人気ブログランキング |
ブログトップ

土星の裏側

doseiura.exblog.jp

宇宙人と呼ばれた人達の診療所

<   2011年 07月 ( 15 )   > この月の画像一覧

前回No.089でちょっと引かれたかもしれないが、引き続き時事ネタ。
中国の高速鉄道事故が興味深いことになっている。十数年前に中国に暮らしていた宇宙人にすれば、テレビカメラの前で遺族が真相究明を求めてインタビューに応じるなどありえない事態だが、実際に中国はここまで来た。事故車両を埋めたり掘り起こしたりカネで解決しようとしたりと、中国的処理方式に啞然とする日本メディア。しかしこんな映像を中国国内の人間も見られるようになっている(国営テレビではまだだめみたい)というこの変化は、驚きに値するのだ。
といっても、中国政府は政府への人民の不満を逸らすため、鉄道省をスケープゴートにするつもりらしいという推測はかなり的を得ている。鉄道省へのバッシングは容認するが、共産党へのバッシングは排除する。この辺は従来通りという感じだ。
そしてこの暑い夏の季節、そろそろ終戦記念日ですね、日本人の皆さん。靖国な季節ですね。中国政府はこの国内の憤懣をモロ浴びしないために、またしても日本の戦争責任を持ち出して、人民の怒りの矛先を日本大使館や日本料理店への襲撃に誘導するかもしれません。算命学的予言?ちがいます。こんなの普通に予測できます。そしてもし中国人民が本当に内的成長をしているのなら、今回の遺族がまっすぐ国内政治に怒りの目を向けているのと同様、60年以上前の戦災について蒸し返すよりいま現在の不正を正す方が何倍も自分達のためになることが理解されて、政府の思惑通りに踊らされない人が増えることだろう。
私は中国に暮らした人間として、総じて中国人は大キライだが、中には少数、本当に少数だが心根のしっかりした人民もいることは知っている。こうした人々が大部分の同胞の思慮ない行為を苦々しく思いつつ、政府の強権怖さに何もできず黙している姿は、我々外国人メディアはなかなか取り上げてくれない。だってよその国の人たちが自分たちよりアホな実態をアピールしてくれているのを見る方が楽しい視聴者が多いのだから。残念ながら日本にもこうした大衆心理はあるのである。大丈夫、欧米人だってそうだ。人間はだいたいどこもこうなのだ。合掌。

前回サッカーの話が出たが、先の男子ワールドカップで日本チームが予選突破の試合に勝ったとき、渋谷がいつにない有様になったのは記憶に新しい。あの姿を日本国民全体の姿と思ってもらっては困るでしょう?あんなのほんの一部のアホですよね?でも外国のメディアはここぞとばかり針小棒大に取り上げたかもしれない。事実だから隠しようもないが、宇宙人がサッカーに否定的なのは、たかが玉蹴りにあまりに多くの人間が熱狂してしまい、そしてそれが一部のマナー違反者を助長させ、国の外交にまで影響しかねないことを懸念するからだ。その熱意、あまりにもばかばかしく国益を損じていやしませんか?他人様に失礼してはいませんか?自分の人間性を低めてはいませんか?

日本の剣道は、一本を取ったとき思わずガッツポーズをすると負けになる。相手に対して失礼だからという理由だ。私はこんなルールを設けているスポーツを他に見たことがない。世界に普及するならこんなスポーツがよろしい。
by hikada789 | 2011-07-28 12:51 | その他 | Comments(1)
なでしこジャパンがフィーバー中である。宇宙人はその日本時間未明の試合も見なければ、結果もその日の午後に偶然知ったくらいだから、関心がないようだ。サッカー自体、あまり関心がない。それでも男子のワールドカップで世界のトップクラスのプレーが見られるのは結構なので、好きなチーム(ここ数年はアルゼンチンだ)の試合は、夜中でなければ見る。サッカーに限らず、トップなパフォーマンスは見たいと思う。でもそうでないレベルなら、あまり。ゆえに日本のJリーグは見ないし、男女に分かれている競技に至っては、よほどの目の保養にならない限り、女子競技は見ない。だって、男子には敵わないんでしょ?
世の中の女子選手、ごめんなさい。でも美や柔軟性や表現力を競う競技でもなく、単にタイムや記録、得点を競う競技は、男女混合にしたら、結局女子は優勝できないから、かわいそうだから女性オンリーの枠の中でトロフィーを与えているんでしょ?まあ、優勝できなくても5位くらいにはなれるかもしれないから、その女性に負けてしまう男子の面子もある程度考慮されているのかもしれないけど、土星から眺める宇宙人の目には、却って残酷なタイトルに思えるのである。

宇宙人が中学生の頃はまだバレーボールは白く、6人のメンバーに差別はなかった。いつの間にやら背の低い人が必ず入るルールになったが、あれも宇宙人には残酷に映る。バレーボールはネットが高いから、背の高い人が圧倒的に有利に攻撃できるスポーツなのだが、それだと背の低い部員が永久に日の目を見ないため、こういうルールになったとか。それはその人に対して「お前はお情けで入れてもらっているんだ」と言っているようなものではないか?これって親切なの?却って残酷ではないですか?世の中にはどう考えても小柄の方が有利というスポーツもあるよ。スケートのショートトラックとか、器械体操とか、デカくて表面積が広いと絶対不利なものが。そっちは背の高い人にお目こぼしがないのに、どうしてバレーボールだけ?
そう考えると、近代化して人気のあるスポーツほど、妙な差別化を図っていてヘンに見える。柔道は日本産のスポーツだが、国際化して体重別になったり、制限時間が設けられたり、早く攻めないと減点されたりと、まるで機械部品のように規則正しくハカリに掛けられて優劣を決められるので、こうした新しいルールの以前に本当に強かった人と、現在の優勝者は、根本的に別物のような気がする。
その点、相撲はがんばっている。頑なに巨漢と小兵を取り組ませたままである。あれだって小兵が不利に決まっているけど、稀に巨漢を倒すことがある。あれは痛快だ。この痛快さは国際化されたスポーツではもう見られないのだね。五輪はまた大金払って東京に招致するのかね。相撲の大金星ほどに興奮する競技は、宇宙人には見つけられそうにないのだが。
(ちなみに宇宙人が修練する合気道は男女混合である。というか、この武道には試合がないので、男女を分けても意味がないのである。稽古は男女混合で、体重も考慮しない。小柄な女性がメタボ気味の男性を投げ飛ばす風景は壮観である。)

なでしこに戻ると、何がむっとしたかといえば、君が代を歌っている間、全員が示し合わせたように片手を胸に当てていたことだ。日本人は、本来ああいうポーズをしますかね。あれはキリスト教徒やその国の人々が神に誓ったり宣誓したりする時のジェスチャーではないですか。まるで全員キリスト教に入信したみたいだったし、アジアの顔でそれをやられると、近代兵器で南国の土民を征服した西洋人が、自分たちの行為を非難されないように宣教師を派遣して住民をキリスト教徒に塗り替えた、その哀れな被征服原住民のように見える。あれも結局、男子サッカーの真似事だ。男女を問わず、そのポーズで君が代なんか歌ってほしくない。君が代はメロディーこそ明治に作られたが、その歌詞は日本に箸が普及する前から旋律を変えつつ謡われ続けているのだ。君たちの浅はかなトレンドの何千倍も年月の重みがあるのだよ。そんな君たちに、なでしこなんて冠をつけてほしくないのだ。

ではどんなポーズなら君が代に相応しいか?正座かすり足がいいんじゃないですかね。この絵を各国で中継してみろ。ディープインパクト、オンリーワンアピールになること請け合いである。
by hikada789 | 2011-07-26 16:40 | その他 | Comments(0)
朝、目が覚めると、ギックリ腰になっていた。こんな経験ありませんか?冗談みたいでしょう?実話です。
宇宙人は以前、合気道の稽古中にギックリ腰をやったことがあり、あの脳天を貫く痛さにもかかわらずネーミングのせいで笑いものにされてしまう恐怖の瞬間ケガの感覚を、記憶から消し去ることができない。今回はその感覚がよみがえり、起き上がろうとした途端、全身が拒絶した。「このまま起きてはならない。激痛が待っているぞ」。しかし朝である。起きなければ。しかしどうやって?
虫のように仰向けになったまま、寝返りを打つのも危険信号がともり、うつ伏せにもって行くまでに10分は格闘し、さらに膝立ちになるまでに要すること数分。この暑いなか、汗だくな朝である。

折よく整体講義のある日だったので、ギックリ腰サンプルとして特別に施術してもらったところ、腰椎4番5番が一気に右にずれ、更に背中側に飛び出したという触診結果だった。ひどい、原因はなんだ。
ここで営業トークだよ。宇宙人整体院の得意技はギックリ腰対策である。ギックリ腰専門と言っていいほど、この症状の緩和によく効く。背骨のズレによって神経に触ってしまった部分を、ズレを修正することによって触らなくする。そういう理屈の痛み解消技術なのです。
施術者が生徒さんだったので、やや手間取ったものの、文字通りイッパツ矯正、即、立てました。その日一日、腰に羽が生えたように軽やかだった。そうか、実際の患者さんはこんな感覚を得るのだな。患者もやってみるものである。

ところで朝起きたらギックリという症状については、講師たちも原因を明言できなかったが、慢性疲労であることは間違いなさそうである。つまり普段の寝相が原因で背骨に負担をかけており、日々の蓄積が限界に達した時点で痛みを発症する。それがたまたまその日の朝だったというわけだ。
実際、一旦立ち上がってしまえば、しばらく前かがみにはなれないものの、次第になじんで体が動くようになり、夜にはストレッチさえできるくらいに回復する。しかし翌朝はまた元に戻り、起き上がれない。この繰り返しがいつ終わるとも知れなかったので、宇宙人はネットで腰痛相談を検索し、一番手のかからない方策として、横向き・うつ伏せで寝る寝相改善に踏み切った。この姿勢は呼吸が苦しいので枕を抱くようにして気道を確保し、枕の高低差から片膝を引き寄せて卍のような形になる。目的は腰椎を外側に丸めたいので、用は足している。はたして翌朝は恐怖感のない朝となった。しかし寝返りが打てないので、内臓が片側に寄ったような気がする。翌日は逆向きにしなければ体型が変わりそうだ。

世の中にはさまざまな安眠グッズが売られているので、腰痛対策の製品も数多く見受けられるが、今回検索した結果、宇宙人の得た結論は、「万人に効く対策法はない。あれが効く人もいれば効かない人もいるし、かえって悪化する人もいる。なので腰痛など、人間が直立歩行してから一向に解決されない症状については、個別の診断が必須である」。いい医者なり施術師なりと出会って、その人にカスタムメイドの治療をしてもらうのが一番の早道である。
by hikada789 | 2011-07-22 16:35 | 整体の仕組と健康 | Comments(0)
宇宙人の先生が主催する素人演能会のお知らせです。宇宙人も出場します。

理春会ゆかた会
◆日時:平成23年7月23日(土)11:30頃開始(16:30終了予定)
◆場所:彦根城能舞台(彦根城博物館内)
◆入場:無料。博物館の玄関受付で「理春会の者です」と言うと楽屋及び見所(観客席)へ通してもらえます。会を見物するだけなら無料ですが、博物館の展示物も見たい場合は、受付で入場料を払って下さい。
◆注意事項:
能舞台は国宝で、普段は博物館の展示物扱いなので、場内では神妙に行動下さい。楽屋以外での飲食は禁止です。撮影も不可。
◆はじめての方へ:
見るとなんだこりゃな新鮮味を味わえますが、一応見る側のお作法もあります。拍手は演者の演目が終わってからのみ(始まる前はしない)、本人が扇を閉じ、後ろを向いて入退場口へ向かう間にします。今回は出場人数が多く時間がタイトなので、ひとつの演目が終わると同時に次の演者が入ってくるので、忙しいです。普段はもっとゆっくりしてます。
また仕舞の場合は後ろに地謡(コーラス隊)が数名座りますが、こちらも一度座ったら7-8名分謡い続けるので座りっぱなしです。宇宙人は素人なので、地謡のはじっこに座ることがあっても時々退場します。声が続かないからです。おみそみたいなものです。主役はもちろん仕舞をやるお弟子さんですが、後方の地謡がいかに体力を使っているかも隠れた見どころです。
by hikada789 | 2011-07-19 12:18 | 宇宙人の能稽古 | Comments(1)
No.085に訂正。白鳥の湖第2幕にもあのモチーフはありました。黒鳥の登場シーンか「王子、やっちまったな」の誓いのシーンで使われる驚き・衝撃を表す場面用に変奏してあります。宇宙人の記憶がうろ覚えなのは、白鳥の湖の楽曲はシーンごとに短く区切れるように作ってあるので、特にこの場面でという指定がない限り、どの曲をどの場面に当てるかは演出次第で変わるからだ。試しにCDで全曲を聴くと「この順番」というのが確かにあるが、実際のバレエを見ると順番はさまざまに入れ替わっている。有名なダンサーがソロで踊るシーンがあると、観客が拍手したりブラボー言ったりする時間を設けるため、適当に順番を入れ替えて間を持たせたりするのだ。古典といえども杓子定規ではないのである。

自由がきくといえば、これもついでのバレエ話。宇宙人がいた頃のモスクワで見られる質の良いバレエといったら、無論筆頭はボリショイバレエではあるが、あそこは文字通り劇場が大きすぎ、外国人観光客から外貨をぼったくる格好の餌なので、外国人は正規の値段の10倍くらいを払う覚悟が必要だ。うっかりダフ屋から安く買ったら5階席だったりして何も見えない。なので良い席で見るには旅行代理店で10倍の値段のドルで買うのが安全だが、やはり気分はよくないので宇宙人はそうちょいちょいは行かなかった。代わりにスタニスラフスキー・ダンチェンコ劇場というのがあり、こちらは小ぶりの劇場なので席のハズレがなく、質もまあまあ、正規の値段(ビックマックより安いよ)で切符が買えるので、死ぬほど通っていた。なのでここの白鳥の湖はさまざまな配役で何度も見たが、ボリショイではたった一回しか見ていない。
しかしその一回が曲者だった。これは現在も上演しているのか、誰か知っていたら教えてくれ。楽曲の順番ではなく、そのストーリーに手入れがなされた異様なスジで、本来黒鳥のエスコートとして第2幕からしか登場しない魔王が、第1幕から登場し、しかも王子と日常会話を交わしている。その衣装からして彼は魔王ではなく国王だ。つまり王子の親父である。そして囚われの白鳥であるオデット姫は、なんと親父の女なのである。あまりにデフォルメされた設定と、2年目あたりから堪えはじめた冬の寒さに体を壊し気味だった宇宙人は、その定型から外れたストーリー展開についていけず、この設定からどう終幕まで持っていったのか記憶があやふやだ。しかし音楽はあの通りなので、舞踏会を終え、王子やっちまったをこなし、最終的に魔王改め国王を倒して姫を救出する。つまり父親殺しと下克上の話にすりかわっていたと、宇宙人は認識している。同行者も「あれは略奪愛ということ?」と言っていたので、やはりそういう解釈にしかならない演出だったということだ。いやはや天下のボリショイがここまでやるとは、ロシアの創作意欲には恐れ入る。

もっとも、白鳥の湖が若い王子と姫のピュア・ラブを扱っているかという点については、さまざまに楽しく考察できる。そもそもこの話は北ドイツかデンマーク辺りのゲルマン系の民話で、純潔や純愛に価値を見出す国民性が生んだいかにもその地域らしい物語であるように宇宙人は認識している(数すくないドイツ文学読書の経験ではそんな感じだ)が、果たしてこれがロシアに輸入されたとき、ロシア人は素直に納得しただろうか。
断言しよう。ロシアは純潔などに価値を見出しはしない文化圏だ。だいたい既婚の女性に対して失礼だし、モンゴルに長年支配されてきた国なので草原式の男女関係に慣れてしまい、子供の父親が誰であっても出産はおめでとうだし、教会が一夫一婦をうるさく言うから重婚こそしないが、男女は貴賎を問わず不倫やりたい放題だった。帝政期の法律では姦通罪もあったが、あまり機能していない。
白鳥の湖があまりにもバレエ音楽として有名なので間違えがちだが、あの物語はロシアのものではない。ロシアのオリジナルの民話や寓話をテーマにしたオペラを見れば、その序幕から舞台は不倫前提でセッティングされているのが判る。オペラはバレエとちがって歌詞があるから会話の内容が判る。幕が開いた直後から、ヒロインの一人が主役の男に向かって「以前はあんなにやさしかったのに最近はつれないのね」とか歌っているし、しかもこの役は悪い遊び女ではなく、献身的に男に仕えてなお捨てられた不遇な女なのである。そして男は男で「最近連行されたドイツ人の女捕虜に首ったけさ。若くて美しく、お前とは比べ物にならねえな」。初っ端からこんな展開ではこのオペラは子供向けの芸術鑑賞教室には使えないなと、宇宙人は思いながら鑑賞したものだ。

ではなぜ白鳥の湖はロシア人であるチャイコフスキーに取り上げられたか?純潔のテーマなんか不向きではなかったのか?知る人は知っている、チャイコフスキーはホモであった。帝政時代はさすがに同性愛には厳しかった。姦通罪より不名誉で、世間に知れたら破滅である。といっても芸術家やお貴族様の間ではこっそり流行っていた。なにしろ土地だけは余っている国だから、建物の隅っこの暗がりで秘め事を展開しても気付かれなかったかもしれない。いずれにしてもおおっぴらにはできなかったから、プラトニックな形態がオーソドックスだったのだろう。白鳥の湖の純愛は彼らにウケたに違いない。
by hikada789 | 2011-07-18 11:53 | ロシアの衝撃 | Comments(1)
No.084でベートーベンが出てきたのでついでの話。
業界の人間の話によれば、ベートーベンは努力の人であって天才ではなかった。その証拠に当時の楽曲の定型に従ってある程度長い曲をつくるとき、よさげなフレーズがいくらも浮かばない。ゆえに数少ないフレーズを何通りにも変奏させ、転調させ、楽器を変え、リフレインしてどうにか長さをキープしている。「熱情」にしろ「運命」にしろ、印象的ではあるが短い特徴的なフレーズが、その楽章内のみならず、他の楽章の中にまで形を変えて出てくる。いってみれば旋律のリサイクル、創作の省エネ、環境にやさしい音楽というわけだ。
それに比べてロシアの作曲家の無駄の多いこと。バレエ音楽という長大なジャンルで大成功したチャイコフスキーに至っては創作の無駄遣いも甚だしい。普通バレエといったら「白鳥の湖」クラスの古典では2-3幕の構成で、1曲が短いとはいえ合計2時間前後。作曲家はよほどの体力と持久力、そして創作力がないとなかなか作品を完成できない。一度聴いたら忘れられないあの「白鳥の湖」のテーマ。あれがバレエ3幕の間に一体何回出てくるか?宇宙人の記憶ではたった4回である。第1幕の湖の情景のテーマとフィナーレ、第3幕の魔王と戦うシーンと、それに打ち勝ち長調に転調したフィナーレ。第2幕に至っては一度も出てこない。第2幕は舞踏会のシーンで各国様々のダンスが見られるのだが、その曲はそのシーンでしか使われない。二度と使われない。こんな無駄遣い、ベートーベンが見たらさぞ口惜しがるかもったいながること請合いだ。

ベートーベンとチャイコフスキーの差を才能の差ととるか国民性の差ととるか微妙だが、ロシアはその広大な国土が人間の活動に影響するのか、あまりコンパクトに物事を収めるのは苦手だ。ドストエフスキーを読んだ方はお気づきだろうが、あの文章は長すぎる。いくらロシア語がそういう構造にしかならないとはいえ、登場人物が玄関口で通りすがりに話す会話という設定で、一人の人物が10ページも20ページも休まずしゃべり続けている。どう考えてもフィクションな長さだが、まいどの手法なので読む方も慣れてしまい、あれがないと却って物足りなく感じたりする。ドストエフスキーの書くおしゃべりは重要なテーマを語っているので割愛や短縮ができないのは確かだが、一般のロシア人にマイクを持たせたら、中身は薄いのに制止するまでしゃべっているので、気の短い日本人は苦痛に感じる。宇宙人が暮らした当時は経済が低迷して物不足に悩んでいたロシアも、ここ数年は新興国として右肩上がりの経済発展を遂げ、環境問題にも取り組む姿勢を見せてはいる。しかし音楽界にも見られるような国民体質のため、省エネや無駄削減や事業仕分けなどはきっと苦手に違いない。今後の経済発展が思いやられる。
by hikada789 | 2011-07-16 21:44 | ロシアの衝撃 | Comments(0)
例によって芸大学生の無料コンサートに赴き、ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第1番を聴いてきた。以前、プロコフィエフと作風が似ているのに女性に演奏されない、というようなことを書いたが、果たしてピアニストは今回も男。女性に愛されないその理由は何か、じっくりと聴いてみた。

宇宙人はプロコフィエフは一部の曲を好んでよく聴くが、実はショスタコーヴィチはほとんど聴かない。どっちも前衛音楽の走りでトンでるが、今回聴いた限りでは、不協和音はショスタコーヴィチの方がまだしもといった感じ。プロコの方が耳に痛い和音を強打するので、衝撃が強い。一度に鳴らす和音の数もプロコの方が多い。なんかこの世に恨みでもあるんですかね。ショスタはピアノが休む時間すなわちピアニストが休む時間が一応設けられている(つまり他の楽器が聴かせるシーンが盛り込まれている)が、プロコは第2番協奏曲なんかだとほとんど休ませない、ピアニスト殺す気かな構成で、オーケストラがじゃんじゃん鳴らしている時は大抵ピアノも競うように鳴っており、ほとんど試合のような光景に。こないだテレビで男性ピアニストがプロコの第2番をフルで弾いていたが、汗っかきの人が更に発汗を強いられて、まるで試合中のボクサーのような大粒の汗を鼻からぼたぼた垂らしていた。これをどうして女性が好むかねえ。

ショスタの第1番は本人も解説しているようにベートーベンの「熱情」のモチーフをパロッている。出だしはカキカキの古典と思ったらまたたく間に不協和音の雪崩を起こす、という肩すかしを意識した一種の実験作なのだ。タキシードを着た紳士が国家の輝く未来を聴衆に語りかけているが、演説を聴いているうちに化けの皮が剥がれてきて、最後は魑魅魍魎だと発覚して終わり。こんな絵が浮かぶ作品である。実際、作曲家はそんな時代を生きることを強いられた。なのでこの種の皮肉を好む人には堪らないスパイシー音楽なのだが、なるほど、こうしたヒネリ技は潔癖さを求めるタイプの人にはウケないかも。プロコの性格はそれなりにヒネていたと思うが、作曲に関してはまっすぐというか、それまでのロシア・ロマン派のチャイコフスキーやラフマニノフを真っ向否定し正面から挑みかかったような潔さがあった。ショスタにはそれが欠ける。女性の皆さん、どうです、やっぱりプロコがいいですか?

とはいえ共通項は多い。ショスタの第1番は27歳の時の作品、プロコ第2番は21歳の時の作品。どちらも無鉄砲な若さと体力が全面に出ていて荒々しくも、ロシア特有の重さがある。老齢のピアニストに弾かせたら制御できずにそのまま昇天しそうだ。そうかと思えばどうにかした拍子にロマン的というか子守唄というか泣きそうなフレーズが出てきて、躁鬱の落差を見せつけたりする。きびきびした2拍子も特徴的だ。工場の機械のように規則正しいのに、どこかあさっての方向へ向かって不安にさせる。
しかし今回に限って言えば、ショスタにはワルツの3拍子があった。ここがプロコとの決定的な違いだ。ないね、プロコフィエフにズンチャッチャの3拍子は。6拍子はあっても必ず2で割れる。4拍子でさえなくて、2拍子だ。1と0の世界。これが水平ではなく垂直感を醸すのだ。
硬派なプロコフィエフはなよなよと女々しい音楽を量産した先輩のラフマニノフを軽蔑していたが、ラフマニノフがダメなら数世紀も3拍子で踊っていたヨーロッパのサロン音楽なぞはどう映っていたのだろう。ワルツは男女が寄り添ってちまちま踊るための曲だぞ。あんなに大量にあるのに。

どちらも反逆児には違いない。心地よい音楽を目指してはいない。とても間違っている社会に生きたため、闘いを強いられた。どちらも不遇をかこった人生だったが、それが作風に出ている。でもたまにどきっとする美しい旋律が挟まっていて、時代がよかったらもっときれいな作品を作ったかもしれないと思わせる。これから初めて聴く方、いくらでも深読みして下さい。
by hikada789 | 2011-07-14 21:45 | ロシアの衝撃 | Comments(0)
宇宙人のお能の先生が出演する演能会のお知らせです。震災自粛はもういい加減なくなったと思いきや、前回と比べて入りが悪いそうなので、まだよい席で見られます。宇宙人も見に行きます。どうぞお越し下さい。

座・SQUARE 第14回公演~慕情~
◆演目:一調子「勧進帳」、能「千手」、狂言「寝音曲」、能「昭君」
◆日時:7月18日(月・祝)13:00開演(終了予定17:00)
◆場所:国立能楽堂(JR千駄ヶ谷駅徒歩5分)
◆入場料:A席=4,000円、B席=2,000円(全席指定)
◆座・SQUAREホームページ:http://www.zasquare.com
◆みどころ:
宇宙人の先生、辻井八郎師が「千手」のツレを、代稽古でお世話になっている井上貴覚師がシテを務めます。
「昭君」の大鼓は亀井広忠師です。オバサマたちに人気があります。
一調というのは、謡いと大鼓の一対一のコラボ。演能会の演目としては珍しいのでおすすめ。
by hikada789 | 2011-07-13 10:12 | 宇宙人の能稽古 | Comments(0)
土星の裏側ではロシア贔屓の宇宙人がロシアの隠れた魅力について熱く語っているので(いや結構けなしてもいるかも)、誤解されてはいけないと思うが、チェルノブイリのような致命的な事故を派手にやらかしてしまうのもロシアなら、その事後経過を緻密に観察してしまうのもロシアである。(チェルノブイリは厳密にはウクライナであってロシアではないが、当時はソ連で一体であったし、民族的にも近親なので、細かく分けないことにする。)
福島の原発事故より少し前に制作された記録映像で、チェルノブイリのその後の生態系について、かなり真面目に取り組んでいる研究者の報告を見たが、驚くべきことに、ある科学者は研究目的とはいえ現地の汚染地帯に長年住みつき、現地の土で育てた野菜を食って生活している。はじめはどんなアホな農夫かと思ったが、立派な学者で、曰く「このチェリーは果肉は汚染されてないんだよ。でも種は高濃度の放射性物質を含んでいるんだ。だから種を捨てて食べれば大丈夫だよ、ほら」とむしゃむしゃ食べてしまう。なんだか質の悪いホラー映画を見る気分だが、こうした思い切りのよさもロシアならではの風景かもしれない。
研究報告によれば、汚染地域に棲む森の動物でも、ねずみは耐性を備えた固体が生き延びて繁殖しており、天敵の大型動物が激減したお陰でねずみ王国になっている。一方鳥類は激減し、耐性をつけた固体が見られない。ねずみと鳥の差が何なのかは判っていない。ねずみにしても事故当時は高濃度汚染のためほとんどのねずみが死に絶えたが、ほとぼりが冷めた頃、よそから来たねずみが低濃度汚染に適応し、繁殖に成功している。どうやって「適応」したのか、教えてくれ。

チェルノブイリはこうした研究目的の人間以外は依然立入り禁止の無人地帯だ。当地の映像は幻想的で、国営アパートが立ち並んだかつての町がこれといった破壊の形跡もなく廃墟となり、のび放題の草木に覆われている。町は森に飲み込まれ、森からやってきた野性動物がためらいもなく横行している。動物を狙う人間はいない。かつては飼育されていたかもしれない野生のウマやシカが、人気のない街なかをのんびり草を食んで暮らしている。人間がいないというだけで、風景は非日常的に映る。
避難区域に指定されている福島原発周辺も、たまに取材のカメラが入ると似たような風景を見せてくれる。典型的なのは野生化した家畜がエサを求めて走って移動している様子。我々は普段、野生の動物を見ることはない。山にでも暮らせば別だが、町に住んでいると、動物はみな飼われている。大型のウシやウマやヤギは狭い柵の中におり、せいぜい広めの放牧地に放される程度で、常に人間の監視の下にある。犬猫に至ってはリードでつながっているのはまだましで、散歩するのにだっこされてたりする。運動できずに太るペットたち。走れない獣というものは、美を損なっている。宇宙人の目には、放浪する家畜たち、確実に汚染されていく無防備な動物たちが、自由と美を取り戻したように見える。
人間が自由と美を取り戻すのはいつだろう。
by hikada789 | 2011-07-11 22:52 | ロシアの衝撃 | Comments(0)
運勢鑑定依頼を受け、無料「あなたの山水画」コースの掲載の了解を頂きました。
ご協力ありがとうございます!
--------------------------
1972年4月17日生 女性の山水画
 戌 甲 壬
 寅 辰 子
大海原の波濤の向こうに聳え立つ山脈。大樹を牽き並べた樹海の山麓は壮観。
【解釈】
全体的に勇ましい宿命です。初夏の険しい山岳のあなたは同じく険しい山岳の家庭や社会で育ちました。豪快な環境です。両親や上司は大海に当たり、同様の豪快さであなたと競い合います。生命を表す樹木はあなたの配偶者、子供、兄弟・友人に当たり、山岳に比べればまだソフトですが、やはり硬質で大きなスケールでアピールします。
女性なのに繊細さがまったくない宿命なので、「まるで男」になるか「まるでオカマ」になるかのどちらかの性格でしょう。配偶者とはめぐり合いやすいですが、あなたが二又を掛ける可能性ありです。
by hikada789 | 2011-07-09 21:15 | 宇宙人の鑑定実績 | Comments(0)