作品は『プロメア』といい、主要声優に松山ケンイチや堺雅人ら俳優を起用している異色作だが、CMを見た限りではキレ味鋭いギャグカットが『キルラキル』を思わせる。なるほど同じアーティストが作っているのだな。音楽まで澤野だというから、とりあえず音楽目当てで見に行こうかな。
宇宙人はカネを払ってまでアニメを見に行く趣味はないのだが(普通の映画だって見に行かない。行くのはソ連映画とかレアものだけだ)、音楽目当てなら話は別だ。澤野は暫く聴いていなかった。『進撃の巨人』の新シーズンがもうすぐ始まるからどうせ聴けるのだが、久しぶりに『キルラキル』を見たら、画像と音楽の壮絶なマッチングにやっぱり笑えた。脚本もすごいな。声優もよくもまあバカバカしいセリフを上手く回す。プロの技だ。宇宙人を笑わせるってなかなか容易ではないのだが。とりあえず『キルラキル』を毎週見ながら考えておこう。

宇宙人は耳注文がうるさい。新作アニメをチェックして、気になる作曲家を使っていると取りあえず第一話を見る癖がある。澤野弘之は筆頭で、菅野よう子、梶浦由記、大島ミチル辺りが入っていると耳が反応する。とはいえ作品自体が気に入らないとその先は見ない。四月の新作アニメで川井憲次が起用されていたので第一話を見てみたが、絵が雑なので多分この先は見ない。宇宙人の嫌いなCGを使っている。実際の人間の動きをトレースしたリアルデータ画なのだが、猫背の人間をベースに使うなと言うのだ。立ち姿が見苦しいだろ。
最近のアニメーターはもやは絵を描かないらしい。絵を描く人間なら、もっと人間を細かく観察して描き分けるはずなのだ。その点『キルラキル』のスタッフはガリガリに描いていてやり過ぎなくらいだ。昔のギャグ漫画のタッチを再現しようとしているから、画面から迫力がはみ出している。こういう画力は昭和の遺物になっていくのだろうか。名残惜しいな。

by hikada789 | 2019-04-09 21:13 | その他 | Comments(0)
No.1165の記事に反応が寄せられた。まず不動産業の読者から、「職業柄把握している事故物件が、確かに三角形の土地に建つ三角形の建物だった」との証言が。更にこの話題を持ち込んだ子育て中のわが友人からは、「学校を騒がせているモンペは実は二人いて、二人とも同じマンションに住んでいるが、二人とも階が違うだけの同じ位置、つまり垂直の部屋に住んでいる。一方辛くも引っ越しが決まって脱出となった別の住人は、同じマンションでも反対側の位置の部屋に住んでいる。ブログ記事の内容と合致していてぞっとした」とのことだった。これでは、他の読者のところにも思い当たる節があるのかもしれない。皆が目を背けているだけで、よくある話なのかもしれない。

よくあるといえばモンペだ。No.1166では未成熟な親ほどわが子の不備を宿命のせいにしたがるという話をしたばかりなのに、もう早速この種の親から依頼が来た。愚痴ばかり並べた要領の得ない文面だったので書き直すように指示し、「子供ではなく本人の鑑定が必要なのでは」と水を向けて探ったところ、その返信さえも愚痴と言い訳だったので、さすがの宇宙人もブチ切れてこのように土星裏へ暴露することにした。見ず知らずの他人様に二回も愚痴を垂れて、詫びもなければ、依頼を取り下げますとのひと言もない。どういう神経なのだ。非常識にもほどがある! オマエは親以前に社会人失格だ!なのだ。実際に子育てをしているわが友人が学校でモンペに遭遇するのはやむを得ないとして、占い師の宇宙人の周りにモンペが徘徊しているとはどういう世の中だろう。日本人よ、君たちはどこまで劣化したのだ。どれだけ成熟を拒んで大人をやっているのだ。目を覚ませ。見苦しい! 今後このような親が「自分の子供がおかしいのでその子の宿命を占ってほしい」と言ってくるのは、例外なくモンペの証しと見做して依頼はお断りなのだ! 豆腐のカドに頭を百万回ぶつけてから来やがれ、なのだ!

b0214800_20272074.jpg久しぶりに宇宙人節を吠えてしまった。関係のない閲覧者の皆様には聞き苦しかったかもしれない。せめて画像でお詫びとお慰めを。レザークラフトで動物を彫ってみた。画像の上はお手本にした有名な日本画で、下がわが作品。原画を適当な大きさに拡大し、それをトレーシングペーパーに写し取り、それを更に革の上に転写して、様々な工具で彫り、色付けをすればこのように。動物の毛並みを彫る専用カッターというのがあって、体のラインに合せて曲線を意識して彫れと言われたので、その通りにしたら、フサフサの冬毛の猫になってしまった。原画は毛並みが一本一本描かれた画風ではないのだが、こういう技法もあるのだよという実践でした。勉強になったのだ。

by hikada789 | 2019-03-02 20:28 | その他 | Comments(0)
b0214800_18443386.jpg先日、1年以上履いていない古い革靴が下駄箱の中でカビを生やしているのを発見した。幸い布で拭きとれたが、このまま放置していたら菌糸が奥まで入ってシミになったことだろう。そうだ、使わないと革はカビるのだ。俄かにタンスの中で仕立てを待つ大量の牛革たちの安否が気になり始めた。さっさと仕立てて使わないと無駄になってしまう。革を大量に使用するには大型カバンを作るのが早いのだが、もうカバンはさんざん作ったので、何か違ったデザインのものをと考えるとなかなか踏み出せない。レザー教室でも作りたい物がだんだんなくなってきて、今は専ら絵ばかり描いている。ブックカバーを立て続けに作ったから、今度はカバンに張付けてみるか。冒険だなあ。不出来な絵がカバンに張付いていると恥ずかしくて使えないからねえ。
画像は、以前友人の注文で一度作った三折り財布を色違いで増産したもの。さくらんぼ色と鴨緑という珍しい色革ハギレで作った(内側仕切りはベージュに近いゴールド)。ハギレだから革在庫はいくらも捌けなかったが、別の友人が気に入ったのでお祝いがてら贈呈した。あと2つ作る予定があり、1つはヘビ型押しの紺色(内側仕切りは白)、もう1つは内側仕切りのゴールドだけ用意してあってまだ本体色革は未定。ご注文あれば受け付けます。

by hikada789 | 2019-02-22 18:57 | その他 | Comments(0)
高校の時に自由研究発表の授業があった。全生徒が各自集めた資料をまとめてたった一人で登壇し、クラス全員に向けてプレゼンテーションするというもので、テーマは自由といっても15分ほどの登壇時間中聴衆を惹きつけるに足る内容でなければならず、質疑応答もあるので、そうなると大体社会問題をテーマに選ぶのが無難だった。資料が集めやすいし、記事なり書籍なりから有識者の考察や論評も引っ張って来れる。高校生の拙い頭で無理やり見解や結論を捻り出すよりも、既に見識あるオトナが出したそれを提示した方が権威もあるし、間違いもない。誰しも壇上で恥はかきたくはないのだ。
そんな授業である級友が「焼畑」を取り上げたことを妙に覚えている。焼畑とは熱帯に住む原住民が行っている伝統農法のことで、熱帯雨林を野焼きしてその灰をそのまま残して肥料にすることで作物を育てる。しかし当時は全世界で森林破壊や大気汚染が非難されていた時代で、焼畑は森林破壊も大気汚染も助長する非文明的で愚劣な習慣だ、というのがその発表の結論だった。勿論その結論を出したのは生徒ではなく、生徒が読んだ関連記事を執筆したオトナたちである。しかし高校生の宇宙人はこの発表をぼんやりと聞きながら、頭の奥で警報機がウルトラマンの胸のタイマーよろしく赤く明滅するのを感じていた。何の警報なのかずっと謎だったのだが、その謎が最近解けた。

真相はこうである。あの授業から30年経った今日、焼畑は環境破壊どころか地域の風土に適応した高度に優れた農法だというのが定説となっている。なぜそうなったのかというと、その後の研究により、熱帯の原住民の行う焼畑は、日本はじめ「文明国」が温帯で行っている常畑農法と原理的に大差ないことが判ったからだ。少し長くなるが理屈はこうだ。

熱帯では植物の生育が早い。ちょっと目を離すとすぐ草ぼうぼうになってしまうので、耕地として利用するなら植物が大きく成長する前に火を放って焼いた方が効率がいい。しかしあたり構わず野焼きするのではなく、耕地には休閑期が割り当てられ、焼畑はいくつかの段階を経て数年でローテーションするように工夫されている。つまり焼畑を終えた後の土地は不毛地になるのではなく、休閑期に耕地としての土壌力を回復するよう意図されているのである。しかもそうした休閑地を含む焼畑実施地は地域全体のほんの一部にすぎず、大部分は熱帯林のまま残されている。山地など耕作に不向きだったということもあるが、生態系全体を維持するにはそれ以上耕地を広げない方が良いという知恵が、原住民の伝統の中に息づいていたのだろう。このように焼畑は森林破壊も環境破壊もしてはおらず、逆に持続可能な生態系維持システムとして優れた農法だったというわけなのだ。

これに比較して、我々に一般的な常畑では植物は熱帯ほどにはすぐに成長しない。もたもたしてたら耕地一面が雑草だらけになって種も蒔けないということはなく、従って火を放って一気に除草する必要もない。その代わり、焼畑のように予め灰という肥料が撒かれてはいないし、耕地もずっと作物を作っているといずれ土壌が痩せてくるので、作物の成育中は肥料を余所から持ってきて撒かなければならない。肥料は主に里山から搬入される。農耕に適した養分を含む土や有機物、薪を燃やした灰や排泄物などは、人間の居住地とそれに隣接する里山にある素材で作られるのであり、もとより耕地にはない。そんな里山は従来広大な面積を誇り、耕作地の何倍も広かった。これは、熱帯における手つかずの熱帯林と焼畑耕地にそっくり比定できる。

つまり常畑は耕地があちこち移動しない代わりに、肥料を方々から掻き集める農法であり、焼畑は反対に耕地があちこち移動する代わりに、肥料はその場にある草を野焼きすることで足り、他所から掻き集める手間が省ける農法である。この差は地域の気候つまりは植物の成育速度によって生じた差であって、どちらが高度だとか文明的だとかいう話ではない。どちらも当地の自然風土に適した持続性の高い農法なのである。

ではなぜ30年前の有識者らは、熱帯における焼畑を非文明的で愚劣と評したのであろうか。それはまったくもって腹立たしいことだが、当時の有識者つまり先進国の自称文明人が、熱帯の原住民を自分達より劣る人種と頭から見做して、よもや生態系全体に配慮した持続可能な農耕技術など持っているはずがないという先入観から、焼畑を安直に森林破壊、環境破壊と結びつけたからだった。自分達こそ森林破壊をさんざんやってきたくせに、自分達の犯してきたこの種の間違いは、文明の遅れた民族が西洋文明に遅れる形で必ず同じ轍を踏む、というのが彼らの直線的世界観なので、よもや森林破壊せずに八方丸く収める農業の知恵を、半裸で生きる熱帯の土人らが備えていようとは露思い至らなかったのであった。

そして何よりそこには金儲けのための歪んだ作為があった。30年前は確かに熱帯林の破壊は急激に進行していたのだが、それは喧伝されたような焼畑のせいではなかった。焼畑は上述の通り休閑期はそっとしているのだし、そもそも耕地を取り囲む熱帯雨林を新たに焼いて耕地を広げるということもしていない。では犯人は誰なのか。
熱帯林をなぎ倒していたのは、そこに商品作物を植えて儲けようとした企業だった。当時は熱帯でよく育つアブラヤシやゴム、大豆などの商品価値が上がり、企業は安く手に入れられる熱帯林を次々に破壊しては商品作物を栽培して儲けていた。しかし森林破壊との非難の声が高まるにつれて、彼らは自分たちの事業の縮小を恐れ、森林破壊の罪を他者に転嫁した。それが焼畑だったのだ。「熱帯林を破壊しているのは企業ではなく、原住民である。焼畑を行う原住民の無知蒙昧な非文明性こそを糾弾すべきである」と彼らは喧伝し、それが有識者の口を通じて社会に広まった。焼畑は悪であるという定説が。そして高校時代の級友はその時の記事を集めて発表を行なったというわけなのだった。

森林破壊の元凶は焼畑ではなく企業だったという真相は、ここ30年の間続けられた丁寧な調査により明らかになったものだが、これが現在の定説となるまでは、焼畑に対する大いなる誤解と非難が世を憚ることなくまかり通っていた。原住民らの深い知恵を備えた伝統は、永らく愚行と称され続けたのである。これに腹を立てずして何に腹を立てるのだ。なにィ、腹が立たない? キサマ、宿命に印星がないのだろう!(※これは多分偏見です)

とまあこんな具合で、一事が万事、宇宙人は西洋人のものの考え方に不快の念を抱くのであった。あの発表の級友もとんだとばっちりだ。当時はそれが有識者の共通認識だったのだから仕方がない。高校生に何ができよう。
しかし自らは霊能者が持つような霊感は持っていないと認識している宇宙人に何らかの超常的感覚があるとするなら、まさにあの授業中に明滅した脳の中の警報機の類がそれだということになるのだろう。このウソ発見器ともいうべき警報機はこれまでにも何度もピコピコ光を放ってきたが、何に反応して光っているのか、今回の焼畑の真相のように解き明かされたものは多くはないが存在する。解き明かそうとこちらからアクションを起こしたこともないが、真相はいつもある日突然飛来する。そのたびに宇宙人は驚き、あまりの合点の行き様に慄然とし、そして胸のすく思いがする。長年のモヤモヤの霧が晴れて視界が良好になるからだ。もし長生きすることでこのモヤモヤの霧が年々晴れていくのであれば、長生きする甲斐もあるというものだ。
皆さんはどうですか。脳の中の警報機は作動していますか。ピコピコ言っているのに敢えて無視したりしてませんか。宇宙人の意見では、無視しない方がいいですよ。理由は判らなくとも、とりあえずその時警報が作動したということは記憶しておきましょう。後で役に立つだろうから。

by hikada789 | 2019-02-03 17:52 | その他 | Comments(0)