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土星の裏側

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宇宙人と呼ばれた人達の診療所

恋愛相談お断りの当鑑定では、結婚を前提にした相性判断や良縁判断、既婚者の浮気相談や離婚相談には応じています。前回の余話#R80では浮気や離婚と無縁ではない星の一例に触れましたが、この種のごたごたを起こしやすい命式というのは他にもいろいろあります。しかし毎度繰り返しますが、こういう命式だから必ず浮気するとか離婚するとかいう決まりはありません。あくまで因子として持っているというだけの話であり、実際に浮気や離婚に結実するには、その人の実生活での生き方や価値観による日々の積み重ねが、持って生まれた因子を起動させるだけの重みを得なければなりません。逆に、命式に因子のない人であっても、同様に日々の行いや、後天運の作用によって、思いもよらぬ事態に至ることもあるのです。
「では算命学の宿命判断などは結局どっちにでも転ぶ、当てにならないものではないか」と言われそうですが、私はその通りだと思います。だからくどいようですが、算命学による運勢判断や助言は、日々経験値を上げて暮らす立派な大人には無用なものなのです。算命学の助言が必要なのは、経験値の低い未熟な人か、事故や病気などで一時的に弱くなっている人だけで良いのです。そういう人が現状を俯瞰し、山中の遭難状態から脱して安全な登山道に戻るための道筋を教えるのが算命学の役目であり、そういう算命学の使い方が正しいのです。算命学の助言を丸ごと鵜呑みにするだけで自らの経験値を上げる意欲の無い人には、算命学が示す俯瞰図も道案内も効果がないでしょう。

ところでウラジーミル・メグレ氏が書き記す「アナスタシア」によれば、この世に浮気というものは存在しないそうです。なぜなら彼女の考えでは、夫婦は完璧な運命のパートナーであり、二人の共同作業として子供をもうける使命を自覚しているため、他の異性に目移りすることなどあり得ないからです。他の異性に目移りする、つまり浮気するということは、「その男女がそもそも夫婦でない」ということなので、夫婦でない男女がよその異性にちょっかいを出しても浮気と呼ぶには当たらないというわけです。痛快ですねえ。
如何ですか、パートナーの浮気に悩む世の皆さん。あなた方はそもそも夫婦でないそうです。その婚姻は間違っていて、間違った婚姻にしがみつくから苦しむことになるのだと。どうしてしがみつくのでしょう。間違った婚姻関係を継続するメリットは、配偶者の経済力であったり、子供の養育費であったり、世間や親への体裁や面子であったりします。しかしこれらはいずれも本来の意味での愛や子供の誕生とは関係がなく、従って本来の婚姻とも関係がない。どう転んでも、二人は夫婦でなかったという結論に至らざるを得ないというわけです。ユニークですね。

算命学は数千年前に確立した古代思想であり、現代のように婚姻届一枚で結婚が成立するという考えのない時代に成立していますから、今日的な法的婚姻やそれによる制約、ひいては一夫一婦制についてもさほど賛成しない立場です。全否定もしませんが、名より実を取る方向で人間関係を斬っていくので、今の時代にしか通用しないような常識や価値基準とは離れたものとして運用していくことが肝要です。そういう意味で、上述のようなアナスタシアの夫婦の定義もまた、算命学は否定するものではありません。

さて今回の余話のテーマは、せっかくなので夫婦についてです。今年亡くなった著名人で、老齢の妻の亡きあと三か月余りで後を追うように亡くなった夫がいます。算命学者はこうした死に方にピンと来るので宿命を調べたところ、案の定珍しい命式の夫婦であることが判りました。こういう命式の組合せの夫婦は滅多にいないとは思いますが、実在すればこういう死に方になるのも頷けます。というわけで、なぜこの夫は妻の後を追うように人生を終えたのか、その因子が宿命のどこにあるのかを見てみます。

(この続きは「ブクログのパブー」サイト [http://p.booklog.jp/] に公開しました。副題は「妻の後を追うケース」です。「算命学余話 #R81」で検索の上、登録&山菜汁一皿分の料金をお願い致します。登録のみは無料です。)

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# by hikada789 | 2018-11-29 18:05 | 算命学の仕組 | Comments(0)
京都に樂美術館という樂焼専門の美術館がある。そこの館長は代々一子相伝の樂焼の技を受け継ぐ著名な陶芸家なのだが、その人の話によれば、館内には代々受け継がれてきた焼き窯があるという。しかしその焼き窯はあまりに小さく茶碗一個しか焼けないサイズなので、一度にひとつしか作れない。その窯の中で高温の炎が土を焼き、高温の原初宇宙の中から星々が生まれたように、たった一つの焼き物が生まれる。陶芸家は土をひねって茶碗の成形まではするが、ひとたびその窯の中に入れたならあとはもう自然の力に委ねるだけで、どういう完成品になるかは人知の及ばぬところだ。だから陶芸家ができる精一杯のことは、その土をひねる過程で魂を込めることだけである。そのような態度で日々作品に向き合っているそうである。
こういう陶芸作品にお茶を立てて飲んだら、きっと宇宙の生命と魂の味がするのであろう。そしてこういう心掛けを茶碗なり茶道具なり茶会を媒介として後世に伝えてきたから、茶の湯は今日まで何百年も生き延び、愛されてきたのだろう。館内には千利休の時代から名品として受け継がれてきた一点ものの茶碗たちが、たとえ割れようとも継ぎの技術でリメイクされて展示され、その一部は実際にお茶を立てて茶会で振舞われているそうである。どんな味がするのだろう。ちょっと行ってみたい大人の京都なのだった。

現代社会の悪習のひとつは、使い捨てだと思う。衛生品は仕方ないとして、皿や湯飲み、衣類などが安い人件費の国で大量生産され、安価なものだから買う方も長く大事に使わない。そもそも作っている方だって賃金のためにノルマをこなしているだけで、とても魂など込めている余裕はないし、検品に通りさえすればいいという頭で作っているにすぎない。作り手と買い手は似たもの同士でお似合いだ。そんなお似合いの需要と供給がひしめく現代社会においては、人間そのものも使い捨て前提となり、人間関係が希薄になったとか長続きしないとか文句を言っても、アンタだって周囲の人間を短い付合いと割り切ってぞんざいに扱って来たのだからお互い様じゃないのか、と反論されたらぐうの音も出ない。
かく言う宇宙人も偉そうなことは言えぬ。なのでせめてこの使い捨てな日常を枝葉からでも改善すべく、日用品は長く使えるものを選ぶようにしている。たとえ安価でも容易に捨てたくならぬよう気に入ったデザインのを買うとかね。すると必然的に日本製が増えてくる。高いと言っても海外製の2~3倍だから、耐久年数を考えれば逆にお得だ。リサイクル服屋に行くと膨大な中国製の中にたまーに日本製が隠れていて、でも生地も縫製も中国製とは比べ物にならない品質だから、こんな値段でもったいないとばかりついあれこれ買ってしまう。
品質がいいということは、作り手に心の余裕や豊かさがあるということだ。丁寧にかがられた縫い目から、作り手の魂がいくばくかは込められたことが感じられる。こうした感興は中国製品には湧かない。それどころか、金儲けしか頭にない人間の作った物をこれ以上触りたくないという気分にすらなる。

先週明治大学で日本アームネスティ主催の人権シンポジウムがあり、テーマは新疆ウイグル自治区における中国当局による民族浄化であった。当地の人権侵害は決して新しい話ではなく、隣のチベット自治区では抗議の焼身自殺が毎年のように報じられるなど、漢族優先の政策が長年に亘って少数民族の人権をないがしろにしてきたことは知られている。しかし今回の報告によれば、ウイグルでの人権侵害がこの2年で民族浄化にまで飛躍したのには、明確な原因があるという。それは人事異動であった。
ダライラマの亡命から半世紀を経てもなお、チベット自治区における悪名高い弾圧政策は大勢のチベット市民を投獄・拷問・獄死で苦しめてきたが、その総指揮を執っていた当地の党書記チン・チュアンゴン(漢字は判らない)が、2年前にウイグルへ異動となった途端、ウイグルにはそれまでなかった強制収容所があちこちに建設され始めた。そして現在それらに100万単位のウイグル人が老若問わず拘束されている。民族浄化が目的なので拘束の理由は何でもよく、ほぼ無差別に、しかし大学学長や言論人など知識人や著名人を特に狙って収容所に閉じ込め、劣悪な環境と罰則と称する拷問で連日死者を出しているという。当然中国政府はこの事実を認めていないが、なぜ情報が漏れたかというと、外国籍を持つウイグル人が外交手段によってわずかながら解放されたため、内部の状況を実体験として語る者が遂に現れたからだ。その生き証人が今回来日して講演したのであった。
報道関係者も来ていたので詳細は新聞等の記事をご覧頂くとして、生き証人であるウイグル人講演者も日本側の研究者も、ナチスドイツの時代の話かと耳を疑うような時代錯誤な虐待虐殺の日常に講演中に泣き出すわ、ウイグル人講演者のみならずその通訳までが、「報道各社の皆様には彼らの顔画像も、音声も、そのまま報道することは決してしないで下さい」という禁止事項付きで紹介されるわで、命の危険を感じるシンポジウムであった。聴衆の中にはサングラスやスカーフで顔を隠したウイグル人らしき人々も来ていたし、開会の辞では、プラカードや横断幕を掲げたりシュプレヒコールを上げたりしたら退場してもらう、というお達しもあった。それほどやばいシンポだったのだ。大丈夫かよ宇宙人。

せめてもの救いは、こうした中国政府の暴虐(今どきこんな言葉を使わされるとは)を批判する人の中には漢族の弁護士などもいて、こうした漢族によって情報が国外へ放出されているという事情もあることだ。会場には日本に暮らす漢族の聴講者もおり、日本人研究者からの「このような場所にはいづらいかとお察しします」という心遣いの言葉が印象的だった。
私も中国に滞在していた経験から、漢族の全員がクズだとは言わないけど、こうした心の正しい漢族なんて千人に一人くらいで、あとの10何億人は金儲けしか頭にない、自分が非難されると「俺だけじゃない」といって言い訳を並べたり逆ギレしたりするクズだよ。それを実地で体験して実感しているので、私は極力中国製品は買わない。それしかなかったら買うけど、日本製品があるなら高くてもそっちを買う。触りたくないのだよ、魂の汚れた人の触れた製品を。
こんな胸くそ悪い政策を取り続けている中国と、本当に仲良くする必要あるのかね。奴らの味方をしたら、我々は後でひどく後悔することになるのでは。子孫から軽蔑されることになるのでは。政治家の皆さん、国益の何たるか、長期的視野に立って論じてくれ。君たちの判断で、我々に恥をかかせないでくれ。

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# by hikada789 | 2018-11-25 20:29 | その他 | Comments(0)
(以下は2011年4月9日にアップした営業用看板です。性質上、随時更新し、不定期にブログの表面に移動させて告知効果を上げようと思います。宇宙人は営業中でございます。なお、夏休みや連休などは休業することがありますので、返信が滞る場合は休み明けまでお待ち下さい。)
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土星の裏側へぐるっと回って悩み相談を望まれる方に、地球人・宇宙人を問わず運勢鑑定を引き受けます。鑑定手法についてはカテゴリ「算命学の仕組み」をご覧下さい。

(1) 無料鑑定『あなたの山水画』
その人の人生の青写真を陰陽五行の風景画として描写し、大まかな生き方アドバイスをします。ご依頼の際は生年月日と性別と、当ブログの何に興味を持ったのかを一筆添えて、一番下の専用メールアドレスへお寄せ下さい。
一筆のないものや辻褄の合わないものは防犯上返信しないのでご注意下さい。(当ブログのコメントでの受付は終了しました。また山水画に対する質問は受け付けないので、質問をしたい方は恐縮ですが有料鑑定へお進み下さい。)
公開してよければ鑑定結果を当ブログに匿名で掲載しますので、お知らせ下さい。生年月日非公開をご希望の場合は、結果そのものを掲載しません。
なお、ご依頼人本人のみの鑑定に限らせて頂きます。また依頼が混んでいる時はお断りすることがありますので、ご了承下さい。

(2) 有料鑑定『土星一周』
生年月日と性別と具体的な相談内容、その人物の略歴、家族構成、現在の生活環境を可能な範囲で、一番下の専用メールアドレスへお寄せ下さい。具体的な相談内容のないメールは、防犯上返信できません。
非公開をお望みと思われますのでメールアドレスを添えてその旨お知らせ下さい。直接返信し、必要に応じて2-3往復やりとりします。真剣勝負です。興味本位の方や現状を改善する意志のない方はご遠慮下さい。(※鑑定は辛口になることが多いので、当ブログ記事をいくつかお読みになった上で免疫力をつけておくことをお勧めします。また右手のカテゴリ「宇宙人の診察室」に依頼ノウハウの記事があるのでご参考下さい。)

◆鑑定可能な相談内容(複数受け付けますが、必ず具体的な相談事項を添えて下さい。)
- 宿命鑑定:その人が持って生まれた人生の青写真を鑑定。
- 運勢鑑定:宿命とその後の環境から、今後の運勢を判断。
- 性格判断:宿命から派生した人格やその長所、欠点、改善方法を鑑定。
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- 結婚鑑定:結婚・離婚判断、良縁判断、相性判断など(恋愛相談は不可)。
- その他:転居判断(方位は不可)、子供の養育相談、病気の傾向など、ご相談に応じます。

◆鑑定料金:8,000円(一人分。相性判断に限定した場合は二人分まで。リピーターは同じ生年月日に限り6,000円)
◆鑑定を始める前に、鑑定内容についての事前打合せをします。鑑定に踏み切るかどうかの判断材料として頂き、依頼人・鑑定者双方の了解の上で鑑定を開始します。鑑定結果の送信に何日かかるかもその際お伝えします。(他に依頼がなければ通常1-2日で回答します)
◆鑑定技術に関する質問には原則としてお答えできません。『算命学余話』に技法の一部を公開していきますので、興味のある方はそちらをご覧下さい。
◆なぜ恋愛相談は不可なのか? 恋愛は人生の大事ではありません。結婚や出産は大事ですが、恋はいくらでもして、何度でも失敗して下さい。命に別状ありません。
◆対面鑑定は現在、知人紹介のみ受け付けます。メール相談より若干料金上がります。まずはご相談下さい。また未成年の方の依頼はお断りすることがあります。
◆携帯アドレスでのご依頼は返信エラーになることが多いので、パソコンアドレスからお問合せ下さい。
◆算命学は未来を予測するものではなく、可能性の高低を多角的に判断するものです。どちらかというと統計学に近いものですので、水晶玉占いの類をお求めの方は他を当たって下さい。
◆鑑定専用メールアドレス:doseiura4◎yahoo.co.jp (◎には@を入れて下さい。手作りレザーグッズの問合せもこちらです)

【宇宙人からの苦言】
有料無料を問わず鑑定依頼を寄せられる方の中に、一方的に依頼だけしてお礼の返信もしないとか、依頼の取下げを無言で済ませるなどのマナーに欠ける方が稀におられます。武道家の宇宙人が日本的礼儀作法を美徳として重んじていることはブログ記事からも読み取って頂けるかと思います。世の中に「無料」のサービスが普及したせいかお礼も言えない人たちが増えたことは、日本文化にあっては嘆かわしいことです。宇宙人は聖人ではないので、虫の居所の悪い時にはこうした人々の暴挙をブログに挙げて曝し物にしないとも限りません。皆様の節度ある対人マナーがメール相談にも発揮されますよう、心より希求致します。
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# by hikada789 | 2018-11-23 16:17 | 宇宙人の診察室(営業窓口) | Comments(42)
ウラジーミル・メグレ著『アナスタシア』シリーズが提唱する数々のユニークで感動的な人類への処方箋によれば、「神の似姿」たる人間がかくも堕落し無知蒙昧な生き物になり下がった原因のひとつは、「赤ん坊の誕生の瞬間とは出産の瞬間である」と人類が勘違いしていることにあるそうです。つまり世界の多くの占星術が出生の瞬間として重視している誕生日や生年月日は、そもそも子供の誕生した瞬間ではないので、重視するのはお門違いだというのです。
これを聞いた算命学者はどう思うでしょう。算命学は言わずと知れた、生年月日を宿命として運勢を論じる学問です。学習者の皆さんは焦ったり反発したりしましたか。私は特に驚かず、その通りだと思いました。なぜなら算命学における生年月日とは、本来その人がこの世に生まれ落ちた瞬間の自然の風景であって、それを別の言い方で「誕生の瞬間」と呼んでいるに過ぎないからです。
算命学にとっての生年月日とは陰占三柱のことであり、それはその日の陰陽五行の自然風景を表した絵図そのものです。そこに水があるとかないとか、季節はいつだとか、木と土が拮抗しているとか、そういう情報が描いてある。言い換えれば、そうした情報はその人が持って生まれた武器であり、長所であり短所です。その人がこの自然界に生まれた瞬間に、自然が持たせてくれた最良の武器。但しこの武器の使い勝手には長短があるため、その使用に練達するには、人生を実際に歩みながら実践していくしかありません。算命学の定める生年月日(宿命)とはそういうものであり、確かに「子供が生まれた瞬間」という時間を表す意味ではほとんど使われません。

アナスタシアによれば、人間の誕生には3つの段階があるとします。1番目は受胎の瞬間、2番目は妊娠期間、3番目がようやく出産の瞬間です。この中で最も大事なのは1番目の受胎の瞬間であり、ここでヘマをやらかすと生まれた子供はアホ、失礼、無知蒙昧で同じ過ちを繰り返すばかりの人間、つまり現代社会に溢れかえっている一般的な大人に育つといいます。随分ですが一大事ですね。ではそのヘマとは何なのか。
詳しいことはお手数ですが本を読んで頂くとして、かい摘んで言うと、男女が何も考えずにセックスに耽って生まれた子供はそもそも間違いだということです。正しい受胎には、まず男女共に相手との子供が欲しいと切望し、且つ生まれて来る子供がどんなに素晴らしい大人に成長するか、その夢のプランを細部に亘って練りに練ってイメージトレーニングすることが前提条件として必要だそうです。

うーん、確かにそんなプロセスを経て生まれて来る人は現代にはいないように思われますし、できちゃった婚をはじめ、「子は授かりもの」として両親の意志とは関係なく授かるものだというのが一般的な解釈です。でもそんな風に生まれた子供は利口でないので、歴史上繰り返されてきた人類の苦しみを一向に減らすことはできない、というのがアナスタシアの主張であり、こうした彼女の考えが世界中の読者を唸らせています。故に、子供をそっちのけにした安易なセックスを促す現代社会の風潮や商業主義は、悪だと。
この一番大事な受胎の瞬間こそが人の誕生の瞬間である、というのがアナスタシアの思想です。最初で間違うと全てが台無しになるからです。次に大事なのが2番目の妊娠期間で、ここもやっぱり正しい過ごし方をしなければならない。そして最後が3番目の出産の瞬間ですが、2番目と3番目はセットになっているので、出産の瞬間はほぼ惰性です。世の中はこの惰性の通過点にすぎない誕生日を重視しすぎている。それよりも受胎の瞬間の方が何百倍も大事であるというわけです。

さて、このユニークな思想を取り上げたのは、算命学がこの主張に反しないからです。見過ごされがちなことですが、算命学は受胎の瞬間の動機というものを大変重視しています。それは天報星の意味するところと通じ、この星の理解を進め、星を輝かせる手立てとなります。
今回の余話はこの受胎の重要性、ひいては人間を形作る基礎を左右する天報星について掘り下げてみます。天報星は言わずと知れた十二大従星筆頭、「胎児」の星です。胎児はまだこの世に生まれていないため、あの世の存在です。それは天庫星(死人)・天馳星(彼岸)と共に精神世界の住民であり、霊星であるということです。こうした非現実の星を運勢鑑定の実践でどう捉えて行けばいいのか。アナスタシアの思想と絡めて考えてみます。

(この続きは「ブクログのパブー」サイト [http://p.booklog.jp/] に公開しました。副題は「天報星を基礎から考える」です。「算命学余話 #R80」で検索の上、登録&きのこ汁一皿分の料金をお願い致します。登録のみは無料です。)

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# by hikada789 | 2018-11-20 18:05 | 算命学の仕組 | Comments(0)
日本人が英語を学習する際、名詞が単数か複数かで文法が違ってくるのをいちいち面倒だと思ったり、子供の頃は三単現のS を付け忘れて点数を引かれたりして、日本語は単数も複数も関係なく意味が通じるのだから英語のこのルールは要らないのではと疑問に思ったことはないですか。宇宙人は思っていたし、そもそも無駄を省きたい性格なのでこういう英文法には納得していなかったこともあり、英語は今も昔も好きでない。しかし面白いもので、その後宇宙人はロシア語なんぞを学び、英語より遥かに複雑で面倒で、あってもなくてもいいような文法上の決まり事にアヘンの如く中毒していくようになる。それはひとえに、ロシア語文法における音楽性の優位に魅せられたからだ。ロシア語は正しい文法で話すだけで脚韻を踏めるので進んで文法を守りたくなるし、煩雑を理由にこの文法がなくなれとは露思わない。ロシア語履修者の皆さん、お判り頂けますよね。
そんなあってもなくてもいいようなロシア語文法の一つに、数詞がある。「1」だけでもアジン、アドノー、アドナー、アドニーと四種類あり、その後に来る単語によって正しく振分け且つ格変化させねばならぬのは勿論のこと、英語は2以上が一律複数形だが、ロシア語は2から4が単数生格をとり、5以上が複数生格をとって複数形を表すという、なんだそりゃなルールがある。このどうでもよさそうな煩雑さについていけない人は授業から脱落していくのだが、脱落しなくてもこの「2、3、4」ルールがなぜ存在するのか知る者はいない。そんなことを疑問に思う余裕のある学習者はいないからだ。いや、いなかった。しかし遂に現れた!

前回記事で案内したマニア向けロシア語講座「ロシア語の数詞について」で井上幸義氏が、よくもまあ隅から隅まで調べて答え(らしきもの)を見つけてくれました。その無料配布レジメは22頁に及び、古代ロシア語から教会スラヴ語まで網羅した文法変遷の比較表まで付録にしているというオタクっぷりに、笑いが止まらぬ宇宙人。規定の二時間で収まり切らずかなりの頁を割愛していた講演内容の全容を紹介したいところだが、あまりにホニャララ度が高くて専門的に過ぎるので、ここではとりあえずロシア語を知らない人にも読むに堪えるポイントだけご報告しよう。但し当ブログはロシア語履修者も読んでいるため、その人たちの向学のために後日詳細を小出しに放出していこうと思う。

結論から言うと、人間の脳はぱっと見だと物体を4個までしか認識できず、5個を越えると瞬時に数を数えきれない。この認知能力の限界がロシア語の数詞文法に反映されているということであった。
その傍証として、漢数字やローマ数字を例に挙げる。知っての通り漢数字は「一、二、三」と3までは横棒の本数で数を表すが、実は殷代では4もまた横棒四本で表す漢字が使われていた。漢数字「四」はその後の時代に統一使用されるようになったものなのだ。ともあれ5に至るともう横棒では利かなくなって「五」という文字が使われる。またローマ数字も「Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ」と縦棒の本数で数を表しているが、4もかつては縦棒四本で表しており、5になって初めて「Ⅴ」という5という数とは無関係の記号が登場する。
要するに、洋の東西を問わず、人間は4と5の間に明らかな境界を感じている。もっと端的にいえば、5以上は「多い」でひとくくりにして、いちいち数えたくない心理が働いているということなのだ。そういえば日本の算盤だって4を越えると5を表すアタマの玉に引き継がれるし、世界各地の古代の数の数え方にも、5を越えると別の印にして代用する例が多くある。十進法や十二進法以前の風習である。
余談だが、サルの脳というのは1から3までは脳の同じ部分で認識し、4以上になると別の部分で認識していることが実験によって判っている。現代では漢数字もローマ数字も4から「四、Ⅳ」という棒線ではない表記が始まっているから、人間の脳も4か5の辺りで「数えようか数えまいか」逡巡しているのだろう。

そこで再びロシア語の数詞に戻ると、人間の脳がギリギリ瞬時で判別できる数を4までとすると、1から4までは単純に数をそのまま表したアイコンであり、それ以上の5になるとシンボルとしての「五」や「Ⅴ」等で代用しないとおっつかない。そのシンボルには名前が付けられる。だからロシア語では5以上は名詞扱いになるのである。1は完全に形容詞扱いであり、「2、3、4」はその中間の中途半端な文法になっているのはそのためだ。なに、急にワケが判らなくなった? 判りますよね、ロシア語話者の皆さん。これで「ゴート/2ゴーダ/3ゴーダ/4ゴーダ/5リェート」の納得がいっただろう? いったよなあ!
いいんです、一般の読者には判っていただけなくて。コアすぎるし、全部を説明するととても書ききれない。興味のある方は宇宙人までご連絡下さい。井上教授の次の講演会をお知らせしますから、本人に直接訊いて下さい。

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# by hikada789 | 2018-11-18 18:23 | ロシアの衝撃 | Comments(0)