人気ブログランキング |
ブログトップ

土星の裏側

doseiura.exblog.jp

宇宙人と呼ばれた人達の診療所

<   2014年 12月 ( 11 )   > この月の画像一覧

日和見菌を生かしたまま悪玉菌だけをやっつけるお掃除用EMWはやはり涼しい季節はボトル内にカビを発生させなかった。拭き掃除だけでなく消臭や洗濯にも活用できるこの万能掃除液は、原液には善玉菌を生かし続けるためにオレンジを原料とする酸を入れてあるので、100倍に希釈しても若干の酸味は残る。だからコンロの五徳に散布するとわずかな錆が生じるので、散布場所には注意が必要だ。
レンジ周りの油汚れは酸よりもアルカリの出番である。お掃除番組でセスキ炭酸ソーダなるアルカリ粉末が百均市で買えると聞き、早速買ってきて表示通りにお湯に溶かし、丸めたラップを浸してタイルをこすると、瞬く間にベトベトが消えて行く。ラップを使うのは布だと中に浸みこむばかりで効果が半減するから。水滴が垂れやすいが、小まめに雑巾で拭えば仕事は早い。何年も諦めていた盛り上がった油汚れがきれいスッキリ。そのあと酸性のEMWでひと拭きすれば台所はピカピカ。今まで年末だけ使ってきた液体クレンザーもラップを使えば効果は同じなのかもしれないが、セスキの効果は覿面で、しかも粉末の減りも少ない。うっかりゴム手をしなかったが皮膚にも異常はない。狭い我が家に増えるエコ系お掃除グッズ。大晦日に風呂場のトビラも磨いてみようかな。

早めに大掃除を終えたので、午年の締めくくりに有馬記念で稼ぎを狙う宇宙人、このところ通勤電車に乗らないので久しぶりの競馬場の人口密度に尻込みし、予め用意してきたEMW散布済みマスクで呼吸器を守る。ゴール前にできた分厚い人の層に恐れをなしてモニター観戦へと引っ込む宇宙人。この日の入場者数は11万人越えの感謝デー。G1は怖いよ。
年越しどころか人生を賭けているかもしれないギャンブラーたちの列に並び、ちまちまと百円玉を自販機に投入する宇宙人。大穴を当てればテレビも買えるかもしれないな。出走。歓声。どよめき。「刺せー!刺せー!」の怒号。馬券の紙吹雪。宇宙人も散ったのだ。今回は覚えたての枠にも賭けたのに、なけなしのカネが。来年も地道に働けってことですな。
G1目当ての客がぞろぞろ帰り始めたので、この波をやりすごすため次のレースにも賭ける宇宙人。欲を捨てて無心の境地で少額を投入。歓声。どよめき。馬券を見つめる宇宙人。ワイドが当たった。もっと賭けておけばよかったな。払い戻しで紙幣を手にする宇宙人。投資額との差額はマイナス120円也。腹の痛まないプチ負けなのだ。宇宙人の一年を象徴する損益なのだ。
皆さん、良いお年をお迎え下さい。
by hikada789 | 2014-12-29 17:43 | 整体の仕組と健康 | Comments(0)
「古来より遊牧を生業としてきたモンゴル人の知恵によれば、当地の羊の群れの中には必ずヤギを混ぜる。割合はおよそ100:1。なぜかというと、羊は群れへの帰属意識が強い動物なので足元の草を食べ尽くすと動かなくなり、やがて群れ全体の毛づやや肉質が悪くなってしまう。これに対しヤギは群れない性質なので、草がなくなれば新たな草を求めて勝手に移動する。するとヤギの移動に釣られて羊たちはぞろぞろと移動し、また新しい草を食べられるという仕組みだ。だから遊牧においてヤギは是非とも必要なのだ。共同体における異物の役割を考える例えでもあるし、群れの危険性を例える話でもある。もし深い洞察や思考ができないヤギならば群れ全体が断崖に誘導されるかもしれない、というところまで考えさせられる。」

こう語るのはノンフィクション作家の森達也氏で、私はこの人のことは良く知らないのですが、このヤギと羊の関係性の話は算命学学習者にはピンときてほしいです。特に「共同体における異物の役割」というところは、トリックスター的役割を課せられている調舒星や龍高星、完全格入格者や偏った星並びなど、場合によっては異端ぶりが際立ちすぎて村八分にならないとも限らないお騒がせな命式の持ち主が、集団においてどのように機能するかを、端的に提示してくれています。
つまり足元の草が豊富にあるうちはヤギは必要ないので、異端者は無視されたり運が悪いと迫害されたりするのですが、ひとたび草が食い尽くされると、俄然ヤギの才能が注目されるようになるし、ヤギが活躍しないと集団全体が危機に陥る。羊の群れが健全さを維持するためには、ヤギの奔放さや旺盛な食欲が不可欠なのです。
人間の集団も同様です。多様性を重んじようと口ではたやすく言いますが、実際いまの社会は異端や異物を取り除く傾向が強く、大きなところでは宗教や人種の差別から、小さなところでは学校生活に馴染めない子供の特別学級への振り分けまで、大多数と迎合しない少数派を集団から選り分けてはじき出す行為が容認され、それこそが社会秩序を向上させると信じる人も多いです。そうして築かれた社会は一見して安全で清潔に見えるかもしれませんが、実際はヤギのいない羊の群れであり、この群れははじき出された少数派による逆襲によってではなく、自ら生命体としての活力を失って滅びるのです。そうならないように、社会には自然とヤギがごく少数まぜてあるのです。

奇しくも私が今年から使用を始めたEMも、細菌の世界では少数派に属します。研究者の話によれば、この世に存在する細菌は善玉菌、悪玉菌、どちらでもない日和見菌の三種類に分類でき、その比率はおよそ1:1:98だそうです。この世のほとんどの細菌は善玉でも悪玉でもない羊の群れなのです。しかしそこへ善玉菌もしくは悪玉菌がたった1匹混入しただけで、98の日和見菌はヤギに釣られて移動する羊の如く、混入した善玉もしくは悪玉の色に染められてしまう。世界の大部分を占める日和見菌は善玉にも悪玉にも転ぶのです。
何かに似ていますね。人間社会に似ているのです。たった一人の指導者の先導によって、われわれ集団は幸福への道を邁進することもできれば、破滅への道を転げ落ちることもできる。そのヤギが善玉か悪玉かは定かではありません。しかし集団はそのヤギが草地へ向かっているのか断崖へ突き進んでいるのかを判断できないか、判断できたとしても群れが動いてしまった後ではもう後戻りはできない。どうやら人間社会はこうした家畜や細菌らと同じ運動をするもののようです。

そうして考えてみると、人間はヤギと羊とどちらに生まれるのが幸せなのでしょう。算命学はどちらとも言えないという立場です。だから宿命に良し悪しはないと再三申し上げているのです。特殊な宿命を羨む人もいるようですし、逆にそうした人が身近にいるとけむたく思う人もいるようですが、ヤギもいろいろ大変なのです。羊もヤギもモンゴルの草原で仲良く共存しています。人間だって共存できるはずなのです。

さて今回は久しぶりに守護神の話に戻ります。甲の秋生まれの守護神を取り上げますが、秋の樹木といえば紅葉です。美しく紅葉した樹木が意味しているものは何か。紅葉を美しいと感じる人間の感性と命式に関連性はあるのか、などなど考察しつつ解説してみます。

(この続きは「ブクログのパブー」サイト [http://p.booklog.jp/] に公開しました。副題は「守護神#3 甲×秋」です。「算命学余話 #U69」で検索の上、登録&チョコケーキ1個分の料金をお願い致します。登録のみは無料です。)
by hikada789 | 2014-12-26 17:08 | 算命学の仕組 | Comments(0)
娯楽目的の映画やテレビドラマを見なくなって久しい宇宙人は、それでも昔は見ていた。一番古い記憶は中学の頃に初回から見始めた大河ドラマ「独眼竜政宗」で、一応の戦国史も頭に入っている年頃だし、漢字の並んだ武将の名前もすらすら憶えられ、世の中にはこんな楽しい歴史娯楽があるのかと実に感激しながら一週間を待ちわびて過ごしたものである。同じ頃に司馬遼太郎の歴史小説も読み漁った。楽しい思春期であった。しかしその後間もなくそうしたドラマや小説が色褪せて見え始め、ロシア文学の横槍のせいだと思うが、歴史を題材にしているにも拘わらずフィクション性が気になり、特に主人公を善玉として扱い延々結末までもって行く単純な展開に我慢できなくなる。要するに制作者の下心が見えてしまい、その手には乗らんぞという反抗の気分が作品を冷ややかに見つめさせたのだった。
主人公が善玉であり、悪玉をやっつけるという勧善懲悪なストーリーは確かに痛快で見ていて楽しい。しかし世界をナナメに見上げる宇宙人は、果たしてこの主人公はこんなにあっちもこっちも善人をやって疲れなかったろうか、いやそもそも善人が大成するなんてこの世にありえる事態だろうか、悪人ほど周囲を蹴散らしなぎ倒してのし上がるのが我らがよく知るこの世の現実だというのに、作り過ぎで嘘っぽい、とその信憑性への疑問から果ては制作者の世間知らずにまで考えが及び、そんな世間知らずのおめでたさんの作品を時間やカネをかけて見るのも損だ、とどうやら思って見なくなってしまったのだ。どうせ作るならリアルにやってくれればいいのに、そんな苦しい現実の投影は実生活に疲弊している読者や視聴者の好むところではないというわけだな。

それでもまだ昔の作品は善玉表現に異臭を感じなかったのだが、ここ十年ばかりは異臭が鼻につく。それは主人公の善玉性を強調するあまり周囲の悪玉を殊更下品に描くという手法だ。ただ残忍というのではなく稚拙で低級な悪役を並べるんだけど、それが例えば戦国ドラマの敵対する武将だったりする。仮にも歴史に名を残す業績を上げた武将が果たして低級な人間でありうるか。くだらない人間には人はついてこないから、一集団を築けたということはそれなりに魅力や能力があったからであるはずなのだが、それをすっとばして強盗か倒錯者みたいな雑な扱いだったり、ひと昔前の少女マンガみたいな嫉妬の権化であったりする。リアルでない。そんな首尾一貫した低級な人間が最期はどうあれ集団を率いられるはずはない。恐怖で支配したなら尚更崩壊は早いはず。それはつまり、制作者が他人様を強盗か倒錯者かルサンチマンの権化として見つめている証左ではないのか。制作者の心の歪みが作中人物を低俗に仕上げてしまうのではないか。低級なのは敵役ではなく制作者の方ではないか。

明智光秀が信長にブジョクされた逆恨みで謀反を起こしたという通説から数々のドラマや小説が描かれてきたが、いつもその場面で宇宙人は興ざめしてきた。ほんとかよと思うからだ。そんな些細な感情で人を殺すなんて、ストーカー並みの倒錯者ではないか。そんな人間が天下人に重用されてあまつさえ朝廷に出入りできたものだろうか。皆さんはそう思いませんでしたか。『本能寺の変 四二七年目の真実』は明智光秀の末裔である明智憲三郎氏が著した歴史検証本だが、これを読んで「やっぱり」と納得したのは逆恨み説が後世の創作であることを検証してくれたからだ。
内容の濃い謎解き本なので詳しくは読んで頂きたいが、子孫としての身贔屓を差し引いても実に説得力ある検証材料が並び、そこには低俗な人間は一人も登場しない。明智も信長も秀吉も家康もリアルな現実を見つめて処世しているだけであり、くだらぬ嫉妬や怨恨といった低レベルな感情とは無関係に動いている。それぞれに目的意識があり、衝突が避けられなければ戦いを挑むが、勝つためには頭を使い、その手法は常に人脈が鍵である。つまり多くの味方を得た方が勝つ。そのためには魅力的な条件を提示したり、或いは普段の行いで人格の確かなところをアピールしておくことが重要で、逆ギレするような危なっかしい人物には誰も味方しようなどと思わない。
著者は工学エンジニアで企業経営にも明るいから、営利集団を率いる人物に必要な条件を熟知している。だから話がリアルになる。作家や脚本家に企業経営経験があるとも思えないから、ここに決定的な見落としが生じる。その経験不足を補うために人間的なドロドロした感情を持ってきて視聴者を納得させようとしているのだろうが、有能な経営者はそもそもドロドロ感情の足りないドライなリアリストがなるものなので、両者は両立しがたく、結果作品はリアリティを失ってしまうのだ。光秀は逆ギレやドロドロとは無縁の男であり、謀反の動機は全く別のものであった。それこそシモジモの考えの及ばないような目的意識が光秀を突き動かしていたのである。

著者はいう。「(光秀が信長に逆らったのは)単に光秀の面目が潰れるとか、秀吉との出世競争に負けるというような次元の話ではない。…これまでの歴史解釈はあまりに個人の性格や感情に原因を求めすぎているというのが私の印象です。戦国時代に生きた歴史上の人物を、私達現代人が自分と同じ次元で理解する、という過ちに陥っているのではないでしょうか。」
世間ではパワハラやらセクハラやら嫌らしい現代習俗が広まっているようだが、まともな頭の人なら自分はこういうことはやらないと思うでしょう。そしてそれが大多数です。パワハラもセクハラもごく少数の下品な人間のやることであり、珍しいことだから問題視されるのです。皆がやっていたら誰も事件と思いません。繰り返しますがパワハラもセクハラも逆ギレも逆恨みも、低級な人間の所業です。誰もがやっていると思ったら大間違いです。悲しいとかくやしいとかいう感情は普遍的にありますが、その悲しみやくやしさを今度は他人に味あわせてやろうという発想にはなかなかならない。なるのは低級な人間だからです。高級な人間はそう軽々しく人を恨みません。恨む前に自分に落ち度がなかったか振り返る習性があるからです。
by hikada789 | 2014-12-23 17:48 | 宇宙人の読書室 | Comments(0)
年の瀬が迫ってきましたね。宇宙人が無事に年を越せるよう支援者の方々からはお菓子や果物や酒類のおすそ分けを頂戴し、お蔭様で暖かい正月を迎えられそうです。大晦日は今年も内山高志のダイナマイトパンチで締めくくるのだ。30日も村田涼太にKOを見せてもらうのだ。
お忙しい閲覧者の方々に代わって世間のスキ間を徘徊する宇宙人は、先日今年最後のムネオとマサルのトークショー(くどいようですが正式名称は「東京大地塾」。YouTubeで全編公開中)を見に行ったのだが、年を締めくくるに相応しい充実した90分であった。毎回が目からウロコの充実トークではあるのだが、後半の質疑応答ではたまにトンチンカンな質問をする聴講者がいて宇宙人を含む聴衆をイライラさせてくれるのだ。しかし今回はその種のイライラはほぼなく、時間をオーバーするくらい回答も盛りだくさんだった。時間のある方は是非録画を見て欲しいが、90分も時間が割けない方のために宇宙人が注目したテーマをかい摘んでお伝えします。

まず冒頭は先週の衆院選の話。新党大地は今回北海道で民主党と組んでいた。ノンポリの宇宙人は全然知らなかったが、東京ではすっかり見限られてしまっている民主党が議席を少数ながらも増やしたのは、新党大地の支援者票のおかげなのだった。北海道民の政治意識はかくも高い。新党大地にとって、道民の意向を反映させるためには自民党はどうしても受け入れがたく、民主党との共闘に踏み出さなければならなかった事情は、ムネオの娘のたか子議員(最年少当選。トークショーに毎回出席)の28歳とも思えぬ議員節演説で理解できた。共闘の条件としてたか子議員は比例で確実に当選できる席を確保していたのだが、小選挙区でも大健闘してわずか225票差で落選する。それが痛恨の極みだと涙声で支援者に謝られると、これじゃあ北海道の支援者は次も思わず一票入れたくなるなと納得する宇宙人なのだった。こうした風景は先月の沖縄知事選でも同様で、日本の中央から遠く離れた地域ほど住民の政治への関心が高いというのは、やはりこの国の中央政治はかなり間違っているのだなと、都民として心苦しく思うのだった。

さて宇宙人がフォローしやすいテーマはやはりロシアねたなのだが、昨今騒がれているルーブル暴落についても、マサル氏の見解はハイレベルだ。ルーブルの急落でロシアでは輸入品の価格が上昇し、ただでさえウクライナ問題以来の経済制裁で欧米から輸入品が入らなくなっているというのに、品薄のなか国産品も価格上昇して市民生活を脅かしている。これは制裁を課している欧米の思惑通りだ、というのが大手メディアが堂々と述べる分析なのだが、マサル氏は全然逆の見方で反論する。
それによれば、ロシアは全然困ってなどいない。ルーブルの価値が下がったのは原油価格の下落が原因で、石油・ガスはロシアの主要輸出品なのだからこういう事態は慣れっこなのだ。そうだ、宇宙人がロシアで働いていた98年などは1バレル=9ドルまで下がったぞ。当時ロシア経済は火の車だったが、その頃に比べれば今の石油価格は10倍も高いので楽勝といえば楽勝だ。しかもここ10年で経済力をつけたロシアは今や外貨準備高は中国に次ぐ勢いで、これも確か98年当時に比べて5000倍くらいある。だから暫く制裁されようと原油価格が低迷しようと、すぐに破綻する心配のない体力があるわけだ。
その上、困るどころか喜ばしい事態ですらあるのは、欧米の制裁により外国製品が入らなくなったお蔭で国産品がじゃんじゃん売れる。プーチンはこれを機に輸入ダンピングし、国内産業を保護・活性化させようとしているのだ。車や家電製品などはまだまだ外国産には及ばないが、食品や生活用品なら国産でもそう劣るものではない。これを機に国民の目を一気に国内に向けさせ、外国に頼らなくとも自給自足できる国家体制を築く。これにより日本の外交みたいに他国の要求にいちいち反応しなければならないような怯え体質から脱却し、誰の世話にもならない自立した国家運営を目指そうというのがプーチンの目論見だ。何度も報道されたプーチンの「現状のような混乱は最悪でもせいぜい2年」というセリフははったりではなく、ソ連崩壊とそれに続く経済破綻を乗り越えたプーチンの現実的な分析結果なのだ。

それを欧米がどれほど喜んでいるかどうかはともかく、日本の報道各社は口を揃えて「ロシアは窮地に」とか報じているのだから、読者もそうかと騙されてしまう。それこそ欧米の思う壺なのだ。報道各社は米国からワイロでも貰っているのかね。自国通貨安が悪いというなら今の円安はどうなのだ。この2年のアベノミクスで一部の企業や投資家は浮かれているが、円安が続けば今後どうなるか彼らは真剣に考えているのかね。
輸出業界は儲かっているかもしれないが、資源のないわが国は円安のせいで石油やガスを高く買わねばならんのだから、総合すれば貿易赤字になるのだ。外国がエネルギー資源の値段を吊り上げれば日本は首が締まるのだ。日本は自活できていないのだ。だから太陽光や地熱や風力の発電量を増やしていかなければならんのだ。それが充分確保できるまでは原発稼働も涙を呑んで容認せねばならないかもしれんのだ。感傷で原発ゼロを叫んではならんのだ。原発ゼロにするなら対案を推し進めねば日本はいつまでも産油国の属国なのだ。ロシアを見倣えなのだ。ロシアはどこかの属国になるつもりはないのだ。そのために2年耐えろとプーチンは国民に訴えているのだ。ロシア人はクマなのでいつもより長く冬眠したと思えば2年などあっという間なのだ。その時になって日本がすり寄ってもサハリンのガスは値上がりしているのだ。買うなら今なのだ。この2年こそサハリン・ガスを買い叩く時なのだ!

最後の方は宇宙人のナノダ節がまじってしまったが、他にもキューバやらイスラム国やら英国のブラックな諜報ドラマやら、あっちもこっちもな話題をこれでもかと90分に詰め込んだ濃密トークを楽しみたい方は、是非YouTubeで検索下さい。
私は来年3月のアナログ放送完全終了を前にテレビを買うかどうか悩んでおりますが、1年くらい前までは買わないつもりだった。キー局の報道バラエティ番組がお粗末な頭のコメンテイターばかり数だけ並べて、奴らが意見ですらない感想を更に水で薄めてダラダラと垂れ流しているのが我慢ならなかったからだ。あんな内容、重複を省いて文字に起こしたら5分で終わる番組なのに、1時間も引っ張っているのだから時間と電波の浪費なのだ。しかし最近お気に入りのTOKYO MXはお金のなさと視聴者の少なさを逆手に取ってとにかく意見を山ほど言いたい人物ばかり呼んで延々と喋らせるので、まるでラジオのように情報量が多いのだ。くだらない感想を吐くだけでギャラを要求する「居るだけタレント」は用無しなのだ。このためMX見たさにテレビ購入に傾く宇宙人なのだ。どなたか早くも4Kテレビに切り換える方がいたら旧い地デジテレビを譲ってはくれないだろうか。いやそれともいっそ地デジ受信できるラジオをクリスマスにでも購入すべきだろうか。これなら安いのだし。
by hikada789 | 2014-12-21 17:27 | ロシアの衝撃 | Comments(0)
前回の余話#U67もやはり一気に売れたところを見ると、宿命の実例解説の需要は高いようです。そうだったのか、では今後は戦略を変えて増やすか、とも思いましたが宿命の分析には結構集中力がいるので、今後も思いついた折に限らせて頂きます。
あまり知られていないようですが、運勢鑑定は疲れる作業であり、鑑定者は依頼を受ける度に多かれ少なかれ疲労しています。依頼人の半生を極力正しく見極めようと努力すればするほど神経を擦り減らし、それを知らない依頼人が何でもかんでも訊けば答えてくれる機械か何かのように接してくると、結構頭にきたりしています。まあ頭にこない穏和な占い師さんもいるでしょうが、私はブログを見れば一目瞭然、批判精神の強い人間なので、料金さえ払えば何でもやってもらって当然といった態度の依頼人には、その宿命を読み込んだ上で厳しい評価を下します。その人がどうしてそういう態度をとってしまうのか、その点を本人が自覚しないことには運勢の向上が見込めないので、厳しい評価を告げざるを得ないのです。
こうした鑑定結果は、都合のいい事しか耳に入れたくない人には受け入れがたいものですが、それを言うか言わないかは鑑定人の主義の問題です。見えているものを正直に伝えて改善を促すのが是と考えるか、傷ついている依頼人を慰撫する作業に徹するのか。私は後者の作業には専門技術は要らないと思うので、料金を頂く以上は前者の方針を貫くべきと考えますが、残念な世の中は後者の方がずっと需要が多く、私が鑑定で提示する厳しいツッコミはあまり人気がない。なので余話を書いて細々と命を繋ぐわけなのでした。鑑定人になろうと志している方には、自分がどちらの方針を是とするのか見極めた上で道を進まれることをお勧めします。

今回の余話は、前回の鑑定事例で少し触れた、十二大従星を2つ以上持つ意味について掘り下げてみます。前回の事例では天胡星が2つある宿命についてその特徴を述べましたが、十二大従星はその名の通り十二種類あるので、十二種類の意味が付与されています。
以前、余話#U55で十二大従星の陰陽について解説しましたが、十二大従星の重複が醸す意味合いは陰陽とも無縁ではなく、天胡星2つにしても男女で差があるので、その辺りについて考察してみたいと思います。

(この続きは「ブクログのパブー」サイト [http://p.booklog.jp/] に公開しました。副題は「二連変化/天胡星、天印星」です。「算命学余話 #U68」で検索の上、登録&ココア一杯分の料金をお願い致します。登録のみは無料です。)
by hikada789 | 2014-12-18 14:42 | 算命学の仕組 | Comments(0)
若くして五輪金メダリストになってしまったフィギュアスケートの羽生君のスター度が本物かどうか、ファンでもない私は見極めかねていたのだが、この度ぶっちぎりで優勝したGPファイナルの演技を見て確信した。これは本物のスターである。衝突事故で流血した姿さえ美しかったと評するファンも多い中、私が注目したのは演技中の転び方だ。
ショートプログラムではショパンのバラードに乗って難しいリズムの取り方を上手にこなし、音楽性があるなあと感心していたら、最後のジャンプで跳びあがって下りた瞬間に「チャーン」と悲劇的な高音和音が当たり、「おお!」と思ったら同時に転倒した。思わず声を上げて笑い出す宇宙人。リアル悲劇なのだ。まるで演出したみたいなのだ。しかも転び方がうまかったので何事もなかったかのようにすぐ立ち上がり、華麗なステップに移行。結局演技は音楽に乗って途切れることはなく、転倒にも拘わらず高得点を獲得した。
翌日のフリーの音楽は「オペラ座の怪人」でやはりストーリーとしてはファントムの華やかな悲劇性が柱になっているが、ノーミスで演技終盤まで来た羽生君がまたしても最後のジャンプを跳んで降りた瞬間、ジャジャーンと音楽が盛り上がったところでズダーッと転倒。大喜びで笑い転げる宇宙人。これまた転び方がうまかったので滑りつつ立ち上がり、何食わぬ顔でステップに移行。なんという音楽との協調性。ファントムの悲劇を生で表現なのだ。誰にもできない演出なのだ。これまた高得点で優勝なのだ。本人はがっかりかもしれないが、宇宙人は大満足なのだ。

つまりですね、本物のスターという奴は失敗してもサマになるということですな。サマになるどころか却って全然期待してなかった効果を上げられさえする。私は彼のルックスは別段優れているとも思わないけど、この音楽との調和にこだわった表現力と演技を切れさせない巧みな、いや絶妙な転び方は、もはや無意識の領域でやっているように思われ、そうだとするとこれはまさしくスターの器というべきなのだ。
フィギュア選手はあまたいるが、上位の選手はやはり転び方も上手く、見苦しくない。転び方の練習をしているはずもなかろうが、どうすれば最小限のダメージで抑えられるかを考えて練習するうちに自然と身に付くのであろう。逆に下位の選手ほどみっともない転げ方をし、立ち上がるのも遅く、音楽に遅れ、結果的に芸術性を下げてしまう。だから転げ方を見ればその選手の力量から、ひいては将来性まで推測できるのである。かくいう私も合気道場で数え切れないほど受け身をとってきたが、やはり上段者ほど受け身が巧みで、どう投げられても怪我一つしないしアザさえ作らない。なぜなら今この瞬間こう落ちたらこういうタイミングで地面に着地するから、この角度に体を向けておけば内臓や骨に響かないなという感覚が体得できており、瞬間的にその通りに身をこなすからである。これが訓練よりも無意識にできるのが達人というわけだ。
ともあれ羽生君は今後見どころが増えた。笑かしてくれるではないか、若者よ。思えば彼は今まで転倒しない試合はなかったような。期待してるぞ、音楽性の高い華麗なる転倒を。
by hikada789 | 2014-12-15 20:25 | その他 | Comments(0)
風邪を引いてしまった。お蔭でロシア・フェスの企画映画上映会に行けなかった。1972年制作の戦争映画「ヨーロッパの解放」は全五部作で、全長7時間48分の超大作を一日限り一挙上映という大陸的催しだったのだが、残念だ。こんな暴力企画はもうやってはくれまいな。しかし前日の二本立ての上映会は堪能できた。思えばここで風邪をもらってきたのだろうが、楽しんだ手前やむを得ん。

一本目は1974年制作の日露合作映画「モスクワわが愛」で、栗原小巻演じるバレリーナの卵と金髪男との純愛ドラマ。現代の感覚ではもう古臭くて見れたものではない内容だが、当時の日露の恋愛観の近さというか奥ゆかしい共通点が窺える貴重な作品。こんな良い子な映画は利益追求の日米合作では到底成立しないから、歴史を知る資料として価値が高いと思われる。若い栗原小巻はなかなかの美人であった。
そして二本目は巨匠シャフナザーロフ監督作品「夢」。始まった瞬間あっと思ったのは、この作品は1993年公開作で、この年宇宙人はモスクワへ留学し、当地のクラスメートと一緒に見に行った思い出の映画であったからだ。当時はロシア語もまだ聞き取れずにビジュアルでしか中身を把握できなかったが、今回やっとその強烈な風刺を理解できた。93年といえばソ連崩壊からわずか2年、経済はガタガタでルーブルは紙くず同然。ドルや円を持っているだけでどれほど安心かつ優雅に暮らせたことか。生きるために道路には白タクが横行し、手を上げると救急車ですら止まる末期症状がその後何年も続いた。外貨に頼らず現地の人間と同じ生活をしたいと思い、宇宙人は凍ったジャガイモで飢えを凌いだりトイレットペーパーの行列に吹雪の中並んだりしているうちに、現在のようなおかしな金銭感覚が浸みついてしまったが、当のロシア人は大陸的性質のせいかそれ程うろたえていなかったように覚えている。ルーブルが紙くずになってもどこからかジャガイモが流れてくる不思議の国ロシアなのだった。
しかし「夢」を改めて見ると、やはり当時のインテリたちは相当時代を憂いていたのだ。物語は1893年というちょうど百年前に生きた伯爵夫人が毎夜悪夢にうなされるというもので、夫人は夢の中で百年後の1993年にタイムスリップし、倫理の崩壊したロシアで風俗稼業に身を落とした娘にシンクロするという悪趣味な喜劇である。夫人の年の離れた夫は夢の中では女衒であり、若い妻の性的魅力を武器に混乱の時代を生き抜こうとする。いや、やはりこれは喜劇ではなく悲劇なのだ。たった百年でこんなになる国って一体どういうことなのよ、と監督は大いなる嘆きを映像にしたのである。しかし当時の私には単なるお色気お笑い映画にしか映らなかったし、既にあれから20年以上経った今日初めてこの作品を見た日本の観客にしても、作者の意図はよく掴めなかったようだ。但し当時を知るロシア人にはバカウケでした。

ロシア・フェスの硬派な催しはまだまだ続いております。経済はガタガタになっても芸術は崩壊しなかったロシア文化の底力をご堪能下さい。

(1)ロシア映画「ガガーリン 世界を変えた108分」
人類史上初の有人飛行を成し遂げたユーリ・ガガーリンの生誕80周年記念映画。12月20日(土)より新宿シネマカリテ他で公開。

(2)ミハイロフスキー劇場管弦楽団「運命・第九」
レニングラード国立劇場が名前を革命前に戻した老舗劇場の来日公演。第九の合唱のみ日本の合唱団。12月28日(日)14時、横浜みなとみらいホール。29日(月)及び30日(火)14時、東京オペラシティ。

(3)ミハイロフスキー劇場バレエ
新年1月3日(土)及び4日(日)14時より東京国際フォーラムで「スペシャル・ガラ」。
1月6日及び7日19時より東京文化会館で「ジゼル」、8日及び9日より同じく「海賊」。
1月10日(土)15時及び11日(日)14時より東京国際フォーラムで「白鳥の湖」。
1月12日(月・祝)15時より神奈川県民ホールで「白鳥の湖」

(4)ミハイロフスキー劇場管弦楽団「チャイコフスキー・プログラム」
ピアノ協奏曲第一番、交響曲「悲愴」ほか。1月17日(土)14時よりオリンパスホール八王子。18日(日)14時より東京オペラシティ。

(5)舞台「櫻の園」
チェーホフの名作を栗原小巻が主演。1月9日(金)18時半よりかめありリリオホール。日本語です。
by hikada789 | 2014-12-13 20:48 | ロシアの衝撃 | Comments(0)
ここ数日急に寒くなりましたね。宇宙人も湯たんぽを引っ張り出して防寒し始めました。電気を使った暖房にはまだ至っていないプチエコのわが家は、自慢じゃないが真冬であっても結露はしない。なぜなら窓の内と外の温度が同じだからだ。スキマ風が通り放題の古屋につき暖房しても暖気が逃げるばかりで効果が薄いのだ。いっそ寒さに慣れた方が早いのだ。おかげで結露のみならずヒートショックもない家なのだ。ハイテクハウス並みなのだ。究極のエコは体作りから、豊かな生活は自己暗示から、なのだ。

宇宙人が稽古している先生の主催する素人演能会のお知らせです。今回は二年に一度の大会で、能と舞囃子で演目が賑わいます。
-----理春会演能会-----
◆日時:平成26年12月14日(日)十時半~十八時半
◆場所:国立能楽堂 (JR千駄ヶ谷駅より徒歩5分)
◆入場:無料。見所内は飲食および撮影禁止。お静かにご見物下さい。
◆見どころ:
なんと舞囃子が18番も出る豪華番組。皆さん稽古熱心ですね。舞囃子は一曲15分前後ですが、それぞれの演目のクライマックス部分なので見どころが凝縮していて、素人目にも楽しめます。また最後の演目の能「乱(みだれ)」は能「猩々」の変形バージョンで、「猩々」との違いなど見つけながら楽しめます。その他仕舞、独吟を数番はさみ、ノンストップで進行します。
◆宇宙人出没情報:
11:30頃の舞囃子「室君」と16:30頃の舞囃子「船弁慶」の地謡を端っこに混じって謡います。薙刀を振り回す「船弁慶」は今回で二度目の地謡。アニマル浜口並みの気合を込めてはりきって謡います。
by hikada789 | 2014-12-09 19:54 | 宇宙人の能稽古 | Comments(0)
ノーベル賞を受賞した米国国籍の中村博士は日本の教育に対し、もう日本語なぞやらなくていいから英語だけネイティブレベルで使えるように五年くらい留学させて身に付けさせるべし、さもないと国際社会で通じる人間になれない、と提言したとか。なんてくだらない人間なのだ。この人物は自分が米国国籍で、しかも母国の日本とはよりによってカネでもめたからこんな暴言を恥ずかしげもなく言えるのだ。結局自分が大好き、自分が最良だと考える、自分の価値観と合わない人間を排除する排他主義者ではないか。恥を知る文化を誇る日本人とはとても呼べん。世の親御さん、ノーベル賞受賞者だからといって人間性や思想まで優れているとは限らないいい例がこれですぞ。こんな薄っぺらな人間の言葉など鵜呑みにしてはいかんですぞ。
つい最近世界遺産に認定された和紙などいい例だ。あれがどこか他の国にあるものですか。日本の湿気のある風土と日本人の根気強い継続力・改良意欲と、何よりも感性が生み出した技ではないですか。こうした文化がLEDの青い光に劣るとでも? 上野でやってる国宝展では千年前のお経や仏画を書いた紙がいまだ朽ちずに読めるのだが、今どきのディスクその他記録媒体は百年ももたないというではないか。長く記録を残すという点では奈良時代の技術にさえ負けているではないか。ノーベル賞が認めた近代技術など千年後には誰も振り返りはしないのだ。そんなかりそめの技術を習得するためになんで日本語や日本文化を丸ごと捨てねばならんのだ。優先順位を考えろ。まったくこれだから理系の人間は。人間の何たるかや精神世界、悠久の時を考える頭がなくなっているなら、とっととスーパーコンピュータにでもポストを譲って墓に入りたまえ、なのだ。

まったく腹立たしい。そもそもかつて世話になった日本の会社と訴訟になるまでもめるということ自体、既に分別を欠いている。恩知らずのカネ亡者め。中国人か。こんな損得勘定で物事を計る人間を手本にしてはいかんのだ。崇めてはならんのだ。技術だけは役に立つから生かしておいてもいいけれど、この人物の人間性はお粗末だと正しく認識して下さいよ、皆さん。
だってそもそも現実が見えてない。教育ひとつ取っても、米国なり先進国に留学に出すのに今いくらかかると思っているのだ。以下は先月のムネオとマサルのトークショー(=東京大地塾)からの引用になるが、いまの日本は経済格差と少子化により教育機関の縮小が見込まれており、あと十年もすれば大学は有名どころしか生き残っていないから、大学進学率も今後下がっていくのだ。しかも今のところは大卒が世に溢れているから、本当に優秀な人間と見做してもらうには大学院まで行かないと十分でない。2~3年海外留学していればなおいい。すると世に出るのは30歳近い。私立大学の学費は既に年間200万に達する勢いだが、今後も上がり続ける見込みなので20年もすれば年間400万の時代になる。更に大学院だ留学だとなれば、親御さんは余程の高所得層でなければ子供を一人前のエリートには育成できないということに。つまり我々の世代がそこそこの授業料で受けられた「高学歴」教育は、その子の世代では受けられない時代になっているのだ。既に米国では年間(年間ですよ、四年でなくて)500万円相当の大学教育が主流だそうで、一般庶民には到底マネできない。このままではいずれ日本もこのレベルになる。優秀な子供が貧しくて進学できないなんて、まるで明治時代ではないか。
これが先進国の目指す道のりなのかい。こんな格差社会を歓迎するような知恵しか人類は持ち合わせていないのかい。ノーベル賞なんか獲ったってこの異常な教育システムのはびこる現状に危惧を抱かず「米国留学五年くらいしなよ」とか云っているなら、そのオツムは豚の餌にもならんのだ。米国なんぞに染められたら貧しくて進学できない優秀な若者をむざむざ世に埋もれさせる社会を広げるだけなのだ。手本にするならもっとマシなものを選べなのだ。

久々に宇宙人節が吠えましたが、新党大地と共闘している佐藤優氏の提言によれば、現状まず地方出身の受験生は、東京の大学進学は家賃など余分な出費がかさみ過ぎるのでやめて、地方の国立大など安くて質のいい大学を受けるべし。特に北海道がお勧め。物価は安く寮完備なので、東京で一人暮らしする出費の半分以下に抑えられるし、夜の遊び場が近くにないので勉学に集中できる。大学院まで進まなくとも四年も集中すれば充分な知識を身に付けられる。
次に海外留学は対岸のウラジオなど極東ロシアにすべし。これは英語の語学留学を兼ねる。ロシアの大学は基本的に国立で、エリート養成を目標としているため充実した英語コースを設けている。思い出してほしい。ロシアは旧ソ連時代は米国と敵対し、英語教育をするのは対米戦略のため、ひいてはスパイ養成のためだった。だから本格的な英語教育レベルは冷戦時代から猛烈に高いのだ。外交官育成レベルと云ってもいい。極東の大学なら一般コースでもそうした英語の授業が受講できる。ここで英語を磨けば既に外交官レベル。ろくでもない崩れた英語をネイティブに学ぶより上流階級のきれいな話術が身に付く。もちろんロシアに暮らしているのでロシア語も同時に習得できるし、何より西側の常識とは違った思考で回っている社会につき、本物の国際感覚を身に付けることができる。
ちなみに佐藤氏は大学時代はロシア語を学ばず、外交官試験に受かってから研修で英国陸軍大学に留学させられて、そこでロシア語を学んだ。英国陸軍だってスパイを養成するのだからロシア語レベルは異常に高い。お蔭で佐藤氏はロシアに行く前にロシア語が堪能になっていた。これと同じ効果が極東留学の英語コースに期待できるのだ。学費と生活費は先進国に比べて比較にならないほど安く、1/3にも届かないだろう。そして勿論、ロシアは自国が最良だの他国の文化が劣っているだのといった発言に眉をひそめる道徳が昔から広まっている国である。
尤も、こうしたハイレベルの授業を単位が取れるまで受講し続けるには本人の努力が相当必要だから、その覚悟のできた学生でないとやり遂げられない。だから今後はそうした勉学に対する意欲、覚悟の定まった人のみが進学するという社会になるだろう。しかし現在の学生のほとんどが名ばかりの大学に親のスネを齧って通い、いくらも勉強せずに卒業してしまうことを考えれば、今の学生生活の方が間違いであり、密度の高い勉強漬けの四年間を楽しいと思える本当の勉強好きだけが学生の身分となりうる新たな時代が来るだろうし、またそれが正しい姿なのである。

子育て中の皆さん、よく考えて下さい。ノーベル賞受賞者の非常識な意見なんか聞かないで、自分の頭で考えて、お子さんの教育にとっての最善策を選んで下さい。別にロシアに留学させなくたっていいんです。ハイカルチャーのみならずサブカルチャーでも世界から注目されるガラパゴス日本の多彩な文化力に、どの英語圏の国の文化が対抗できているというのです。何かありきたりでない面白いもの、永続的なものが英語の国々から発信されているでしょうか。ガラパゴスだからこそ生まれる知恵や感性でも充分やっていける。即物的な経済優先の世界の潮流に対抗しうる、豊かさの定義を変える力をもちうる日本文化は、まず日本語を完全習得・駆使した者でないと維持できないのです。我々は何のために日本人に生まれたのでしょう。その意味を考えて下さい。日本人には日本人としての役割があるのです。それは遅れて来てバスに飛び乗るように英語社会に追随することではないのです。
by hikada789 | 2014-12-08 14:46 | ロシアの衝撃 | Comments(0)
人間より動物に近い幼児は大人に比べて動物的な勘がずっと優れているとはよく言われるが、人間のフリをして社会に溶け込んでいる宇宙人をギョッとさせたタイムリーな小話は以下の通り。
ロシア関連の伝手でまだロシア語もおぼつかない年齢のロシア人少年の話し相手をやることになった。ロシアは母性の強い国につき、ロシアの男と生まれたからには人の母性を最大限利用できるよう、ありとあらゆる甘えの作法を駆使する遺伝子が生まれつき組み込まれているのだが、少年よ、その手には乗らんぞ。誰もがほだされる少年の媚び仕草に対し持ち前の魚介類の表情で応える宇宙人。すると少年は戦法を変え、媚をやめて対話に出た。
「映画を見に行ったんだ」
「ほう、どんな映画だい」
「右手がね、こーんな、こーんな風な形で(と指を奇怪に広げる)、生きてるの」
「もしかして、目玉と大きな口がある?」
「そう」
いま流行りの『寄生獣』だな。私は映画はCMしか見ていないが原作漫画とアニメは知っている。既に巷には右手の寄生生物ミギーをかたどったマスコットやストラップが売られているから映画もヒットしているのかもしれない。原作を知らない人のために。この寄生獣ミギーとその仲間はおそらく宇宙からやってきた一種の宇宙生物で、人間的な情緒を解さず怜悧だが肉体を自在に変形でき、生命体としては強い。しかしその変形の仕方がグロテスクで、人間の顔がカパッと開いて食虫植物のように人間を頭からバクッと食らうシュールな食事シーンが特徴で、要するにパニック映画向きである。変形シーンは無論CGだ。日本に来て日も浅いのにこんな映画をいきなり見せて大丈夫なのかい、親御さん。
「おもしろかったかい」
「似てるの」
「なにが」
「あなたに似てる」
絶句する宇宙人。な、なんとこのチビ、私が宇宙人であることを見破ったのか。ま、まさかなのだ。確かにミギーたちはほぼ表情がない設定だが、私には地球人のフリをしてきた長いキャリアというものがだな……。
「学校の先生に似てる。映画の中で女の先生が出てくるんだけど、その先生に似てる」
……つまり女教師・田宮りょうこ役の役者さんに似ていたということ? 身なりとか無表情な役作りが似ていたとか。まあそれならありか。田宮りょうこは原作でも特異な扱いの手強い敵役で、最強の寄生獣である。私の好きなキャラでもあるからまんざらでもないのだが、しかし、
「顔の表面がガバーッて開いて、相手をバクーッて食べちゃうんだ」
「……坊や。そういう時、日本語ではこう言うんだよ。ヒ・ド・イ。さあ言ってごらん」
「ヒ・ド・イ」
かくして日露の友好はなごやかな雰囲気のもと、構築されるのであった。
by hikada789 | 2014-12-06 14:28 | ロシアの衝撃 | Comments(0)