人気ブログランキング |
ブログトップ

土星の裏側

doseiura.exblog.jp

宇宙人と呼ばれた人達の診療所

<   2016年 05月 ( 12 )   > この月の画像一覧

ご本人の許可を得て「あなたの山水画」を掲載します。ご協力ありがとうございます。
--------------------------
1973年7月8日生 女性の山水画
 乙 己 癸
 巳 未 丑
夏の大地に草原が広がり、小川は湿地に流れ、ほとりに野火が見える。
【解釈】
草原のあなたは夏生まれにつき繁茂した状態ですが、時期的には役目を終えつつあり、野火に焼かれて灰となり、大地の滋養となる準備をしています。大地は母親、兄弟友人及び子供、家系と幅が広く、最終的にあなたはこうした人々に恵みを与える存在になるでしょう。但し野火が暗示する配偶者がその道しるべとなるため、
結婚するとしないとでは様相は大分変ってきます。
精神不安を抱える命式ですが、クリエイティブな活動に精を出せば不安は緩和されます。人に甘える体質なので、何らかの活動で社会の役に立たなければ、他人におぶさってお荷物になる人だとの厳しい評価が下るでしょう。
by hikada789 | 2016-05-30 20:21 | 宇宙人の鑑定実績 | Comments(0)
先日佐藤優氏が、政治家の活動や思考のパターンはその前身を見ればあらかた見えてくるという意見を述べていて、なるほどと感心しました。その内容は概ね以下の通りです。

――政治家になる前は弁護士だったオバマや法学部卒の官僚出身であるプーチンは、北朝鮮のように無法がまかり通る独裁者国家とは交渉の余地無し、と頭から考えている。法律を守れない犯罪者は裁くべき対象であり、交渉したり取引したりする相手ではないというのが、法律の専門家たる彼らの基本的態度である。だから北朝鮮問題はいつまで経っても進展しない。
しかし今話題のトランプは、北朝鮮とも対話する気があると言っている。これは恐らく本気で云っている。なぜならトランプは不動産屋なので、利益が出るなら取引するという職業的性格がそのまま表れているからだ。似たような例として、ロシアのエリツィンも元は土建屋で、経歴上、大卒のエリートがこだわる法律や思想や手続きはどうでもよく、実務的・建設的な前進や実績を第一に考える人だった。だからエリツィンの時代に北方領土交渉が進展を見たのだ。日本の田中角栄もこれと同じ。世間でエリートとされている政治家よりもこうした泥臭い分野で叩き上げられた人の方が、膠着した政治状況を打開する力がある。
一方、これまたスキャンダルの渦中にいる舛添都知事が金銭にせこいのは、元大学教授という体質によるものだ。自分の知合いの大学教授で、交替でおごる関係にあるのは山内昌之教授だけで、それ以外の教授という肩書の人たちと飲食した時には毎回自分が支払っている。大学の先生という人種は、寺子屋時代の昔から謝礼を貰う習慣に親しんでいるので、「どうぞ」と差し出されると何の疑問も感じずに金品を受け取ってしまうのだ。――

もちろん例外もいるということで山内教授の名が挙げられているのですが、少数の例外に配慮するならこの説は概ね当たっているように思われます。
算命学による運勢鑑定の実践では、生年月日から算出する先天運と、その後めぐってくる年運・大運という後天運に加え(月運・日運は威力が小さいので通常は考慮しない)、持って生まれた宿命を正しくこなしているかを判断する「消化状況」の三本立てが基本です。先天運と後天運は宿命算出の手順を知ってさえいれば誰でもできることで、最近は入力すれば自動算出してくれるサイトもあります。だから最大の難問は三つ目の「消化状況」の判断ということになります。
これは自動算出というわけにはいきません。正しく算出した先天運と後天運と比較して、その人が実際に歩んできた半生がこれらの宿命と合致しているのか、合致していないならどの程度ずれているのか、どれほどずれると運勢を下げるのか、寿命を縮めるのか、どう改善すれば元のあるべき道に戻れるのか、残りの人生で果たしてそれが成し遂げられるか、といった判断をしていくのは、自動算出のような答えの決まった単純作業ではないからです。
ここで佐藤優氏の一見ユニークな見解を引き合いに出したのは、その人物の前身つまり経歴がその人の糧となり、宿命には書かれていないかもしれない新たな武器となり得ること、或いは宿命に書いてあるけれども益々それを磨き上げる経験に恵まれたこと、更には宿命に書かれている欠点を経験によって克服したこと、などを判断する「消化状況」の実例として適切だったからです。

再三申し上げている通り、宿命と運命は違います。宿命は持って生まれた生年月日であり、変えたくとも変えられないものですが、運命はその字の如く運動するものであり、宿命という武器やハンデを持つ人間がいかにそれを活かすか殺すかで、いくらでも変化するものなのです。でなければ、生年月日が同じ人は全員同じ人生を歩まなければなりません。そんな筈はないのです。
私の理解では、運命は上述した後天運と消化状況に跨るものであり、宿命は同じく先天運と後天運に跨るものです。だから宿命と運命の比率は概ね半々だと考えていますが、算命学者によっては先天運・後天運・消化状況で三等分されると考える人もいますし、もっと広く視野を取って先祖の因縁や家系運も盛り込んで複雑に考える人もいます。
いずれにしても共通しているのは、「宿命だけでは人生を論じられない」ということであり、「宿命をどう活かして今まで生きてきたかが本論である」という見解です。だから宿命の自動算出はネットで無料なのでしょう。宿命を算出しただけではぼやけた風景しか見えてこないので、ここを無料公開したところで鑑定業者としては腹は痛まないわけです。ぼやけた風景にピントを合わせるのが我々鑑定者の仕事であり、腕の見せ所です。「占いなんて当たらない」と叫ぶ人はこうしたぼやけた風景しか提供されていないからそう言えるのであり、誰もがピントの合った風景を見定められたら、我々の出番はなくなります。
そんな我々とても、未来についてはピントを完全に合わせることはできません。それは上述の通り、その人がその後どういう人生の選択をしていくかをいちいち追いかけはしないからです。可能性の高低を言うことはできますが、人の人生を最終的に評価できるのは、その人の人生が完全に終わった時、つまり死後のみです。

さて今回の余話は「玄番」なので、運勢鑑定に真剣に向き合っている人向けのお話です。無料で得られる算命学知識のレベルの人が読むと却って誤解を深めるので、玄人志望の方に限りご購読下さい。テーマは、鑑定者はどこまで鑑定すべきか、です。
先に触れましたが、算命学は先祖の所業や家系の流れといった世代を超えた射程をもともと持っているので、見ようと思えばどこまでも範囲を広げることができます。しかしそれをやるとキリがないですし、そもそも依頼人がそこまで求めない。現代人は自分とせいぜい家族二世代までの幸福しか関心がないので、「あなたのご先祖にこういう所業があったのが今の不運の原因です」なんて伝えたところで納得などしてくれません。
鑑定者の仕事は依頼人の苦境を緩和するための知恵を出すことなので、緩和できない知恵をいくら披露しても意味がありません。また、緩和に極めて有効な策を提示したところで、依頼人がその通り素直に従うとも限りません。そうした状況の中、鑑定者はどの程度の射程で鑑定をし、どこまで伝え、何を伝えないべきなのか。こうした点について、私の経験を踏まえて考えてみます。

(この続きは「ブクログのパブー」サイト [http://p.booklog.jp/] に公開しました。副題は「鑑定者が伝えないこと」です。「算命学余話 #U120」で検索の上、登録&無農薬玄米弁当一食分の料金をお願い致します。登録のみは無料です。)
by hikada789 | 2016-05-27 16:54 | 算命学の仕組 | Comments(0)
使用上若干の不具合のある革製扇袋試作第一号は、使用に耐えるとみなされ先生の許に取り置かれた。先生が使わなければ自分で使う予定であったが、出来栄えはともかく何より革に魅力があった。柔らかくていい手触りなんだな。不具合の原因は革の厚みにより全長が縮んで紐が届きにくくなったことなのだが、扇のサイズはどれも同じかと思いきや、1センチほど短いタイプの定型扇もあるとのことで、そのタイプの扇を入れたら不具合は若干解消された。なぜに二種類のサイズが定型になっているのかは不明だが、次回作は改善して通常の長さの扇がすんなり収まる仕上がりになるよう工夫しよう。

その他、ここ数日で誕生した土星裏工房製品は写真の通り。バナナ型のペンケースは大まかなサイズ指定のみの注文品で、好みが判らなかったので色を変えて二種類作ったが、青×黒の方がお買い上げとなった。残った白×黒はサンプルとして稽古場に置かせてもらったので、色を変えてのご注文あればお作りします。ペンケースは今後、マチのついたやや難易度の高いデザインのものや、ファスナーでない閉じ方のものも作る予定。
黄色いポーチは、こちらも大まか注文の通帳ケース。よく物を失くす友人から「カバンの中で迷子にならないよう目立つ色で」の指定のみ受け、この色が選ばれた。スズメバチ色なのだ。注意喚起色なのだ。
b0214800_1247029.jpg

by hikada789 | 2016-05-26 12:47 | その他 | Comments(0)
豊臣秀吉による刀狩の評価が近年変わってきているそうである。宇宙人が義務教育で教わった認識では、「農民から武器を奪うことで武士の政権に逆らえないようにした」という封建主義の典型例として片付けられていたように思う。しかし最近は研究が進み、そういう動機ではなく、「武士にのみ帯刀を許すことで、警察権を武士に限定しようとした」という意図が定説になってきたというのだ。要するに一般人の日々の生活の安全保障を誰がやるのかといった場合、みかじめ料を払って地元のヤクザにやってもらうのか、それとも税金を払って公務員(=武士)にやってもらうのか、秀吉は当然後者であるべきだと考えて刀狩を敢行した、というのである。
これって今の感覚ではフツーじゃん。封建主義とは関係ないじゃん。警察と軍隊で国を守ろうとする近代国家のありふれた姿じゃん、という話で、どうやら我々の世代が学校で教わった刀狩の認識は、当時の世相を反映して「帝国主義は悪だ」「封建主義は遅れている」という刷り込みを意図的にやった結果だったと云えそうである。「昔はヒドかったが、今はいい国になった」と誰かが皆に思い込ませたかったのだねえ。そのせいで秀吉も悪の一味にされてしまったのだ。気の毒な太閤なのだった。

戦国時代の認識改めをもうひとつ。西日本には有名なキリシタン大名が多数いたが、自然崇拝くらいしかしたことのない宇宙人には、当時の日本人が上から下まであれほどまでにキリスト教に入信したという史実に全く合点がいかずにいた。佐藤優には悪いが、キリスト教ほど異教徒・異端者を迫害して改宗を迫った宗教は他にない、その歴史上の罪科を全部合わせれば、今日暴れている自称イスラム教徒の悪行など数に入らない、というのが宇宙人の見解だ。だから、いかに当時の日本の仏教界が低迷していようとも、よりによって排他性著しいキリスト教にすがるという日本人の心境に納得がいかなかった。神仏そのものを1ミリも信じてない完璧な無神論者だった織田信長の方がよほど理解に易い。

その答えを最近得た。曰く、「キリシタン大名は硝石がほしかった。日本人は種子島つまり鉄砲を分解コピーし自前で作ることには成功したが、火薬となる硝石は国内になく、やむなく南蛮人から買うしかなかった。西国大名はキリスト教に改宗することで南蛮人との接触・取引が容易になった」。
やっぱりなあ。大名も所詮は軍人だから、最先端の武器が欲しいのは当然だ。他国が持っているハイテク兵器を、自分だって国防のために欲しい。でないと戦国の世で生き残っていけない。こうした合理的打算が主原因でキリシタンに改宗したというなら納得できるのである。キリスト教の愛の教えに感動して、なんてちゃんちゃらおかしいのだ。そんなの子供だって信用しないのだ。同時期に信長のようなスーパードライな日本人を輩出している傍らで「キリストの愛」とか信用するのは、よほど学の無い庶民くらいなもので、仮にも一国を支配する大名がそんな甘ちゃんなわけないのである。納得、納得。

しかしここからが問題だ。硝石を手に入れた大名、小名、豪族は、代金を領民で支払った。つまり自国民を奴隷として売り渡していたというのである。その傍証として、当時の倭寇について記載した資料は残っていないから判らないが、倭寇ではなくイエズス会の武闘組織が沿岸の日本人や朝鮮人、中国人をさらっては奴隷としてマカオあたりで取引していたという資料は残っているという。
江戸時代に日本人の出国が禁じられる前に西欧視察等に出掛けた武士たちも、遠い異国で奴隷として酷使されている同胞を目撃し、同じ日本人として見るに堪えない地獄絵だったと嘆いたことを記した当時の文書を取り上げて、徳富蘇峰が日本国史にこの記述を盛り込んだところ、二刷からは検閲に掛かって削除されてしまったそうな。秀吉の刀狩の扱いと通底するものを感じませんか。

宇宙人は余所の国に比べたら日本の文化も国民性も大変好ましいものだと評価しているが、日本の負の側面を指摘するとすれば、まさにこうした部分に色濃く表れるように思う。
ついでに加えれば、宇宙人は「戦争反対」と叫ぶ輩が嫌いだが、その理由もまたこの日本的な暗黒部分にあるように思われる。平和ボケして久しい今の日本に戦争をしたい奴などハナからいるわけがないのだ。なのに「戦争反対」と叫ぶ者たちは自分だけが正しくて、自分と同じ価値観でない奴は悪だと単純に色分けしたく、思慮深く慎重に構えて黙する人々を悪役にしては、鬼の首をとったような態度でおのが正義を誇示し、その自分に酔っている。秀吉の刀狩の歪んだ理解と、キリシタン大名の改宗理由の隠匿、徳富蘇峰の時代の検閲、戦争反対のシュプレヒコール。みんな繋がっているのだ。
by hikada789 | 2016-05-24 19:08 | 宇宙人の読書室 | Comments(0)
霊能者の知人がよく故人が夢枕に立つというので、一体そうした人たちはどんな格好で現れるのかと尋ねた。まさかおデコに三角を付けた白装束ではあるまいに、服装は如何に。するとその霊能者曰く、「その人が生前一番輝いていたと本人が思っている時期の格好で現れる」とのこと。若い頃が一番輝いていたと思っている人なら若い姿で現れるし、老いてからの方が自分らしかったと思っている人ならその時期の姿で現れるというのだ。なるほど。当然その輝いていた頃の出で立ちで現れるのだろうな。服装や装身具なども「自分らしい輝き」を象徴するお気に入りの物でドレスアップするのであろうな。
はて、宇宙人はそのように誰かの枕元に立つ時、果たしてどのような出で立ちで現れるのであろうか。服飾にカネをかけない宇宙人はシンプルな普段着がお気に入りなので、自分を象徴するこれといった必須アイテムなるものはない。きっと犬の散歩にでも行くような格好で現れる亡霊となるのであろう、と考えたらちょっと寂しくなった。服はともかく、宇宙人の必須携行品といえば本なのだから、これを収納しているカバンなりポーチなりをマイ・シンボルにしてはどうか。

というわけで始めたレザーハンドメイドでもあるのだった。パソコンの入る大型トートに続き、次回作としてウェストポーチを企画中だが、文庫本が入るサイズが条件なので、市販の型紙では足りずほぼオリジナルな作品になる模様。尤も、失敗しても惜しくないよう高い革は買わず、革ハギレ福袋に入っていた二種類のきれっぱしを繋ぎ合わせて作る。このように何が入っているか判らない福袋はネットで安く買えるのだが、今回たまたま色違いで同じ種類のいい革が入っており、どちらも疵やヨゴレがあって単独ではいくらも面積がとれないところを、合体させることでそこそこ高級品に見せることが可能と判断。ウェストポーチなら腰の側の面は多少汚くても見えないし、同様にベルトループもキレイである必要はない。商品だとそういうわけにはいかないが、自分用なら気にならない。あとは自分の腕次第というわけだ。果たして鬼籍に入った後にも愛用して腰にぶら下げ、そこからお気に入りの本を取り出して読書に耽るような象徴アイテムになるであろうか。生前は登山の伴に携行できたら嬉しいが。

皆さんは自分を象徴するような、ずばり亡霊となった時もこれを身に付けていたいといったアイテムはありますか。え、そんなことは考えない? 能をやっていると、平家の亡霊などが生前に自分の作った歌を記した短冊とかぶら下げて現れたりするので、宇宙人の頭にはすんなり入る光景なのだが。宇宙人は自作の歌ではなく自作の革グッズを持って立ち現れるつもりだ。カバンの中身はやっぱりロシア文学だろうか。
ところで、宇宙人がひと針ひと針に念力を込めた革小物を開運グッズとして付加価値を付けて売るべしと、友人がそそのかしている。とりあえず今は稽古場に置かせて頂いて顔見知りにお買い上げ頂いている状態だが、もし土星裏の読者でこの付加価値に価値を本気で見出して欲しいと思う人があるなら販売致します。価格は原材料費に宇宙人のおやつ代を足した、大体市販の同様商品(本革よ。合皮じゃなくて)の1/3~1/5くらいが目安です。送料も頂きますが、小物ならメール便でいけそう。興味のある方はカテゴリ「宇宙人の診察室(営業窓口)」を開いて有料鑑定案内の問合せ先へご連絡下さい。制作した作品は写メして当ブログに随時アップして参ります。付加価値はあくまでも念力ですよ。製品としての品質を云々するならちゃんとプロの作った品物をお店で買って下さい。
by hikada789 | 2016-05-22 18:58 | その他 | Comments(0)
能の先生から頂戴した布製のやぶれ扇袋を解体し、構造を確認し、型紙を作り、本革で試作してみた。試作品なのでハギレを使い、先端の折り返し部分が足りないのは縫って継ぎ足した。だから面積は型紙通り取れたのだが、やはりツメが甘かった。革の厚みは布の比ではなかったのだ。
細長いとはいえ袋物なので、オモテ合わせに内縫いして裏返そうとしたところ、半分もいかずに止まってしまった。か、かたい。ペンチで引っ張ろうとしたが、いかん、革に傷がつきそうなので断念。指の力ではいくらも進まない。未使用のツボ押し棒があったので、これで筒を均して広げては引っ張る、を繰り返す。「五時に夢中」の岩井志麻子の暴走トークを聴きながらひたすら引っ張り、ときに振り回し、ときに扇のかかとで押し込むこと、1時間。

自分の稽古扇を入れてみる。ほっ、ちゃんと入った。でも袋の先端にどうしても厚みが残ってしまい、それはつまり、反対側の入口に影響することに。あう、折り返しが浅い。留め紐がまっすぐ巻けないではないか。おまけに紐の爪が、あう、向きがあったのか、半分ねじらないと差し込めない。縫い付けるときに反対向きに付ければ良かったのだが、気付かなかった。もう遅いのだ。修正するにはまた1時間かけて裏返さなければならぬのだ。もう日が落ちたのだ。疲れたのでこれで完成としよう。
現在は稽古扇を入れて紐を閉じ、整形中。見た目はいいねえ、柔らかいこげ茶の革が映えて高級感があるよ。つやつやした裏地もつけたから、ぱっと見は数千円しそう。あと3センチ長く作ればちゃんと閉じたのだが。とりあえず先生に見せて、イマイチだったら自分用にして、もう一本改訂版を作ろう。宇宙人はあと二本仕舞扇を持っているが、どちらも袋がないので箱のまま保管しているのだ。まあ布で作るという手もあるが。ご希望の方は注文受け付けます。材料の面積が広いのと、少なくとも入口部分には裏地をつけるので、パスケースよりはお値段上がりますが、それでも市販品より激安です。
by hikada789 | 2016-05-19 22:33 | 宇宙人の能稽古 | Comments(0)
錯視という目の錯覚を起こす現象があります。錯視ばかりを集めた美術館もあるほどですが、あまり聞き慣れないムンカー錯視という現象があることを最近知りました。その性質の特徴は二通りあり、一つは「囲まれると反発する」というもの、もう一つは「両側から挟まれると同化する」というもので、具体的には以下のような状況で起こります。

(1)囲まれると反発する:
灰色の折り紙の上に、真ん中を四角くくり抜いた青い折り紙をかぶせると、そのくり抜いた部分から見える灰色部分は黄色掛かって見える。同様に黄色い折り紙をかぶせると、くり抜いた部分から見える灰色は青み掛かって暗く見える。
(2)両側から挟まれると同化する:
灰色の折り紙の上に、青い縦線のストライプ模様をかぶせると、その隙間から見える灰色部分は青み掛かって暗く見える。同様に黄色い縦線のストライプにすると、灰色部分は黄色掛かって明るく見える。

文字で書いただけでは判らないかとは思いますので、実際に折り紙の色を当てて見比べてみて下さい。本当にこの通りに錯覚を起こします。もちろん色そのものが変化したのではなく、我々の脳がそのように感知・認識するということなのですが、なぜ脳がこのような感知・認識の仕方をするのかまでは判っていません。
脳の認識については錯視とは違ったテーマで興味深い話があります。花の写真を沢山並べた中に一つだけ蛇の写真を混ぜておくと、人間の目はほぼ一瞬で花の中の蛇を見分けるそうです。その反射速度は飛び抜けて速く、同じ状況で花の中に蛇以外の写真を忍ばせておいてもここまで速くは反応しないといいます。学者の意見では、進化の過程で猿のように樹上に暮らしていた人類の祖先が唯一警戒すべき動物が、木を這い上って来る蛇だったからだということです。人類を襲えるほどの大型肉食獣は枝の先までは木登りできないという前提に立っての推測なので、本当のところはよく判りませんが、ムンカー錯視の知覚・認識の発生には、蛇よりもっと前に遡る起源がありそうです。

算命学の立場から見ると、ムンカー錯視の二つの特徴は、人体図の縦線・横線・囲みに比定したくなります。それほどよく似ている。日常で使われる慣用句には「朱にまじわれば赤くなる」もあればその逆の「同族嫌悪」もあり、人間は集団にいると同化するのか、それとも逆に反発するのか、意見の分かれるところです。実際のところどちらが真実に近いのか。今回の余話は、ムンカー錯視をヒントに同化と反発について算命学の視点から考えてみます。
なお、前回余話#U118では「木秀火明」という呼び名のついた才色兼備の命式に触れましたが、これについては余話#U57で詳しく述べているので、興味のある方はそちらをご参照下さい。

(この続きは「ブクログのパブー」サイト [http://p.booklog.jp/] に公開しました。副題は「同化と反発」です。「算命学余話 #U119」で検索の上、登録&ごま豆腐一皿分の料金をお願い致します。登録のみは無料です。)
by hikada789 | 2016-05-17 19:22 | 算命学の仕組 | Comments(0)
レザー教室で自作しているトートがまだ仕上がらない。持ち手が分厚くて針が進まないからだ。強度を得るために持ち手は二枚の革を貼り合わせてあるが、それを更に本体に縫い付けるので、都合三枚分を針に通す。素手では針をひっぱり出せないのでペンチで引き抜く。当然時間がかかる。革職人が男ばかりなのに納得する。持ち手の一カ所を縫い付け、本体の側面を縫い合わせた時点でタイムオーバー。完成までの道のりは指導してもらったので、あとは自宅でちまちま縫おう。本当は最後に留め具としてベロを付ける予定だったが、ベロだとまたしても三枚分の革を縫い合わせる手間がかかるので、早くも嫌気が差し、マグネットかボタンに変更を模索中。かばん作りって大変なんだな。安くないはずだ。
手間のかかるかばんと違って平らに縫うだけの簡単なパスケースを五つ作った。道具も技術も限られるので、店で売っている商品と比べれば差は歴然だが、使用上の問題はなく(多分)、ちゃんと本革だ。稽古場に持って行ったら、店の商品の実力を知らない人たちが褒めてくれたよ。五つのうち二つは持ち主が決まって引き取られていった。娘を嫁に出した気分。立派に働くのだぞ。
b0214800_21223243.jpg

by hikada789 | 2016-05-15 21:23 | その他 | Comments(0)
放送大学チャンネルでたまたまアフリカ文学の講義を拝聴した。西洋にも東洋にもない感性と価値観を持つアフリカという特異な世界を描くチャンスに恵まれながら、その文学作品を執筆するのは英国やフランスへ渡ったアフリカ系移民であり、その言葉も英語や仏語といった母語でない言語で書いている。移民先の言語で書くということは、当然執筆内容も英語圏や仏語圏の読者向けとなり、アフリカ人がアフリカ人に向けて書いた作品にはならないジレンマがあるという。日本語教育を後回しにしてまで英語教育を学校で先行させようとする昨今の日本の教育方針が、このアフリカ文学事情の悲劇をわざわざ招き寄せるものに映るのは私だけだろうか。
ともあれ、講師の話は非常に魅力的で、いくつか紹介してくれたアフリカ現代文学で和訳されているものなどは読んでみたいと思った。講師はフランス文学の専門家と見たがなかなか熱の入った語り口で、台本棒読みが通例の放送大学講師にしては珍しいなと思ったら、小野正嗣だった。私はこの芥川賞作家の作品を読んだことはないが、この春に惜しくも終了した『林修・世界の名著』なるBS番組の最終回に登場し、20世紀文学の最高傑作との誉れ高いブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』を持ってきてくれたので、その一事だけで一目置くようになった。

この番組は「今でしょ」でお馴染みの予備校講師、林修氏とゲストによる30分の対談番組で、ゲストが押したい「この一冊」を持ち込み、その一冊について両名が感銘を受けたシーンなどを披露し合うという楽しい読書トークなのだが、国語教師である林先生はさすがというか、週替わりのゲストが持ち寄る作品はほぼ読了済みなのに、『巨匠とマルガリータ』は未読であり、彼をして「こんな作品があったなんて知らなかった」と言わしめた。小野正嗣の株が益々上がるのだ。『巨匠とマルガリータ』については当ブログでも初期の頃に紹介しているが、わが周辺には「こんな作品があったなんて知らなかった」なんて言ってくれた人は一人もいなかったね。ドストエフスキーよりは読みやすいし短いのだがね。宇宙人なんか読了後は号泣したものだ。最後にピラトがキリストと月の道を歩んでいく光景は、魂のクレンジング効果絶大なのだ。この作品を読まずに人生を終えたら一生の不覚と思え、なのだ(このセリフは米原万里から拝借しました)。

『林修・世界の名著』は全24回完結で、人気が高かったらしくDVDになっているから、いきなり『巨匠』は無理でもこちらからソフトに導入されては如何でしょう。小野正嗣氏はシリーズ最多の三回の登場で、一回目はガルシア『百年の孤独』を持ちより、二回目は林先生の持ってきたモーム『人間の絆』を挟んで、それぞれ楽しく論じていた。放送大学の講義と変わらぬ情熱の傾けようで、この人が本当に文学好きなことが窺えるのだが、宇宙人はしばしば「どういう本を読んだらいいか」と読書アドバイスを求められることがあるので、今後は「小野正嗣氏の薦める本」と答えてもいいかもしれないと思う。
自分は米原万里の『打ちのめされるようなすごい本』をはじめ、好きな作家や文筆家がお薦めしている本を読むと大体ハズレがないのだが、普段読書をしない人にとって宇宙人の趣味が合うとは限らない。そういう場合は「あなたのお知合いで読書好きの人が薦める本をまず手始めにお読み下さい」と助言している。林修が好きな人はDVD『世界の名著』を借りればいいし、小野正嗣が好きなら放送大学で毎週月曜11:15から『世界文学への招待』を見ればいい。尤もこの放送大学の講義はこれまた週替わりでテーマが変わり、来週からは別の講師がアラビア文学について講義するらしいので、ご注意下さい。
いずれにしても持つべきは友であり、読書人である。「この人が薦める本なら是非読んでみたい」という相手にめぐり会っている人は、読書人生に既に成功しているといえるだろう。
by hikada789 | 2016-05-12 21:42 | 宇宙人の読書室 | Comments(0)
脳神経や脳組織の発達具合から犯罪のメカニズムを解析しようという『暴力の解剖学』なる研究書を読んでみたが、実に苦痛な読書となった。著者は英国出身の米国学者なのだが、英米人特有の頭の硬さというか、男性原理に基づいてしか物事を論じていないので、母性原理で回っている東洋思想のこちらの頭にはひどく回りくどくて退屈だった。
よく知られていることだが、夫があれこれ数値や実験データを掻き集めてやっとたどり着いた結論を食卓で妻に話すと、「そんなの当たり前じゃない」という呆れ声で一蹴されるというアレと同じだ。600頁も費やしていながら誰もが分かり切っている「当たり前」な結論にしか到達していないので、まともに読み込むことができず(連日の暑さもあったが)、ななめ読みして終えた。
記憶に残った収穫といえば巻頭カラーの脳内画像で、野獣のような暴力犯罪者の脳内活動は一般人とは明らかに違うものの、世間に紛れて犯罪を続けてなかなか尻尾を出さない知能犯のそれは一般人と見分けがつかない、というデータ証明ぐらい。これさえも普通に考えれば当たり前のことで、算命学学習者には周知の通り、生年月日が同じだからといって同じ人生を歩む人が一人もいない、その理由は何かを知っているか気付いているかしている人ならば、知性を備えた一般人と同じく知性を備えた知能犯の差など紙一重であることは想像に難くない。この本はそれをさも自分だけが辿り着いた新発見であるかのように書いてあるので、読むのに疲れたのだ。もともとそこにあって原住民も住んでいた南米大陸を「新大陸」と呼んで未だに訂正できない人種の哀れな性を見る思いである。

犯罪者を生むにはその人物の成育過程が大きく寄与しているという点は、この本の主張と算命学の主張とで一致している。本の中では、犯罪者を生み出す要因として先天的な脳の発達障害と後天的な成育環境が挙げられ、これらが複合的に組み合わさった時に残虐犯罪者が生成されると結論づけているのだが、算命学で「先天運」と「後天運」を理解している人なら、膨大な犯罪データや脳内サンプルを集めなくとも同じ結論に容易に達せられることが判るだろう。そしてこのことは何も犯罪のみに適応されるものではなく、あらゆる人間活動においても等しく通用するセオリーなのだと。
この本の饒舌さと中身の濃度は吊り合っていないので、忙しい皆さんに読む価値ありとはとてもお勧めできないが、算命学の基本思想が身に付いているかを試すのに、この本を読んで「新しい発見はほぼなかった」と言えるかどうかを判断基準にできるので、そういう使い方としてはお勧めします。文学作品ではないので文章も拙く非常に読みにくいのだが、翻訳者を責めるわけにはいかない。原文すわなちこの学者の生まれ育った文化が中身の薄い文章を紡いでいるのが悪いのだ。
なぜ私はこんなに断言口調なのか? それは前回余話#U117を読んだ方にはよく判るでしょう。私はお騒がせ星として名を馳せる龍高星の他に、もう一つの知性星である玉堂星も持っているからです。玉堂星の断定口調の由縁については#U117を再読下さい。

さて二回にわたって龍高星と玉堂星の基本を論じてきましたが、やはり読者がそこそこいることが判ったので、今後残りの十大主星も同じ要領で解説することにしました。基本は大事です。十大主星という基本中の基本を押さえていない学習者には、おそらく上述の本を読んでも「新しい発見はほぼなかった」とは言えないことでしょう。とはいえ基本も思想ももう押さえている読者が離れてしまうのは困るので、間隔を開けての掲載にします。
今回の余話は、龍高星と玉堂星の「母性」から発展していま流行りの「毒母」を論じてみようかと思ったのですが、折よく『モンスターマザー』なる究極のモンペ・ドキュメンタリーが手元に届き、これを読んでからの方が話を広げやすいかと思い直して、テーマを変えました。というわけで今回のテーマは久々の守護神です。こちらも間隔を開けての掲載なので、自分の十干を待っている人には遅々として進まないことに苛立たれているかもしれませんが、一度に開示してしまうとまた鵜呑みにして終わる人が出そうなので、小出しにして自分の頭で試行錯誤する癖を身に付けてもらいます。算命学の基本や思想が出来上がっている人ならば、このシリーズも数回分読めばその他の十干の守護神も自ずと出て来るようになるでしょう。そのように期待してこのペースになっております。

(この続きは「ブクログのパブー」サイト [http://p.booklog.jp/] に公開しました。副題は「守護神#6 乙×夏」です。「算命学余話 #U118」で検索の上、登録&フルーツロール一本分の料金をお願い致します。登録のみは無料です。)
by hikada789 | 2016-05-08 18:57 | 算命学の仕組 | Comments(0)