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土星の裏側

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宇宙人と呼ばれた人達の診療所

カテゴリ:その他( 196 )

b0214800_21121856.jpg日産の雇われ外人社長やら経済界のなんとか役員やらの億単位の報酬が、貰い過ぎだと世間で取沙汰されている。今日も頂きものの野菜や果物を食卓に並べて合掌する慎ましい宇宙人は、他人がいくら金を貰っていようが一向気にならぬのだが、世間の皆さんはこの種のいわゆる経済格差に憤りを感じたりしているのでしょうか。私の印象では、そういう日本人は多くない。なぜなら日本の伝統的価値観では金持ちかどうかで人を量ることを下品としているし、人品の卑しい人ほど金銭に執着するものだという正しい人間識別方法が少なくとも侍の時代から身に染みついているからだ。外国人と話してご覧なさい。彼らにこういう価値観はないから、人前で平気で金儲けの話をするし、初対面の人に平気で月給を尋ねたりする。特に文化程度の低い国や家庭の出身者ほどそうだ。知性や教養のない人間は、せめて金でも積み上げねば人さまに重んじてもらえない。そして知性や教養のある人間ほど、金銭の話題には触れたがらない。禄と印は土剋水で相容れないものなのだ。
では日本人はこうした事件に対して、過剰な報酬金額でなければ何に眉をひそめているのか。正当な報酬ではなく横領だったかもしれないという不正に対してか。しかし法律に大して詳しくもない一般市民が法的な不正とそうでない境目を明確に把握しているはずもないので、多分そこではない。では我々は何にモヤモヤしているのか。

b0214800_21385352.jpg今は亡き西部邁氏はこんなことを言っていた。「人間の能力には確かに差がある。優秀で役に立つ人間もいれば、無能な人間もいる。これを一律同じ人間だとして、同じ報酬や同じ扱いにするのはおかしい。役に立つ優秀な人間の方が大事にされて、無能な人間より多くの報酬を得るのは当然のことではある。しかしその優秀と無能の能力差は、二倍、三倍はあるだろうし、十倍くらいもまああるとして、百倍、千倍、果ては一万倍もの差はあるだろうか。いくらなんでもそこまではないだろう。しかし現代社会は所得金額が個人の能力に比例すると考えるので、高所得者と低所得者の所得金額の開きが、そのまま両者の人間としての能力差だと錯覚してしまう。だがそれはおかしいと、感覚的に判るはずだ。我々の能力差は十倍、二十倍がせいぜいなのに、受け取る金額は百倍も千倍も違う。どうしてこんなにズレるのか」
つまりシステムがおかしいと、西部先生は言いたいのだ。ついでに価値基準もおかしい。これでは金儲けの上手い人だけが能力の高い人間だという図式になってしまう。人間の能力はそんなに単純には量れないものなのに。人間の真価はもっと別の物差しでいろいろな角度から量るべきものなのに。今回の報道で日本の視聴者がモヤモヤしている根底には、こういうことがあるのではないかと考えます。

画像は脈絡なく、最新のレザー試作品。友人の注文で三つ折り財布を作ることになり、ネットのサンプル画像から型紙を起こして組み立てた。思ったより上手く出来て使用上問題はないが、見えてはいけない部分の縫い目が見えたり、革の重なりで分厚くなったりしたので、これらを克服して本番に臨むとしよう。

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by hikada789 | 2018-12-04 21:39 | その他 | Comments(0)
京都に樂美術館という樂焼専門の美術館がある。そこの館長は代々一子相伝の樂焼の技を受け継ぐ著名な陶芸家なのだが、その人の話によれば、館内には代々受け継がれてきた焼き窯があるという。しかしその焼き窯はあまりに小さく茶碗一個しか焼けないサイズなので、一度にひとつしか作れない。その窯の中で高温の炎が土を焼き、高温の原初宇宙の中から星々が生まれたように、たった一つの焼き物が生まれる。陶芸家は土をひねって茶碗の成形まではするが、ひとたびその窯の中に入れたならあとはもう自然の力に委ねるだけで、どういう完成品になるかは人知の及ばぬところだ。だから陶芸家ができる精一杯のことは、その土をひねる過程で魂を込めることだけである。そのような態度で日々作品に向き合っているそうである。
こういう陶芸作品にお茶を立てて飲んだら、きっと宇宙の生命と魂の味がするのであろう。そしてこういう心掛けを茶碗なり茶道具なり茶会を媒介として後世に伝えてきたから、茶の湯は今日まで何百年も生き延び、愛されてきたのだろう。館内には千利休の時代から名品として受け継がれてきた一点ものの茶碗たちが、たとえ割れようとも継ぎの技術でリメイクされて展示され、その一部は実際にお茶を立てて茶会で振舞われているそうである。どんな味がするのだろう。ちょっと行ってみたい大人の京都なのだった。

現代社会の悪習のひとつは、使い捨てだと思う。衛生品は仕方ないとして、皿や湯飲み、衣類などが安い人件費の国で大量生産され、安価なものだから買う方も長く大事に使わない。そもそも作っている方だって賃金のためにノルマをこなしているだけで、とても魂など込めている余裕はないし、検品に通りさえすればいいという頭で作っているにすぎない。作り手と買い手は似たもの同士でお似合いだ。そんなお似合いの需要と供給がひしめく現代社会においては、人間そのものも使い捨て前提となり、人間関係が希薄になったとか長続きしないとか文句を言っても、アンタだって周囲の人間を短い付合いと割り切ってぞんざいに扱って来たのだからお互い様じゃないのか、と反論されたらぐうの音も出ない。
かく言う宇宙人も偉そうなことは言えぬ。なのでせめてこの使い捨てな日常を枝葉からでも改善すべく、日用品は長く使えるものを選ぶようにしている。たとえ安価でも容易に捨てたくならぬよう気に入ったデザインのを買うとかね。すると必然的に日本製が増えてくる。高いと言っても海外製の2~3倍だから、耐久年数を考えれば逆にお得だ。リサイクル服屋に行くと膨大な中国製の中にたまーに日本製が隠れていて、でも生地も縫製も中国製とは比べ物にならない品質だから、こんな値段でもったいないとばかりついあれこれ買ってしまう。
品質がいいということは、作り手に心の余裕や豊かさがあるということだ。丁寧にかがられた縫い目から、作り手の魂がいくばくかは込められたことが感じられる。こうした感興は中国製品には湧かない。それどころか、金儲けしか頭にない人間の作った物をこれ以上触りたくないという気分にすらなる。

先週明治大学で日本アームネスティ主催の人権シンポジウムがあり、テーマは新疆ウイグル自治区における中国当局による民族浄化であった。当地の人権侵害は決して新しい話ではなく、隣のチベット自治区では抗議の焼身自殺が毎年のように報じられるなど、漢族優先の政策が長年に亘って少数民族の人権をないがしろにしてきたことは知られている。しかし今回の報告によれば、ウイグルでの人権侵害がこの2年で民族浄化にまで飛躍したのには、明確な原因があるという。それは人事異動であった。
ダライラマの亡命から半世紀を経てもなお、チベット自治区における悪名高い弾圧政策は大勢のチベット市民を投獄・拷問・獄死で苦しめてきたが、その総指揮を執っていた当地の党書記チン・チュアンゴン(漢字は判らない)が、2年前にウイグルへ異動となった途端、ウイグルにはそれまでなかった強制収容所があちこちに建設され始めた。そして現在それらに100万単位のウイグル人が老若問わず拘束されている。民族浄化が目的なので拘束の理由は何でもよく、ほぼ無差別に、しかし大学学長や言論人など知識人や著名人を特に狙って収容所に閉じ込め、劣悪な環境と罰則と称する拷問で連日死者を出しているという。当然中国政府はこの事実を認めていないが、なぜ情報が漏れたかというと、外国籍を持つウイグル人が外交手段によってわずかながら解放されたため、内部の状況を実体験として語る者が遂に現れたからだ。その生き証人が今回来日して講演したのであった。
報道関係者も来ていたので詳細は新聞等の記事をご覧頂くとして、生き証人であるウイグル人講演者も日本側の研究者も、ナチスドイツの時代の話かと耳を疑うような時代錯誤な虐待虐殺の日常に講演中に泣き出すわ、ウイグル人講演者のみならずその通訳までが、「報道各社の皆様には彼らの顔画像も、音声も、そのまま報道することは決してしないで下さい」という禁止事項付きで紹介されるわで、命の危険を感じるシンポジウムであった。聴衆の中にはサングラスやスカーフで顔を隠したウイグル人らしき人々も来ていたし、開会の辞では、プラカードや横断幕を掲げたりシュプレヒコールを上げたりしたら退場してもらう、というお達しもあった。それほどやばいシンポだったのだ。大丈夫かよ宇宙人。

せめてもの救いは、こうした中国政府の暴虐(今どきこんな言葉を使わされるとは)を批判する人の中には漢族の弁護士などもいて、こうした漢族によって情報が国外へ放出されているという事情もあることだ。会場には日本に暮らす漢族の聴講者もおり、日本人研究者からの「このような場所にはいづらいかとお察しします」という心遣いの言葉が印象的だった。
私も中国に滞在していた経験から、漢族の全員がクズだとは言わないけど、こうした心の正しい漢族なんて千人に一人くらいで、あとの10何億人は金儲けしか頭にない、自分が非難されると「俺だけじゃない」といって言い訳を並べたり逆ギレしたりするクズだよ。それを実地で体験して実感しているので、私は極力中国製品は買わない。それしかなかったら買うけど、日本製品があるなら高くてもそっちを買う。触りたくないのだよ、魂の汚れた人の触れた製品を。
こんな胸くそ悪い政策を取り続けている中国と、本当に仲良くする必要あるのかね。奴らの味方をしたら、我々は後でひどく後悔することになるのでは。子孫から軽蔑されることになるのでは。政治家の皆さん、国益の何たるか、長期的視野に立って論じてくれ。君たちの判断で、我々に恥をかかせないでくれ。

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by hikada789 | 2018-11-25 20:29 | その他 | Comments(0)
11/17(土)午前10時すぎに「山水画」依頼のメールをされた方へ連絡です。アドレス非表示につき防犯上送信できません。再度依頼される場合は送信元を明記下さい。また依頼はお一人につき一件限定、且つ未成年はお断りです。ハンドルネームの名乗りさえなく、昨今ネットに蔓延する匿名による卑怯な行いを連想させています。当方では既にいい印象を抱いておらず、公平な鑑定にならない恐れがあります。特に急ぎの用でないなら、依頼を一旦取り下げることをお勧めします。以上。
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by hikada789 | 2018-11-17 19:41 | その他 | Comments(0)
畳の入替えの後は玄関だ。玄関扉の塗装がまたしても剥げ落ちてきたため、ホームセンターにペンキを求める宇宙人。確か前回はパールホワイトとかいう小洒落た白色を選んだが、あまりにカラーバリエーションが豊富なので冒険心が湧き起こる。何を思いついたかオリーブ色を購入する宇宙人。暗いかなあ。まあ持ち家なんだし自由にやってみよう。金属ヘラでガリガリと剥げをこそぎ落とし、紙やすりで凹凸を減らし、雑巾がけで粉を落とし、養生はちょっと手抜きして、いざ塗装。
b0214800_17345911.jpg仕上がりはオリーブというより抹茶色になった。好きな緑ではあるが、やはり玄関には暗かったかも。とりあえず一晩乾かして、明朝天日に当てた色を確認するとしよう。

何ゆえこの緑に心惹かれたのかと思ったら、レザークラフトの最新作が画像のような深緑で二日前に仕上がったからだった。初挑戦のデスク収納。仕切りのあるペンスタンドを想定して作ったが、リモコンなども入れられる。
構造は厚紙を中に挟んで前後を牛革で挟み、四面を立ち上げて角を縫い合わせるだけの単純なものだが、作業は簡単とは言い難い。革には厚みがあるので縫い合わせる角のコバを斜め45度に切落とし、出来上がりが90度になるようピッタリ合わせなければならぬのだ。道具はカッターのみ。カッターで厚さ3ミリのコバを斜めに削ぐなど素人には難し過ぎる。ガリガリこすっても出るのは粉ばかりだ。一向に削げないし、どうにか削げてもきれいな45度にはほど遠い。だから縫製もピッタリとはいかず、ところどころ波打つ四辺となってしまった。でも教室の先生から練習用に頂戴した緑の牛革が非常に高級で、そのお蔭で見た目は画像の通り高級感あふれる本革グッズになった。本革の効用である。
画像は発色良く写っているのでそれこそ玄関ドアと同じオリーブ色に見えるが、実際はもっと暗い緑だ。同様の技術でわが家の安価なプラスチック百均収納を順次本革製に替えようと目論んでいたのだが、思ったより手強い作業だったのでホイホイ作る気分になれぬ。次回作はちょっと考えよう。

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by hikada789 | 2018-11-03 18:06 | その他 | Comments(0)
今年のハロウィンは逮捕者を出すなどしてその品の悪さを露呈した。宇宙人はもともとこの行事が嫌いな方だ。同じ西洋文化でもクリスマスと違って厳かさがなく、何よりもう子供とは到底呼べないようないい年こいた男女が大人げない仮装をし、それをただ見せ合って騒ぐだけという精神性の欠片もない幼稚な行事に、人生の大切な時間の浪費を感じる。宇宙人の数少ない若人の知合いの話によれば、渋谷のハロウィンに出向く男子の目的はずばりナンパであり、ハロウィンで頓狂な仮装をしに来ている女子ほど簡単にヤラせてくれるのだという。そしてそんな風に魚を釣りに行く男子らでさえ、この種の女子を安い魚と見下してハロウィン限定で使い捨てるのだという。お付合いは「文化の日」までというわけだ。実に低級だ。他にもうちょっと有意義な時間の過ごし方がありそうなものだが。
わがお気に入りのTOKYO MXの生番組では、「ハロウィンは日本の文化に必要か」という視聴者生投票を確か二度行なって、いずれも「不必要」が「必要」を四倍上回る投票結果を出していた。どちらも下ネタで明るく笑う大人の番組であり、お子様向けや幼稚なイベントに白ける視聴者しか視ていないとはいえ、この結果に溜飲を下げる宇宙人。えらいぞ東京人。これこそ都会人のあるべき態度だ。

以前、東京スカイツリーが開業する少し前の頃、当地の歴史ある住所である「業平」の住民にインタビューした番組があった。そこでは地方から移住したのではない、江戸時代からそこに住んでいる生粋の江戸っ子が昔ながらの商店を営んで暮らしているのだが、彼らは夏の盆踊りでさえバカにしてこううそぶいた。「盆踊りなんて江戸の人間は行かねえよ。カッコわりぃ。あんなの行きたがるやつぁ田舎モンだけだろ」。見事な見解と江戸訛りであった。
宇宙人は地球人ではないが片親が重度の江戸っ子で、幼少期の家では「日比谷」を「シビヤ」と発音し、女でも「わりぃ(悪い)」を連発する環境にあり、それを子供心に恥ずかしく思っていたので、家の外では清く正しい標準語を心掛けてキタナイ江戸弁を隠していた。しかし業平のオジサン、オバサンがこんなに堂々と江戸弁で田舎モンを真正面から粉砕しているのを見て、今更ながらこれこそ本当のオトナの態度だとひれ伏す思いがしたのであった。まあ、皆さんに賛同頂けなくても構いませんが。

余人は知らぬが、宇宙人は盆踊りの音楽も嫌いだ。祭囃子は嫌いではないが、東京音頭(もちろん江戸時代にはない)とかあの種のドドンがドン・アソーレみたいなノリには美意識を著しく阻害された気分になる。現代の阿波踊りほどまでプロ仕様になれば話は別だが、駅前や町内で櫓を囲んで踊る素人向け盆踊りには、正直進んで参加した記憶はない。カッコわりぃと思っていたからだが、この感覚は業平の江戸っ子たちと同じ種類のものであったようだ。
そしてこの感覚は、おそらく昨今のハロウィンに対しても発揮されている。公共の電波に流してもギリ許される種類の高度な下ネタに楽しく耳を傾ける東京人は、ハロウィンなんぞションベン臭くてカッコわりぃと斬り捨てているのだよ。つまらぬ仮装やかぼちゃのグッズを大量に店に並べるより、こうした東京のオトナの喜ぶ商品をマーケテイングして売り出した方が儲かるぜ。

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by hikada789 | 2018-11-01 23:31 | その他 | Comments(0)
畳がやってきた。一週間前に家具を全部どけて職人さんに採寸してもらい、ホチキスの針の飛び出す危険な畳板ごと取り替えるべく全面製作してもらっている間にネットで本棚を注文。新旧畳の入替え日に再び家具を全部どかし、畳床に溜まった恐らくは築年数分のホコリを掃除機で吸い取り、井草の香る出来立ての畳を招き入れる。サイズはピッタリ。さすがの職人技なのだ。畳の搬入搬出は1時間で済んだが、どかした家具の復旧と新調した本棚の組み立てに半日を使い、更に溢れた書籍の収納レイアウトをあれこれ試しているうちに、結局二日使ってしまった。
掃除も済んで、井草の香りに包まれながら青い畳に転がって平泳ぎする宇宙人。癒されるなあ。えらいぞ、畳。この老朽マンションに越してきた時はいずれフローリングにリフォームしようかとも考えていたが、やっぱり日本は畳だよ。直に寝そべっても痛くないし、何より香りがいい。森林浴並みのヒーリング効果だ。誇るべき日本の文化なのだ。

皆さん、ご自宅をリフォームの際は是非畳部屋をご検討下さい。耐久は約十年で、半分の五年辺りで畳表を裏返す修繕をするのが一般的だそうだ。この裏返し作業は1日でできるので、家具の移動も一回で済む。朝どけて畳を持って行ってもらい、夕方に畳を入れて家具を戻すだけ。費用は、今回のように畳板ごと作り替えるのと比べて半分以下。尤も我が家に越して来てからとうに十年以上過ぎているし、前の住民も畳を替えた形跡がないので、頑張れば四十年使い込むことも可能だ。今回は畳板から作ってもらったので、もう飛び出したホチキスの針で足の裏に穴を空ける心配は永久になくなったのだし。とはいえ仕事のなくなった職人さんが消えてしまっては困るので、適度な年数のところでメンテナンスするとしよう。
こうやって実用で注文することで、伝統文化は亡びず生きていけるのだ。最近は琉球畳もインテリアとして普及してきているが、あれは値段が2~3倍する上、フチがないので耐久性がやや劣るらしい。ウチの職人さんは採寸の時にフチのサンプルを持ってきてくれて、自由に選ばせてくれた。いろんなのがあって悩ましかったが、結局目の疲れなさそうな灰紫地に金糸の和模様のにした。四畳半のくせに御殿みたいな仕上がり。なにやら背筋が伸びるのだ。
天井までの薄型の本棚にしたので部屋もそれほど狭くならなかったし、暫くは本を買ってもまだまだ入る余裕がある。井草に囲まれながら読書の秋を楽しむとしよう。

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by hikada789 | 2018-10-13 19:22 | その他 | Comments(0)
昨夕は友人との楽しい会食後、井上尚弥のWBSSマッチの放送時間ぎりぎりに帰宅したのだが、テレビをつけたら案の定試合は終わっていた。インタビューを受けるナオヤが試合後とも思えぬつるりとしたきれいな顔で、KOシーンをモニターで眺めながら朗らかに試合を振り返っている。皆さん見ましたか、あの胸のすくような一発KO。しかも漫画のような倒れ方。人間あのように棒立ちのまま失神するものなのだな。
放送終了を待って改めて録画を視聴した。なんだ、また1ラウンド1分結着だったのか。しかも打ち合いすらないファーストパンチKOではないか。これではトーナメントの今後の対戦相手が対策を練る材料にもならぬ。モンスター伝説上塗りなのだ。解説に呼ばれた山中慎介が気の毒なのだ。ひと言もしゃべらせてもらえぬうちに試合が終わってしまったのだ。放送時間もダダ余りなのだ。試合時間が1分だったから、まるまる3回分流しても3分しか稼げないのだ。しょうがないからスロー映像を何度も流すのだ。芸のない編集だが、その方が視聴率は稼げるのだ。それくらい判りやすい右ストレートだったのだ。
このトーナメント、各団体の四人の王者に有力選手四人を加えた合計八人で争うのだが、本命はやはり王者の四人で、英国ブックメーカーによれば四人のうちナオヤはオッズ筆頭だそうである。ナオヤはついこの間バンタムに上がったばかりなのに、もう怪物ぶりが知れ渡っているのだな。まるで道場破りなのだ。次の準決勝が待ち遠しいのだ。

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by hikada789 | 2018-10-08 21:13 | その他 | Comments(0)
ノーベル賞を受賞した本庶佑教授が、教科書に書いてあることを「容易に信じるな」と言ってくれて嬉しかった。定説や常識を鵜呑みにせず、自分で立証しないうちはそれが真実だとは認めない、という研究姿勢が大業に繋がるのだと。当ブログでも押井守の著書『ひとまず、信じない』をタイトルだけ紹介して中身も読まずに称賛したことがあるが、本庶先生のお蔭でお墨付きを頂いた感じだ。
宇宙人は「自分を信じて」とか軽々しく口にする輩に嫌悪を感じるし、その頭は弱いと常に斬り捨ててきた。老人が詐欺で騙されやすいのは、脳が衰えて難しいことを考える力がなく、疑うことなく信じる方がずっと簡単な作業だからだ、という話も取り上げた。自分で自分の人生をどうするか考えるのが難しいので、占い師に丸投げしてラクをしたがる鑑定依頼者も批判してきた。こうした宇宙人流の取組みがようやく地球人の知性から認められたと感激するのは大袈裟だが、大型の知的権威を背負った賢人の言葉が世に広まるのはノーベル賞受賞くらいしか機会がない。本庶教授が今回のように、「容易に信じる」輩に平手を浴びせる言葉を大声でメディアに発してくれたことで、今後難しいことを考える人間が増えて、その人たちの発言権が高まって、世の中のおかしなルールや低レベルな常識が崩れて住みよくなることを期待しよう。

ところでふと気づいたが、昨今は「中国人」とは言わず「中国の方々」といい、そこから派生して「アジアの方々」とも言うようになっている。しかし「米国の方々」とは言わないし、「ヨーロッパの方々」も聞かない。言うまでもなく「方々」というのは本来敬称だが、「中国の方々」「アジアの方々」と言う時は、その敬称に中にうっすらと軽蔑が込められている。あからさまに軽蔑すると「差別だ」とか批判を受けるので、そうならないよう言葉づらだけ敬称にしている。だからうっすらと、鼻につく。
一方で「アメリカ人」や「フランス人」等は「方々」をつけなくてもぞんざいな呼び方には聞こえない。「〇〇人」と呼び捨てにしても、その人種なり国民なりにそれなりの敬意を払っているから、わざわざ敬称をつける必要はないのである。
言葉づらだけ丁寧にしても、心の中で思っていることは正直に表に出てしまう。それが「方々」という敬称を蔑称に変えつつある。百年後の辞書には「方々」は完全な蔑称になっているやもしれぬ。それとも、そうなる前に我々は中国人を「中国人」と呼んでそれなりの敬意を払える日が来るだろうか。その努力は無論、我々日本語話者ではなく、中国人自身がすべきであるのだが。

どうでしょう、今年の流行語大賞に本庶博士の「信じるな」や、「〇〇の方々」は? 近年の様々な不祥事やセクハラ・パワハラをひっくるめて「カッコわるい」や「みっともない」や「恥を知れ」なんかも流行語になったら、世の中シャキッとするのでは。

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by hikada789 | 2018-10-03 13:56 | その他 | Comments(0)
那須川君が勝ちましたね。見ましたか。3Rで胴回し回転蹴りがヒットしましたよ。さすがは堀口、倒れなかったけどガッツリ当たってたから判定に差がついた。KOで終わらなくて残念だったが、見てる方も緊張するいい試合だった。台風のせいで試合の順番も前倒しにしたのだね。運営側もナイスフォローなのだ。
台風一過で今日はムシ暑いが、涼しい10月になったので革工房を再開します。寿命をとうに過ぎた畳もこの秋に替えよう。ついでに溢れた本を収める本棚も買おう。読みたい本もあるし、ロシア関連イベントも増えてきた。秋っていいな。今月は間もなく井上尚弥の世界トーナメントがあるし、その次の週は村田諒太の防衛戦がある。格闘技の10月なのだ。

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by hikada789 | 2018-10-01 18:22 | その他 | Comments(0)
テニスの大坂なおみが大人気との一律報道に疑問を感じている。自分がそうではないからだが、テニスに全く興味がないわけではない。錦織圭の試合はチャンスがあればTV観戦してきた方だ。日本人らしい体格の彼が、海外の大型選手にパワーでなく技術で打ち勝つ姿が痛快なのだった。彼が欧米人並みに大柄で、強力なサーブばかりで点を取るタイプだったら見ていない。そういう意味で、一番好きなテニスプレーヤーといえばロジャー・フェデラーなのだ。宇宙人は単調な力押しでなく、上手さや技の多彩さに感動するタイプなのだからしょうがない。

女子テニス界は永らくパワー押しのウィリアムズ姉妹の天下だったので見てこなかった。プレーが単調でつまらない。せめて細身のシャラポワを応援したかったがドーピングで引っ込んだし、眺めて気持ちのいい選手が見つけられぬまま、遂に日本人にはとても見えぬ外貌の大坂の登場となった。武器は錦織より速い強烈なサーブ。ああ、それは日本人の特技ではなかったはず。大柄な海外選手の十八番ではないか。それでは、やはり日本人の繊細さを押し出した技の力では世界一にはなれないということだろうか。そうしたわけで、大坂選手の活躍には何やらガッカリした気分にさせられるのであるが、皆さんはそんなことないですか。

唯一の救いは、彼女のコメントが非常に日本人的感性でできているということくらい。そのコメントさえも、「謙虚だ」という評価が多いけれども、それはジャイアンみたいな態度を30過ぎても取り続けて平然としている幼稚な米国人ウィリアムズと比べればの話でしょ。ああいう女性をリスペクトしてきたということ自体、大坂の人を見る目の無さを露呈しており、白けた気分になるのだが。尤も、錦織圭も誰をリスペクトして真似たものか、自分のミスをラケットに八つ当たりする性癖があった(大坂も以前はしょっちゅうやっていたという)。伝統行事として針供養さえしている日本人一般の感覚として、ああした行為はありえないことだ。活躍している人を持ち上げるのは結構だけど、その人が誰を手本とした結果何を真似てしまったのか、その真似た所作は果たして褒められたものなのか、という辺りを人間性を測る尺度として指摘する人がいてもいいはず。いないみたいだから宇宙人がやろう。繰り返すぞ。自分の至らなさを棚に上げてモノに当たるなど、低級な人間のすることだ。子供達よ、ここに明記しておくぞ。

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by hikada789 | 2018-09-20 15:30 | その他 | Comments(0)