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土星の裏側

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宇宙人と呼ばれた人達の診療所

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先日パソコン作業中にアラーム表示が出て、「ウィルスの類を検出した、除去しますか」といった内容だったので「OK」をクリックしたら、なんと除去してくれたのは広告ブロックツールでした。お蔭で今まで煩わされずに済んでいたチカチカと目にうるさい広告が画面のあちこちに現れ、大いに仕事の妨げに。このブロックツールは数年前に無料でダウンロードして以来好調だったので触らずに来たのに、何てことをしてくれるのだ。これがユーザーに対するサービスのつもりか。
現れた広告はもちろん「商品を買わせるため」のもので、売り手からすれば広告ブロックツールは営業妨害になるから外させたいのは判るけれども、商品に興味のない人間の仕事の効率を下げてまで押し売りするつもりかと、不快感でいっぱいになりました。しかもその誘導に「ウィルスの脅威」を持ち出したところが嫌らしい。人の心の弱みにつけ込むとはこのことです。
結局、旧来のブロックツールはここ数年の間に更新されていて面倒になっていたので、新たなツールを探してダウンロードし直しましたが、その間もちろん仕事は中断を余儀なくされました。迷惑千万です。今日ではこのような迷惑商法が、ネット空間において通例になっているというわけでしょうか。世の中間違っています。

他にも間違った世の中の話。米国では医者が処方する鎮痛剤として、随分前からヘロイン並みに依存性のあるオピオイド系鎮痛薬が世に出回っているそうです。そしてその過剰摂取により命を落とす一般人があまりに増えて、最近になってようやく問題視されるようになったと。
当地の医者の話によれば、彼らが医学生の頃は「痛みは克服すべきもの」として認識され、「良い医者なら患者を痛みから解放する処方ができて当然」という価値観の下に鎮痛剤の濫用が奨励されたといいます。しかし痛みの根本原因を除去せず対処療法として薬物を与え続ければ、いずれ患者の体は慣れて、更に強力な鎮痛剤を欲しがるようになる。そういう予測をどの医者もせずに、製薬会社に促されるままに薬を処方し続けた結果、麻薬に手を出しているわけでもない一般市民が次々と薬物中毒に陥り、命を落とすか、更に危険なヘロインに手を出して身を滅ぼすかするようになった。これが現代米国社会の姿だということです。
オピオイド系鎮痛薬は、頭痛や関節痛、手術後の鎮痛剤として普通の病院が日常的に処方しているので、病院に行ったら最後、患者は中毒の道から逃れられません。危険なオピオイド系薬物を一般医療薬品として合法化したのは製薬会社ロビーです。中毒になれば患者が更に薬を欲しがるようになることは判っている。売り手としてこんなおいしい商売はありません。
しかしここに商業倫理はあるでしょうか。私は19世紀のアヘン戦争を思い起こしました。良質な茶葉や絹織物を生産する清朝中国からの輸入を膨らませ続けた英国は、自国に貿易赤字を解消するだけの商品がないものだから、代わりにアヘンを清朝に売って貿易均衡を取り戻そうとしたのでした。そして自国民がアヘン漬けになったことに激怒した清朝は英国と戦争し、完敗して植民地へと落ちぶれていったのです。商人とは、こうまでして儲けたいものなのでしょうか。

算命学的見地から申しますと、最初の広告の話は広告が「伝達」であることから火性と、広告によって儲けたい「財」を司る土性との、コンビの構図です。次の鎮痛薬の話は命に係わる部分は「寿」なので火性の領分、儲けたい製薬業界は「禄」なので土性の領分、オピオイド系鎮痛薬が危険薬物であることを知らずに処方されている一般人たちは「知識」を阻害されているので、「印」つまり水性の減退と見ることができます。
五行の相関関係より、火性は土性を生じ(火生土)、土性は水性を剋する(土剋水)。それが様相として顕現したのが上記の社会現象です。

ところで、五行の相関関係はいずれも偏りなく均衡を保っていると考えて間違いはないのですが、厳密に言うなら、この均衡の中にも若干の差があることは知っておかなければなりません。それは火性と土性の関係です。
算命学では「火母(かぼ)に従う」という格言があるのですが、同じ相生関係の中でも火性と土性の関係は、他の五行に比べて密接です。そしてその強い結びつきは、宿命鑑定の中でも当然考慮していなければならないものです。
今回の余話はこの「火母に従う」がどういう理屈から言われているのか、その根拠と、鑑定における技法としてどう活かしていくかを考察します。

(この続きは「ブクログのパブー」サイト [http://p.booklog.jp/] に公開しました。副題は「火母に従う」です。「算命学余話 #R63」で検索の上、登録&柏餅1パック分の料金をお願い致します。登録のみは無料です。)

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by hikada789 | 2018-04-29 19:30 | 算命学の仕組 | Comments(0)
宇宙人が幼少の頃より根強い人気のスナック「キャラメルコーン」のチーズ味というのが店頭に並んだので買ってみた。開けてびっくり、キャラメルコーンより大振りのコーンスナックにチーズパウダーがまぶされてまるで……カールのチーズ味ではないか。味も極似で二度びっくりだ。
明治さん、あなたのカールが東日本から撤退した後で、東ハトさんがこんな事を。サイズといいキャラメルコーンのシリーズとは別物に思えるが、おいしいです。カール懐かしいな。好きでした。でもそれほど食べていたわけではない。そもそもスナックをあまり食べないからだ。今回たまたま買ったのは、このところ暑くてビールを飲んだのでそのつまみ。あの暑さがなければこの邂逅はなかったかも。新しい出会いは非日常から。

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by hikada789 | 2018-04-23 21:03 | その他 | Comments(0)
来たる仕舞会の地謡稽古をしていたら、演目の一つである『草紙洗小町』のこんな文句が気になった。

〽大和歌の起こりは あらかねの土にして…

宇宙人「先生、あらかねって何ですか。大和歌の起源を語っているのに、これではせっかくの起源が判りません」
先生「さあ…知らないですねえ」
宇宙人「…お弟子が舞台で披露するというのに、謡う方が知らないでは済みませんよ。あらかねといったら古代製鉄の話くらいしか思い浮かびません。私の手元には平仮名であらかねとあります。漢字が判れば意味が想像できるかも。先生の本ではどう書かれてますか」
先生「こちらも平仮名ですね」
宇宙人「……」(宇宙人の無言の圧力に屈して、注釈付きの謡曲全集をごそごそ取り出す先生)
先生「あ、あった」
宇宙人「よかった、何と書いてありますか」
先生「『あらかねは、土の枕詞』だそうです」
宇宙人「……だめじゃん!(なんで枕詞になったのか語源を知りたいのにー)」

仕方ないので帰宅後ネットで調べたところ、あらかねとは「粗金」で、やはり製鉄が語源であった。鉄製品を作るための原料である粗金が土に埋まっていることから、土にかかる枕詞になったという。また金属を鍛えるために叩く道具である鎚(つち)と土をかけてあるとの説もある。なるほど。これで心迷わず謡えるのだ。

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by hikada789 | 2018-04-20 23:09 | 宇宙人の能稽古 | Comments(0)
ひと昔前の日本の子供たちの学業レベルは、理系をはじめ世界のトップクラスでしたが、昨今は「ゆとり教育」の弊害かどうかはともかく、上位ではあれどトップではなくなりました。代わりに上位にランクインしたのは東アジア諸国です。これらの国々は、日本が高度成長していた頃はまだ食べるのがやっとな状況だったので、教育に時間やお金を掛けられなかったのもやむなしでした。
しかし経済発展により教育に余裕の出てきた今となっては、こうした国々も日本とほぼ同等の条件で競争できるようになったのだから、日本を凌駕するランクになっても不思議はありません。日本の子供も特にアホになったわけではないし、もっと厳密に比べるのなら、途上国にはまだ教育を受けられない寒村や人種的マイノリティの子供たちが大勢いて、彼らはそもそも学校に通っていないという事実があります。彼らはこうした国際ランキングを成立させているテストを受けておらず、データとしてカウントされていない。カウントされているのは比較的裕福な家庭の子供たちだけであり、そうした家庭では子供の教育に熱心なのが普通です。
一方日本は、いくら「貧困家庭」が増えたからといっても義務教育を受けられない子供はいません。もし子供を学校へやらない親がいたら、通報される国なのです。そのため教育熱心でない家庭の子供であっても学校へは行くし、テストも受ける。それが反映されてのトップ陥落なのだから、国際ランキングなど当てにはなりません。そのように考えてデータを冷ややかに眺めるのが、大人の正しい態度だと思います。

ところでこの種の子供のお利口ランキングの最近のトップを飾る国の中に、フィンランドが入っています。データを冷ややかに眺められず、日本の子供の学業低下を真に受けた大の大人が、わざわざフィンランドに赴いてその教育の実体を調べたところによると、フィンランドは十数年前に国家政策として、教育の目的を「納税者を増やすため」と定義し、その方針に基づいた教育改革をしたとのことです。その結果、国際ランキングのトップに躍り出たと。
この話を聞いて私は思わず噴き出したのですが、調査メンバーは大真面目にこれを称賛し、日本の教育もそうするべきだといった風でした。つまりこのフィンランドの政策を、私はボケと捉えてツッコミの冷笑で反応し、調査メンバーはボケとは取らず同調したわけです。
さて、読者の皆さんはボケと捉えたでしょうか、それとも同調したでしょうか。ボケと捉えた人は、「教育」という概念の中に「教養」も含まれている人なのでしょう。そしてその教養を、人生を豊かにするために大切なものだとお考えのことでしょう。同調した人は…当ブログをこれ以上読んでも意味がないのでは?

世間の思い込みが自分の思い込みと違うという例として、平野啓一郎氏の小説『決壊』から少し引用してみます。このくだりは、猟奇殺人犯の反社会的演説という形をとっているため極論として描かれてはいますが、厳しい真実を突いています。

――「幸せになる! これは最早、人間が、決して疑ってみることをしなくなった、唯一至上の恐るべき目的だ! <幸福>こそは、現代のあらゆる人間が信仰する絶対神だ! あらゆる価値が、そのための手段へと貶められ、このたった一つの目的への寄与を迫られている! 人間は<幸福>という主人に首輪を嵌められた奴隷だ! 一切の労働、一切の消費、一切の人間関係が、ただこの排他的で、グロテスクなほど貪欲な飼い主の監視の目の下で、鞭打たれながら行われている! いいか! <幸福>とは、絶対に断つことのできない麻薬だ! それに比べれば、快楽などは、せいぜいその門番程度の意味しかない! 違うか? 人間は快楽を否定することはできる! しかし<幸福>を否定することは絶対に許されない! どんな人間でも、絶対に<幸福>を目指さなければならない! どんな形であれ、それは全面的に肯定され、称揚されなければならないのだ! <幸福>のためならば人間は、どんな犠牲でも払うべきだ! <幸福>を愛する心! それはファナティックで、エロティックで、熱烈極まりない、現代の最も洗練され、先鋭化したファシズムだ!」――

算命学は陰陽五行で世界を見ているので、陰陽のどちらかとか、五行のうち一つだけとかに世界が偏ることを嫌いますし、そんな世界はあり得ないという立場です。偏りが限界に達した途端、世界は顛倒し、中身はシャッフルされ、事態が沈静化した頃には、結局陰陽のバランス、五行のバランスは均一に戻ることになる。だから過度の偏りは、痛い目を見るだけ損になる。そういう考えです。
冒頭の教育の話では、フィンランドが国策で教育(知性)の目的を、納税という財政保全(財)に集約したことで、人間の知性を金儲けの手段へと引きずり下ろしました。知性と財の関係は、土剋水が故に、カネによって知性(判断力や品格を含む)が曲げられる可能性が高いとはいえ、これを国家が承認推奨するというあからさまさに、算命学は危惧を抱きます。なぜなら国家政策により金銭欲が「善」として国民生活に浸透するからです。これでは国は禄(土性)に偏重し、いずれ顛倒することになります。顛倒がどういう形をとるかはともかく、顛倒によって知性は、将来的にはその虐げられた地位から脱することになりますが、当面は苦戦を強いられます。

『決壊』の引用部分は、私も思わず膝を打った盲点でした。<幸福>もまた、五行のうちの一つに過ぎないというのに、失念するほど常識化していたのです。『決壊』の別の部分では、「不幸な境遇に生まれついた者に対して、ガンバッて幸福な人生を切り拓け」と当然のように鼓舞する世間の無責任な説教を揶揄するくだりもあります。
「幸福を否定するなんて、余程心が歪んでいる人ではないか」と考える人は多いかもしれませんが、五行説の観点から言えば、そう考える人は五人に一人であり、残りの四人は実は否定的立場であるか、まあ賛同してもいいよといった日和見の立場であるかです。

今回の余話は、こうした五行説から見た人間の価値観について考察してみます。算命学の基礎思想なので新しいものではありませんし、鑑定技法にも関わりませんが、世界や宇宙を干支で表現する算命学が、宿命の異なるあの人この人の、異なる価値基準をどう紐解くか、それが把握できれば人間関係もスムーズになろうというヒントの話です。
ところで前回の余話#R61は、亡くなったホーキング博士の宿命解説でしたが、算命学を全く知らない友人が興味本位で購読し、さすがに専門用語は判らなかったが大意はつかめたし、面白かったと好評してくれました。「鑑定技法に関わらない」と銘打った回でもそれなりに読者を確保していますし、もしかしたら既に算命学の思想を実生活に取り入れて、より生きやすい、豊かな人生へと方針転換している人も増えているのかもしれません。

(この続きは「ブクログのパブー」サイト [http://p.booklog.jp/] に公開しました。副題は「価値観と五徳」です。「算命学余話 #R62」で検索の上、登録&苺ロール1巻分の料金をお願い致します。登録のみは無料です。)

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by hikada789 | 2018-04-18 15:12 | 算命学の仕組 | Comments(0)
村田諒太の初防衛戦をテレビ観戦後そのままつけっぱなしにしていたら、報道番組になって引き続き村田の勝利インタビューに突入した。試合が終わったからには例によって画面は見ずに耳だけで聞いたのだが(目と手は別の作業をしている)、村田のインタビューはいつも意表をついていて面白い。何より自分の言葉で語るから賢さが伝わる。宇宙人は賢い人が好きなのだ。
昔のボクサーといえば頭叩かれすぎた人の言葉といった感じの残念なインタビューばかりだったが、最近のボクサーは文法がしっかりして、試合直後でもちゃんと頭を働かせるだけの冷静さがある。村田はその最たるもので、自分が言いたいことだけを言うのでなくちゃんと相手の話も聞いている。だからツッコミもできるし、拒否もできる。そう、拒否していたね、番組司会の「あなたの気持ち判かります」的な言葉の押し付けを。宇宙人、思わずにやけてしまったよ。
No.1064に掲げた平野啓一郎の「言葉を押し付けられる苦しみ」というやつだ。どうして人の心を自分が代弁できると思い込むのだろう。そしてその行為の失礼さに、実際は何も判っていないくせにさも判っているといった素振りをして相手の発言を妨げる行為の失礼さに、なぜ気付かないのだ。まったく「ヘドが出る」。宇宙人がヘドを感じる人間は、この種の頭の弱いタイプである。世間受けしそうな一般論をさも常識人であるかのように披露しつつ、世間の善意を代弁しているつもりになって自己陶酔に浸るタイプだ。そのくせ自分が認める「一般論」から外れた発言が飛び出すと、取り繕うのに必死になる。「そういう発言は困りますよ、段取的に」。インタビューしておきながらその態度こそ失敬ではないか。
村田は試合直後のテンパった体調にも拘わらず、ちゃんとこの思い上がった司会を押しのけて、短い時間に反論して、自分の言葉や感想を述べたのだった。しかも内容は理に適っており、どこかから借りてきたいようなありきたりなお決まりフレーズではなかった。ちゃんとその場で考えて放った言葉だったのだ。思えば彼のボクシング・スタイルがそうであった。長い左腕で相手の頭を押しのけ前進を阻みながら、右のパンチを浴びせるのである。インタビューでこれだから私生活でもそうなのだろう。子供達よ、こういう大人を見倣うのだぞ。借り物の言葉を並べればうまくやっていけると思わぬことだ。この番組の司会のように生放送で恥をかくことになるからな。また自分がこう思うからといって他人様も同意見だと思い込んで物事を進めてはならんぞ。他者を尊重するとは、同意見でなくともちゃんと相手の意見に耳を傾けるということなのだから。

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by hikada789 | 2018-04-16 20:28 | その他 | Comments(0)
『角田川』(隅田川)を稽古しているのだが、わが子を探してはるばる京都からやってきた主人公の女が、京では見慣れない白い鳥を隅田川で見て名前を尋ねると、渡守が「沖のカモメ」と答えるくだりがある。ここから、かつて業平が詠んだ「都鳥」のことかしら的な風情溢れる対話が続くのだが、隅田川より更に東の荒川近くに住まう宇宙人ははっとする。この辺りによく見る白いカモメ。それはつまり、ゆりかもめのことですか。「あ、そうですね」との先生の答えに眉を曇らせる宇宙人。なぜならゆりかもめは、都内湾岸の交通機関の名称にさえなっている親しみ深い鳥ではあるが、湾岸周辺の住民にとってはカラスを駆逐するほどの攻撃性を有するギャング鳥だからだ。
といっても人間を襲うことはなく、その凶暴性の矛先は専らカラスである。ゆりかもめはカラスと色こそ正反対だが、集団による連携プレイを得意とする習性はカラスと似ており、カラスと縄張りが重なると激しい敵意をむき出してこれを集団で追っ払うことで知られている。皆さん見たことないですか。全力で逃げるカラスを追っかけ回しているでかいカモメの姿。宇宙人は川べりの遊歩道を散歩中に何度も至近距離でゆりかもめを見ているが、体長はカラスより大きく、態度も大きい。最大の特徴はその凶悪な目つきで、恐竜の末裔らしいガンの垂れ方をする。タコ・クラゲ型の宇宙人は、やつら肉食鳥の標的になりやしないかと足早に脇を通り過ぎるのであるが、あのヤクザな目つきに比べたらカラスの黒いつぶらな瞳など可愛いものだといつも思う。カラスは都市に暮らしてゴミを漁るから嫌われているだけで、同類を攻撃などしないのだ。カラスが雀や鳩を襲っている場面など見たことはない。
世間様は黒いカラスを悪と決めつけ、対照的に白いゆりかもめを善玉扱いしているようだが、見かけで物事を判断してはならぬという教訓がここにある。京の都から来た人には東の里に展開するシビアな生態系など知る由もなかろう。だから呑気に「都鳥」とか詠えるのだ。と思いを馳せながら稽古しております。
演能会のお知らせです。

(1)第四回 辻井八郎之能
◆日時:平成30年4月30日(月・祝)13~16時頃
◆場所:セルリアンタワー能楽堂(渋谷駅より徒歩5分)
◆入場料:6,000~10,000円。(当日券たぶんあります。カンフェティでも購入可)
◆見どころ:宇宙人の先生である辻井八郎師の演能会。今回は能『熊野』ほか、狂言1番と仕舞5番の番組です。仕舞にはちょうど『角田川』の都鳥のくだりが入ってます。

(2)第26回八歩会仕舞発表会
◆日時:平成30年4月21日(土)13~16時頃
◆場所:井草八幡宮神楽殿(荻窪駅よりバス10分)雨天決行。
◆入場:無料
◆見どころ:恒例の辻井師お弟子の素人発表会。宇宙人は地謡を端っこで謡います。なお終了後は、懐の寂しい宇宙人とスーパーのイートインでお茶会ができます。

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by hikada789 | 2018-04-13 18:07 | 宇宙人の能稽古 | Comments(0)
『進撃の巨人』3シーズン目終了以降永らく見たいアニメがなかったが、この4月は久々に見どころのある新作が始まり目を付けている。
まずは『メガロボクス』。『あしたのジョー』50周年を記念して制作されたパロディ風オリジナル作品。近未来の舞台で繰り広げられるボクシング物語なのだが、登場人物が面白い。矢吹ジョーもどきの天パーのドッグファイターの主人公に、丹下のとっつぁんもどきがイカサマを指示して不当に稼ぎ、銀パツの力石徹もどきが上から目線で勝負を挑めば、黒いよう子お嬢様がそれをプロモート。明らかに原作のジョーを意識した外道バージョンなのだった。
しかしただのパチモンでないのは、総監督がアニメ原作をリスペクトしすぎて作ってしまったことによる技術の踏襲だ。第一回を見た限りではCGはない。昔ながらの手書きを意識した画で、しかもGペンか筆ペンのようなぶっといタッチ。この監督は『進撃の巨人』の制作スタッフだったという。道理で画柄が似ているはずだ。昔のアニメを知る世代にはCGはナシだよね。力がないもん。元祖あしたのジョーと云えば「光るゲロ」だが、ああいう細工は力強い画力に添えてこそ映えるものなのだ。
今後はカーロス・リベラもどきやホセ・メンドーサもどきも登場するのかな。期待しよう。

もうひとつ『ゴールデンカムイ』も期待できそうな第一回の出来であった。ヒグマやオオカミといった動物の描き方が精巧で、プロの技を感じたよ。逆に人間の方は割と雑なデザインで、それが狂気を醸してて良かった。話はエグイが綺麗事がなくていい。このクオリティで続けてくれれば毎回見よう。

あとはいまいち期待外れの『銀河英雄伝説』。この作品は宇宙人が中学生の頃に劇場アニメ化し、その後テレビではなくビデオ作品として連作されたが、子供向けでないリアルな画柄が大人の世界を醸していて高級感があった。今回は画を刷新してアイドル風になっており、安っぽくなった感じ。宇宙艦隊の戦闘シーンは良かった。ここは今も昔もクラシックのBGMを使うのだな。
尤もオープニング・テーマが澤野弘之だったので期待に目を輝かせたが、本編の音楽は別の担当者だった。残念。音楽だけでも澤野だったら見るのだが、この画では見続けられないかも。首から下が雑な画なんだな。立ち姿とか、椅子に座った姿勢がきれいに見えない。主人公は超絶美男子だし、脇役も軍人ばかりなのだから、姿勢には気を使ってほしかった。多分スタッフに画力がないのだ。
宇宙人はガンダム世代だが、ガンダムの頃のスペースアニメは皆姿勢がよかった。シャアとか不思議な立ち方していたよ。あれは制作スタッフがまだ日本軍人をリアルタイムで見ていた記憶のある世代だったからだろうか。昨今のCG頼みのアニメは、人間の動きのリアルを追求しすぎた余り、猫背の主人公とか平気で出すからなあ。目が拒絶するのだよ。宇宙人が認める最も美しい立ち姿の人物画を書く作家は『ファイブスター物語』の永野護である。最近新刊が出たが、相も変らぬ立ちっぷりにウットリなのだ。

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by hikada789 | 2018-04-10 19:03 | その他 | Comments(0)
宇宙という言葉の由来は、中国の思想書『淮南子』に「往古来今これを宙といい、四方上下これを宇という」と記されたことにあるとされています。つまり宙は時間を、宇は空間を意味しているので、宇宙とは時空というわけです。算命学では干支で世界を表現しますが、十干は空間を、十二支は時間を表しているので、干支は文字通り宇宙ということになります。これが東洋における宇宙の捉え方でした。
一方西洋は全く違う捉え方をしています。代表して英語を挙げますと、宇宙を英語でCosmosやUniverseと呼び、Cosmosとは「秩序ある統一」という意味で、反対語はChaos(混沌)です。Universeもまた「1つのまとまった存在」という意味で、Cosmosと似ています。これは一神教であるキリスト教の影響ということもありますが、西洋人の考え方によると「宇宙とはたった1つの法則によって出来上がったもの」であり、従って物理法則などの揺るがぬ法則を発見できれば全て解明できるはずの対象物なのです。そこには時間も空間もなく、統一原理があるだけです。これが西洋人の宇宙観ですから、西洋と東洋の人間がどんなに共通言語を操ろうと、結局は噛み合わないのも頷けます。

最近、理論物理学者のホーキング博士が亡くなりました。享年76。彼は世に出た頃から車椅子にぐったりともたれて動かず、この種の病ではあと何年も生きられまいと誰の目にも映りましたが、21歳から発病して結局健常者並みの長寿を全うしました。驚くべきことです。しかもその業績は更に驚異的です。並みの人間を遥かに超えた偉業、しかも体は動かないのですから100%頭脳労働で生み出した成果です。
その彼が我々人類に言い残した言葉の中に、「地球外生命体とはコンタクトを控えよ」というのがあるそうです。その心は、「人類史においては西洋人がアメリカ大陸を「発見」して現地と交流を始めた結果、アメリカ原住民は滅ぼされるか植民支配を受け、その土地は西洋人に乗っ取られることになった。地球もこれと同じで、地球から電波や探査機を飛ばして地球外生命体がこれをキャッチした場合、彼らの文明が地球を凌駕するものであったのなら、彼らは地球にやってきて、地球の先住民を滅ぼすなり植民地化するなりし、移住してその土地を乗っ取るだろうから」ということだそうです。

この話が絵空事に聞こえないのは、宇宙物理学の最先端を開拓し続けた博士が、誰よりも宇宙を知っているからです。西洋人であるホーキング博士だからこそ、このような危惧を抱くのでしょう。
尤も、西洋人とは違う頭で考える東洋人の我々は、彼が恐れたような事態をあまり想像しません。彼の宇宙は「統一された法則」に従うものなので、地球人が犯す愚は、当然宇宙人も犯すであろうという発想です。
我々の宇宙とは時空のことです。地球人が時空で暮らすように、宇宙人もまた時空で暮らしている。地球人が時空に制約を受けているように、宇宙人もまた時空に制約を受けている。その暮らしや制約の上で「地球の植民地化」が行われるという事態はあり得るでしょうが、もっと別の形の暮らしや制約の上での状態がありえるはずです。その具体性を我々はまだ想像もできませんが、可能性は無限にあります。そのように宇宙を考えたいものです。

さて今回の余話はずばり、ホーキング博士の宿命です。その業績、その難病、自ら自力で言葉を発することもできない体で、余人に真似できないほどの発信力を死の直前まで示し続けたこの人の命式は、一体どうなっているのかと見てみたら、目玉が飛び出るほど仰天しました。
一点の曇りもない完全格です。滅多にお目にかかれません。こんな宿命、実際にあったんですね。そもそもこの病気に罹患すること自体が珍しいのに、更に寿命まで生き続け、しかも寝たきり老人とはとても呼べない知的生産を、動けなくなった体の分を遥かに超えて成し遂げました。算命学学習者の方は、まあ見てみて下さい。見事な一色塗りです。この宿命にしてこの人生あり。そんなホーキング博士の命式を解説します。

(この続きは「ブクログのパブー」サイト [http://p.booklog.jp/] に公開しました。副題は「ホーキング、宇宙を回す」です。「算命学余話 #R61」で検索の上、登録&桜ロール1巻分の料金をお願い致します。登録のみは無料です。)

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by hikada789 | 2018-04-08 20:32 | 算命学の仕組 | Comments(0)
ボケに対してツッコミを入れるには、自分がブレてはいけない。どんなにボケ役がボケようともツッコミ役は視点を常に一定に保ち、決してボケに同調してはならない。漫才ならボケ役は一人だけだ。しかし世間の大勢がボケた場合、皆さんはそのボケに対して迎合せずちゃんとツッコミができますか。世間の非難や炎上を恐れずツッコミというファイティングポーズを取り続けられますか。
世間が森友問題やら文書偽造やらで政府を気楽に批判している間に、日本は国際政治において大きな失点を重ねているが、国民の多くがお気楽で無責任な政府批判という周囲への迎合を慢性化させているせいでその危機的状況に気付かない、と最近のラジオで佐藤優が語っていた。佐藤氏の鋭い分析は興味のある方に見て頂くとして、今回はNo.1060で触れた平野啓一郎著『決壊』の中から、「周囲に迎合する体質が慢性化するとツッコミができなくなる」点に関わる幾つかのポイントを引用しておきます。『決壊』については算命学余話で取り上げたいテーマもありますが、それは後日に譲ります。

――「誰に褒められるかに拘ってみせることは実は軽薄なんじゃないかと思う。(略)自分という人間が、そういう他人からの承認の束を支えとして存在しているという考えには、救われないんだよ」――

宇宙人が嫌いな言葉に「承認欲求」とか「自分へのご褒美」とかがある。承認欲求などは自我の強い欧米人の発想であり、当てはまる日本人の割合はもっと低いと思う。算命学から見ても承認欲求は「官」の範疇であり、五徳のうちの1つにすぎない。5人のうち4人は当てはまらない計算だ。「自分へのご褒美」など更に普遍性もなければ日本語もおかしい。自分に「ご」を使うとは。そのご褒美とやらは結局消費活動に帰結するのだから、物欲に拘るのは「禄」だけで、同じく5人に1人にしか当てはまらないではないか。この世の誰もが当てはまるかのようなこうした表現に宇宙人は白眼を向けている。平野氏、よくぞ言ってくれた。

――(現在も放映されている報道バラエティ番組を主人公らが眺めるシーンより)ボケ役の痩せた男がそうして暴走を巧みに演出すると、ツッコミ役の小太りの男がそれを良識的に和らげて、スタジオのゲスト・コメンテイターたちに受け渡した。(略)「まあ、ウケるんじゃない? こういうのが。乱暴なようで迎合的なことしか言わないから。なんとなく建前じゃない、本音を代弁してくれているような感じがするんじゃない?」――

――(殺人容疑をかけられた主人公が、自白を強要する警察の聴取を受けたことへの感想を述べるシーンより)「言葉を押し付けられる苦しみっていうのは、本当に体に響くものだよ」――

――「(非業の死を遂げた死者の遺族に対して)『お気持ち、分かりますよ』っていうのは、やっぱり反感を感じさせずにはおかないよ。(略)被害者への共感から、凄まじい敵意を抱いている(赤の他人の)人たちがいる。けど被害者って一体誰なの? 当人はもう死んでいる。どうして死者の今の気持ちが分かる? 存在さえしていないのに。どんなに耳を澄ましてみたところで、聞こえてくるのは結局、(死者の声ではなく)俺自身の声でしかない。絶対にね。(略)だけど今の社会はそうした共感による共同体という夢を、決して断念出来ないね。家畜の豚みたいに品もなく貪り続けてる。あらゆる他者との距離をゼロにして、分かる、分かるって相槌だけでべったり結び合うようなね。…ヘドが出るよ」――

平野氏の舌鋒に比べれば、宇宙人のナノダ節など豆腐のように柔らかであるな。

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by hikada789 | 2018-04-05 14:35 | 宇宙人の読書室 | Comments(0)
ご本人の許可を得て「あなたの山水画」を掲載します。ご協力ありがとうございます。
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1981年8月28日生 女性の山水画
戊 丙 辛
寅 申 酉
秋の山岳は太陽に照らされて映え、辺りの岩場には一本松がそびえる。
【解釈】
山岳のあなたは大らかで器が大きく、頼りにされる存在です。そのため両親や親類からの期待に応えようと精力を注ぎます。しかしプライドも高いため、頼まれるとイヤとは云えず、無理して引き受けて重荷に感じることしばしばです。そのため人間関係に疲れやすいので、あまり見栄を張らずに等身大の自分で生きるのが吉です。
キーパーソンは太陽である兄弟・友人・子供で、彼らと親密にするか、又は知的活動を活発にすると好転が期待できます。

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by hikada789 | 2018-04-03 12:51 | 宇宙人の鑑定実績 | Comments(0)