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土星の裏側

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宇宙人と呼ばれた人達の診療所

<   2016年 07月 ( 9 )   > この月の画像一覧

(夏休みにつきブログの更新が滞りますので、その間のつなぎまでに次回の余話を掲載します。)
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選挙に行かない人間を非難する風潮がありますが、私はウソが嫌いなので、本当に自分たちの代表になってほしい人がいないのに無理やり誰かに投票するのはおかしいと思っています。18歳に選挙権があろうとなかろうと、「政策の成否を問わずこの人に任せる」という候補が見当たらないなら投票しなくていい、というよりしてはならないと思うのですが、皆さんは違うお考えでしょうか。
都知事選を前に珍しく投票したい候補者が現れました。当ブログでもしばしば擁護してきた上杉隆氏です。TOKYO MXの生番組をお好みの皆さんには馴染みの顔で、私の見解では国家の体制側に立つ人間とそうでない人間とで評価が真っ二つに分かれる不思議な人物であります。地球社会のスキマに挟まって棲息する私はもちろん「そうでない」側なので、もともと親近感がありました。
東京五輪の予算の無駄を暴き、2500億円から1500億円まで下げさせるに至る主張を最初に掲げたのはこの人であるので、都民にとっては間接的な恩人でもあります。福島原発の様々な隠蔽を最初に暴いたためホラ吹き扱いされて報道業界から干されるも、その後の調査から彼のリークが正しかったことが既に証明され、最近名誉回復されました。当時彼を叩いた人々が彼や世間に謝罪したという話は一向に聞きません。
私は上杉氏の素朴な正義感を数年間見てきたので、同じ「ウソ嫌い」同士ということで一票を投じることに決めました。選挙でこういう気分になったのは初めてです。彼の手作り所信演説はネットで小一時間ほどで聞けるので、興味を覚えた方は投票の前に是非ご覧下さい。貧乏なくせに一年目は無給で働くと云っているのが微笑ましいです。

上杉氏の命式を見ると、顕著な官星揃いです。しかも右手の印星は陰占からやはり名誉と奉仕に支えられ(算命学余話#R6参照)、自分の利益のためではなく人のために粉骨砕身する人だと知れます。但しこれまでの乱高下した名誉を考えると、この人が万が一にも都知事になった場合は東京の名誉も乱高下することになりましょう。それでも時代が財から官へ移行することを見越せば、この際浪費を抑える術を知っている正直者をトップ据えるのは、全体的な自然の流れとしては適っています。
いずれ回を設けて論じたいとは思っていますが、知事や国家元首、社長といった集団のトップの命式なり生き方なりは、その集団そのものの性格と同調します。集団の運命はトップの運気にある程度引きずられる結果となるので、倹約家の知事が立てば東京全体が節約に励むようになりますし、化粧の濃い知事が立てば東京全体が何となくケバくなるし、病気がちな知事が立てば東京の活動も病や休息で停滞を余儀なくされることになります。候補者の識別に自信の持てない投票者は、とりあえず心身ともに健全な人を選べば大過ありません。

さて前回の余話は陰占と陽占の関係性について触れ、その複雑な重層性に目を向けてみました。このタイミングでこうした話を挟んだのは、自殺と関係の深い調舒星を扱うに際し、「調舒星なら自殺だ」などと安直につなげてほしくないためです。算命学をそんな簡単な話だと思っている人に軽々しく調舒星に近付いてほしくないので(龍高星は外向きなのであまり心配しませんが)、クギを刺すつもりで書きました。今回の余話を読む前に是非#R6を先読みして頂きたいというのが本心ですが、そこは読者の判断に委ねます。
では一般に「この星を持っていない人からは全く理解されない」と云われる難解な龍高星と調舒星のうち、陰星であるのに南を向き、精神星であるのに下半身に振り回されているという矛盾に満ちた調舒星について、なぜこのような性質なのかを基礎から見て参りましょう。

(この続きは「ブクログのパブー」サイト [http://p.booklog.jp/] に公開しました。副題は「調舒星を基礎から考える」です。「算命学余話 #R7」で検索の上、登録&ざるうどん一杯分の料金をお願い致します。登録のみは無料です。)
by hikada789 | 2016-07-20 12:35 | 算命学の仕組 | Comments(0)
(土星の裏側運勢鑑定は夏休みに入ります。鑑定をご希望の方は、夏休み明けまでお待ち下さい。)
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ワラーチ使用上の注意。あまりのフィット感につき走れてしまうワラーチだが、横断歩道を急いで斜めに走っていたら中央分離帯にけつまずいた。真田紐しか覆いの無いナマ足をコンクリ塊に向けてフルスイングする宇宙人。当然無事では済まない。御茶ノ水博士の鼻のように膨れ上がった親指はよもや骨折かという有様に。幸い炎症は三日目には鎮まったものの、痛くて未だに下駄しか履けない。皆さん、ワラーチの使用には注意しましょう。というより横断歩道はまっすぐ渡りましょう。

「とても人間技とは思えません」と褒めているのか貶しているのか分離不明な評価を常に受けているロシアのシンクロ選手を、五輪を前にその強さの秘密について精密検査したところ、その肉体は人間を離れてアザラシ方向へ進化しているらしいことが判明した。陸上動物である人間が幼い頃から水に浸かった生活を続けることで、水棲哺乳類の仲間となるべくたった一代で内臓(具体的には膵臓)が進化したというのだ。調査対象はロシアのエース、ナタリア・イシェンコと、そのパートナーのロマーシナだが、その他チーム種目の選手も洩れなくそうなっているであろうことは想像に難くないので、五輪ではロシア選手をアザラシだと思って眺めて下さい。そうか、やっぱり人間じゃなかったのだね。

各国選手がどうしてマネできないか? それは人権が保障されているからに決まっているのだよ。というわけで人権が大切にされない代わりに、人類の可能性を押し広げる使命に邁進するロシア文化の8月のご案内です。

(1)日露合同テルミンコンサート
◆日時:8月11日(祝・木)13時半開演
◆場所:早稲田奉仕園スコットホール
◆入場料:3500円、学生1500円(全席自由)
◆内容:テルミンを発明したロシアの物理学者レフ・テルミン博士の生誕120周年記念イベントの一環。博士の実娘ナタリア・テルミン(テルミナじゃないんだな。移民したのかな)と曾孫のピョートル・テルミンを招き、テルミン博士直系の演奏法を伝える日本の演奏家と競演。この演奏会に先立ち、浜松や京都でテルミン関連イベントやコンサートが開催されるので、そちらも検索下さい。なに、テルミンを知らない? 脳みそグンニャリ系電子楽器のことだよ。帝政末期のロシアが生んだ、宇宙と交信できそうな音色の音楽だよ。

(2)バレエガラ2016「夢」コンサート
◆日時:8月25日(木)19時開演
◆場所:国立オリンピック記念青少年センター(小田急線参宮橋下車5分)
◆入場料:6000円
◆内容:ミハイロフスキー国立劇場プリンシパルのイリーナ・ペレン、マラト・シェミウノフをメインに、日本のバレエダンサーと生ピアノ・バイオリン演奏を交えたガラコンサート。去年も同じようなメンバーでやってたな。評判いいらしい。

(3)パラジャーノフ特集
こちらも評判がいいのか、わりと最近やったばかりのパラジャーノフ特集が再び組まれた。8月27日(土)~9月2日(金)渋谷アップリンクで日替わり上映。
by hikada789 | 2016-07-19 11:31 | ロシアの衝撃 | Comments(0)
先日、宇宙や生命の起源を専門とする科学者が興味深いことを述べていました。それまで講義してきた自然科学の話から突然歴史の話に飛んだと思ったら、人類が滅びる原因について論じ始めたのです。
その見解によれば、欧州文明の原型であるローマ帝国が滅んだ原因は外国によって攻められたからではなく、帝国内部の享楽が嵩じて「虚業」が蔓延したからだというのです。虚業というのは聴き慣れませんが、反対語は実業で、実業とは農業・漁業といった第一次産業や建築業、流通業、工業等のことです。つまり人間が生存するのに不可欠な衣食住を賄う業種が実業であり、逆に不可欠ではない業種が虚業というわけです。
虚業は具体的にはスポーツや芸能のことであり、衣食の足りた成熟社会における享楽と結びついていますが、社会が発展すればするほど実業に対する敬意が損なわれ、相対的に華美な虚業が尊重されるようになる。衣食の足りた子供たちはきらびやかな虚業に憧れて実業を省みず、社会は虚業を営む人間ばかりとなり、結果的に衣食が足りなくなることで国は亡びるのだ、というのがこの科学者の意見です。実に興味深い亡国論です。算命学は陰陽論が土台ですから、このような虚実二元論は得意とするところです。この科学者は更に組織の寿命についても歴史的経緯から自論を展開しているので、もう少し引用してみましょう。

組織の寿命は90年であるという説があるそうです。これは人間一世代を30年と考えて組み上げたもので、30年毎に世代交代を余儀なくされる人類というのは、まず初代が苦労をして実業で身を立てる。食えるだけの余裕がなければ子孫を残せませんから(寿の話をしています)、二代目に繋ぐにはまず実業が基盤であるはずだというわけです。
そして首尾よく二代目に世代交代がなされると、その二代目は初代の苦労を見て育っているので、生活水準や教育レベルは上がってはいるものの実業を重視しており、引き続き実業の担い手となる。
しかし三代目ともなると既に初代の苦労を見ておらず、生まれた時から実家は裕福であり、何の疑問もなく高等教育を授かるようになる。誰もが甘受している学業というものに有難みを感じることはなく、大学はただ通うだけのレジャーとなり、レジャーを煽る社会には虚業が溢れ、三代目はこれに憧れて先代が築いた財産を食い潰し、実業をおろそかにすることで自ら組織を滅ぼすこととなる。

三代目が自分の代で組織を潰さずに四代目に引き継ぐことがいかに難しい作業であるかということは、以前余話で述べた通りです。奇しくもこの科学者の認める組織寿命論と一致しましたが、日本人である科学者は更に、こうした普遍的な人間の行動パターンから日本の未来を以下のように予測しています。
日本は明治維新から終戦までがこの三世代に該当している。初代である明治人は近代化の波に乗って実業を社会に根付かせ、二代目に当たる世代がこれを継承して国力を増強、欧米列強と肩を並べたが、三代目は実業をおろそかにして戦争の旨みへと傾倒し、結果的に国家を滅亡寸前まで追い込み、組織たる国体は90年を経ずして崩壊、変質を余儀なくされた。終戦後は社会が一変したのでまた初代が始まり、焼け野原から復興を果たした日本が経済大国となったのが1970年代の二代目の功績であり、現在はこの二代目の蓄えを食い潰す三代目に入っている。だとすればこの国家組織なりシステムなりは、あと20年足らずの寿命ということになる。

科学者は悲観主義者ではなく、日本なり人類なりの平和的存続を願っているので、人類の歴史パターンに従ってあと20年に迫った滅亡(どういう規模かは判りませんが)を避けたいならば、現在のような大量消費をもてはやす浪費社会システムと決別し、持続可能な次の社会システムに速やかに移行すべきだと警告しています。
これまた奇しくも以前余話で取り上げた話題と一致しましたが、算命学の観点から見ても、現在は財を頂点とする土性偏重の社会なので、ぼちぼちこれは終了して次の金性、つまり名誉と奉仕の社会へと移行するのが自然です。この自然の流れに逆らって財に固執する者は早晩淘汰されるでしょうし、固執すればするほど土性から金性へのハードルは高くそびえて、四代目へのバトンタッチを困難にするでしょう。
あと20年といえば2036年、戦後90年とするなら2035年がこの境界です。このハードルに直面するまでに、我々は初代と二代目が築いた富と知恵を食い潰すのをやめて、実業を取り戻さなければならないようです。果たしてできるでしょうか。

虚業と実業の話は算命学のカバーする領域なので話は尽きませんから、また別の機会に改めて論じることにして、今回の余話のテーマは虚と実に少し関連する形で、陰陽についての考察を十大主星にからめて進めてみます。
十大主星の陰陽といえば、貫索星が陽星で石門星が陰星で…という一般論をまず思い浮かべますが、今回はその話ではなく、より高度でややこしい話です。十大主星は周知の通り陽占のアイテムですが、では陰占とは全く別物なのでしょうか。
とんでもない。陰占とは切っても切れない密接な関係性があり、だからこそややこしいのです。それなのに陰占と陽占は往々にして別物のように論じられるのはどうしてか、ということについて、やや専門的で、華やかではない地味なお話をします。
地味ではありますが、実のある話です。前回の余話は鳳閣星を論じましたが、対になる調舒星を論じる前に、是非とも語っておきたい話なのです。なぜなら鳳閣星は伝達の実を、調舒星は伝達の虚を暗示しているからです。

(この続きは「ブクログのパブー」サイト [http://p.booklog.jp/] に公開しました。副題は「十大主星の背後を見る」です。「算命学余話 #R6」で検索の上、登録&ざるそば一杯分の料金をお願い致します。登録のみは無料です。)
by hikada789 | 2016-07-17 21:35 | 算命学の仕組 | Comments(0)
この春、大々的な宣伝に乗せられて若冲展に赴いてみたのだが、長蛇の列に心が萎えて入らなかった。あちこちのテレビ特番を見たからまあいいか、と締めくくりに澤田瞳子の小説『若冲』を図書館で予約して満足し、最近読了したのだが、つまらなかった。この作家は時代小説で賞を獲っている実力者らしいが、ロシア文学に慣れた目にはどうにも人物も思想も薄くてひとつの共感も覚えない。「そんな動機で絵を描くかねえ」。或いは単に宇宙人はロシアのせいでもう歴史物が読めないカラダになっただけなのやもしれぬ。

共感しないといえば、楽しみにしている『進撃の巨人』のアニメ第二期が延期に延期を重ね、見たいものがないのでとりあえず澤野弘之の音楽目当てに、先シーズンは『甲鉄城のカバネリ』と『ガンダム・ユニコーン』を見てみたが、やっぱりだめ。共感しない理由は登場人物の若さではなく、行動原理の浅さである。怒りや悲しみの原因に納得できない。動機がひどく短絡的に映り、人間はもっと複雑な思いが重なってこんがらがった末に、複雑な怒りや悲しみに突き動かされるものなのでは、とナナメに評価を下してしまう。
原因が1つや2つでは、人間は突き動かされたりはしないし、そもそも人間関係はもっと複雑なはずなのに、登場人物のからみ合いがひと通りかふた通りくらいしかなく、ひどく幼稚な情景に映るのだ。まあ、宇宙人が年を取ったということなのだろうが、ネットで繋がる現代の若者がこうした複雑で面倒くさい人付き合いを敬遠した結果、このような作品群が生まれているとするなら、近い将来の創作の現場は単純且つ貧相なものになるであろう。
澤野弘之の音楽は相変わらず冴えているが、あの音楽の力強さや重層さは、単純な動機で簡単に泣き笑いするキャラたちには合わない気がする。作品の世界観と音楽が合っていなかった。『進撃の巨人』は実によく合っていた。『巨人』のキャラたちはどいつもこいつもクセがあって価値基準がバラバラなのを、巨人討伐の目的で無理やりひとつに束ねることで重層感が出たのだ。人間と巨人とのサイズ差も価値基準の落差にひと役買った。複雑系の勝利である。

その澤野の音楽が聴こえたので、今シーズンの新作を見てみた。『東離剣遊紀』とかいう人形劇で、台湾の人形劇団と日本のアニメ制作会社とのコラボ作品である。香港映画によくあるワイヤーアクションをお人形さんにやらせるという乱暴な人形遣いも驚きながら、人形の顔が実に美しい。これは台湾人の美意識なのか、それとも彼らが感化された日本の漫画の美意識なのか、とにかく女子ウケする眉目秀麗長髪男子のオンパレードである(フィギュアを売って儲ける目論見なのかもしれない)。瞼の開閉と下唇しか動かない涼しい顔と(なぜか全員アヒル口)、人形が壊れるのではと心配になるほどの激しいアクションシーンとのギャップが重層感を醸しているから、澤野の音楽ともマッチ度が高い。武闘シーンで血を吐く演出が中国仕様で安っぽいのが残念だが、人形劇としてはかなり無茶なことをしているので、物語はともかく(多分つまんないよ)、しばらく見てみようという気にさせてくれた。少なくとも『カバネリ』や『ユニコーン』ではそういう気分にならなかった。尤も、中国文化というやつはどういうわけかスタートダッシュで全てを出し尽くしてしまい、回を追う毎に品質が下がるのが常なので、期待は禁物である。
しかし人形劇といえば日本にも川本喜八郎や文楽があるが、台湾人形劇がここまでやれることを考えると、日本の老舗人形劇も改革を迫られるかも。阿古屋がお琴や三味線を奏でるレベルでは太刀打ちできない。文楽も現代のサブカルチャーとコラボして飛んだり跳ねたり爆発したりする日は近いやもしれぬ。

ついでに『劇場版ベルセルク』の続編もテレビ放送が開始されたが、こちらもウーンな出来。CGの多用がどうしても手抜きに見えて好きになれない。劇場版は丁寧な作りが見ていてよく判ったが、テレビは予算が足りないのかな。主役以外の脇役のつくりが雑なんだよね。視界の端っこが気になる宇宙人なのだった。
by hikada789 | 2016-07-15 17:09 | 宇宙人の読書室 | Comments(0)
龍高星と玉堂星のそもそも論を掲げた余話#U116と#U117は、思った以上に人気の回となりました。龍高星は調舒星と並んで算命学界におけるお騒がせ星なので読者の関心が高いのは頷けるのですが、並列させた玉堂星は一般には地味な星とされており、敢えて龍高星と比較してその類似点と相違点を際立たせたことで、知性の陰陽とは何ぞやという視点から興味を持って読んでもらえたようです。

ところで龍高星・玉堂星という知性を司る星の話は、執筆する側としても気持ちがいいです。資本主義からこっち、知性を剋す対立項である経済(金銭)の勢力が世紀をまたいで伸長し続けており、相対的に知性や理性が劣勢に立たされている今日、巷では佐藤優氏をはじめ知性主義の復権を叫ぶ書籍がちらほら出てきました。木火土金水の五行はこの世に平均的にばらけているのが良いのですが、地球の重力を味方(魅力)にしている土性(禄)はいつの時代にあっても力をつけ易く、相剋関係にある水性(印)と木性(福)はその犠牲になりがちです。土性に限らず五行のひとつが過度に偏重した世界というのは、宇宙の淘汰の対象になるので長続きしません。従って、偏重を避けるには劣勢に立たされている五行を手助けしてバランスを取り戻す必要があります。
私自身が水性偏重の命式ということもあり、知性星の紹介を重ねて社会におけるこれ以上の禄の伸長を抑えようと微力を尽くしているわけですが、勿論知性だけに偏っても世界は歪むので、算命学余話も五行に平等に話題を振り分けなければなりません。

というわけで、今回のテーマは十大主星の基礎話に立ち戻り、財星とは逆の方向から知性星と対立する、寿星についてです。寿星とは鳳閣星・調舒星のことで、健康や寿命を司り、また伝達本能を担当している星でもあります。どうして健康や寿命が伝達とセットになっているかは後述しますが、既にお気付きの方もおられるように、私はこの寿星というのが苦手で、これまでほとんど取り上げてきませんでした。
なぜ苦手かというと、人体図に置き換えれば知性星というのは頭部に当たり、文字通り頭を使った話をすれば良かったのに対し、寿星というのは腹部に当たり、腹部といえば聞こえはいいですが、要するに生殖器のことなのです。つまり寿星を扱うとどうしても話が下ネタになってしまうので、筆が進まなかったわけです。
知性の対立項として取り上げるなら、まだしも財星の方が書きやすい。というわけで金銭第一主義の今日の社会批判をはりきってやってきたのですが、水性との対立軸で考えれば「水火の激突」の相手である火性の動向も無視できません。「水火の激突」の顕著な現象を促す推逆局と円推局については既に余話で述べましたが、局法の解説の前にまず寿星について論じるべきだったと思い至り、下ネタを恐れず、今回は寿星の陽星である鳳閣星にフォーカスしてみます。

GDPやら所得額やら納税額によって人の人生の良し悪しを判断しようとする昨今の風潮は、算命学的には明らかに禄の偏重であり、知性(印)を欠いた活動形態です。そして禄の偏重によって減退した印は、相対的に火性に属する寿の伸長を許し、火性は土性を生じるためますます禄の世界に勢いを与える、という悪循環が現代社会に蔓延しています。人間は五行のバランスを欠いた世界では快適に過ごせませんから、様々な心身の病がはびこる主原因はここにあると算命学では見ています。
寿が伸長するなら長生きできて良いではないかと思われるかもしれませんが、確かに現代社会は寿命は延びたものの、果たしてそれが幸せと同義なのかという点について議論されることは稀です。昨今では、寿命は寿命でも健康寿命が延びていないなら意味がない、という発言も聞かれるようになりましたから、この辺りで算命学が考える寿とは何かを基礎に立ち戻りつつ、星の特徴を眺めてみます。

(この続きは「ブクログのパブー」サイト [http://p.booklog.jp/] に公開しました。副題は「鳳閣星を基礎から考える」です。「算命学余話 #R5」で検索の上、登録&花鰹1パック分の料金をお願い致します。登録のみは無料です。)
by hikada789 | 2016-07-13 18:54 | 算命学の仕組 | Comments(0)
あまりの暑さに店に飛びこんだら、スポーツ用品店のセールに遭遇。冷房のきいた店内で涼みつつレザークラフトの参考になりそうなリュックやポーチを物色していたら、「いま流行りの」サコッシュなる製品に出会った。流行ってるの? 自転車や登山に便利な簡易ショルダーバッグで、マチもなく平たく、口は折りたたんであるだけ。ポケットは任意。重たい物は入らないのでヒモも細く、代わりに肩当てが付いている。このような簡単な作りなら自作できそうではないか。そうだ、次回作はサコッシュ行ってみよう。
でももう暑くて革を前にカッターを構えたくないので、土星裏皮革工房は夏季休業に入るのだ。下の画像は休業前の最後の作品。アイボリー色はいずれも横マチ付きペンケースの試作品。紺のワニ型押し(反対側は白)は、以前スズメバチ色で作った通帳ケースの第2作。真ん中のスリムなペンケースでは、両端のレースかがりに挑戦した。モカ茶のレース部分がよく見えないが、シングルステッチと呼ばれる編み込み仕様で編んである。専用の編み針を使うのだ。レースかがりは装飾性が高く、強度もそこそこあるが、出っ張るのと、糸縫いに比べてスキマができる難がある。糸縫いと手間は同じで、牛革レース一本はファスナー程度の費用がかかる。まあ好みの問題。
今回はペンケースとして作りましたが、この種のバネホックで留めるタイプはメガネケースにありがちなので、ご注文あればサイズを変えてお作りできます。また通帳ケースに使用されているワニ型押しのハギレは、紺の他に黒とオレンジ茶が少々あるので、ぜひワニで、というご希望あれば今のところお引受けできます。サコッシュを作るほどの面積はありませんが、ポケットやワンポイントには使えましょう。

この他、割れて使えなくなった合皮のベルトをリメイクしようとしたら、クラフトの先生から「このベルトは表革が本革で、裏革だけが合皮だ」と指摘された。確かに割れているのは裏革だけだったので、急遽リメイクを修理に切り替え、表裏の革を貼り付けているミシン糸をほどき、割れた部分の合皮を10センチほど切除し、同じ厚みの本革を同じ大きさに切り出してここへ貼り付け、サイドを手縫いで縫い付けた。さすがにミシン糸の縫い目と手縫いの縫い目ではサイズに大きな差が出るので、新品同様に復活させることはできなかったが、表革の本革が無傷で残ったので、見た目にはさほど目立たない修繕痕で済んだ。ベルトよ、生きてまだまだ活躍するのだぞ。
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by hikada789 | 2016-07-10 21:22 | その他 | Comments(0)
佐藤優氏が『ニコライの日記』という明治時代に日本に長期滞在したロシア人宣教師の残した日記(中村健之介/編集訳)を勧めていたので、上中下三巻のとりあえず上巻を読んでみた。なかなか面白く、まだ若い宣教師ニコライの生真面目な人となりは勿論、彼が面会した当時の著名人、例えばドストエフスキーやプチャーチン及びその娘、日露の政治家や文人の顔ぶれとその印象など、一個人から見た素朴な素描が新鮮であった。ニコライの憂鬱が思うように宣教が進まなかったことではなく、第一に金策であったこともリアリズムなのだ。精神世界を清めようと志す若い意欲が、活動のために方々へ寄付を頼みに奔走することでへこまされていく様が、ロシアという国民文化をそのまま表している。
クリミア併合に伴う経済制裁で、現在ルーブルは長期暴落中。失地挽回のために参戦した対テロ空爆と、トルコによる撃墜事件。先日トルコの大統領はプーチン親分にとうとう詫びを入れて仲直りしてもらったが(親分に勝てるわけないんだよ)、あれは英国がEU離脱を決めたことで動揺したEUが、もはやトルコになんぞ味方する余裕がなくなった露骨な表れだという。ロシア政治は今日もリアリズムにしっかり根を張っているのであった。
そんな泥沼な現実から少しでも抜け出すべく異常に発達した文化イベントのお知らせです。

(1)国立モスクワ音楽院室内合唱団コンサート
創立150周年記念招聘公演。アレクサンドル・ソロヴィヨフ指揮。クラシックから民謡までほぼアカペラで歌うのですが、宣教師ニコライは自国の聖歌隊の歌うアカペラの讃美歌に涙しているから、発展の起源はこの辺にあるのですね。
◆7月19日(火)18時半開演、銀座ブロッサム中央会館、全席指定2500円
◆7月20日(水)18時半開演、神奈川県民ホール小ホール、全席指定2500円
◆7月22日(金)18時半開演、小山市立文化センター、全席指定2500円
◆7月23日(土)12時開演、新宿文化センター(第3回ロシア音楽祭特別客演)、自由席1000円

(2)第3回ロシア音楽祭
ロシアの民謡、音楽、舞踊のアマチュア愛好家団体による交流演奏会。7月23日(土)12時開演、新宿文化センター、自由席1000円。

(3)スラバのスノーショー
「2014年日本初演で2万人を動員した体験型ファンタジーショー、奇跡の再上陸」だそうです。溶けそうに暑い日本の夏に涼しい吹雪のパフォーマンス。
◆大阪公演=7月15日(金)~26日(火)森ノ宮ピロティホール
◆東京公演=7月30日(土)~8月14日(日)シアター1010(センジュ)

(4)2016国立ボリショイサーカス
毎年この季節にやってますが、7月16日(土)より東京体育館ほか各地で公演。
そういえばシルク・ド・ソレイユとどちらが面白いかと訊かれたことがある。シルクは観たことないが、ストーリー重視、ビジュアル重視という印象がある。ボリショイはお国柄、動物曲芸が多彩だ。ワザの難易度は大差ないのでは。最近、アクロバット体操世界選手権なるスポーツ映像を見たが、とても人間技とは思えないチーム曲芸を器械体操並みの姿勢完成度で競っており、当然どの種目もロシア勢が上位を独占したのであった。日本チームは出てなかったから東京五輪の種目にはならないのかも。

(5)第1回ロシア映画上映会
KINO(キノー)なる有志が始めたロシア専門の映画上映会が7月30日(土)に武蔵小山で開催されます。今回は日本初上映となるミハイル・カリク監督作品「さようなら、少年たち」(1964年モノクロ)。15時からSTUDIO4、20時から武蔵小山アマラブ。いずれもワンドリンク付き1000円。完全予約制なのでこちらのHPへご予約下さい。
by hikada789 | 2016-07-08 19:09 | ロシアの衝撃 | Comments(0)
当ブログの読者は算命学を多少なりとも知っている人ばかりですが、残念なことに専門的な資料を集めて真面目に学習している人よりは、雑誌やネットに掲げられた数行の無料占いを一読して「知ったつもり」になっている人の方が多く、そうしたあやふやな聞きかじりに依拠して自らを診断してしまう剣呑な習慣が幅を利かせていることが窺い知れます。実に危険です。なぜなら鑑定ミスは確実に運勢を下げるからです。
かく言う算命学余話もそのような「浅い聞きかじり」に使われている懸念が払拭できないのですが、真面目に資料を当たっている学習者もまた放ってはおけないので、後者の利益となることを期待して余話を書き続けております。

前回の余話#R3は、世間話を連ねたにもかかわらずいつもの読者数を越えました。果たしてこの数がキープできるか微妙なところですが、今回の余話は#R1と#R2を突き合わせた感じの内容の鑑定事例です。対象は先日亡くなった元ボクサーにして人権活動家のモハメド・アリ氏。日干支は庚午なので、#R2で一般的な性質を参照下さい。
この種の一般的な性質の解説は無料占いの得意とするところですが、庚午日生まれの人が誰しもアリ氏のような著名人になれるわけではないことは明白です。更に絞ってアリ氏と同じ生年月日の人もあまたおりますが、アリ氏と同じ人生を辿った人は一人もいません。一体何が違ったのか、そうした点を明らかにするために#R3のような世間話に寄せた思想上の考察が必要になってくるのです。この点はとりあえず両方を読んでくれている読者に頷いてもらうことで満足して、今回は鑑定の実践から守護神の特殊な取り方について言及してみます。購読料にご注意下さい。なおアリ氏の陽占は八相却局に準じる形なので、余話#U111「却局の濁と比和」も同時にご参考下さい。

無料占いが掲げる一般論がなぜ危険かというと、算命学には優先順位があって、いわゆる格の高い命式(非常に特殊な命式。人格が高いわけでも、幸運なわけでもありません)に当てはまっている場合には、その命式の特徴を優先するために一般論を無視するからです。
典型例としては、完全格に入格している命式は、一般的な守護神つまり調候の守護神を取りません。調候の守護神というのは、文字通り五行を調整して自然な力の発揮を促すためのファクターです。従って完全格のように著しく偏った命式を調整しようとしても、焼け石に水になるのではっきり言って役に立ちません。そんな調候の守護神は無視してしまっていい。完全格には完全格に相応しい「偏った守護神」の方が威力があるので、こちらを優先するのが正しい処方になるのです。

(この続きは「ブクログのパブー」サイト [http://p.booklog.jp/] に公開しました。副題は「モハメド・アリの守護神」です。「算命学余話 #R4」で検索の上、登録&国産焼き海苔1パック分の料金をお願い致します。登録のみは無料です。)
by hikada789 | 2016-07-05 17:12 | 算命学の仕組 | Comments(0)
日舞を始めた友人が古道具屋で稽古用の扇を安く購入したところ、間違って能の扇を買ってしまった。宇宙人もまたリサイクル店で、デパートで仕立てたとおぼしき高級浴衣を破格購入したが、しかしサイズが小さかったので、友人とそれぞれの掘り出し物をバーターすることにした。金銭を介さないやりとりって清々しいなあ。
問題の扇は木の箱に入ったいかにもな高級仕様で、二本も入っており、一方は金地の負け修羅扇、もう一方は銀地の春秋草花扇というセット。誰かが特注したのかもしれない。金地の方はほぼ未使用、銀地は要に修理が必要だが、もちろんまだ使える。

宇宙人は以前『能を彩る扇の世界』という本を読んで、流派によって扇の骨の形が異なることを知っていたので、これが金春流の扇でないことはすぐに判ったが、手描きの一点もの扇が高価であることもまた知っていたので、とりあえず先生のところへ持って行った。すると案の定、扇は観世流のものであり、しかし骨を入れ替えれば金春の扇に再生できるという。そういうワザもあるのだな。というわけで、とりあえず修理が必要な銀地の扇は先生のお預かりとあいなった。古道具屋の箱の中で一生を終えたかもしれない扇に活躍の機会が与えられることを思うと、何やら嬉しい。修理が安く上がることを祈ろう。

宇宙人も革ハギレの再利用に勤しむ身であるが、ここのところ暑くて、そろそろ休業である。夏休み前の最後の作品になるかもしれない注文品の、シルバー3点セットが仕上がった。メガネ&スマホケースと、L字ファスナー小銭入れと、風呂敷ハンドル。初めての作品は試行錯誤の末の完成だったが、注文主は大層喜んでくれたので、成功ということにしよう。ベルトやループはいろいろバリエーションがありえたが、一番事故の少ないものにした。カシメ打ち棒や打ち台もとうとう購入した。もう工房稼業に突き進むしかないな。
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by hikada789 | 2016-07-03 20:18 | 宇宙人の能稽古 | Comments(0)